03 悪役令嬢(前)
「婚約破棄」、「ざまぁ(ざまあ)」、「乙女ゲーム」転生および「聖女」、「ループ」、「逆行転生(死に戻り)」と親和性が高い。
現在「悪役令嬢」と冠するものを書くのであれば、「乙女ゲーム」転生での攻略対象者の婚約者とするか、王子の婚約者である公爵令嬢が恋人を連れた王子に婚約破棄されてそこから人生を巻き返すかの二択が妥当であるだろう。なお、実在する乙女ゲームとの乖離については後に言及する。特に注記しない限りはweb小説上の架空のゲームを指す。
何を「悪役令嬢」と言うかは、数多の作品が書かれたことでその性質が多岐にわたり、タイトルやあらすじ、話中には表出せずにタグにのみ現れる場合もあり、非常に難解な問題であるが、おおよそ次のパターンに分けられる。
1.いかにも悪役らしい容姿、振る舞い、立ち位置の人物
2.異世界転生もので、架空の漫画・小説・「乙女ゲーム」世界の配役
3.2を前提としての1(異世界転生ものではないが、王子の婚約者である高位貴族令嬢が主人公で、王子に恋人がいて、冤罪含め悪行に対する断罪と婚約破棄がある)
4.2・3を前提とした、異世界転生ものでなく、断罪のない現地の物語の配役
1は格の高い伯爵家の令嬢が周囲の圧力によって渋々正妃候補として後宮入りする『悪役令嬢後宮物語』(2012年2月掲載開始)がまず挙げられる。主人公一家はどうあっても容貌が「悪人顔」になってしまうという一族で、主人公は一切そのような行動をしていないのにもかかわらず「男を弄ぶ小悪魔」や「社交界きっての悪女」等と噂されてしまう。
「いかにも悪役らしい」というのは話中でのことであるが、カメラを引いてみれば読者の物の見方の問題でもある。漫画、小説、ゲーム、童話、映画、TVドラマ、日常生活、その他様々な物語を摂取することによって読者である我々の目の中には「いかにも悪役らしい」人物像を納得できる下地ができている。読者の大半が庶民であるからして、共感や感情移入を考えれば、相対的に身分や立場が低い人物が主人公、すなわち善の側に立ち、高い人物が悪の側に配されるのも道理である。敵役ではなく好敵手であっても、英才教育を受けたエリートに対して、ごく普通の学生が主人公というのはよくある話である。
こういった社会通念を前提として1はあり、その上で2が成立している。『シンデレラ』での継母とその連れ子や『白雪姫』の王妃のように、何ら瑕疵がない少女を嫉妬から不遇たらしめたのちに残酷な結末を迎える悪役のイメージと、少女漫画等で形成された好敵手としてのライバルお嬢様および意地悪お嬢様のイメージ、これらが合流したものが2の、異世界転生ものの原作となる架空の漫画・小説・「乙女ゲーム」世界の「悪役令嬢」であると言えるだろう。
2の異世界転生について、時期の早い『謙虚、堅実をモットーに生きております!』(2013年7月掲載開始)は、現代ものの少女漫画への異世界転生であり、原作漫画では庶民少女と御曹司の恋路を邪魔する意地悪お嬢様として造形され、原作開始(庶民少女の学院入学)時点では婚約関係でなく、更に転生した主人公が原作知識を持って御曹司に近づかないようにする等、現行の「婚約破棄」「ざまぁ(ざまあ)」とは異なる路線であった。原作漫画での意地悪お嬢様の末路は、株買い占めによる会社乗っ取りと不正告発による家の取り潰しからの庶民落ちエンドである。
現代日本が舞台の「乙女ゲーム」転生である『お前みたいなヒロインがいてたまるか!』(2014年9月掲載開始)では、原作ゲームでヒロインの恋路を邪魔する異母姉が主人公の転生先の「悪役令嬢」である。この「悪役令嬢」は、母親が本妻であるのに父親が結婚前からの恋人と関係を清算しておらず、父親とその恋人との間には娘がいる。その娘が原作ゲームのヒロインであり、「悪役令嬢」は心を病んだ母親の死後に再婚した父親一家が許せず、異母妹たるヒロインに執着するというのが原作ゲームでの行動原理である。
このように、2010年代前半の「悪役令嬢」は、必ずしもヒーローや攻略対象者の婚約者ではない。特に「乙女ゲーム」転生については、乙女心一般を鑑みるに、婚約者がいる男性を略奪するゲームをしたいか、婚約者がいるのに他に靡く男性が本当に魅力的であるかという大きな問題がある。
それでは王子や御曹司の婚約者としての「悪役令嬢」は、どこから来たのか。それは、「悪役令嬢」ものを牽引した「乙女ゲーム」転生と、「聖女召喚」との交錯によって生み出されたと考えられる。現代日本出身の「聖女」(神子・巫女)は剣と魔法の世界の王城の一室に召喚され、最終的に王子と結ばれる。それでは、王子に婚約者はいなかったのか、という反論である。
当時そういうものが書かれた事実の証左として、『異世界の王子は野ばらの毒がお好き』(2013年1月)が挙げられる。これは異世界転生ものであり、まず、原作として異世界から巫女として召喚される女子高生と王子が結ばれるというラノベがあり、その原作ラノベの「悪役令嬢」(あらすじ記載)で王子の婚約者候補である侯爵令嬢に主人公が転生する。候補であって婚約は締結されておらず、この差は大きいが、次の段階への兆候とも言える。
