01 聖女
「追放」、「無能」、「虐げられ(ドアマット)」、「婚約破棄」、「ざまぁ(ざまあ)」、「悪役令嬢」、「乙女ゲーム」転生、「逆ハーレム」、「魅了」、「姉妹格差」と親和性が高い。「勇者」、「(精霊/妖精の)愛し子」とも交錯する。
「聖女」は結界、瘴気の浄化、治癒、光魔法、豊穣、雨乞い、預言(託宣)、予言(未来視)などにかかる超常的な力を発揮できる女性、または本人に行使できる力はないが神に願いが届く女性である。web小説のテンプレでは、主人公が「聖女」である場合と、そうでない場合で待遇が異なる。
近年では、主人公が「聖女」である場合、国や教会に人生を搾取されたのちに用済みとなるなり「王子」に婚約破棄されるなりして放逐され、別の場所で幸せになるのが定番。数多ある令嬢の「追放」ものと同様に、隣国の王子と結ばれるのが様式美。主人公が「聖女」でない場合、主人公の婚約者が「聖女」に奪われるなど(俗称「性女」)、「聖女」たる人物はヘイト対象として描かれがちである。
web小説の古くからある類型に(2010年代前半)、国を救うために現代日本人女性(社会人よりも高校生であるほうが典型)を「聖女」として召喚するという、異世界転移ものがある。名称は「聖女」「神子」「巫女」が混在するが、本稿では便宜上「聖女」にまとめる。剣と魔法の世界の王城内の石造りの部屋に召喚された「聖女」は、瘴気を浄化する等を目的として救世の旅に出る場合と、王都に在留する場合がある。いずれにしても、RPGゲームの主人公(のちの「勇者」)がさらわれたお姫様を救出してラスボスを倒したのちに結ばれるように、「聖女」は「王子」と結ばれてハッピーエンドというのが、今やおとぎ話めいた古典的な王道である。また、これの近縁に、はじめから王子や王の妃として召喚されるという類型もある(『どちらが王妃?』(2010年 8月掲載開始)等)。
ハッピーエンドといっても、召喚された「聖女」は日本に帰れないというのがセオリーで、帰れるにしても魔術のタイミングでチャンスが一度きりである、使命を果たせば帰れると言われていたのにそれが偽りであると事後に発覚する、現地の男性と肉体面で結ばれると帰れなくなる場合などがあり、決して安楽なことではないのだが、そういった辛苦や悲哀を全て遠くに置いての話である。帰れない「聖女」がどうなるか、ということを描いた作品に、『帰れない聖女は、絶対にあきらめない!』(2017年 7月掲載開始)、『これで満足しましたか?〜騙された聖女は好きな人も仲間も全部捨てたのに王子が追ってくる〜』(2022年 9月掲載開始)等がある。
これに加えて、召喚された「聖女」は逆ハーレムを形成する場合がある。『小説家になろう』で同時期に流行したであろう「勇者召喚」も無視できないが、それに先駆けてトリップ型の乙女ゲームからの影響が強いだろう。これは実在する製品に逆ハーレムエンドがあるか否か、複数同時進行が実際に可能か否かではなく、複数人の選びうる候補者が手の届く距離にいるという構図からくる世人の持つ印象の問題であると考えられる。召喚された「聖女」の逆ハーレムを現地の登場人物視点で描く例に、『元恋人上司と、異世界聖女のフラグを立てようと思います。』(2012年 11月掲載開始)、『国が異世界召喚をやらかしたら、巫女に婚約者を略奪されました』(2013年 1月)、『異世界聖女、世にはばかる』(2014年 5月掲載開始)等がある。
そうこうして、庶民的な振る舞いをする「聖女」が「王子」と結ばれる、ないし「王子」を中心として逆ハーレムを築くという外見上の類似から「乙女ゲーム」転生、「悪役令嬢」ものと交錯し、「王子」の婚約者である「悪役令嬢」から見たときに「聖女」が婚約者を奪う存在として描かれるようになり、「婚約破棄」「ざまぁ(ざまあ)」と結びついていったのだろう。たとえば『王が求めた花』(2014年 6月)では、主人公の婚約者であった王子が召喚された「聖女」と結ばれることになり、描写はないが主人公との婚約が解消されている。「聖女召喚」のハッピーエンドを裏返すとこのような悲恋が描かれ、「悪役令嬢」と同じ構図を取るのである。
