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謎の沈没と上陸許可と

 問題の海域には1時間ほどで到達した。

 すでにその海域には八式飛行艇が2機、着水していた。

 場所はマリアナ海溝のほぼ真上。

 青い海面が真っ黒な油に汚れ、その中に様々な浮遊物が浮かんでいた。

 八式飛行艇から出されたボートに分乗した兵士達が浮遊物を調べる光景が、上空からはっきりとわかる。

「潜水艦の油だと思います」

「海軍が撃沈したんですか?」

「いえ」

 牧野中尉は言った。

「戦闘記録はありません。情報では、八式飛行艇がこの油を確認したそうです」

「事故……ですか?」

「まさか」

 牧野中尉は首を横に振った。

「浮遊機雷に接触したにしても……こんなところで?」




「浮遊物から見て」

 その夜、美奈代達は二宮から話を聞いた。

「沈んだのは中華帝国海軍の攻撃型原子力潜水艦“長征7号”だ」

「沈没の原因は?」

「専門家による分析では、事故による沈没ではなく、撃沈された事は確実らしい。ただ、米軍は関与を否定した。我が国もだ」

「じゃ、一体何が?」

「一つ、気になることがある」

「……」

 二宮はプロジェクターに一枚の写真を映した。

 へしゃげた金属片だ。

「潜水艦の外部パネルだ。かなり大きいが、海上に浮いているのを海軍が回収した―――和泉」

「はい?」

「意味が分かるか?」

「自分には」

 美奈代は答えた。

「ただの破片にしか見えません」

「覚えておけ。この破壊痕は、爆発によるものではない」

「爆発では―――ない?」

「メサイアで言ったら、ヴェイルアタックによる貫通痕はこんな感じだ」

「まさかっ!?」

 美奈代達はそれでようやく理解が出来た。

「この潜水艦を沈めたの!」

「私はそう見ている」

 二宮はニコリともせずに言った。

「こいつらは、中華帝国軍より厄介だぞ?」




 翌日。

 美奈代達は精神的に緊張した朝を迎え―――ていなかった。


 まる一日の上陸休暇が許可されたからだ。


「うわぁ」

 さつきが感慨深げに何度も足で土を踏みつける。

「久しぶりの土の感触だけどさぁ……」

「で……」

 美奈代は妙な感覚に襲われていた。

「何で、こんなに体が重い?」

「気持ち悪い……」

 皆が緊張しているのは、その体の方だ。

 とにかく、自分の体とは思えないほどに重い。

 腕すら満足に動かない。

 せっかくもらえた上陸許可なのに、体がこれでは楽しむことは出来ない。

「飛行艦慣れですよ」

 丁度、別なTACタクティカル・エア・カーゴに乗っていた牧野中尉が楽しげに笑って言った。

 その後ろには同じMCメサイアコントローラー達がいる。

「飛行艦慣れ?」

「ええ―――無重力に慣れている筋肉に重力がかかるから疲れを感じるんです」

「中尉達は慣れていますね」

「体がもう―――ね?」

「それにしても」

 美奈代は、牧野中尉達、MCメサイアコントローラー達は一様に手にバッグを持っているのに気づいた。

「どこかにお出かけですか?」

「ええ」

 牧野中尉は頷いた。

「せっかく、米軍のグレイファントム部隊が監視任務についてくれるわけですし」

 妙に浮かれた声だ。

「何よりせっかくの上陸ですっ!南国でバカンスとしゃれ込もうと!」

「わ、私達もぉっ!」



「こう見ると……」

 都築は砂浜に寝そべりながら、海辺で戯れる牧野中尉達、MCメサイアコントローラーに視線を向けていた。

「いい体してんだよなぁ……みんな」

「そうですねぇ」

 山崎はパラソルを運び、ジュースの入ったクーラーボックスやシートの設置に余念がない。

「山崎ぃ」

「はい?」

「お前も少しは遊べよ」

「いやぁ……」

 山崎は照れたような笑い声を浮かべて言った。

「僕はどうも、こういう準備の方が楽しいらしくて」

「損な性分だ……おっ?」


 そこに現れたのは宗像達だ。

 かなりきわどいラインの水着を難なく着こなす宗像が、海岸にいる男女問わず視線を独り占めしているのは間違いない。

 都築には、さつきと美晴が何とか距離を取ろうと虚しく足掻く理由が分かる気がした。

「待たせたな」

「待ってねぇよ」

「何だ」

 宗像は砂浜に寝そべってそっぽを向いた都築の顎をその細い指でなでた。

「私の体を見て起きあがれなくなっているのかと思ったぞ?」

「わけねえだろ」

「なら起きあがってみろ」

「……いろいろ事情があるんだよ」


「さすが宗像さん、都築さんが玩具にされてますねぇ」

