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第一次上陸作戦 第一話

  交通の要衝であるマラッカ海峡。

 そこは、現実世界ならば、 

 世界の海運、そして物流の要衝。

 そう言っても過言ではない。


 しかし、この世界では、この海峡そのものがすでに過去のモノとなって久しい。

 魔法と科学が結びついたこの世界では、世界主要国の間に大規模な瞬間移動を可能にする空間転送システム―――別名、“ゲート・システム”による通商路が確保され、各国はそれを交易に用いるのが普通なのだ。


 ゲート・システムそのものは、主に洋上に浮かべられた、幅数百メートルもの巨大な半円状の構造物を持つ浮きドックの形をしており、世界の主要国には大抵1つか2つは存在する(日本の場合、横浜、大阪、大神の三カ所)ほど普及はしている。 


 例えば―――それが「ハンブルク・ゲート」と呼ばれる、ドイツのハンブルクにあるゲートとしよう。


 利用するのは、民間の商船。

 目的地は日本の横浜港。

 普通に考えれば数ヶ月と莫大な燃料を要する船旅だ。

 当然、長期間の船旅となれば、嵐や事故、そして海賊などに遭遇するリスクも高くなる。

 ところが、この世界では違う。

 抜錨した商船は浮きドックからの管制に従い、ドックの中に入るだけ。

 それで船旅は終わりだ。

 ドックから抜け出た先は横浜港。

 それまであまたの船乗り達が命をかけた旅路が、今では旅と呼ぶことさえためらうほどに簡略化されている。

 システムの利用料がは決して安くないことやネットワークならではの問題や制約も多い。

 しかし、航空機や商船を運用するのに必要な人件費や燃料代、何より、沈没や墜落による事故リスクに対するコストに比べたら比較にならない程安上がりと一般には認識されている。


 ただ、このゲート・システムが世界中全ての国に存在しているわけではない。

 

 設置そのものが一つの大がかりな国家事業に匹敵するため、国家予算に匹敵する相当な資金力がないと、ゲート・システムは導入出来るものではない。


 つまり、ゲートを保有出来る国は資金力のある国に限定されてしまうのだ。


 金が金を生むという格言そのままの話で、建造できた国は物流を盛んにして益々富み栄え、そうでない国はその真逆に陥っている。

 その好例が東南アジア諸国。

 政治的に不安定なこの地域の国々は、どこかの国で建造計画が持ち上がれば「ゲート・システムを軍用に用いるのでは?」と疑心暗鬼に陥り、国家間の足の引っ張り合いの結果としてどの国もゲート・システムを導入できない状態が続いた。

