婚約者を奪おうとしている?男爵令嬢にワンパンかますため22才の淑女ですがもう一度学生に戻ります。
両家の親が友人同士で8才の時に出来た私の婚約者。
その名もトム・スミス伯爵令息。
平凡な名前の通り全体的にハシバミ色だが、容姿は貴族らしく整っている。
魔法や学問に関する才能もそこそこあるらしく現在は学園の教授を勤めているのだが…。
月に一回の茶会で会うが、会話は特になし。
お天気の話をしたら即会話終了。
彼は本を開き始め、帰る間際まで会話はない。
お互いに愛はないが親の手前、婚約破棄するわけにもいかず結婚をずるずる先延ばししている状態である。
そんな時、知己の子爵令嬢から光魔法を行使する元平民の男爵令嬢の話を聞いた。
彼女は天真爛漫で周囲の男子生徒をとろけさせ、虜にするそうで母校は大変なことになっているらしい。
あろうことか学園の教師をしているトムもたぶらかされているとか。
好きでもなんでもないが、私と言うものがありながら浮気をするなんてプライドが許さない。
私は証拠を押さえるため再入学することに決めた。
*○*○*○
22才で学生服に身を包み、件の男爵令嬢とタイマンをはるため学園に乗り込む。
メイドは「良くお似合いですお嬢様」と言ってくれたけれど、22才で学生服…色んな意味でキツい。
教師として乗り込もうかとも考えたが、あいにく採用を受け付けておらず。
公爵家の権力を使ってねじ込むことも出来ただろうが、たかが私怨で周りに迷惑をかけたくない。
まだ学生時代の制服がぴったり合ったことが救いだ。
少し胸とお尻の部分が苦しいがいけなくもない。
学生時代の縦ロールは封印し、年相応に腰まで届くストレートヘアーをハーフアップで纏めて貰う。
筆頭公爵家に受け継がれる特徴的な若草色の髪にシトリンの瞳、きめ細かく白い肌、社交界のバラと呼ばれるほどの整った容貌、洗練された佇まいはどこからどうみても優雅な貴族そのもの。
ただ学生というよりは教師の方が似合う年齢だというだけ。
なんでこんなことになってしまったのか。
それもこれも婚約者トムが16才の麗しき聖女見習いに現を抜かしたからだ。
そう、全てあいつのせい。
話を聞いた時点で彼女の実家である男爵家に苦情を入れることもできたが、この目で事実を確認し、裏をとった上でないと。
なによりその女のツラを直接拝み、ワンパン入れるまでは腹の虫がおさまらない!
家族はなぜか嬉しそうに入学を後押ししてくれた。
誰一人として気づいていないのだ。
浮気者のトムのこともワンパン入れて婚約破棄してやろうと思っているなんて。
*○*○*○
「はじめまして、今日からお世話になるアナベル・テイラーですわ。
よろしくお願い致します。」
完璧なカーテシーをかます。
私の様子を見ていた老獪な教授は訳知り顔で去っていった。
前回の時にも彼から魔法学を教わったっけ。
はっきりいってもうこの学園で学ぶことはなにもない。
魔法も上級クラスまで使いこなせるし、礼儀作法も完璧。
生徒達もといクラスメイトからじろじろ見られているが全然気にならない。
全然だ。
ひとまず目的の男爵令嬢を探す。
ひときわ華やかな雰囲気の男女が教室の中央に陣取っているのが目に止まる。
いたわ、プラチナブロンドにエメラルドの瞳の少女。
クリンと髪は巻いており、紫色のリボンで一つにまとめて高く結い上げている。
なかなか可愛いじゃない。
もうすでに彼女の両隣、後ろ前は美男子で埋まってしまっている。
この学園は自由席だ。
「貴女、淑女が婚約者のいる男性を侍らせるなんて良くないことでしてよ。」
「えっ、私、そんなつもりじゃ…。」
近づいてさっと注意すると、大きな瞳が揺れる。
可愛い。
なんだか小動物のようで庇護欲をそそられるわ。
これに皆やられたのか。
なんだか微妙に納得感がある。
「テイラー公爵令嬢、彼女はそういう人ではありません。」
「ではどういう方ですの?」
子爵令息の言葉にじろりと睨み付けると数人が黙り込む。
こういう時に迫力ある美人で良かったと思う。
そして皆、私より家格が下なのだが一人だけ例外がいた。
「彼女は元平民だからあまり貴族の作法は知らないのです。
これから学んでいくところなのですから多めに見てあげてはどうでしょう。」
この国の第三王子だ。
ちゃっかり聖女見習いの隣に座っている。
その2列後ろには彼の婚約者である公爵令嬢が複雑そうな表情で着席していた。
なんだか見ていてこちらが心苦しい。
「そんな悠長なこと。
この学園に入学する前に通常なら身に付けておくべき常識です。
殿下も同罪ですわ。
婚約者のいる男性がみだりに他の女性に近づいてはなりません。
そんなことは常識でしょう?」
かっと頬を染めるうら若き第三王子にすかさず側近候補である伯爵令息が援護射撃を放つ。
「いくら貴女が筆頭公爵家だとしても今のは王族に対する態度ではないと思いますが?」
「私の言っていることが間違っていまして?
