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[掌編集]嘘の五つの顔

Carve up -嘘の五つの顔①-

作者: palomino4th

 そうです、このまま歩いてください。


 街の郊外、民家もまばらで街灯のない深夜の道路ですが、あなたは夜目(やめ)も効いているでしょう。

 アスファルト舗装の道路は雑木林(ぞうきばやし)とただ広い更地(さらち)に挟まれてこのまま伸びていますが、いいです、このままです。

 ここは車もめったに通りません。

 今、大声を出したところで聴く人はいないでしょう。

 歌を唄ってもいいのでしょうが、あなたはそんな気分じゃない。

 見えて来ましたね、あのガレージです。

 資材置場のようですが、野積みされ雨ざらしです。

 夜中に見るのは初めてでしたね。

 少し離れたところに一台、白い軽トラックがあります。

 今まさに例の「彼」がいるわけです。


 防犯カメラも何もついてはいないようですが、ここでは足元に気をつけて、なるべく音を立てないように……。

 ……そう、そのまま歩いて。

 建物のすぐそばに来ましたね。

 手をついたりしてはいけませんよ、中には人がいます、音を立てないように。

 深呼吸をして落ち着いてください。

 あなたは泥棒ではありませんが、ひどく緊張をしてる。



 落ち着きましたか。

 改めて移動しましょう。

 窓がありますが、塞がってますね。

 内側から何か棚でも置いているようです。


 大丈夫、もう少しあるいて、裏手に回り込んでください。

 足元に気をつけて。

 日差しが当たらないこの裏側は湿気が多く地面は柔らかい。

 前方に地面に落ちた白っぽい線が見えてますね。

 内側の光が漏れ出してるのが分かりますが、建物の壁に出来た隙間があるのです。

 日中は裏手は光源がなく、中の人間は隙間には気づかない。


 見えますか。

 様々な資材の中、ガレージの一角で、艶やかに輝く裸身が立っている。

 顔を見て息を飲んでますね。

 これほど美しい人間がいるものかと……

 少年とも少女とも分からない面立ちはきっと男も女も魅了してしまうでしょう。

 でも落ち着いて。

 下の方を見れば分かるでしょう。

 足は岩石の台座に潜り込んでいる。

 この美しい彼/彼女は一つの彫刻なのです。

 頭髪も目の色、唇の色も無いことを見れば確かに彫刻なのですが、しかしまるで今にも動きだしそうな迫真のものですね。

 その足元に「彼」が伏せるような姿でいます。

 まるでその美しさに隷従(れいじゅう)しているような姿、半分は正しいのですが、今、彼は(のみ)を持ち細心の注意を払いながら作業しているところです。


 あなたのご存知の通り、この彫刻の作者は去年亡くなった偏屈な、しかし天才だった老彫刻家・Rの作品なのです。

 非常に疑わしい状況でありつつ、警察の調査では事故死ということになっていますが、あなたは「彼」のことを疑い続け、そしてどうやらあなたの予測は正しかった。

「彼」はRを手にかけ、その彫刻を奪い取った、それで間違い無いようです。

 しかし、それが事実として、勝手に作品を持ち出したことは証明できてもRを(あや)めたこと、これは証明できません。

 あなたには証拠を探す手段も能力も無いのですから。


 ただあなたは何に一番怒っているのですか?

 人を殺めたかもしれない男が正義の(さば)きを逃れ、のうのうと暮らしている事でしょうか?

 世にも(まれ)な美しい少年/少女の彫像を(かす)め取ったことでしょうか?

 どれも当てはまりそうですが……あなたは怒りとともに奇妙な恐怖を感じているんですね。

 それはRの作品に「彼」が加えている冒涜(ぼうとく)

 あなたが最も許せないことは、この素晴らしい芸術作品に、他者が手を加える行為だった。


 そうです、Rは彫刻を未完成にしたのではなく、わざと彫り切らない未完成のままの形にしていたのです。

 そうしないと、完璧すぎるその彫刻は彫刻であるのをやめて、魂を持ち人間になってしまう……


 おかしい考えですよね。

 でもRは本気でそんなことを考え、迫真の肉体を彫り出しながら、(おのれ)が魂のある人間ではないと思い知らせるために、その足を永久に台座にめり込ませたまま創作を終えていた。

 それを「彼」は自分で鑿を使い少しずつその台座から切り離そうと企んでいるのです。

 自分の恋したその彫刻から一人の人間の形を削り出し、その耳に「お前は魂を持っているのだ」という嘘を吹き込みまさに動かそうとしているのです。

 凡夫(ぼんぷ)に過ぎない「彼」に天才の手はないのですが、愛の狂気があり得ない奇蹟を起こそうとしているのです。

 その企みの完遂が、あなたの目前で。


 今、あなたの目に見る彫刻が、全身が彫り出されると同時に自分の意思で歩き出す……そんな光景を確信してしまったのですね。

 恐怖と好奇心。

 歩き出す美しい彫刻を見てみたい誘惑はとても理解できます。


 しかし考えて見てください。

 それはこの世界で許されていい事なのでしょうか。

 造物主(ぞうぶつしゅ)でもない人間がただの物質に魂を宿すなどということが。


 そうです、完成させてはいけません、これは阻止しなければならないことです。

 だがどうやって……

 ガレージに忍び込みますか?

 それはきっと成功しない、あなたには泥棒の経験も技術もない。

 「彼」と対面すれば、まずあなたには勝ち目はない。


 (あきら)めないで、一つ良い考えがあるのです。

 「彼」の作業を、ほんの少し失敗させればいいのです。


 あなたの足元を見て。

 石くれが幾つか落ちているのがわかるでしょう。

 一つを選んで。

 もう少し大きいものを。

 そう、それがちょうどいい。

 重さも御誂(おあつらえ)え向きです。


 さあ、このガレージの上に放り上げてください。

 大丈夫、他に人はいません、誰も傷つけることはないのです。

 躊躇(ためら)わないで。

 この世界で、彫刻が人間の手で魂を獲得することなど許されてはならないのです。

 さぁ……


 そうです!

 よくできました!

 突然の音に驚いて「彼」は鑿を滑らせ作品を傷つけてしまいました。

 あの彫刻は自分が彫刻であることを思い知らされ、もう魂が入り込むことは永久にありません。


 ああ、男が叫んでいます、獣のような絶叫。

 もの凄い狂乱。

 これはまずい、急いであなたもここから逃げないと。


 足を取られましたか、積み上げたガラクタを崩してしまいました。

 早く起き上がってください、身なりを気にしてる余裕はありません。

 早く走って。

「彼」にあなたの姿を見られました。


 手には鑿が握られたままです。

 激怒した「彼」は鋭い鑿であなたをどうするのか。


 ここは車もめったに通りません。

 今、大声を出したところで聴く人はいないでしょう。

 歌を唄ってもいいのでしょうが、あなたはそんな気分じゃない。


 もっと早く走って、もっと足を上げて。

 誰もいない夜更けの道を、もっともっと。


初出:2022年(令和04)09月26日(月) 

[ノベルアップ+] https://novelup.plus/story/277358771

『虚構新聞×ノベルアップ+ ショートショートコンテスト』テーマ「嘘」参加作品

( https://novelup.plus/event/kyoko/ )


改稿:2023年(令和05)09月06日(水)

[note] https://note.com/palomino4th/n/n040d28d7e65e


改稿:2025年(令和07)02月11日(火)

[小説家になろう]


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