chapter.2 星の丘
二十一時。パジャマの上から上着を羽織って光の宮公園まで歩いた。
公園には、満星ともうひとり。金の長い髪をポニーテールにした外国人のような男性が立っていた。
「お、ハルちゃん来たね。時間ピッタリだ。」
満星は、男性に私を軽く紹介した。
「ハルちゃん、この人はね」
「儂の名はライ。新汰の……まあ、知人じゃ」
満星の言葉を遮ってライと名乗る男性は唸るような低い声で言った。古臭すぎる口調だ。おじいさんのような口調なのに、見た目は二十代半ばだから、違和感しか感じない。満星に感じた浮世離れした違和感と、同じものを感じた。あまりにもこの時代に似つかわしくない。
「じゃあまあ、行きますか」
「うむ」
ふたりだけで完結しないで欲しいものだけど。
ライは、私と満星に手のひらを差し出した。満星がライの手のひらに手を置いたので、私も同じように手を置いた。
「目を閉じろ。年若い女子には少々酷じゃ」
言われた通り目を閉じると、体が浮く感覚と風が頬に当たる感覚がした。
「もういいよ。ハルちゃん。」
満星の声に目を開けると、視界には満天の星空が広がっていた。薄く草の生えた丘の上に立っていて、そこには、私たち三人の他にも小学生くらいのこどもたちからおじいさん、おばあさんまで幅広い世代の人たちが、それぞれに固まって丘の上に座り、星を見あげていた。
「ここが、『星の丘』?」
「そう。はい、ハルちゃん座って座って。」
ライはもう既に座って星を見上げていた。その横に満星が座り、満星の横に私が座った。星の中に、見知った星の並びを見つけた。
「……オリオン座」
冬の星座。誰もが知る、とても有名な星座。
「そうだね。星というものは神話が由来なことが多いんだよ、ハルちゃん」
「ギリシャ神話。英雄オリオンの話じゃ」
ギリシャ神話において、オリオン座はサソリから逃げるため冬にのみ現れるとされる。
「英雄がサソリという天敵から逃げている、ということですよね。星になった今でも。」
「そうだね。世も末だよねぇ。英雄がサソリに、なんて。」
満星が微かに笑うのと、ライが煙草に火をつけるのと同時だった。ライは、細く煙を吐いて、無言のまま星を見つめていた。
「星になった英雄、素敵だよね」
満星はオリオン座を指さして、オリオンの話を続ける。あまりにも長かったので、流石に割愛する。
ライは終始煙草をふかしつつ、じっと空の一点を見つめていた。夜風で、綺麗な金髪が揺れる。前髪で隠れていた右目が、風で露になる。ライの、青だと思っていた目は、オッドアイだったらしい。青と赤。ますます外国人のようだ。
「……なんじゃ」
「あ、いや……何を、見ているのかなって」
じっと見ていたからか怪訝な顔をされた。
「……月じゃよ」
「……月」
今夜は新月で、月は見えない。そのはずだ。
「……見えんが、月は事実そこに在る」
新月だろうと、月が存在しているかどうかは問うまでもない。
ライはそこを、月が本来見えるであろう場所を見ていたのだ。
「ライさんは、相変わらず星より月ですか」
「ふん。星が嫌いな訳では無いわ」
相変わらず、ということはいつも月を見ているのだろうか。でも確かに、ここに星を見ている人しかいないとは限らない。月や、雲を見に来た人だっているだろう。
それぞれが、それぞれに夜を楽しむ。
それが、ここ『星の丘』なのだろう。