あってはならないこと
●“鈴谷”
「和泉候補生が撃破した正体不明の騎は」
作戦終了後、洋上に撤退した“鈴谷”のハンガーで、美夜は二宮に語りかけた。
二人の前には、美奈代が撃破したメサイアの残骸が転がっている。
「中華帝国軍の最新鋭メサイア―――それも」
整備兵達が忙しく立ち回るのをチラリと見た美夜は続ける。
「王制党親衛軍の次期専用騎と見て間違いないわね」
こうして見ると、その装甲の分厚さは信じられないほどだ。
整備兵達が騎体のあちこちを調べているのを眺めながら、美夜は嬉しげに言った。
「この騎をこの程度の破壊で確保出来たことは、実に有益な事よ」
そして、苦い顔をしている二宮に言った。
「あんたの騎体中破は、部下の功績で不問にされるだろうし」
「……感謝します」
二宮は、むすっとした顔で敬礼した。
その顔が余程気に入ったのか、美夜は嬉しげに微笑んだ。
「あんたの弟子にしておくにはもったいない素質ね。あの子」
「……」
「育てた甲斐があったんじゃない?」
「このことで」
二宮は言った。
「つけあがらなければ良いけど」
「大丈夫じゃない?」
“鈴谷”帰艦時点のスコア21騎、陸戦艇1の戦果は、むしろ伝説の世界だ。
美奈代騎担当の整備兵達の足取りが明らかに軽いのがわかる。
「―――とはいいたいけど」
美夜は、ちらりと二宮を見た。
「あの子、抜擢されるかもよ?」
「抜擢?」
「内親王護衛隊か、天皇護衛隊」
「まさか!」
「なにがよ」
美夜はあきれ顔だ。
「宗像候補生だって内親王護衛隊配属が内定していたんでしょう?それに、あなただって―――」
「おおいっ!艦長っ!」
ハンガーの隅々まで届くその大声を発したのは、坂城だった。
「あの騎体のことだが」
今、艦長室にいるのは、坂城とその部下のシゲ、美夜と副長の高木少佐。そして二宮と長野だけだ。
壁にもたれかかった姿勢で腕組みをする坂城の表情は、愛用のレイバンに隠れてわからない。
「エライことがわかった」
「エライこと?」
「電磁筋肉はアメリカ製のE&H社製の最新型。去年の冬、シンガポールの見本市でお披露目になったばかりの量産されていないヤツだ。ついでに電子機器の大半はドイツ製」
「……」
「……」
皆がポカンとした顔で坂城を見た。
撃破したのは中華帝国騎だ。
戦闘後、捕虜となった騎士とMCは中華帝国人だ。
「どういうことです?」
長野が訊ねた。
「対立する国のパーツで組み上げた騎だというのですか?」
「さあな」
坂城はにべもなく答えた。
「俺は技術屋で、政治屋や役人じゃねぇ」
「……」
「といっても、俺からすればもっと厄介なことがある」
坂城はそう言うと、ポケットから何かを取り出すと、長野に放り投げた。
「外せたのは、それだけなんでな」
それを長野は両手でキャッチした。
銀色に輝く金属の塊。
サイズはタバコの箱くらいだ。
恐ろしく軽い。
「検査は中央に任せるつもりだ。“鈴谷”の機材じゃ詳しいことはわからねぇ」
「これは?」
手の上で転がすように眺めていた長野が訊ねた。
「和泉の嬢ちゃんがブッ倒した騎が掴んでいたエモノから外したのさ」
「獲物?あのバズーカですか?」
「ああ」
坂城は顎で合図すると、脇に控えていたシゲがテーブルに写真を数枚ひろげた。
「長野大尉さんよ―――そいつが何で出来ているか、わかるか?」
「……アルミですか?」
二宮や美夜達も長野からその金属を受け取った。
「そうね……でも、アルミにしては感触が」
「詳しくないけど……セラミックかしら?」
「硬度からしてセラミックより固てぇ」
「じゃぁ、なんです?」
「さぁな……学者先生にでも聞いてくれ」
壁から離れた坂城が、写真に広げられたテーブルに両手をついた。
「俺からすれば、和泉の嬢ちゃんの最大の功績は、“こいつ”を捕獲したことだ」
テーブルの上に広げられた写真は、すべてあのバズーカの各部を撮影した物だ。
「単なる……」
長野は、そこまで言いかけて口を閉ざした。
実体弾ではなく、大口径高出力のML砲だ。
それだけなら、長野は発言を止めなかったろう。
問題は、発射時にML特有の反応は何もなく、メサイアのシールドを瞬時に融解させるほどの破壊力を持つ。
トドメとして、横にいる上官、二宮が感知するどころか、避けることさえ出来なかったことだ。
