04 悪役令嬢(中)
「乙女ゲーム」転生に牽引された「悪役令嬢」ものの初期の傾向として、時間軸から見て二つのパターンに分けられる。原作開始前や原作開始時など断罪を回避しうる時点で前世の記憶が目覚めるものと、断罪直前や断罪以降などに記憶が目覚めるものである。これらは「悪役令嬢」が悪行をする人物であり、それに対する断罪や破滅が原作のエンディング以後に控えているのが前提である。「悪役令嬢」の立場がメインヒーローの婚約者であることが普及し、悪行への糾弾に婚約破棄が結合したのが2014年~2015年頃であるだろう。「悪役令嬢」の処遇として、「身分はく奪の上、国外へ追放」(『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』)等がある。
破滅回避型において、「悪役令嬢」たる主人公は原則として原作ゲームにおける破滅を避けるために、婚約しないように立ち回ったり、婚約してしまった王子や周囲との関係を改善しようとしたりする。その過程で、原作ゲームの知識を活用するのみならず、異世界転生一般にありがちな内政チート、知識チート(石鹸を作る、塩を作る、料理など)を発揮し、生家の領地を富ませたり、評判を上げたりする。関係改善を図った結果として、ヒロインに成り代わって逆ハーレムを形成するのも当時の定番である。このような破滅回避型を前提とした変化球に、ゲーム通りに没落エンドを迎えようとして失敗する『アルバート家の令嬢は没落をご所望です』(2014年 7月掲載開始)等もある。
断罪確定型は、2015年当時の「婚約破棄」「ざまぁ(ざまあ)」ブームに「悪役令嬢」の要素が乗ったものと考えられる。冤罪を晴らす、言いがかりを撥ね除ける、婚約破棄した側が不利益を被る結果となるといった趣向では必ずしも主人公が転生者である必要がなく、同時期に相互に影響を与えて現地主人公のものと転生者が主人公であるものが併存していたと考えられる。破滅回避型が長編向きであるのに対して、断罪確定型は短編にも向いている。2015年5月時点で「悪役令嬢」を主人公として「婚約破棄から」書き始める「逆転劇」、というテンプレ指南が存在する(『誰でも書ける! 婚約破棄!』)。
転生者が主人公である作品に、王子の婚約者であった公爵令嬢が断罪の場で覚醒し、その後生家の当主である父親から領主代行を任されて領地経営をする『公爵令嬢の嗜み』(2015年2月掲載開始)、王子の婚約者であった侯爵令嬢が「自分よりも年上の息子を持つ中年男」との結婚式の最中に覚醒する『悪の華道を行きましょう』(2015年 5月)等がある。
2025年現在から見て、自国の王子に婚約破棄された「悪役令嬢」は隣国の王子と結ばれるのが古式ゆかしい様式美である。「隣国の王子」がキーになる古い例では、平民出の「悪徳宰相」とその娘である婚約者をよく思わない王太子が冤罪でもって夜会で婚約破棄し、婚約破棄された現地主人公に大国である隣国の王子が手を差し伸べる『月、隠れる』(2015年 8月)がある。王太子は婚約者である現地主人公のことを「商人の娘」と下に見ており(同シリーズ作品『月が在る場所』)、高位貴族令嬢である「悪役令嬢」の系譜ではない(ただし、主人公は「冷たい」、王太子の新しい婚約者は「愛らしい」「無邪気」というように、悪女対正統派ヒロインという外見上の対比が描写されている)。
これが「乙女ゲーム」転生となると、「隣国の王子」は隠しキャラクターや続編キャラクターという設定となる。『悪役令嬢は無邪気に笑う。』(2015年 11月)では「悪役令嬢」である主人公は転生者ではないが、ヒロインが転生者で王子らと共に断罪の場を整えたところで主人公に論破され、結果的に逆ハーレム後の隠しキャラクターである帝国の皇帝と主人公が結ばれる。『悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される』(2016年3月掲載開始)では主人公が転生者で断罪の前日に覚醒し、断罪の場で続編のキャラクターである隣国の王子に求婚される。
「隣国の王子」と結ばれるのではなく、先掲した「自分よりも年上の息子を持つ中年男」と結ばれる『悪の華道を行きましょう』のように、敗者として悪条件の人物のもとへ嫁ぐがそこでうまくやるという派生形もあり、これは「沼地のヒキガエル」と呼ばれる辺境の領主に嫁ぐ『悪役令嬢は旦那様を痩せさせたい』(2017年6月掲載開始)等のように、「契約結婚」「辺境(伯)」「溺愛」系統へと繋がってく。