私が無礼だと言う前に自らの恥ずべき行動を省みるべきでは?
私は諫言を呈したまでですわ。
別に国王陛下に報告していただいてもよろしくてよ?」
ドンッと壁ドンならぬ机ドンをかます。
「貴方の婚約者はどう思ってるのかしら、鼻の下を伸ばしてよその女と仲良くしているのをね。裏切りは罪よ。」
賢いと言ってもまだ16才の男の子だ。
詰め寄られ真っ赤になって涙目になってしまっている。
「それなら君も少し近すぎるんじゃないか?」
聞き覚えのあるハスキーボイス。
振り向けばトムがいた。
一限目は地理学。
彼の受け持つ学科だ。
いつになく険しい表情で男子生徒を睨み付けている。
こちらとは目を合わそうともしない。
劣性になっている聖女陣営を助けに来たのだろうか。
「貴方も教師なら立場をわきまえるべきですわ。きちんと注意して差し上げないと。
それともこの娘に現を抜かしているからできないのかしら?」
きっと睨み付ければ、ぽかんと間抜け顔をしたトムと目が合う。
超久々に視線があったかと思えば咳払いをして慌てて私から視線をそらし、教卓の方へ帰っていく。
一瞬の心底不思議そうな顔を見てこちらが不思議な気持ちになる。
予鈴が鳴り、授業が開始される。
ビクビクしている男爵令嬢の周りからいつの間にやら男達がいなくなっていた。
素知らぬ顔で隣にスッと腰かけ、授業を聞く。
トムの授業は以外に面白く、飽きることなく最後まで聞けた。
*○*○*○
何人かの女生徒からお礼を言われ、ついでに私の取り巻きと化したので、そこに聖女見習いの男爵令嬢アリア・カーターも引き入れた。
初めはみんな難色を示していたが、すっとんきょうな行動はあるものの話してみると悪いやつじゃない。
すぐに馴染み、今では男をたぶらかしているなんて言うものはいなくなった。
なにせ言われたことはすぐに正す素直さもある。
肝心のトムはというと、相変わらずチラチラチラチラこちらを見てくる。
たぶらかされている確たる証拠は掴めていないがこのチラ見、明らかに好きな女の子を見る感じのやつだ。
22才の大の男が16才の少女にフォーリンラブ。
6歳の歳の差と思えばいけなくもないが、先生が一方的に生徒に好意を寄せているとなるとちょっと…。
しかも婚約者ありだからいただけない。
ま、その婚約者、私なんですけどね。
「ちょっとスミス先生、チラ見が過ぎるのではないですか?
そんなに制服がお好きなのですか?
まるで変態さんね。
それとも私の友人の中に意中の方がいらっしゃるのかしら?」
「変態は君の方だ。
皆が君のことを見てる。
そんな格好で人前に出ないでくれ。
…もう退学して欲しい。」
サンドイッチ片手に食堂でこちらにチラ見を決め込むトムに突撃したら、暴言を浴びせられた。
先に暴言を吐いたことは認めるが、何も本気のトーンでそんな困った顔でうつむかなくても…。
やっぱり22才にはキツいのか…?
ぐるりと周囲を見回すと、皆それぞれに食事を楽しんでいるが、こちらを見ている男子生徒が結構な数いた。
まぁ大方すぐ後ろにいる取り巻きーず&アリアを見ているんだろうが…
そう言われてみれば変態、なのか…?
くっ、誰のせいでこうなったと思ってるんだ!!
私だってこの歳で制服を着るのは恥ずかしいんだからねっ!!!
折れそうになる気持ちをなんとか奮い起たせトムの対応に取りかかる。
「変態とは失礼ですわ!
学生は制服を着用するものでしょう!
この私に似合わないとでも?」
ずずいっと近寄ると、トムはその分だけ離れて行き、もごもごと何か言った後去って行った。
撃退完了。
「あの、本当にアナベル様はスミス先生に愛されていらっしゃるのですね。」
頬を染めてアリアが言ってきた時には驚いた。
取り巻き達もウンウンとうなずいてさっきのことを楽しそうに話し始めた。
どこをどうとったらあいつが私を愛しているだなんて思うのだろう。
不思議すぎる。
「あら、私達に愛はないのよ。
家のしがらみで婚約しているだけ。
私は婚約破棄したいと思っているのよ。
そうするつもりで入学してきたの。」
「アナベル様、こんなところでおっしゃられると噂として広まってしまいますわ。」
「いいのよ。
あんな無礼なことをいう人はこちらから願い下げだわ。」
慌てた様子の取り巻き達の言うとおり、全生徒が集まる食堂でそんな話をしたからか噂は瞬く間に広まった。
あの2人は婚約破棄予定らしい、筆頭公爵家の行き遅れた令嬢が婚約破棄?!