「ふふっ。コントみたい」

「にしても……都築。うつ伏せの下、どうなってるんだろ」

「きっとさぞソマツなものが……」

「見たの?」

「想像です―――大ちゃん?何してるの?」

「ああ、これです」

 山崎は袋から椰子の実を取り出すと、コンバットナイフで器用に穴を開け、ストローを通したものを美晴達に手渡した。

「やりっ!」

 さつきが歓声をあげた。

「山崎君、さっき何か買っていると思ったら!」

「冷えているのが売っていましたから―――早瀬さん飲みたい飲みたいいっていましたし」

「美晴っ!あんたの亭主は大したヤツだよっ!」

 ストローに口を付けながらさつきは満足げに美晴の背を叩く。

「うんっ!これよこれっ!」

「おいしいっ!」

「久しぶりの果物ですよね」


「おいコラッ!助けろっ!」

「なら起きあがってみせろ」

「お姉さまっ!オトコなんてフケツなモノに何てコトしてるんですかっ!」

「優―――やってみろ。面白いぞ?」

「……」《実験中》

「面白くないですっ!―――ううっ、ブタにも劣る感触……気持ち悪……」

「フッ……こっちの方がいいか?」

「お姉さまぁ……もっと抱きしめてくださぁい♪こんな便所コオロギに触れて汚れた体を綺麗にしてくださぁい♪」

「ふふふっ……素直だな……都築?何を泣いている?」

「あらぁ?都築君、どうしたの?」

「中尉、都築准尉はピーチボーイとしての生理現象に悩んでおりまして」

「まぁ♪」

 三人が満足している向こうでは、都築が玩具になっていた。


「ところで……」

 山崎はそれに気づいた。

「和泉さんは?」

「美奈代?」

 さつきが思い出したように辺りを見回した。

「更衣室まで一緒だったんだけどなぁ……」

「無理もないですよ」

 パイナップルをかじりながら、美晴は意味ありげに頷いた。

「美奈代さんって、本当に世間知らずなんですね」

「美晴さん。どうしたんです?」

「美奈代さん。水着買いに行って“アレ”を選んじゃったんですよね」

「……ああ」

「多分、みんなが着ている水着見て“これもしかして違うんじゃない?”って気づいて、それで……出て来られなくなったんじゃないか……と」

「いえ」

 山崎が新しい椰子の実をクーラーボックスから取り出しながら言った。

「来ましたよ?」



 美奈代は何故かしっかりとジッパーを閉じたパーカーに身を包んでいた。


「美奈代?」

「……う」

「どうしたの?始まっちゃったら、海は入らない方がいいよ?」

「いや……大丈夫だが……」

 ちらちらと視線を送るのは都築だ。

「ああ。心配ないよ。あのケダモノなら、みんなが押さえてくれているし」

「……う、うん」

「飛行艦慣れを直すには、1時間位、水に浸かっているといい。しかも海水ならなおベターなんでしょ?」

「そうだな……」

 美奈代は立ち上がると、皆から少し離れた所に向かって歩き出した。

「どうした和泉」

 突然、美奈代を背後から抱きしめたのは宗像だった。

「きゃっ!?」

「そんな色っぽい声をあげて―――ん?こんなパーカーは邪魔だ」

「や、やややめっ!」

 美奈代の手が、パーカーのジッパーにかかった宗像の手をなんとか止めようと力を込める。

「ふふっ……恥ずかしがり屋だな」

 宗像の舌がうなじを走る刺激に驚いた和泉は思わず手の力を緩めてしまった。

 そこを見逃す宗像ではない。

 ジッパーが一気に下がり、美奈代の水着が皆の前にさらけ出された。


 そこで露わになった水着―――それは、俗に言うスクール水着だった。

 少なくともここは高校ではない。

 そして美奈代はそろそろ二十歳だ。

 着るべき場所でも歳でもない。


「い……和泉」

 皆が驚いたのも無理はない。

「み、美奈代さん?そ、それはマジっすか?」

「な、何のコスプレ?」

「そ……それは反則……」


「だっ、だけどっ!」

 美奈代は胸元を押さえながら抗議した。

「み、水着といえば、これしか想像出来なくてっ!」



「い……和泉」

 ようやく皆から解放された都築は、思いっきり体育座りになっていた。

「おい都築……どうした?鼻から出血が」

「そ……それは」

「とりあえず鼻血を止めろ」

「教えてくれ―――その水着は」

「だから何だっ!悪かったなっ!」

「お―――俺を、誘っているのか?」

「誰がだっ!」

「……ねぇ」

 そんなやりとりを都築の間近で聞いていたMCの一人が同僚に訊ねた。

「都築君……妙にイカ臭くない?」

  



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