さしあたって、このような現代日本からの転生者が主人公である破滅回避型と、転生者・現地主人公併存の断罪確定型が「悪役令嬢」テンプレの基礎であると言えるだろう。2025年現在から見ると破滅回避型は古風であるが、この型が「web小説あるある」となったからこそ、それを前提とした次代の派生形がある。枚挙に暇がないが、たとえば王妃がかつて「悪役令嬢」たる転生者で、その次の世代の王子の婚約者が主人公の『元悪役令嬢の劣化コピーは白銀の竜とひっそり静かに暮らしたい』(2020年 1月掲載開始)、「web小説あるある」を知っている日本人の「亡霊」と対話しつつ復讐に邁進する現地主人公の『グロリア・フォン・コードウェルの断罪と復讐』(2024年 7月掲載開始)等がある。
破滅回避型では現代日本人が転生したことで「悪役令嬢」の性格が善良になり、高慢な振る舞いや嫌がらせをしないというのがセオリーであるので、これを捻ったものとして現代日本からの転生者が大暴れする『公爵令嬢に転生したサイコパスは毒と魔術を操って、すべてのクズにザマァする。』(2023年 11月掲載開始)等や、ある日突然性格が変わった「悪役令嬢」視点の『悪役令嬢に転生した……話の"悪役令嬢"の話』(2018年 9月掲載開始)、母親視点の『娘が「悪役令嬢」に憑り殺された日。あるいは、あの子が死んだ日の話』(2021年 7月)、義弟視点の『転生された者の義弟』(2022年 4月掲載開始)、兄視点の『愚妹の皮を被った女を始末します』(2025年 3月)等がある。
断罪確定型は、要は王子に断罪と共に婚約破棄された高位貴族令嬢のその後の物語ということになるので、新天地に向かうにしろ、次のパートナーと出会うにしろ、復讐に邁進するにしろ、汎用性が高く、現代日本からの転生者が登場しない現地の物語としても機能する。主人公が転生者である場合、手遅れになってから前世の記憶を思い出すというのが基本形であるが、何らかの強制力によって原作通りに予定調和する、あるいは主人公が悪事を実行しなくてもヒロイン単独や、ヒロインと王子や王子の側近が組んで冤罪を仕掛けてくる、というのもまた「ざまぁ(ざまあ)」傾向の強い作品の定番である。
特に「ざまぁ(ざまあ)」傾向の強い趣向として、「死に戻り」がある。何らかの起因と解消条件があって同じ時間軸を繰り返すというループものの類型は「乙女ゲーム」転生以前から存在しており、同時期のweb小説でも『婚約者は、私の妹に恋をする』(2015年 5月掲載開始)等が該当するが、こと「乙女ゲーム」転生においてはゲームらしさとして「ループ」、「逆行転生(死に戻り)」との相性が良い。
そもそも、原作ゲームでの「悪役令嬢」の悲惨な結末を1周目と換算すれば、それを避けようとする転生者の初回は2周目にあたるとも言える。そのような構造の上に『乙女ゲーム六周目、オートモードが切れました。』(2015年 12月掲載開始)のような攻略対象キャラクターごとの攻略ルートという概念や、『悪役令嬢、旅に出る』(2015年 4月)のような現地主人公が破滅の記憶を夢で見るという趣向が合わさり、そこへより悲惨な「悪役令嬢」の末路としての獄死や蟄居・幽閉の末の衰弱死、死刑からの「死に戻り」が合流し、断罪確定型の「ざまぁ(ざまあ)」へと結びつくパターンがある。
断罪確定型の例も枚挙に暇がないが、転生者が登場しないパターンとして、王子の恋人を侮辱したとして婚約破棄され修道院に送られる途中で拉致され娼館に売り飛ばされそうになる『婚約破棄の悪意は娼館からお返しします』(2020年 11月掲載開始)、聖女をいじめたとして王太子に婚約破棄され獄死してから人生を巻き返す『悪の令嬢と十二の瞳』(2023年 8月掲載開始)等がある。転生者がいない世界では、「ループ」や「死に戻り(逆行転生)」の現象は王家の秘術・秘法や魔術を用いた誰かの仕業、または未来視や予知夢、呪いによる悪夢などとして処理される。いわば、ゲームらしい舞台セットを現地の物語として再構成した形。
「悪役令嬢」について再掲すると、破滅回避型は2、断罪確定型は2と3に該当する。
1.いかにも悪役らしい容姿、振る舞い、立ち位置の人物
2.異世界転生もので、架空の漫画・小説・「乙女ゲーム」世界の配役
