第17話:宿屋の夜
夕刻、酒場を後にした俺とリシテアは、ヴァルドと宿屋で落ち合った。
部屋の明かりに照らされたヴァルドは、卓上に広げた地図を指でなぞりながら俺たちを迎える。
「お戻りでしたか、カイ殿。私の方も多少の情報が集まりました」
「こっちもだ。街の情報屋から少し話を聞いてきた」
互いに視線を交わし、俺たちは順に情報を突き合わせていく。
「黒狼傭兵団とラブプラム武器商会……今のカルナスはその二つがぶつかってるらしい」
俺の言葉にヴァルドは頷いた。
「ええ。元々この街を仕切っていたのは“カリア商会”という古参の交易組織だったのですが……数年前にラブプラムが急成長し、実質的に地位を奪ったそうです。その過程で黒狼傭兵団との協力関係が崩れ、今では犬猿の仲となっているとか」
リシテアが腕を組む。
「つまり、黒狼からすれば『昔からの取引相手を潰された』って怒りってわけね」
「その通りでしょうな」
ヴァルドの声音は低く重い。
ヴァルドは少し間を置いてから続けた。
「さらに気になるのは……ラブプラム武器商会の裏に“グラン帝国”の影がちらついていることです」
「……グラン帝国?」
聞き慣れない名に、思わず眉をひそめる。
「この大陸北方に広がる大国です。軍事力・経済力ともに他の諸国を凌駕し、覇権を狙っていると噂される存在……」
「そんな国が、わざわざカルナスみたいな一都市国家に?」
「帝国の狙いは交易路の掌握でしょう。カルナスは南北を結ぶ要衝ですからな。ここを抑えれば、大陸全土に影響を及ぼせます」
部屋の空気が一気に張りつめる。
ただの商会と傭兵団の小競り合い――そう思っていたものの、その裏には大国の影があった。
「……つまり、この街はただの縄張り争いじゃねぇ。もっとでかい渦の入口ってわけだ」
俺の言葉にヴァルドは重々しく頷いた。
「カイ殿、ラブプラムと帝国の繋がりを証明できれば、王国にとっても大きな意味を持ちます。ですが、危険もまた計り知れません」
リシテアが苦笑しながら肩をすくめる。
「まーた厄介ごとに首突っ込むことになりそうね」
俺は黙って剣に手を置いた。
この街での出会いと出来事が、やがて国を作る夢へと繋がる気がしていたからだ。