先に触れたように、主人公が「聖女」である場合、「ざまぁ(ざまあ)」色の強い「追放」に結びつくのが定番である。有用な人物をそうとは知らずに放出してしまい「もう遅い」となるのはハイファンタジーでも定番のテンプレであるが、「聖女」ものには「聖女」もの独自の変遷があるので、それを押さえておきたい。
まず異世界転移(当時の呼称は異世界トリップ)に「巻き込まれ召喚」という類型があり、これは現代日本から複数人が召喚されるが、求めている人物は一人である。特に「聖女召喚」では女性が二人召喚され、その場でそれらしいほうを王子が選んでもう一方を放逐するが、実は放逐したほうが本物であるという展開となる。ここでいうそれらしさとは大抵は見た目や振る舞いといった第一印象であるが、癒やしなど、何らかの「聖女」らしい能力が発現する場合もある。いずれか一方が本物であるという「巻き込まれ召喚」の約束事を捻ったものとして、実は双方が対の存在であって、両者とも役割の異なる「聖女」であるというパターンもある。
これが現地の物語として展開されると、「偽(の)聖女」と「真の聖女」という対立構造に行き着く。主人公は聖女として誠実に働いていたが、ある日王子に「偽(の)聖女」と糾弾され、その傍らには「真の聖女」を標榜する女性がおり、婚約破棄とセットで国外追放を言い渡される(国外追放ではなく、危険な森に遺棄されるパターンもある)。しかしながら主人公は本物であって、「真の聖女」を標榜したほうが偽物であるので、「聖女」を失ったその国は魔物に蹂躙されるなり天罰(神罰)を受けるなりして大変なことになり、主人公を探し当てて助けを求めてくる、という流れである。放逐ではなく死刑にしてしまって、天罰(神罰)で思い知るというパターンもある。
のちの「追放」テンプレの萌芽となる重要な要素として、「聖女召喚」の類型に加え、「悪役令嬢」ものが挙げられる。「悪役令嬢」は断罪と共に婚約者である王子に婚約破棄されて国外追放されるか修道院に送られるか悪条件の嫁ぎ先を押しつけられるものであるので、元々「追放」と親和性が高い。また、特に異世界転生した「悪役令嬢」が特別な力を発揮する、いわゆるチートな存在であることは一種のテンプレである。なかでも本来はヒロインのものである「聖女」という属性を「悪役令嬢」が持つとき、「悪役令嬢」なのに「聖女」という逆接の構図が目を引き、正当性を取り戻す仕掛けとして極めて有用に機能する。「悪」の側に押しやられていた存在を、舞台の中心に据えるとき、そこに光が注ぐ。「神」や「精霊」が、「悪役令嬢」が敗残者でないことを保証するのである。
『悪役令嬢、時々本気、のち聖女。』(2014年12月掲載開始)では、「乙女ゲーム」転生ではなく、王子は序盤では婚約者でなく、婚約破棄もない独自路線であるが、「次から次へと男を手玉に取る悪女」と噂されていた侯爵令嬢が、自身の行いによって「聖女」と呼ばれるまでになる。
『チートな聖女ですが、偽物の烙印押されて追放されました』(2017年 11月掲載開始)は神獣に好かれる「聖女」である主人公が、「本当の聖女は私です!」と標榜する主人公の妹を連れた王子に婚約破棄を叫ばれ、王子と結託した貴族に殺されそうになり、国を出る。後のテンプレに近い内容である。
『ルクレイツアの方舟』(2018年 3月) では、婚約破棄され都落ちした令嬢が「聖女」となる。「乙女ゲーム」転生風の世界観で、王太子が「聖女」である男爵令嬢と恋仲になり、婚約者である辺境伯令嬢を断罪して婚約破棄をする。そこから、男爵令嬢が資格を失ったことで辺境伯令嬢へ「聖女」の権能が移る。偽物は出てこないが、かつて男爵令嬢であった現王妃が「私こそが聖女」と言い立てる場面がある。