異世界転生ではなく異世界転移のほうでも同様のことが起きていて、『国が異世界召喚をやらかしたら、巫女に婚約者を略奪されました』(2013年1月)とそのシリーズ作品が好例である。これは巫女として召喚された日本人らしき少女が王子含む国の上層部を魅了して逆ハーレムを作り、その煽りで婚約者との婚約を破棄することになった現地人(転生者ではない)女性視点の物語である。彼女の友人である転生者視点の『友人が召喚少女に婚約者を強奪されたらしいです(語弊あり)』(2013年 1月 )では「異世界召喚された巫女による逆ハーレムが定番」という認識が語られているし、巫女視点の『異世界に拉致されたので、腹いせに国を滅ぼしてみることにしました』(2013年 1月)には「乙女ゲームではない」とタグが付いている。作者は区別をしているが、裏返せば、混同されかねなかった証左でもある。
やや誇張して言うなら、上記のような「聖女召喚」の構図を「乙女ゲーム」風に置き換えたのが現行の「乙女ゲーム」転生テンプレである。聖女たるヒロインがいて、ヒロインと結ばれるべき王子がいる。王国の上層にいて「聖女召喚」プロジェクトに関与している騎士団長、宰相、魔術師長を子息にしたのが王子以外の攻略対象者であって、「聖女召喚」テンプレへのアンチテーゼが王子の婚約者たる「悪役令嬢」の存在である。ここにロマンス小説風の、貴族がいて婚約関係があって魔法のない世界も合流してくる。
なぜ異世界召喚された少女の役割が「勇者」でも「魔法使い」でも「賢者」でもなく「聖女」(巫女・神子)であるかというのは、「聖女」の項目でも述べたが、少女漫画『ふしぎ遊戯』(1992年~1996年)の「巫女」や、トリップ型の乙女ゲーム『遙かなる時空の中で』(2000年)の「神子」の影響下で形成されたことが大きな要因であるだろう。ごく普通の少女が、本や井戸を起点に異世界にトリップしたことで特別な役割を負う。そういう物語がweb小説となり、同じくweb小説たる「勇者召喚」との接触もあって床や地面が光る魔方陣での召喚が組み込まれ、剣と魔法の世界での「王子」とのハッピーエンドに収束したのが「聖女召喚」の類型であって、その類型が異世界転生ものと接触することで架空の「乙女ゲーム」世界を生成したのだと考えられる(異世界転生や転移については二次創作分野の寄与が大きいものと見られるが、ここでは触れない)。
『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』(2014年 7月掲載開始)では、主人公の転生先は王子の婚約者の公爵令嬢で、これが「悪役令嬢」である。「悪役令嬢」は原作ゲームで「主人公と攻略対象との恋路の邪魔をする」(あらすじ記載)。原作ゲームでは各攻略対象者に障害となるライバル役がいるという設定で、キャラクターによっては妹がそれに当たり、必ずしも婚約者ではないが、王子が「乙女ゲーム」の攻略対象者で、その攻略対象者に婚約者がおり、その婚約者が「悪役令嬢」であるという構図において、この作品が与えた影響は大きいだろう。
2013年~2014年頃はちょうど過渡期であって、特に理由なく架空の「乙女ゲーム」の攻略対象者に婚約者がいる場合もままあるが、そうでない場合もある。原作ゲームがR18で略奪愛をテーマにしている『略奪愛のすゝめ』(2013年 10月)、原作ゲームでは存在しなかったはずの婚約者が現実では存在していてゲームと現実の対比要素となっている『九条麻衣子は逃がさない』(2013年 11月)、原作ゲームがR15で攻略にかかる特殊なハードルとして既婚者設定がある『聖女様になんて、渡しません!』(2014年 5月)等が該当する。ここに挙げたケースでは「悪役令嬢」ではなく「ライバル(役/キャラ)」とタグやあらすじに記載されている。
このような個々の例外処理も含めて、王子と結ばれるべき少女=聖女=庶民派ヒロインから見た「ライバル」「意地悪お嬢様」「恋敵」「悪役」「敵」の要素が王子(ないし架空の「乙女ゲーム」の攻略対象者)の婚約者という形に収束したのが現行の「悪役令嬢」である。2014年以降、影響力の強い作品によって、「悪役令嬢」=公爵令嬢=架空の「乙女ゲーム」の攻略対象者である王子の婚約者、という図式が普及していったものと考えられる。出発点が異世界召喚された「聖女」と「王子」のハッピーエンドに対するアンチテーゼであるので、「悪役令嬢」がいる架空の「乙女ゲーム」が、実在する乙女ゲームから乖離しているのは自然なことである。
○参考文献
・「悪役令嬢の歴史・ルーツを、漫画やゲームから考察してみた。(青猫文具旅)」https://getnews.jp/archives/2115812
・wikipedia「悪役令嬢」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%82%AA%E5%BD%B9%E4%BB%A4%E5%AC%A2




