第11話:退職金と師弟
ヴァルドの屋敷に案内された俺は、机の上に積まれた革袋を見て目を丸くした。
ずしりとした音を立て、中には金貨がぎっしりと詰まっている。
「……これ、なんだ?」
「私の退職金ですな」
ヴァルドは穏やかに答える。
「陛下から、今後の生活費として下賜されたもの。ですが、老い先短い私には、必要のない金です」
「いやいやいや!絶対必要だろ!老後とか、病気とか!」
「老後はすでに始まっておりますよ、カイ殿」
彼は冗談めかしながらも真剣な眼差しを向けてきた。
「この金は、そなたの“国づくり”のために使いなさい」
「……そんな簡単に受け取れるかよ」
「受け取るのです」
ヴァルドはいつもの丁寧な口調のまま、だが揺るぎのない声音で言い切った。
「そなたが道を歩むために、私が出来る最初の奉仕。それを無駄にするおつもりですかな?」
「……ぐっ」
渋々袋を抱え込む俺を見て、リシテアが肩の上で笑った。
「素直に『ありがとう』って言えばいいのに。ほんと可愛げないわね」
「うるせぇ」
⸻
数日後、城の訓練場。
俺は汗だくになりながら木剣を振り回していた。
「違う、違いますな。腕の力で振るのではありません」
ヴァルドが背後から穏やかに声をかける。
「剣は体全体の流れで振るもの。肩から腰へ、腰から足へ――全身で一つの線を描くのです」
「な、なんだよその理屈!俺、運でなんとかしてきたんだぞ!」
「運だけでは長く生き残れませんぞ」
ヴァルドは木剣を軽く構え、流れるように一閃した。
力強さではなく、無駄のない動き。
ただそれだけで、俺は息を呑んだ。
「見事な剣は、時に幸運すら呼び寄せるもの。――さあ、もう一度」
「ちくしょう……分かったよ!」
必死に木剣を振る俺を、リシテアがケラケラ笑いながら応援していた。
「ほらほら、もうちょっと腰入れて!今のアンタ、ただのチャンバラだよ!」
「黙ってろ!」
⸻
夕暮れ。
稽古を終えてぐったりと座り込む俺に、ヴァルドが水を差し出す。
「疲れましたかな」
「……死ぬかと思った」
「なら、良い稽古でした」
ヴァルドは笑った。
「カイ殿。運を頼るのは悪いことではありません。しかし、己の力を磨かぬ者に、運は長く微笑まぬ。どうか、覚えておいてくだされ」
その言葉に、俺は黙って頷いた。
胸の奥に、じんわりと温かいものが広がっていた