『転生女王の真っ黒覇権3~現地聖女が国外追放されたそうです。助けてあげましょう~』(2018年 4月)では宗教国家で、力の弱い現地の「聖女」に危機感を覚えた教皇が「聖女召喚」し、現地の「聖女」と婚約していた教皇の子息は召喚された「聖女」を選び、現地の「聖女」は偽物であるとして国外追放にする。宗教国家ということで王子が教皇の子息に互換されているが、「悪役令嬢」の断罪・婚約破棄の類型である。
この頃、『この日、『偽りの勇者』である俺は『真の勇者』である彼をパーティから追放した』(2018年 10月)等があり、「追放」ものが流行していたことが見て取れる。
『悪役令嬢ですが死亡フラグ回避のために聖女になって権力を行使しようと思います』(2019年 6月掲載開始)は「乙女ゲーム」転生で、「悪役令嬢」たる主人公は原作ゲームの知識を活かした行動で精霊王の加護を得、原作ゲームでの死亡要因に対抗するために「聖女」となる。
このように、「悪役令嬢」が婚約破棄されて追放される物語、「悪役令嬢」が「聖女」となる物語、「聖女」が偽物であるとして婚約破棄されて追放される物語などが個別にあり、やがて婚約破棄されたほうが本物の「聖女」であった、というテンプレに収束していく。「聖女召喚」以来の「悪役令嬢」対ヒロインという構図が、「真の聖女」対「偽(の)聖女」の構図に置き換わるのである。
『偽聖女と虐げられた公爵令嬢は二度目の人生は復讐に生きる』(2019年10月連載開始)では、公爵令嬢である主人公が「聖女」となる神託があって王子との婚約を結ばされるが、なぜか豊穣の力が使えず、その代わりのように力が使える少女が表われて王子と恋仲になり、主人公は断罪されるという筋書きである。王子と恋仲になった少女は異世界召喚された転移者であって転生者ではないが、ヒロインと王子、婚約破棄された令嬢という役柄の配置があり、「聖女」の役割が令嬢とヒロインとの間で移行している。セオリーからするとヒロインのものである「聖女」の役割を、公爵令嬢が担うはずのところ、異世界転移のギフトによってヒロインが奪取する。それを更に公爵令嬢が取り戻すという仕立てである。
『召喚された先は、私を殺した国でした』(2019年 10月掲載開始)は、「聖女」として生まれ育って王太子と婚約していた現地の主人公が、より強い光の魔力を持つ少女の出現を契機として偽物の烙印を押され冤罪によって処刑される。のちに現代日本に転生するが、そこからまた元の世界へ「聖女召喚」される。未完であるので謎が解決していないが、処刑に至る過程で主人公のものであった功績が少女に置き換わるなど、不自然な状態であった旨の記述がある。
選ばれなかったほうが本物であるという構図は「(精霊/妖精の)愛し子」の物語とも共通し、これは「姉妹格差」の系統へも連なる。『奪われ続けた令嬢は虹乙女と呼ばれた』(2019年 11月)では、自らがそう名乗ったわけではないが妖精に好かれる「虹乙女」であることを理由に主人公と王子との婚約が結ばれていて、異母妹が本物の「虹乙女」であるということで主人公は婚約破棄され修道院に送られる。『義妹が聖女だからと婚約破棄されましたが、私は妖精の愛し子です』(2020年 4月掲載開始)では、主人公の婚約者である王子が、「聖女」と婚約したいということで主人公の義妹に乗り換える。
これ以後、『真の聖女である私は追放されました。だからこの国はもう終わりです』(2020年6月連載開始)、『王妃になる予定でしたが、偽聖女の汚名を着せられたので逃亡したら、皇太子に溺愛されました。そちらもどうぞお幸せに。』(2020年6月連載開始)等があり、王子が婚約関係にあった「聖女」を「偽(の)聖女」として「追放」する、というテンプレになる。「聖女」が唯一の存在であるか、同じ時代に複数人いるかでも話は変わるが、偽証がどのように成立するか、そもそも「聖女」が「聖女」であることをどのように証明するかがポイントの一つとなる。
