少女の願い
●翌日 “鈴谷”教官室
「ひでぇもんだ」
長野は書類をデスクに放り投げ、コーヒーを飲もうと椅子から立ち上がった。
コーヒーメーカーの横に置かれたインスタントコーヒーの瓶を掴むと、中身を慎重に確かめた。
日本から持ってきたお気に入りのストックは、残り1本。
それでさえ、残りは瓶の半分にも満たない。
「……シャレにならねぇ」
「誤字脱字、ありましたか?」
長野のぼやきを聞いて声を上げたのは、長野の隣のデスクでパソコンを動かしていた美晴だった。
「いや?」
長野はコーヒーを淹れながら首を横に振った。
「損害が大きすぎると思っただけさ」
口ではそう言いながらも、長野が顔をしかめたのは、今回の“伊吹”戦没に伴う艦隊の現状を知らせる報告書を読んだからだ。
「メサイアは“幻龍改”がかろうじて2騎残っているだけで、他は訓練騎からの出戻りが出自の“征龍改”だけ」
「……」
「お前の親父さんにわかるように言えば、F-4改が7機とF-15が2機だけで、最新鋭のSu-30だか37だかが、ゴマンといる世界に放り出されたようなモンだ。たとえが適切かどうか自信がないが」
飲むか?
長野はコーヒーの入ったマグカップを美晴に手渡した。
「仰りたいことはわかりました。ただ……考えたくないですね」
一礼した後、美晴はコーヒーを受け取った。
「戦力が一気に3分の1以下。それに、対メサイア戦においては想定外に置かれていた“征龍改”が主力になった」
「……よく知っているな」
「整備兵から聞きました」
「シゲさんあたりだな……ったく」
現在の“鈴谷”には、“伊吹”から引き出して修復した騎を加えてもメサイアが10騎存在しない。
その中で、長野は、生き残った騎体の割り当てに関する書類の作成を命じられていた。
“征龍”は元々第七分隊が使うことになっているし、今更使用者たる候補生の人選を変更して、セッティングを変えるくらいなら、第七分隊に使わせた方がいいと、長野は判断していた。
「44期生は、これからどうなるんですか?」
「明日の便で後送だ。後でアンケートの集計を手伝ってくれ」
「……ですか」
「本来なら進路希望のとりまとめを候補生に手伝ってもらうのは禁止されているが人手が足りない。
教官達のほとんどが死亡、もしくは後送された後だ。
何より、あの沈没がトラウマになって、艦から降りたがっているヤツがゴマンといる」
「……鎮静剤を投与されている候補生がいると」
「ざっと見た所、死亡率が高い分隊の生き残りほど、任官辞退希望が多いし、将来に置いて使い物になるか疑わしいほどの精神的ショックがある。
対して第一分隊と第三は辞退ゼロ―――さすがだな」
「私も聞きましたよ?染谷候補生の影響がかなり強いって」
「ああ」
教官戦死。
司令部全滅。
混乱する現場で、候補生達が生還できたのは、染谷候補生の存在が大きいことを否定出来る候補生はいない。
見事だと、長野でさえ感服する程、染谷は働いたのだ。
“伊吹”被弾の時、染谷は“幻龍改”に搭乗し、死亡した池田大尉の背後、第一分隊二番騎につけてハンガーデッキで待機していた。
発艦準備中のフライトデッキ内部に飛び込んだ一撃は発艦待機中のメサイアを吹き飛ばし、メサイアが装備していた広域火焔掃射装置のタンクを爆発させた。
そこから発生した消火困難な火災を含む爆発は、ハンガーデッキからフライトデッキへの進入経路までを一瞬のうちに、乗組員や騎士、そしてMCを焼き殺し―――いや、消滅させた。
染谷達の証言から、広域火焔掃射装置のメサイア搭載を強硬に主張したのは、池田大尉達、教官だ。
飲み会で、司令達とある程度の和解が成立したと勝手に判断した教官達が、“伊吹”司令部にねじ込んで、少なくとも自分達の騎体だけでもと、半ば勝手に搭載していたという。
本来、不要な装備を搭載した挙げ句、艦の運命を決めるような事態を引き起こしたのが、よりによって同じ教官であることに、長野は言葉が思いつかない。
元から弾薬や可燃物には事欠かないハンガーデッキだ。
爆発が爆発を生み出したとしても不思議はない。
染谷騎も爆発に巻き込まれ擱座した。
他の教官や候補生達の騎も、ほぼ全騎が似たような状況、もしくは破損した騎の下敷きになって動かすことが出来ない有様だった。
メサイアに搭乗したままでは艦内から出ることが出来ないと判断した染谷は、教官である池田大尉に騎体放棄の許可を求めたが、池田大尉は染谷達にかまうことなく、自分だけ強引に脱出を試みた。
結果は、池田大尉は妖魔の群れに襲われて死亡。
反面、その後の染谷の行動は優等生の典型的模範例を示していた。
まず、MCと共に騎体を放棄し、負傷者だらけとなったハンガーデッキを駆け回り、まだ動ける者達をまとめると、彼らと共に、負傷兵達を集めて皆で安全な場所へ移した。
デッキ内部にあふれたリキッドやオイルが引火すれば自分たちが危険になると判断したのも染谷が一番速かった。
ハンガーデッキに侵入した妖魔達から逃れるため、生存者と共に居住ブロックへ逃れ、たった一カ所のエアダクトを除き、すべての通気口と通路を閉鎖、籠城の構えを指揮したのも染谷だった。
生存者達が、池田大尉のように逃げ出していれば妖魔達の餌食は避けられなかっただろう。
すべては染谷候補生の英雄的な決断力と行動力によると、二宮でさえ賛辞を込めて報告書をまとめている。
長野も否定はしない。むしろ肯定的にとらえている。
「息子に持つなら、ああいうのが欲しいな」と、そこまで考えて、長野は美晴に訊ねた。
「染谷候補生はどうしている?」
美晴はコーヒーを受け取りながら意味ありげな笑みを浮かべた。
「お忙しいと思いますけど?いろいろと」
「?」
●“鈴谷”第3層通路
グイッ!