MC二人が“攻撃はセンサーで拾えなかった”と主張しているし、ログもその通りだったことを示している。
ML攻撃飛来を告げるセンサーが、ML攻撃を検知出来なかった。
かすっただけで対MLコーティングが施された装甲が溶けた。
看過出来る話ではない。
「これから話すことは、俺の仮説に過ぎねぇと思われるだろうが」
坂城は言った。
「俺は真面目に言う。こいつは、人類の造った代物じゃねぇ」
「……は?」
二宮と美夜が目を点にした。
「どういう?」
「まず、こいつにはネジがねぇ」
二宮が見る限り、坂城は本気だ。
「それらしいモノぁあるんだが、バラし方がわからねぇ。もし中華製だとしても、工業規格ってもんは今時世界共通だ」
「……」
「わざわざ、この砲のためだけに特別な規格を造ったなんてこたぁありえねぇ」
「……よろしいですか?」
坂城とほぼ同い年の高木が言った。
「憲兵隊からの報告によれば、捕虜が興味深いというか、おかしなことを」
「ん?」
「あの兵器は、中華帝国でも知っている者はごく一部で、単に“筒”とだけ呼ばれていたそうです。捕虜達も数日前に初めて見たと」
「“筒”?」
「はい。装弾数6発。実は」
高木が首を傾げた。
「おかしい。というのは、ここからでして」
「言ってみろ」
「はい―――パイロットやMC達が知っているのは、その砲の使い方……単に、トリガーを引くことだけなんです。しかも、彼らは、この兵器をMLを発射出来るバズーカ程度としか聞かされていません。使用後は梱包の上本国送り。分解整備は禁止されていたそうです」
「……で、だ」
坂城はテーブルの上にあった写真の一枚を掴んだ。
筒の端に取り付けられていた金属製のプレートが写っていた。
「何て書いてあるかわかるかい?」
「ん?」
美夜が写真を受け取ったが、
「……?」
首を傾げるしかなかった。
「少なくとも、目にしたことのある表記じゃないわね」
「北京語、ハングル、アラビア語にサンスクリットまで調べたが、該当するモノぁねぇ」
「じゃあ?」
「……シゲ」
「へい」
脇に控えていたシゲが鍵の付いたアタッシュケースを開いた。
「……こいつは、アフリカの記念にもらっておいた代物だ」
アタッシュケースの中身は、半ば焼けこげた金属のプレートだった。
「これは?」
「魔族軍のメサイアの残骸さ」
「!?」
その一言に、二宮と長野の表情が強ばった。
「アフリカで擱座した魔族軍メサイアで、“鈴谷”に収容されたのがあったろう?あの騎体から剥がれ落ちたプレートが、これだ」
坂城は写真とプレートを横に並べた。
「―――比べてくんな」
「……い」
何度も見た。
目が痛くなるほど見比べた。
そして、そういう結論にイヤでも達した。
「一体……これは」
長野が救いを求めるように上官達の顔を見た。
その表情は硬く強ばっている。
「……坂城整備班長」
美夜は殺気だった声で言った。
「情報に感謝する」
「プレートは返しておくさ」
坂城は言った。
「これからイヤでも手にはいるだろうからな」
坂城がアタッシュケースから取り出し、写真の上に乗せたプレート。
写真とそのプレートをみれば、イヤでもわかるだろう。
一つは魔族の兵器からとったプレート。
もう一つは、中華帝国軍メサイアの兵器のプレート
接点はない。
あってはならない。
そのはずなのに。
「中国人っては、誰と商売しているんだ?」
二宮の皮肉を咎める者は、ここにいはなかった。
誰でも一目でわかること。
プレート同士の言語は―――共通していた。
●3日後 レイテ島沖合 “鈴谷”
ほとんど休養もなしで航海と戦闘に明け暮れた“鈴谷”に、ようやく補給艦“能登”が接触した。
“鈴谷”より大型の補給艦が、洋上でドッキングアームを伸ばして、“鈴谷”とドッキング。
そのまま平行して航行する光景は、ちょっとした見物だ。
飛行し続ける飛行艦同士を伸ばしたアームで接続。その状態で物資や人員の行き来を可能にするには、速度、高度、並走するためのあらゆる条件を双方の艦が満たし続けなければならない。
ちょっとしたきっかけでドッキングアームが外れでもしたら、中の物資や人員は、アームごと“不可視の海”に叩き込まれ、原子の塵と化してしまう。
飛行しながらの飛行艦同士の補給は、それほど高い操艦技術を要求されることなのだ。
「“鈴谷”と“能登”両方のMCさん達がデータリンクして動かしているんだって」
