第二話 ささやかな夢は余命と共に
現在時刻午前二時。俺は暗がりで、スマートフォン片手にため息を吐いていた。どれだけ目を瞑っても、枕に顔を埋めても、恐怖と混乱がしがみついて離れなかったからだ。
『……同じように、怯えている人はいるんだろうか』
ベッドに横たわったまま、SNSを開く。だが、いくら単語を変えても見つからない。インターネットの検索エンジンでも、結果は変わらなかった。
まさか自分が、最初の人間なのだろうか。やるせない気持ちにスマートフォンを手放し、天井を眺める。
「大体、10人以上の縁って何だよ……。職場の知り合いじゃ駄目なのか?」
試しに一人ずつ、指折り数えてみる。すると案の定、言い終わる前に全ての指が折れた。ならば次にと、身内を数えてみる。〝血縁者〟と称される以上、これが答えでいいはずだ。
「んー……? 足りてるなあ」
思い浮かんだ名前だけでも、なんだかんだ10人は軽く超えた。次は何を数えるべきか。そろそろ、残るカウント対象は限られてくる。
「……まさか」
アレか、アレなのか。だとしたら詰みだ。避けてきた対象を遂に突きつけられ、思わず頭を抱える。
――俺には、心の底から友だと言える人間がいない。
◇
翌朝。「ワンチャンマジで夢だった説」に一縷の望みを賭けるも、テーブルに置かれたままの通達書に肩を落とす。――日光よりも燦々と輝く、非常識な物体。それは今なお触れることができ、いよいよ幻覚の線も消えた。
「……ははっ」
とりあえず、外に出て空気を吸おう。脳が現実逃避を指示し、気付いた頃には家を飛び出していた。
◇
青い空、白い雲。生き生きとした雑草は頬を撫で、河川敷で寝転がる俺に「元気出せよ」と煽ってくる。そんな不届きものを引っこ抜き、遠くで往来する電車を見据える。橋の上を駆け抜けるアレは、今日俺が乗るはずだった電車だ。
「あーあ、あんな詰め込まれちゃってかわいそうに」
車内を見通したわけではないが、今は通勤ラッシュ時。おそらく乗客は肩と肩をぶつけ合い、ストレスを大量発生させているに違いない。
だが、そんな地獄はもう自分には関係なくなるのだ。そう思うと、悲しいかな笑みがこぼれた。
「さて、と……。次はどうすっかな」
前から気になっていたモーニングを食べられたからか、気分は珍しく上を向いている。普段は最寄りのコンビニですら億劫だが、今は空港だろうと軽々行けそうだ。
「よし、映画でも観に行くか!」
公開されたばかりの映画の特等席で、ポップコーンとジュースを貪ってやる。早速スマートフォンで席を取り、駅に足を向けた。
◇
それから俺は、思いつく限りの贅沢をした。高級焼肉店でありったけの肉を注文し、欲しかった靴や服を買い漁った。更には嫌厭していた宝くじを買ってみたが、帰路に着いたところで「あ、これ当たっても結果見れないじゃん」と気付いた。
「うーん……。こんなに自由気ままなの、生まれて初めてだな」
学生の頃は、親に言われるがままひたすら勉強に励み。社会人になってからは、上司のご機嫌取りと積み上がる仕事に挟まれ。常に息苦しさを覚え生きてきた自分にとって、皮肉にも「今が一番生きている」と実感できていた。
◇
満足感を胸に抱え、フロントでチェックインを済ませる。 ――そう。今日から俺は、ホテル暮らしなのである。それもただのビジネスホテルではなく、地元で最も有名な高級ホテルだ。
浮いた格好は視線を集めたが、そんなのどうでもいい。キャリーケースを引きずり、借りた部屋に向かう。
「やば、俺の家より広いじゃん」
案内されたのは、あろうことかスイートルームだった。中央の丸テーブルには花が飾られており、気分がいくらか軽くなる。しかし何より目を引いたのは、窓際に据えられた巨大ベッドだった。
シワ一つないシーツに寝転べば、どれだけ疲れが取れるだろう。うっかり体重をかけるも、どうにか踏み止まる。……今の俺は、不衛生だ。
「……とりあえず、飯でも食べてくるか」
さっさと食事を済ませてくつろごう。何処に行くかも決めていないが、バッグを背おい部屋を離れた。




