恋破れて
●“鈴谷”艦長室
「正直な話」
美夜は言った。
「あの子が、あんなこと出来るなんて、びっくりしたわ」
「まぁ、ね。それにしても」
二宮は船窓の外を眺めた。
「航行灯の灯りが、こんなにきれいだったなんてね」
「そうでしょう?」
頷く美夜の顔は、どことなく嬉しげだ。
「まぁ、しばらくのことだけどね」
船窓の向こう、ヘッドライトの列が走っていく。
EU軍が移動しているのだ。
「中華帝国の連中、何か言ってるの?」
「いろいろオドシはかけているみたいよ?」
美夜はクスクス笑った。
「EU軍が紅海を確保出来るかどうかが、運命の分かれ目でしょうね」
「EU軍の動きは?」
「陸の上じゃ、もう派手にやってるわ。中東を植民地化したくて血眼になってるし、海でもドイツとイギリスの潜水艦部隊が、ホルムズ海峡周辺で頑張っているみたいよ?他にも、飛行艦も何隻か、各国から派遣されて」
「先にネをあげた方が負けってことね」
「そういうこと」
美夜はサイドボードからウィスキーのグラスを取り出した。
「どう?」
「いただくわ……それにしても」
ウィスキーが注がれる間に、二宮は続けた。
「あの子、どうするの?」
「フィアのこと?」
コクン。
二宮は無言で頷いた。
「……気にするな。という方が無理よね」
「MCRからの単独コントロールで、あのレベルの戦闘機動かましたなんて、ありえない」
「……」
二宮が言う通りだと、美夜も思う。
「元候補生にして学生隊総隊長経験者に言うのもなんだけど、MCは結局の所、人間で言えば体と感覚器を司る大脳。対する騎士は運動を司る小脳。大脳たるMCが小脳を兼ねるなんて、ちょっと信じられない」
「厳密には違うというべきでしょうけどね」
美夜は苦笑しながら言った。
「言いたいことはわかる。でもね?真理」
グラスに口を付けた美夜は、諭す様な口調で言った。
「今、私達に必要なのは―――戦力よ」
「ターゲット、距離2600。こちらフィア・ツヴォルフ騎。射撃、開始します」
甲板に寝そべった“幻龍改”が大型の狙撃砲を構える。
目標はアデン湾の岩場にペンキで書かれた×印。
フィア騎の横には弾着観測のため、染谷騎が片膝の体勢で待機している。
「こちら“鈴谷”司令部。ツヴォルフ騎へ。射撃許可」
「了解」
「レコードだって!」
さつきが興奮気味に言った。
「スゴイよあの子!」
「着弾範囲が2メートル?MLでもあるまいに」
宗像もあきれ顔だ。
一人、面白くないという顔をするのは美奈代だけだ。
「あれなら安心だな」
「嫌っ!」
美奈代達が通路にさしかかったところで、そんな怒鳴り声が響き渡った。
「絶対にイ・ヤッ!」
フィアの怒鳴り声だ。
「わかってくれ、フィア!」
相手は染谷だと、その声でわかった。
美奈代達は、思わず互いの顔を見合うと、そっと通路の角に近づいた。
通路の角の向こう側。
困惑する染谷と、顔を真っ赤にしているフィアがいた。
「何で!?どうして!?」
フィアはその愛らしい瞳に涙まで浮かべ、肩で息をするほど怒っている。
「私、言われた通りに狙撃した!頑張ったもん!艦長だって成績認めてくれたでしょう!?」
「だから!」
染谷も珍しく感情的になっている。
「君を戦場に連れて行くわけにはいかないんだって!」
「だからどうして!」
「よく考えて。フィア!」
染谷はフィアの細い肩を両手で抱きしめるように押さえた。
「君は立場がわかっていないんだ」
「わかっている!私はあのメサイアっていうのを動かせる!私は“メース使い”の能力あるから、あんな精霊体と同調することなんて簡単なんだから!」
「そういうことじゃくて!」
染谷は、一度、天井を仰ぎ見てから言った。
「君は間違いなく、魔族に狙われている」
「そんなの関係ないでしょう!?私は瞬と一緒にいたいの!瞬が側にいなければ、私の時間は動かないの!」
「僕は君を危険に曝したくないんだ!」
染谷は、そっとフィアを抱きしめた。
「好きな子に危険な思いをさせたくない」
「……あの女はいいの?」
「誰のことかは聞かないよ。大切なのは君だけだ」
染谷にとって、フィアを戦場に送りたくない。
その一心しかないことは確かだが、ここで言うべき言葉では、決してなかった。
染谷に、もう少し、配慮というか、人生経験があれば、違う答えも出ただろう。
だが、この時の染谷には、この答えがある意味で限界だった。
そう、フィアの耳元で囁く染谷の声を聞いた美奈代は、突然、その場を走り去った。
―――きっつ~い。
―――ちょっと……いくらなんでも。
それを見送ったさつきと美晴が、小声でそう言い合うのも無理はない。
誰のことかは、皆が知っているのだ。
そんな彼女たちの前で、染谷は言った。
「君が一体、何者で、どうして魔族が君を狙っているのかは聞かない。誰にも言うつもりもない。だけど」
「―――だって」
フィアは悲しそうな眼で言った。
「それを知ったら……」
「……」
「―――瞬は絶対、私を愛してくれなくなるから」
ドンッ!
「のわっ!?」
ドアから飛び出してきた美奈代にもろにぶつかったのは都築だ。
「痛ってぇ~っ」
ぶつかったショックで、後頭部をモロに壁にぶつけた都築は、ぶつかった相手が美奈代だと知って、怒鳴ろうとしたが―――。
「て!……って」
その顔を見た途端、都築の毒気が全て抜けた。
美奈代は泣いていた。
涙を流しながら、都築の前から逃げ出そうとしていた。
「―――待てよっ!」
都築はとっさに美奈代の腕を掴んだ。
「ど、どうしたんだよ!」
「かっ……」
ヒック!
しゃくり上げた後、美奈代は怒鳴った。
「関係ないでしょう!?離してっ!」
「落ち着けって!」
乱暴に都築の腕を振り払おうとするが、都築の方が力は強い。
逃れられるものではなかった。
逆に抱き抑えられてしまった。
「何が起きた!」
その胸に抱きしめられたせいだろうか。
それとも、単にそれが我慢の限界だったのか―――
「―――っ!!」
美奈代は、都築の胸の中、大声で泣き出した。
泣くだけ泣いた。
自分の中で、何かが終わったことを。
何も出来ずに、何かが終わってしまったことを。
美奈代が痛い程思い知らされた結果だ。
そして―――
都築は、美奈代が泣き続ける間、ずっと美奈代を抱きしめていたが……。
「落ち着いたか?」
「……」
美奈代は無言で頷いた。
「……ならいい」
まるで軽く突き放すように美奈代から離れた都築は、そのままどこかへ消えていった。
その晩。
美奈代は体調不良を理由に夕食に出てこなかった。
染谷が薄情だと怒りをあらわにするさつき達が、この夕食の席で聞いたことは二つ。
一つは、狙撃能力を買われたフィアが、艦防衛のために狙撃砲付きの“幻龍改”に搭乗することが決定したこと。
もう一つは―――
都築が、染谷をぶん殴って営倉に送られたことだった。