同時期、王子に婚約破棄された主人公が実は聖女である『殿下、あなたが捨てた女が本物の聖女です』(2020年 5月掲載開始)、「真の聖女」によって聖女としての立場と恋人であった王子を奪われる『わたし、聖女じゃありませんから』(2020年7月連載開始)や、主人公が聖女として無能であることを理由に王子から婚約破棄されて辺境に追放される『聖女様ver.2.0 ~のろまで無能と蔑まれた聖女様は王子から婚約破棄の上に追放されたけれどアップグレードで超ハイスペックに進化しました~』(2020年12月掲載開始)等もある。2020年に「聖女」が流行していたことが見て取れる。
姉妹のうち本物あるいはより力が強いほうの「聖女」を追放して大変なことになる物語に、『完璧すぎて可愛げがないと婚約破棄された聖女は隣国に売られる』(2020年 7月掲載開始)や、『私が大聖女ですが、本当に追い出しても後悔しませんか? 姉に全てを奪われたので第二の人生は隣国の王子と幸せになります』(2020年 8月掲載開始)等がある。
このような型を前提として、『真なる聖女を国外追放し、偽聖女を持ち上げた結果滅びかけている国の、 聖女代理に任命されてしまった……!』(2021年5月連載開始)や、『お飾り聖女のはずが、真の力に目覚めたようです』(2022年5月連載開始)、『追放された元聖女ですが、マジで偽聖女だったので助かりました。』(2024年 6月)、『安心してください! 偽聖女だと私を追放した殿下の判断は正しいですよ!』(2025年 6月掲載開始)という変化球も楽しめる。
「追放」ものにある当然の反論として、どうして国防を一人の人間に任せきりにしているのかという問題がある。主に「聖女」追放後に魔物が押し寄せてくる場合である。これは「聖女召喚」や「勇者召喚」において、救国のための人材を異世界から召喚していたことの名残りでもあるし、一人抜けると全体が壊滅するというハイファンタジーの追放ものとの共通項でもあるし、少年漫画でもハリウッド映画でもそういう場面があるように、主人公の肩に世界の存亡がかかっているという話でもある。この辺りは「聖女」をどのような存在として造形するかと、神話や建国の歴史と他国の状況によるだろう。
この問題の根幹に変化球でアプローチしたものに、『聖女クローディアの秘密』(2020年 7月掲載開始)、『偽りの聖女~裏切られた王妃は真実に目覚めました。~』(2020年 11月掲載開始)等がある。これらに見える論理は、エクソシストが魔を祓うような聖と邪の相対ではなく、邪を鎮める機構として「聖女」が機能していて、それを「追放」する、すなわち怨霊を祀る塚や祠を撤去したことで封じられていた邪が吹き出す、ということであり、これはアニミズム的な発想に通じる。
「追放」テンプレとは離れたところで、そうとは知らずに虐げていた相手が実は「聖女」「(精霊/妖精の)愛し子」であったという類型もある。『虐待されていた商家の令嬢は聖女の力を手に入れ、無自覚に容赦なく逆襲する』(2019年10月連載開始)、『虐げていた娘が精霊の愛し子でした~みんなしんじゃえ~』(2021年8月連載開始)、『生まれた時から「お前が悪い」と家族から虐待されていた少女は聖女でした。』(2024年 4月掲載開始)等が該当する。
不遇な環境にあった主人公がのちに特別な力を発現するというのは「聖女」に限らず多くの物語に見られる要素であるが、これが異世界恋愛ジャンルでは愛の力に結びつくことがある。怪物姿の男性に嫁いでその呪いを解く『義妹に押し付けられた嫁ぎ先は、呪われた公爵閣下でした』(2021年 4月掲載開始)等が該当する。
元来、何らかの要因があって悪条件の人物の元へ嫁ぐという類型は「聖女」とは別に形成されていて、容姿から「沼地のヒキガエル」と呼ばれる辺境の領主の元へ嫁ぐ『悪役令嬢は旦那様を痩せさせたい』(2017年6月掲載開始)等があり、その影響下で「姉妹格差」の冷遇の一環や姉妹の身代わりで嫁ぐという類型があり、それらの複合型が「冷遇の一環で」「姉妹の身代わりに」「悪条件の人物の元へ嫁ぎ」、愛の力で奇跡が起きるという話である。「聖女」ではなく治癒師であるが、婚約者が主人公の妹に気を移して破談となり、死の床にある男性を看取るという名目で嫁いだ先で奇跡が起きる『傷物令嬢の最後の恋』(2023年 5月掲載開始)も参考になる。