3.2を前提としての1(異世界転生ものではないが、王子の婚約者である高位貴族令嬢が主人公で、王子に恋人がいて、冤罪含め悪行に対する断罪と婚約破棄がある)
4.2・3を前提とした、異世界転生ものでなく、断罪のない現地の物語の配役
転生者のいない世界で「魔王」を「ラスボス」と呼称するのが不自然であるように、転生者がおらず現地に終始する系統(3と4)では、あらすじや話中には「悪役令嬢」の語が表出せず、タイトルかタグのみであるのが普通であるが、流行の恋愛小説があって作中作で「悪役令嬢」の語が認知される環境が整っている『悪役令嬢はやる気がない』(2023年 2月掲載開始)のように、話中で「まるで物語の悪役令嬢みたい」というような表現がなされる、入れ子構造のパターンもある。
乙女ゲーム・小説・漫画での配役という必然性を外したとき、何が「悪役」かという問題が立ち上がる。物語における「悪役」というものの存在意義を考えたときに、ほどよい場面でヒーロー・ヒロインに打ち破られて舞台から退場するのが定めであって、原則としては破滅の運命が予期されていることが「悪役令嬢」の本義であるだろう。「1人を殺せば犯罪者だが、100万人殺すと英雄になる」と言うように、悪事を成すから絶対的な「悪役」なのではなく、ヒーロー・ヒロイン側と正義が対立するから相対的に「悪役」なわけである。つまるところ、ヒーロー・ヒロイン側が存在しない物語には、「悪役令嬢」も存在しない。
そもそもの出発点が「聖女召喚」における「聖女」と「王子」の正統派ハッピーエンドに対するアンチテーゼであり、シンデレラは王子と幸せになれるのか?というような反論や疑問の結晶として生まれ出たのが「悪役令嬢」である。「悪役令嬢」はテンプレにおいて王子の婚約者としての血統と正当性を備える反面、その本質は常に異分子であり、反ストーリーの旗手である。古典である破滅回避型を踏襲するなら、採るにしろ外すにしろ、予定調和に逆らって「悪役令嬢」を「悪役令嬢」たらしめる物語を覆すのがweb小説の「悪役令嬢」ものの王道であると言えるだろう。
これを踏まえた上で変化球として、主人公が断罪され幽閉されたまま餓死する『塔の上の悪役令嬢』(2016年 2月掲載開始)、主人公が悪事を尽くした生家諸共処刑される『処刑場で優しく微笑んで』(2021年 10月)等がある。
「悪役令嬢」ものの推移として、2010年代は「転生したら乙女ゲームの悪役令嬢でした」というスタイルが主流であったが、2020年代は現地主人公が主流である印象。王子の婚約者である現地主人公が逆行転生を繰り返し各回の経験を活かして7周目を生き抜く『ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する』(2020年 2月掲載開始)、転生者が憑依した「悪役令嬢」が破滅回避を目指したが断罪されて意識が眠りにつき現地主人公に交代する『悪役令嬢の中の人』(2020年 5月掲載開始)、転生者である王太子妃が「悪役令嬢」を原作ゲーム通りの悪辣な人物として警戒し吹聴したことで周囲から嫌われた現地主人公の『嫌われ者の公爵令嬢。』(2021年 5月掲載開始)、「システム」によって強制的にヒロインの親友にさせられていた現地主人公がエンディング後に解放される『悪役令嬢ルートから解放されました!~ゲームは終わったのでヒロインには退場してもらいましょうか~』(2023年 2月掲載開始)等、基本的には「私は悪役令嬢である」という自認がなく、登場人物に転生者がいる場合は転生者を介してそれを知ることになる。
他方、「転生したら悪役令嬢でした」というスタイルでは、現代日本からの転生者が主人公であるが原作が分からず状況から自身が「悪役令嬢」であると類推して振る舞いを見直し思い人との関係を改善していく『ヒーローを追いかけまわすタイプの悪役令嬢に転生してしまったけどキャラ変したいです』(2025年 3月掲載開始)や、少女漫画の「悪役令嬢」に転生した主人公が婚約解消をして己の幸せのために動き出す『「彼を殺して私も死ぬわ!」と叫んだ瞬間、前世を思い出しました ~あれ、こんな人どうでも良くない?~』(2025年 4月掲載開始)など、破滅回避型の「ゲームのエンディングに破滅が控えているので、前世の知識を活かしてそれを回避する」とも、断罪確定型の「断罪・婚約破棄されたので、それ以後に自分の人生を取り戻す」とも異なる趣向。




