ベネット大統領
三週間戦争以上。
その頃の世界規模での混乱をそう評価する歴史家も多い。
まず第一に、中東の親中国家の崩壊。
バーレーンのテレポートシステムを用いた電撃的奇襲攻撃(注:完全な国際法違反)によって、わずか数日のうちに中東各国を占領することを計画していた中華帝国だったが、EUはアフリカ戦線向けの戦力を惜しみなく中東へ投入することで計画を潰した。
大義名分こそ中華帝国支援への報復だが、その現実が新たな属国確保のための行動であることは誰の目にも明らかだった。
これに対しては、中華帝国は何も出来なかった。
理由は簡単。
作戦の要となるバーレーンのゲートが破壊されたからだ。
誰に?
よりによって、自分の国の特殊部隊によってだ。
何をどう勘違いしたか、今となってはわからない。
だが、バーレーンゲート“占領”を命じられたはずの部隊がバーレーンゲートのコントロールセンターを爆破してのけたのだけは事実だ。
ゲート復旧まで1年は必要。
これは世界規模で甚大な被害だった。
それは3つの意味で深刻だった。
まず、中東の石油輸送ルートが1年間止まる。
二つ、産業の多くを石油輸出に頼るオイルダラーの国々の経済が崩壊する。
三つ、全世界で石油価格が暴騰し、世界経済が麻痺する。
もう最悪だ。
ゲートが中華帝国の手で破壊されたと知られた時点で、世界中から中華帝国を支援する国はいなくった。
この時点では、全ての鍵はEUにあった。
国際情勢の全てがぐちゃぐちゃになった今、中東へと進んだEU軍を止めることは誰にも出来なかった。
中東各国は軒並みEU各国に恭順の意志を示し、或いは示すことを強要された。
資源、賠償金、その他、ありとあらゆる意味で自分達に圧倒的有利な降伏文書に調印させた彼らにとって怖いものなんてない。
中東の天然資源はEUのもの。
EUは世界的な資源を巡る決定権を確固たるものにした以上、もはや中華帝国は恐れる存在ではない。
この時点で彼らが秘密裏に、中華帝国を含む東南アジア“解放”後の領土分割案を本気で考えていたとしても、それは思い上がりという言葉で片付けられるものではない。
一方で惨めなのはアメリカだ。
状況は全ての面でEUによって決定づけられてしまった。
中東での利権を中華帝国の行動を黙認することで維持しようとした米国の日和見は完全に崩れ去ったのだ。
この混乱に追い打ちをかけたのがアメリカ大統領、ジョージ・バラマの急死である。
公の報道はこうなっている。
某日深夜、ジョージ・バラマ大統領は、ホワイトハウス内のバスルームで倒れているのを、様子を見に来たバルモア夫人によって発見された。
死因は心臓発作。大統領は心臓に持病を抱えており、連日の激務により、最近では疲労を訴えることが多くなっていたという。
ただし、バルモア夫人の強い希望により、検屍の類は一切されず、大統領はその体を棺桶の中に横たえた後、翌日には「本人の希望」を楯に家族だけの密葬が営まれた。そして遺体は火葬の後に海に散骨され、この世から消えた。
この後、疑惑を生んだのは、この後のバルモア夫人の行動だ。
バルモア夫人は夫の死後、すぐにアメリカを離れ、フランスのニースに隠棲した。
豪華な別荘で享楽の限りを尽くした彼女の豪奢な生活。その資金の出所は―――中華帝国政府のダミー会社からの不正献金だった。
この夫人に対する金の流れ、そして死因が不明のままであることが、大統領の暗殺説を高めることになる。
いずれにせよ、彼の死因が本当に心臓麻痺による死亡だったのかは、永遠に闇の中だ。
そのバラマの後釜になったのが、副大統領のジェームズ・タイラーだ。
彼もまた、親中派の一人と目される一人であり、中華帝国からバラマの後継者として期待された人物だった。
志半ばで倒れたバラマの後任として大統領に就任したその翌日、彼はワシントン郊外で暗殺される。
犯人は中国人によって仕事を失ったと主張するヒスパニック系の移民。
背後からサタデーナイトスペシャルの22口径3発を脳に受けた“タイラー大統領”はその無惨な死体で翌日の朝刊の一面を飾ることを最初にして最後の仕事とした。
時間的に後継者を選択する余力を失った与党・民政党に、野党連邦党が送り出したニコラス・J・ベネット大統領候補を止めることは出来なかった。
実は、このベネットというギリシア移民の子孫を、中華帝国は理解しかねた。
経済的にも中道的な発言を繰り返し、右派なのか左派なのか判然としない。日和見的な態度を繰り返すせいで、大統領候補でありながら、対するバラマに全く歯が立たないだろうと囁かれ続けた存在だ。
この男が大統領に就任したら?
その図式を、中華帝国は描くことが出来なかった。
むしろ、大統領選挙に勝利することなんてあり得ない。その程度の認識しか持ち合わせていなかったともいう。
それが中華帝国にとって最大の誤算であり、最大の悲劇の原因を生み出すことになる。
この時期、世界を席巻した混乱を収拾する手腕を、人類はベネットに期待していた。
中華帝国の暴走を諫め、世界に平和を。
それは別にEU寄りの立場でなくても、願うところではあった。
つまり―――中華帝国もまた、彼に期待したのだ。
中華帝国としては《当然だが》、彼に親中の立場で主導権を発揮して欲しいからこそ、自らベネットに協力を求めた。
就任の当日、中華帝国は駐米大使の偉をホワイトハウスに送り込み、大統領となったベネットとの接触を果たした。
先のバラマ同様の尊大な態度を崩さない偉に対し、ベネットは全く動じることなく、やんわりとした態度ですべてを受け流し、狐につままれたような顔をした偉をあっさり追い返した。
それでも偉は、自分の威圧でベネットをうち負かしたと本国に報告した。
―――彼はバラマ以上に人形として有益でしょう。
CIAが諜報した偉の報告は、そんな感じでまとめられていた。
何をどうしたらそう思えるのか。
偉が本気でそう思っていたことは、後の関係者の証言からも明らかだ。
だが、偉は、それに全く気付いていない。
自らの地位と権力に酔いしれた男が、外交という海に浮かぶ国家を、数十億の民の未来を狂わせようとしていた。