web小説では「聖女」自身が超常的な力を行使できる場合が多いが、「聖女」が人の世に投じられた試金石であり、「聖女」を通して「神」が人々の行いを見ているという側面があることも見逃せない。『黒い聖女』(2017年 8月・N5700EF)や『黒い聖女』(2019年 11月掲載開始・N1922FW)等では、「聖女」を不当に扱った結果、人間らに神罰が下される。「神」によって選定された「聖女」に仇なすということは、「神」に弓を引くことである。『聖女は世界を救わないと決めていた~「みんなで一緒に死にましょうよ!」と厄災の日、聖女は言った』(2025年 5月掲載開始)では、女神によって印を与えられた聖女候補が二名おり、一方を厚遇して他方を迫害したことでその行いが人々に返る。平民である・見目が異質である・印の形状など、目先のそれらしさに囚われて判断を誤るというのは実に人間らしい業である。
神罰の在り方は「神の愛し子」系統も参考になる。神の子である主人公が王子に婚約破棄される『婚約破棄の行方』(2015年9月連載開始)では王家が、神が愛する娘で皇女である主人公が婚約破棄される『もう、いいでしょう。』(2016年7月連載開始)では国が神罰の対象となる。精霊の子が主人公である『自由気ままな精霊姫』(2020年 12月掲載開始)でも同様であるが、この系統は主人公への加害行為に対する報復と言うよりも、「神」や「精霊」を侮り、約定を違えた結果として加護が剥奪され、これまで当然のようにあった恩寵が反転して災禍となる形。
なお、「聖女」の設定は作品によって個々別々であり、精霊の愛し子を「聖女」と呼ぶものや、神の子の生まれ変わりが「聖女」であるもの等もある。ここでの区別はおおよその傾向を見るための便宜上のものである。
複数の物語に見られる「追放」や虐待、処刑など、「聖女」が不当に扱われる要因として、以下の例が挙げられる。
1.そうとは知らず(不当に扱っていた時点では「聖女」ではない場合も含む)
2.偽物である(神託があるなり、印があるなり、一度は「聖女」と見なされたが、一切力がない)
3.無能(力はあるが有用性が極めて低いと見なされている)
4.用済み(力はあったが、より優れた人材や代替手段が出てくるか、力が失われた)
5.「聖女」の重要性を理解していない
6.見目や振る舞いがそれらしくない
7.悪評や悪行の証言がある
8.平民である
9.婚約者都合(好みの問題)
10.そもそも「聖女」とは人柱である
他方、古来からある「聖女」(巫女/神子)の類型として、「神」との婚姻を含む人身御供タイプがある。この型は流行に左右されないのだが、大いなるものへの畏怖、敬虔な信仰の発露というよりも、主人公にとっては不遇の末路かつ出口であり、その果てにある救済といった形で描かれる印象。『虐げられてきた侯爵令嬢は、聖女になったら神様にだけは愛されています〜神は気まぐれとご存知ない?それは残念でした〜』(2020年 12月掲載開始)、『断罪されし真の聖女は滅びを嘆く』(2022年 7月掲載開始)、『今度こそ、笑っていてほしいのです』(2024年 2月掲載開始)等。
人身御供に関連して、「聖女召喚」や「勇者召喚」の論理は「異界から特別な力を持った人間を呼ぶ」(異界から呼んだので特別な力を持つ人間である)というところにあり、これは民俗学の「まれびと」(他界からの客人が神に近い存在であること)の概念に通じる。そうなると、神に近い存在である巫女=他界からの客人となって、召喚された「聖女」こそが人身御供に最も相応しい存在となる。
転移者は元の世界から姿を消す点で、一度死んでいると捉えることが出来る。個々の作品の設定によっては気軽に行き来できるもの、異世界で使命を果たしたのち転移した時点に戻れるもの等があるが、概念として、界を渡るということは神隠しに遭うようなものであり、生(現世)から切り離される、遺体のない死である。このような観点から、特に「聖女召喚」の近縁にある婚姻のために召喚される類型は現代の民話であると言える。象徴的な作品に、巻き込まれ召喚型で二人のうちいずれか一方がその世界の神の花嫁である『神の花嫁』(2013年 10月掲載開始・N1142BV)がある。