「きゃっ!?」
ハンガーデッキからの帰り道。
候補生同士の打ち合わせを終えた美奈代は、部屋に戻る途中、突然に通路の角から飛び出した腕に手首を掴まれた。
何だと思うヒマさえなく、真っ暗な部屋に放り込まれた時には遅かった。
ガチャッ。という音を、背後で聞いた。
「なっ?」
振り返った美奈代が見たものは、ドアの前に立つ金髪の少女だった。
日本人ではマネ出来ない、その西洋人系特有の容姿。
“金色の妖精”という言葉が脳裏に浮かんだ。
そのあまりに美しい少女は、すでに艦内で知らない者はいない。
美奈代は、目の前の相手について、フィアという名前と、自分にとって個人的に好ましくない相手だという認識だけは持っていた。
「あの……」
「―――お願いってわけじゃないんだけど」
美奈代の言葉を遮るように、敵意をむき出しにた声で、フィアは言った。
正直、フィアの声を初めて聞いた美奈代は思わず後ずさった。
《こ……声まで可愛いなんて》
外見だけでなく、声まで愛らしいなんてあんまりだ。
美奈代は女として自分が負けていることを、嫌でも自覚させられた。
神様。私、何かしましたか?
「……聞いているの?」
ドアを背に美奈代を睨みつけるフィアにそう言われ、神様に文句を言いに逝った美奈代は現実に戻った。
「え?うえええっ!」
「……」
その素っ頓狂な声に一瞬だけ怪訝そうな表情を浮かべたフィアは、美奈代に言った。
「これ以上」
その声色で美奈代にはわかった。
この子は私を嫌っている。
でも―――どうして?
フィアはそんな美奈代の心境に構うことなく言った。
「―――瞬に近づかないで」
瞬。
染谷瞬。
それは、美奈代にとって意中の男性の名だ。
「なっ?」
「瞬は私のものよ」
フィアは勝ち誇ったような、むしろ美奈代を哀れむような表情でドアノブに手をかけた。
「彼……優しくしてくれるの」
●“鈴谷”食堂
「そんなものは」
コーヒーを飲みながら美奈代の話を聞いていた宗像は表情さえ変えずに言った。
「ハッタリだ」
「で、でも……」
美奈代は、染谷がフィアに気に入られていることを理由に、その身の回りの世話を命じられているのを知っている。
フィアを“語り石”に運ぶ際、フィアをコクピットで守っていたのが染谷だった。
自分のために必死になってくれる染谷の姿に、フィアが惚れたというのが実情らしい。
「あの染谷にそんな甲斐性があるなら」
宗像は、落ち込む美奈代に手を伸ばし、その腹のあたりをなでた。
「お前の“ここ”は大変なことになっているぞ?」
「なっ!?」
「ふむ……すでに大変なことになっているな」
宗像が美奈代のお腹の肉をつまんでいる。
「レーション食べ過ぎたな。スカート、大丈夫か?」
「ち……ちょっと心配だけど……」
「全く」
美奈代の腹から手を離し、クックックッ……喉を鳴らして笑う宗像は、尊大なまでにゆったりと落ち着き払った様子で美奈代に言った。
言葉と態度に不思議な威厳を感じる。
「お前の悩み事といえば、どうしてそう子供じみているんだ?」
「だ……だけど」
「恋のライバルからケンカ売られて?それだけで負けたとでも?」
「……」
「あの容姿だから無理もないとは思うが」
「……そういえば宗像は」
おや?と思った美奈代は宗像にたずねた。
「あの子には手を出そうとか、考えないのか?」
「外人は専門外だ」
宗像は言った。
「私は……そう、日本人形のような女の子は大好物だが、西洋人形はどうにもダメだ」
「……はぁ」
「菓子は和菓子に限る。日本人としてそう思うだろう?和泉」
「……まