ボルネオ島、陥落
●ボルネオ島中華帝国軍陣地
鼓膜が破れそうな音と、口を開けば舌を噛みそうな程激しい振動が支配する世界。
空爆を受ける世界とは、大凡そういうものだ。
米軍の猛烈な反撃は、鉄の嵐という言葉を具現化した形で行われた。
上陸用舟艇から発射されるロケット弾攻撃。
艦の種類を問わない艦砲射撃。
昼夜を問わない爆撃機による空爆。
地下陣地を駆使して死に物狂いの抵抗を見せていた中華帝国軍だったが、火炎放射装備のグレイファントム部隊の前には為す術もなかった。
戦闘開始から3日。
中華帝国軍は沿岸部陣地を放棄。
ボルネオ島の山間部への移動し、少数によるゲリラ攻撃に戦術を変更した。
一方、米軍は中華帝国軍が潜んでいるとおぼしき場所に容赦なく絨毯爆撃を続け、グレイファントムを投入し、将兵をジャングルごと焼き払った。
中華帝国軍将兵は、戦闘と呼ぶにはあまりに一方的な戦況の中、米兵を震え上がらせる程の戦いを見せた。
導火線に火のついた爆薬を背負い、全身に銃弾を浴びながら米陣地へ飛び込んだ少年兵や、戦死者の山に数日間潜んで米軍の後背から攻撃を仕掛け、倍する戦力の米軍と差し違えた部隊などは枚挙に暇がない。
昼夜を分かたず、死を怖れず、果敢、いや、狂ったように攻撃してくる中華兵、そして彼らがジャングルの中に仕掛けた様々なトラップに、米軍兵士達は心身ともに追いつめられた。
肝心のグレイファントム相手にでさえ、中華兵達は生身で立ち向かったのだ。
火炎掃射のため接近するグレイファントム。
その予想針路にあるタコツボや砲撃孔に水を入れておき、グレイファントムが近づくとその孔に身を潜める。
グレイファントム達の熱源探索にひっかからないための工夫だ。
そして、その巨大な脚が近づくなり穴から飛び出してグレイファントムの脚に踏みつけられる。
背中に背負っていた高性能爆薬がその代償として、グレイファントムの足を吹き飛ばす。
突然この攻撃を喰らい、ショックで火炎放射装置のトリガーを引き、前方を移動していたグレイファントムを火達磨にしたケースもある。
あるいは、対戦車ランチャーを火炎放射装置にむけて発砲。一瞬で火葬された騎も一騎や二騎ではない。
最も弱いはずの歩兵が、世界最強のグレイファントムを喰う、異常な戦場で、米軍再上陸作戦開始から一週間が経過しようとしていた。
後送される米軍兵士の内訳は精神的異常者―――つまり、発狂したり精神に何らかの障害を生じたと判断された者が、肉体的負傷者の2倍に達した。
それだけで、中華兵達がどれほどの戦いぶりを見せたかがわかるだろう。
その中華兵達達を率いた朱少将は、すでに陸戦艇を降りていた。
朱少将達、司令部スタッフに銃を向けてまで降ろした陸戦艇艇長以下、陸戦艇乗組員は、海岸に上陸する米軍上陸部隊に対する阻止砲撃を敢行。
日米両軍の航空隊数十機を撃墜し、グレイファントム6騎、戦車25両、数百名の海兵隊員達を吹き飛ばした代償として、集中砲火を浴び、乗組員全員が戦死した。
“赤兎”や“帝刃”達も可動騎はすべて米軍陣地に斬り込み、擱座した騎から、手近なグレイファントム達に抱きつくなどして、米軍を巻き添えにした壮絶な自爆を遂げた。また、脚をやられるなどして稼働しない騎はML砲台として戦闘に参加。
それぞれに逝った。
すでに、中華兵達には弾薬も食料も医薬品も、何一つ残されていなかった。
戦闘開始から10日目を過ぎた辺りから、ジャングルの動植物を食べ、毒に当たって死ぬ兵士が続出。
それでもなお、米軍に投降した兵士は数える程しかいない。
投降するフリをして、米兵に隠れたところで手榴弾の安全ピンを抜く兵士ばかりが目立った。
おかげで米兵は蠅の集った中華兵の死体にまで銃撃を加えてからでなければ恐ろしくて近づけない。
動く中華兵は例え投降の意志があったとしても、撃ち殺す。
そうしなければ、自分が殺されるという恐怖感が先に走るのだ。
部隊からはぐれた挙げ句、空腹に耐えかね、食べ物を求めてジャングルをさまよっていた少年兵が、今、米兵達に取り囲まれていた。
跪かされ、両手を掲げた少年兵は、まだ歳の頃は18程度だろう。
ボロボロの軍服から見える白いうなじが痛々しい。
「殺さないで」
少年兵は泣きながら懇願した。
「死にたくありません」
言葉が違う。
通じるはずがない。
それでも、懇願するしか、少年兵に出来ることはなかった。
涙に歪む顔を覗き込む米兵達の顔には何の感情も浮かんでいない。
その中の一人が、顎で少年兵をしゃくった途端―――
バンッ!
バンバンバンッ!
ジャングルの中にそんな音が響いた。
両手を掲げた大の字の姿勢で、少年兵の死体が兵士達の輪の中に転がった。
銃弾を浴びて穴だらけになった軍服から血が噴き出し、ジャングルを血で染める。
「―――おい」
くわえタバコを少年兵の死体に放り捨て、軍靴で踏み消した兵士が隣にいる兵士に声をかけた。
少年兵と年端は変わらないだろう若い兵士は、上官である人物の声に弾かれたように反応した。
「はいっ!」
「銃剣はつけているな?」
米兵達は、時にナイフや先端を鋭く削っただけの即席の槍だけで襲ってくる中華兵に対応するために、小銃に銃剣を装着していた。
「はい」
「―――やれ」
若い兵士は、何を命じられたかわかっている。
上陸してからというもの、死体に出会うたびにやらされている。
最初こそ、その手に走る感触に気絶しそうにさえなったが、今では何とも思わない。
兵士は小銃を構えると、少年兵の死体を数回、刺した。
心臓と肝臓を中心に数回。
米兵達の言う、死体チェック。
本当に死んでいるか、銃剣で突き刺して調べるという代物だ。
もし、何かの間違いで少年兵が生きていたとしても、これで致命傷になるはずだ。
「終わりました」
少年兵の死体に深々と刺さり、血まみれになった銃剣を引き抜いた兵士は報告した。
「―――よし」
新しいタバコに火を付けた兵士は、何でもないという顔で死体を一瞥し、
「移動するぞ」
そして、少年兵を刺すことを命じられた兵士に言った。
「ジャック、“耳狩り”をしてからついてこい」
「はい」
ジャック。
そう命じられた兵士を除き、他の兵士達は移動を開始する。
残された兵士は、小銃から銃剣を引き抜くと少年兵の耳を掴んだ。
中華帝国軍がかくもあっさりと敗北した理由。
それははっきりしている。
補給だ。
米軍が南シナ海の補給路を破壊した。
これに対し、中華帝国軍司令部は満足な対応をとらなかった。
朱少将が熱望した補給は、最後まで満足に行われなかった。
補給の代わりに司令部が朱少将に命じたのは、地下資源の予定通りの納入だった。
地下資源補給のノルマを達しないなら、補給はないと思え。
補給線を断たれ、輸送手段も失った朱少将達に司令部はそう言ってのけた。
再三に渡る補給要請はすべて握りつぶされた。
そして、米軍上陸阻止失敗の報告を受けた司令部は、朱少将の更迭と地下資源採掘施設の全ての破壊を命じて来た。
敗北の責任を現地司令官の朱少将一人に負わせ、ボルネオ島の資源を敵に渡さないための措置だった。
米軍上陸開始から12日目
朱少将はジャングルの中にあった洞窟で自決。
自らの意志ではない。
命令によるものだ。
洞窟の周囲は、負傷兵や戦死者の死体にまじって、まだ動ける兵士達が飢えと闘っていた。
周囲に米軍の姿はない。
弾薬切れ、燃料切れ、修復不能―――補給一つでどうにでもなりそうな理由で、彼らは米軍と戦うどころではなくなっていた。
米軍の重爆撃隊がこの洞窟付近を空爆し、グレイファントム達が周囲を焼き払ったのが丁度14日目。
米軍はこの日正式にボルネオ島の占領を宣言。フィリピンから東南アジアへと通じる反撃ルートをようやく開くことに成功。
対する中華帝国軍は、インドネシアにかなりの戦力を割かれる結果に陥った。
実はこの日―――
北京ではちょっとした動きがあった。
中華帝国軍補給部門の軍官僚6名と民間海運会社の幹部25名が逮捕されたのだ。
容疑は、ボルネオ島守備隊向け補給物資の横領及び横流し。
食料及び武器弾薬2個師団分を搭載した大型コンテナ補給艦“成都605号”及び同“大興301号”が軍司令部命令によって海南の軍港を出港したのは米軍上陸作戦の前。
続いて“広西705号”が出港。
その後も数隻が守備隊向けに補給物資を書類上は輸送していた。
帳簿上の結果は―――米軍の攻撃により沈没。
全ての物資が朱少将達の元に届いていれば、ボルネオ島守備隊将兵はあと1ヶ月は戦え、戦況は大きく変わっていただろうという点で、米中の研究家の意見は統一されている。
それほどの物資輸送を担当したのが、軍の依頼を受けた“長福海運”だ。
補給担当の軍官僚と海運会社は結託してボルネオ島守備隊向けの物資を洋上で別の船舶に載せ替え、船舶は、途中で、あるいは任務達成の後、帰途に攻撃を受けて沈没したとして軍から補償金を受け取った。
沈没していないのに沈没したと虚偽の報告をした船は、艦名を塗り替えて船籍名簿に別な船として記載、即座にベトナムなど東南アジア方面の別業務に就かせた。
再三に渡る補給が届かないのは補給線が断たれているせいだ。
朱少将達はそう思っている。
一方、少なくとも何割かの物資は届いていると報告を受けている上層部は、物資不足は朱少将の焦りによるものという補給部門の虚偽報告を鵜呑みにし、地下資源が届かないことに苛立ちを募らせていた。
補給要請はすべて補給部門の軍官僚によって握りつぶされ、その補給物資は彼らの私腹へと消えた。
結果としてボルネオ守備隊は文字通りの玉砕に追い込まれ、中華帝国軍の東南アジア方面の作戦手順に致命的な影響が生じた。
それが、皇帝に告げられた事態の“真相”だ。
だが……
考えてみて欲しい。
軍官僚とはいえ、補給部門のスタッフが再三に渡る補給要請を完全に握りつぶすことが出来たのか?
横流しで得た利益の7割が戦後もどこに消えたのか、その流れがようとして掴めないのは何故か?
オーストラリア軍と中華帝国軍の挟撃によりシンガポールが陥落した日、軍官僚達は家族諸共、火刑台に消えた。
彼らは、一切の真相を口にすることもなかったが、多くの国民はわかっていた。
この事件の黒幕がどういう連中かを―――。