主人公が「聖女」でない場合、大抵は主人公の婚約者を奪う存在として「聖女」は現れる。これの原型も「聖女召喚」であるだろう。おとぎ話めいたハッピーエンドとして召喚された「聖女」は「王子」と結ばれる。それでは「王子」には適齢期になるまで婚約者がいなかったのか?というアンチテーゼである。ここに逆ハーレムや「乙女ゲーム」転生が絡まり、異世界転移ではない現地の「聖女」が婚約者から「王子」を奪う、逆ハーレムを築いて各々の婚約者から男性陣を奪うというテンプレを形成していったのだと考えられる。
婚約者ないし恋人を奪う存在としての「聖女」は、一大ジャンルである「悪役令嬢」および「乙女ゲーム」転生と関わってその相手が「王子」とその側近、逆ハーレム構成要員であるのが定石であるが(これを更に裏返した「聖女」視点の物語に『裏切りの庭』(2021年 12月)がある)、その他方で、魔王討伐の勇者パーティーが関わることもある。主人公の婚約者(ないし恋人)が魔王討伐のためのパーティーに選出され、旅の間に気を移すか、救国の褒賞として強制的に婚姻相手を宛がわれる。この類型に、『婚約者を奪われた令嬢』(2020年 9月・N7264GM)、『婚約者に裏切られた私は熊より強くなりました』(2021年 1月)、『婚約者が明日、結婚するそうです。』(2022年 9月掲載開始)等がある。
これの近縁にある類型として、主人公の婚約者である「勇者」を王女が奪うものもある。これは「勇者」が「お姫様」と結ばれるおとぎ話の裏返しである。『捨てられた聖女はお子さま魔王のおやつ係になりました』(2022年 7月掲載開始)、『幼馴染で将来を誓い合った勇者は私を捨てて王女と結婚するようです。それなら私はその王女様の兄の王太子様と結婚したいと思います。』(2023年 2月掲載開始)等が該当し、この類いの「この戦いが終わったら/故郷に帰ったら……」悲恋フラグをたたき折る変化球に『手紙一つで五年消えた婚約者が、どうやら無事に魔王を倒したらしい。』(2025年 10月)がある。
本来、婚約者同士が結ばれるというのは何の捻りもない正しい話であるのだが、まず「勇者」が「お姫様」と結ばれる物語のセオリーがあり、それを裏返して婚約者である「勇者」が王女に奪われるというweb小説の類型があり(これらを踏まえなくても、一般的に討ち死にしてもおかしくないし、逆玉の輿に靡く可能性もある)、それを更に捻って「勇者」を王女に奪われずに済んで無事に婚約者と結ばれるということになるので、テンプレを下敷きにした物語の構成として好例であると言える。
なお、「聖女」の逆ハーレムについては、「魅了」が伴う場合がある。おそらく元来は、そのような外的要因なしに人物の魅力で周囲から好かれるという話であったものが、web小説としてテンプレ化する過程で好意の裏側に目が行くようになり、それが強制力やギフト、スキルとして設定されるようにもなっていったのだろう。これは「勇者」のハーレムについても同様である。
さて、ここまで「聖女」の類型のバリエーションと変遷を見てきたが、言及できていない重要な事柄がある。宗教についてである。
宗教は、「聖女召喚」と男性向けの「勇者召喚」と比較したときに、男主人公か女主人公かの性別の違いでは済まない重要な差異である。「勇者」の物語の根底にあるのは『ドラゴンクエスト』のようなRPGゲーム風ファンタジー世界であって、教会でセーブしようが、味方を生き返らせてもらおうが、毒を治してもらおうが、主人公(のちの「勇者」)は教会には所属していない。王様に頼まれて「お姫様」を救出しに向かうことから、派閥でいえば王宮の所属である。これはweb小説で「勇者召喚」の物語となっても原則として踏襲されている。