 結果、気がつけば地域全体で経済発展が停止、国力が一気に低下して今日に至っているのだ。


 我が国が戦争に巻き込まれるなんてご免被るが、他国がどうなろうと知らない。


 それが国際社会における世界各国の本音と考えて良い。 


 米国が中華帝国の行為に懸念を表明しても、すぐには軍事行動には出なかった理由もその辺にある。

 南米を手に入れたにせよ、莫大な戦争負担の負担からようやく解放されたばかりのアメリカは、経済的に中華帝国に頭を押さえられている状態。

 その国家を戦争への道を選ばせたのは、他でもない。

 国内世論だ。

 戦争に消極的だったはずのアメリカ人を戦争の道に進ませた根底には、中華帝国の暴虐があった。


 虐殺、レイプ、略奪―――。


 最初こそ中華帝国軍への批判の意味でしかなかった東南アジアでの中華兵の蛮行を暴き立てることは、当初こそジャーナリスト達の社会的な正義心の発露だった。

 当然、メディアを押さえていた中国系経営者によって、彼らの記事は、最初こそ握りつぶされていた。

 ところが、ここで活躍したのが弱小新聞社やラジオ局だった。

 大手が嫌う内容を、ジャーナリスト達は彼らに売りつけたのだ。

 そのセンセーショナルな内容は、大反響を引き起こし、弱小企業の懐を大いに暖めた。

 そして、その反響が利益に直結すると知ったメディア経営者達が、こぞって残虐な記事を書き立てるよう、部下をあおった。

 その結果、中華帝国軍の残虐行為に関する報道は、特ダネ合戦というか、でっち上げ合戦にエスカレートした。

 その内容は、次第に真偽さえはっきりとしなくなる。


 それでも報道が過熱すれば「正義の味方」である世論は「中国人=犯罪者」と見なすようになった。


 中華系ロビイストに頭を押さえつけられていた米国議会の議員達は、この世論に迎合すべく、態度を変えた。

 中国人憎しの世論を選挙に利用することを目論み、感情論むき出しの中華帝国批判を垂れ流したのだ。

 そこにあるのは、平和でも、アメリカの正義でもない。

 知名度を高めて次の議会選挙の得票につなげようとする、むき出しの議員根性だけ。 

 結果として米軍を動かしたのは、彼ら議員の力だ。

 本音で言えば中華帝国も東南アジアもどうでもいいが、選挙は勝ちたい。

 そのために必要なら、東南アジアを焦土にしてもかまわない。

 そんな覚悟にも似た腹づもりが米国議会には存在したのである。

 


 その結果、米軍は東南アジアに派遣された。


 最初に攻略目標となったのは、ボルネオ島だった。


 熱帯雨林が生い茂り、象からニシキヘビまで生息する豊かな自然と地下資源の宝庫としても知られているこの島には、資源確保を目指して中華帝国軍の大部隊が送り込まれている。

 これに対して、米軍はその資源を島ごと奪還し、あわよくば―――そんな野心も十分に持ちあわせているだけに、装備も兵力も潤沢な数が与えられており、作戦に際し、同盟国である日本海軍からも金剛級戦艦4隻を動員させていた。


 隣国がすでに敵国という日本にとって、これほどの戦力を派遣すること自体が、一種の賭けに近い。

 その賭に加わったのは、何も海軍だけではない。

 美奈代達もまた、気がつけば攻略の要、上陸部隊に回されていた。


 どこまでも楽が出来ない運命に、美奈代達は立たされているらしい。





 どこまでも青い抜けるような空を、真綿が浮かんでいるような純白の雲が流れていく。

 エメラルドブルーの海面が、陽光を優しく照らし出す。

 そんな中―――。


 キュィィィッ―――ズンッ!

 キュィィィッ―――ズズンッ


 背筋が寒くなるような音の後、腹に響き、鼓膜がどうにかなりそうな音が響き渡る。



 美奈代の目の前。

 “鈴谷すずや”の舳先の向こう側。

 上陸地点、コード“ジュノー”海岸は、この音と共に黒い悪魔のような爆発が連続して発生している。

 発生源は、40センチ砲8門を搭載した戦艦―――正確には戦闘砲撃支援艦「金剛級」4隻の艦砲だ。


「全体としてはすでに上陸に成功はある」

「主力C中隊は敵と接触、剣火けんかを合わせつつあり」

「B中隊はどうした!」

「A中隊前進!他の部隊に後れをとるなっ!」


 通信機には英語で様々な会話がダイレクトに飛び込んでくる。


 爆発音。

 様々な兵器の動作音

 殺し合う人間の生の声。


 立ち会った世界に悪酔いしそうになった美奈代は軽く頭を左右に振った。

 呼吸を整えようとするが、どうにも息が荒くなる。

 水が欲しいが、どうしようもない。

 心臓の鼓動が爆発しそうなくらい高まっている。


「小隊各騎」

 突然、通信機に入った二宮の声に、美奈代は背筋がビクッとなった。

「はっ、はいっ!」

「これより発艦を開始する」

 ―――来た!

 美奈代は死刑判決を受けた囚人の気持ちがわかった気がした。

 死ねと言われるのは、こんな感覚なんだろう。

「状況は見ての通りだ」

 ―――冗談だろう。

 美奈代は首をすくめた。

 今や海岸線は艦砲支援によって黒い壁が一面に立ちはだかっている。

 あそこに突っ込めというのか?

 冗談じゃない。

「二宮より和泉」

 二宮は、発進直前になって、突然美奈代を名指しで呼んだ。

「こちら和泉」

 応答しつつ、美奈代ははっきりと二宮からロクなことはいわれないだろうと予測した。

 いつものことだ。

「我々の上陸地点は“ジュノー”海岸のポイント“フォックスロット”だ。お前は私の後ろについてこい。いいか?離れるな?」

「り……了解」

 後ろについてこい。

 どうでもいいことに聞こえるが、美奈代ははっきりと、自分がその言葉にカチンと来たことを自覚した。


 ―――お前は不安だから、私の後ろについてこい。


 そう、言われた気がしたからだ。


 見返してやる。

 

 そう、心に誓う美奈代の目の前で、二宮騎が発艦しようとしていた。



 


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