飛行艦同士が一糸乱れぬ平行を見せる、その航行技術に半ば感動していた美奈代にさつきが言った。
「この間、MCさん達、ずっとSCLの中詰めっぱなしで、少し可哀想だけどね」
「まぁ……みんなのためだから少し我慢してもらうしかないような気も」
ドッキングアームのハッチが開き、双方の行き来が開始された。
外からはわからないが、中が物資や人員の搬送エレベーターになっているドッキングアームからは、“能登”が積み込んできた様々な物資が“鈴谷”へと送り込まれる。
「知ってる?“鈴谷”のSCって、私達と変わんないんだって」
「へえ?」
「たしか榊心少尉とか聞いたなぁ。食堂で見たことあるけど、かわいい女の子だよ?」
「そんな子がこんな飛行艦扱うのかぁ」
ドッキングアームに入りきらない大型物資を運ぶキャリアが能登を発艦したのを眺めながら感心したように頷いた。
「すごいな。機会があったら顔くらい見ておきたいなぁ」
「でね!?」
待ってました!と言わんばかりにさつきが目を輝かせた。
キョロキョロと辺りを見回すと、美奈代に小声で言った。
「その子に……宗像がフラれたって」
「へぇ?」
突然の言葉に目を丸くしたかと思うと、美奈代の目には野次馬根性丸出しの光が宿る。
「詳しく聞きたいな」
「うん♪実はね?」
そんな会話をする二人の真下。一機のTACが“鈴谷”に着艦しようとしていた。
●“鈴谷”ハンガーデッキ
「程度は申し分ないわね」
“能登”へ運び込むために大型TACへ移し終わったばかりのメサイアの残骸。
その頭部を見上げる場所で、そんな声をあげたのは白衣を羽織った背の低い女の子。
紅葉だ。
「―――で?」
「こっちだ」
横に立つ坂城が親指で指さしたのは、検証のため装甲を外されたメサイアの腕。電磁筋肉が丸見えだ。
「へえ?」
飛行艦内の無重力に慣れているらしい。驚くほど機敏な動きで床を蹴った紅葉は、誰の手助けもなくメサイアの腕部にたどりつくと、白衣が汚れるのも気にせず電磁筋肉の中に顔を突っ込んだ。
「―――どう見る?」
「E&Gの」
あちこちを触りながら、紅葉は答えた。
「EMS22-308Gね。見通者仲間のDr.プーキシンが、借金返済のために作ったヤツ。よく出来た作品だから覚えている」
「よくわかるな」
坂城は事前に何も言っていない。それでも何一つ間違うことなく紅葉は答える。
「さすがというべきか」
「こっちはイギリス……こっちのセンサーピンはドイツ……あっちこっちで盗んできた代物でしょうね。こりゃ、建造費高いのか安いのか」
紅葉はようやく腕部から顔を出した。
「肩部装甲のフローシステムはラムリアースから盗まれたヤツをコピーしたわね。手配回っているからはっきりわかる。メサイアのパーツなんて戦略物資の最たるものだから」
「あの国のこった。闇マーケットとでも繋がってんじゃねぇのか?」
「あの国そのものが、闇マーケットだもん」
紅葉は笑って答えた。その視線の先には、修復や整備を受けるメサイア達がいた。
二宮騎では“能登”が運んできた交換パーツの組み付けが始まっていた。
「で?私をわざわざ見に来いって誘ってくれた、面白いモノってのは?」
「これじゃあ、不満か?」
「もちろん」
「……こっちに保存してある」
メサイアの残骸が山積みになっている横に、ペンキがあちこちで剥げかけている巨大な筒が横たわっていた。
「何しろ、X線を通さねぇから中の構造がわかんねぇ」
「……でしょうね」
紅葉は強ばった声で言った。
「これは―――こんなところで実物拝むなんて思わなかったわ」
「ん?」
「アフリカ戦線で魔族軍が使った大型砲よ。まともに喰らったメサイアが蒸発したって報告、読んだことがある」
「やっぱり、出所はそっちかい」
筒の横に転がされているのは、その直撃を受けた美奈代騎のシールドや二宮騎の装甲が参考用として積まれている。
分厚いメサイアのシールドが、まるで熱であぶられたプラモデルのように溶けている。
整備生活30年近い坂城も、メサイア携帯用ビーム系兵器の攻撃で装甲がこんな風になったなんて、聞いた試しがなかった。
「原理が応用出来れば、ML分野での革新的結果が残せるわ」
「出来るかい?」
「やってみる」
紅葉は筒にとりついた。
触った手にひやりとした感触が走る。
「問題は」
その感触に、思わずポツリと呟いた。
「コイツを私が理解出来るかね」