ところがこれが女主人公の物語となり、その役割が「聖女」となったとき、名称からして宗教と接続されてしまう。「聖女召喚」の類型がそもそも「(女)勇者」ではなく「聖女」であるのは、剣と魔法の世界で現代日本人女性(少女)をどういう役割にしたいかという趣味嗜好の問題があり、国を救う女性としてジャンヌ・ダルクのようなイメージがあり、RPGゲームにおける聖職者の役割があり、他方で、女性向け分野の文脈として少女漫画『ふしぎ遊戯』の「巫女」やトリップ型乙女ゲーム『遙かなる時空の中で』の「神子」の系譜でもあるからだろう。なお、これはテンプレの話であるので、女性が「勇者」の作品も存在する。
複数の要因が絡み合い、召喚され国を救うと目される女性(少女)が「魔法使い」でも「賢者」でもなく「聖女」という形に収束し、保護される先が王宮であるのが典型化したことで、本質的に「聖女召喚」という類型は王宮対宗教という対立構造を秘めることになった。何が言いたいかというと、結果的に「聖女召喚」のテンプレがどういう性格を持つことになったかということである。「聖女」は国を救う存在として召喚されるが、国と宗教は別の概念であって、場合によっては組織として対立しうる。そういう矛盾を孕んでいるのである。
とは言え、召喚された「聖女」は寄る辺なく、現地の宗教組織に守られない(これはテンプレの話であるので、もちろんそうでない作品も存在する)。王城の石造りの部屋に召喚されるなり、王城の敷地内に落ちてくるなりして右も左も分からぬまま王宮勢力に取り込まれるのがセオリーであって、現地の宗教勢力との接触はほとんど描かれない。
異世界のことであるので、一国一神で隣国は別の神の領分という設定もあり得るが、地球上の宗教のように国を跨いで一大勢力を築いている場合、民や土地を守る重要な力を持つ「聖女」を一国の王家が独占するためには、強大な権力や武力、もしくは何らかの仕掛けが必要になるだろう。そうでなければ、たとえば座主のような地位の人物の要請を退けることになり、教義によっては僧兵を含めた信徒が強訴する。
これらのことを勘案すると、「聖女召喚」において王宮に留め置かれて王家主導で使役され続ける「聖女」については、現地の宗教組織から隔絶された存在であるか、王宮と宗教組織が一体である(ないし利害が一致している)か、現地の宗教組織が相対的に弱く後ろ盾になり得ないということになる。
しかし、これを異世界転移ではなく現地の物語として展開するとき、「聖女」と現地の宗教組織との関わりが視野に入るので、そこで「神」をどう描くか、現地の信仰をどうするか、王宮と宗教勢力の関係性をどう設定するかが見所の一つとなる。この点で、「勇者」ものの類型である『魔界から生還したら婚約者が親友と結婚していた』(2022年 9月)は、国が選んだ「勇者」と、教会に所属する「聖女」と「聖騎士」の三角関係の背景が描き込まれており、趣深い。
また、婚約者を奪う存在としての「聖女」の行いを、「神」がどう見ているのかというアプローチにも興味深いものがある。ナーロッパ世界の宗教観は唯一神教からアニミズムまで種々様々であり、『聖書』が存在しないことから十戒の「姦淫の罪」の定めもないのだが、そうであるからこそテンプレ展開において独自の切り口が光る。『聖女様に婚約者を奪われたので、魔法史博物館に引きこもります。』(2022年 11月掲載開始)は多神教で、主人公の婚約者を奪った「聖女」に加護を与えたのがどのような「神」であるかが、物語の核心となっている。
「聖女」を信仰心の欠片もないヘイト対象とするか、RPGゲーム風の魔法使いとして造形するか、世界の根源に接続させるか、振れ幅が大きく、味わい深い題材である。もちろん、web小説のテンプレとは何ら関わりなく、ある女性が偉業をなし、誰ともなく民衆が彼女を「聖女」と呼び始め、彼女を慕う者らが彼女の功績を口伝えしあるいは書き留め、死後伝説となる物語もあり得るだろう。他の誰が見ていなくても、「神」は見ている。




