第9話:焚き火の夜
山賊の砦を後にした俺とヴァルドは、街道近くの林で野営することにした。
焚き火の赤い炎が、静かな夜を照らしている。
「……ふぅ」
ようやく一息ついた俺は、剣を横に置いて仰向けになる。
肩の上で、リシテアが小さくあくびをした。
「勝ったじゃない、カイ。これで一歩前進よ」
「……ああ」
確かに勝った。
だが心臓の鼓動はまだ収まらず、剣を握った手が微かに震えている。
そのとき、不意に過去の記憶がよみがえった。
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高校二年の夏、俺はクラスの文化祭実行委員を「押し付けられた」。
「お前、人望ないし暇そうだからやっとけよ」
冗談交じりの言葉で、役を回されたのを覚えている。
最初は嫌で仕方がなかった。
「俺が仕切ったって、どうせグダグダになる」
そう思いながらも、仕方なく準備を進めた。
けれど――意外にも、仲間たちはそれぞれの得意を持っていた。
「料理なら任せて!家庭科部の力、見せてあげる」
明るく笑う女子。
「絵なら描ける。看板くらいなら」
黙々とスケッチを重ねる美術部のやつ。
「おう任せろ!客引きは俺たちがやる!」
声を張り上げる運動部の連中。
誰かがやりたいことを言い出すと、他の誰かがそれを支えた。
バラバラだったクラスが、少しずつひとつになっていった。
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当日。
模擬店は大盛況だった。
焼きそばの香ばしい匂いが人を呼び込み、色鮮やかな看板が客の足を止め、運動部の声に釣られて人の波が押し寄せた。
慌ただしさの中でも笑顔は絶えず、皆が全力で楽しんでいた。
俺は走り回り、声を張り上げていた。
「材料追加! あと五分で完売だ!」
「交代! 次の班、急げ!」
必死なのに、不思議と胸の奥が熱くて仕方がなかった。
結果、俺たちのクラスは学年で一番の売上を叩き出した。
打ち上げの焼肉で、誰かがぽつりと呟いた。
「やっぱりカイがまとめたからだな」
その瞬間、胸がいっぱいになった。
(俺でも、人をまとめられるんだ。皆で力を出し合えば、どんなことだってできるんだ)
――あの時、心の底で「またこんな場所を作りたい」と思った。
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だが現実は違った。
大人の世界は理不尽ばかりで、努力しても報われず、評価はコネや機嫌次第。
文化祭のような「皆が輝ける場所」は存在しなかった。
俺は夢を捨て、ギャンブルでしか熱を感じられなくなっていた。
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「……でも」
焚き火の火を見つめながら、俺は呟いた。
「この世界なら、できるかもしれない。皆が力を出し合って、笑って生きられる場所を……」
「国を作る、ってこと?」
リシテアが口を挟む。
「……ああ。俺は――俺の国を作る」
決意の言葉は、夜空に吸い込まれていった。
焚き火の向こうで、ヴァルドが目を細める。
炎が揺れる光の中、その瞳が静かに輝いていた。
「……なるほど。やはり、ただの若者ではありませんな」
その声音には、確かに俺を認める響きがあった。