面白そうな話題はすぐに広がる。
まぁ別に全く問題ない。
家督はお兄様が継ぐし、お姉様は他家へ嫁ぎ済み。
妹が結婚しなかったぐらいで筆頭公爵家の地位が揺らぐこともない。
別に今だって領地経営してるし一生独身でも問題ないし。
もうやるったらやる。
トムがアリアを好きだという確たる証拠は揃わなかったが、両親に今日説明して伯爵家には明日手紙を出そう。
色々な手配や今後のことで頭がいっぱいになっていたからトムが近づいてきていることに気がつかなかった。
「どう言うことだ?」
いつになく焦った様子の彼に呼び止められたのは噂の広まりきった放課後。
下校途中だった為いつもの取り巻き達とアリアはいない。
走って追いかけてきたのか息がきれている。
「あら、教師でありながら、女生徒をチラチラチラチラ見るような変態と誰が結婚したいのかしら?」
ギャラリーが増えてきた。
この件は私のためにもトムのためにも一度改めた方がよさそうだ。
口を開きかけた時、すっとんきょうなトムの声が遮った。
「女生徒を?見てなんてないぞ!」
「見ていましたわ。
カーター男爵令嬢をチラチラチラチラ。」
「違う!僕が見ていたのはカーター男爵令嬢じゃない!」
じゃあ誰を?
心底不思議そうな顔でもしていたのだろうか。
真剣な顔をしたトムにがっしりと両方の肩を掴まれる。
「君に決まってるだろ。」
え、私?
「変な勘違いをするのはやめてくれ。
子供なんて好きになるわけないだろ。
なぁ頼むから退学して欲しい。
男子生徒が君を見てるんだ。」
「へ?」
「君が他の男にじろじろ見られるのは嫌だ。
僕が嫌ならこのまま結婚しなくて良いからこれまで通り家にいてくれないか?」
どういうこと?
これじゃあまるで…
「ただ…婚約破棄を受け入れるつもりはない。
君を離すつもりもない。」
かすれた声で懇願する姿は真剣そのもの。
とても嘘をついているようには見えない。
「なぜですの?
だって貴方だって私のこと好きでもなんでもないじゃない?」
「僕は好きだよ。」
「え?なんて?」
まわりに集まる生徒達から黄色い歓声が上がる。
野次馬はゆうに30人は超えている。
下校途中の生徒が次々に足を止めているからもっと増えていくだろう。
「恥ずかしいから一回で聞き届けてくれ!」
いつも冷静なトムの顔は真っ赤だ。
こんなにトマトみたいになってる人初めて見た。
「君との婚約が決まる前から、初めて会った時から好きなんだ…。」
至近距離で視線が絡み合う。
いつも話す時は少し離れていたし、トムは視線を合わせようとしなかった。
ハシバミ色の瞳は熱を帯び、まっすぐにこちらをとらえている。
なっ、なななななっ。
こちらまでつられて赤面する。
「いっ今更信じられませんわ!
いつもうつむいて名前すらまともに呼んでくれなかったくせに!」
「だって恥ずかしかったんだ…。
君があまりにも素敵だから…。」
今度は両手で顔を覆っちゃってる。
嘘だろ…こんなウブボーイだったなんて。
…なんか可愛いかもしれない。
「ワトソン君はいつもいつもカーター嬢を見ていたね。」
「そうそう、目が合う前にさっと顔をそらしたりして青春だなあと思ってたよ。」
私達が在籍していた時からの先生達がほのぼのと語り出す。
はっと気がつき、周囲を見渡すと黒山の人だかりどころの騒ぎじゃなくなっている。
男爵令嬢を張り倒すつもりが、ただ婚約者の愛を確かめに来た痛い女になってしまった。
「あの、トム…私、今すごく恥ずかしいわ。」
「…君のせいだろ。責任とってくれ。」
結局トムの熱意に根負けし、学園は退学した。
アリアは元取り巻きーずと楽しく過ごしており、変な噂が立つことももうなさそうだ。
実はあの子爵令嬢は嘘をついていたらしい。
なんでもなかなか結婚に踏み出さない私達を心配した両家の親から泣いて頼まれたとか。
後日、謝罪されたがもう後の祭りだ。
その後とんとん拍子に話が進み、私達は結婚して三人の子宝に恵まれた。
今ではもう相思相愛の仲だ。
fin
7月6日追記
誤字報告ありがとうございますm(_ _)m
7月13日追記
誤字報告ありがとうございますm(__)m