第16話:酒場の影
ルカに案内され、俺たちは路地裏の酒場に足を踏み入れた。
昼間だというのに店内は薄暗く、木の机と椅子が雑然と並び、酔っ払いが何人も突っ伏している。
香辛料の匂いと酒の匂いが入り混じり、外の喧騒とは別の熱気に包まれていた。
「……ここなら人目も気になりません」
ルカは慣れた様子で奥の席に腰を下ろした。
俺とリシテアも席に着くと、少年は小声で話を切り出す。
「今、この街カルナスはちょっと不安定なんです」
ルカの声は低く、真剣そのものだった。
「一方には“黒狼傭兵団”。この街で大きな影響力を持つ武闘派の集団です。治安維持にも一応協力してますが、やり口は荒っぽい」
「そしてもう一方が“ラブプラム武器商会”。交易で儲けた金を元手に武装を広げ、傭兵団に取って代わろうとしている商人グループです」
「両者の間では小競り合いが頻発していて……一般人にまで被害が及んでいます。王国からの紹介状があっても、ここではあまり意味をなさないかもしれません」
リシテアが顔をしかめる。
「つまり、どっちが仕切るかで街全体がピリピリしてるってわけね」
「はい。だから旅人は、巻き込まれないように気をつけるべきです」
俺は腕を組み、話を噛みしめる。
「……なるほどな。お前はどうしてそんなに詳しい?」
ルカは少し考え、正直に告げた。
「僕は“黒狼傭兵団”に雇われている情報屋です。まだ駆け出しですが……ラブプラム武器商会の素性を探るのが僕の役目で」
「武器商人どもが怪しい動きをしているのは確かです。裏に何かある――そう思っています」
そう言うと、ルカはすっと立ち上がり、静かに微笑んだ。
「……これ以上は、傭兵団の仕事です。余計なことを話せば僕の首が飛びますから」
一礼し、少年は店を後にする。
残された俺とリシテアは、しばし黙ってその背中を見送った。
「……面白い子だったわね」
「そうだな。だが話を聞く限り、この街に関わらずにいるのは難しそうだ」
酒場のざわめきの中で、俺は剣の柄を握りしめた。
カルナス――この街で、次の波乱が始まろうとしていた。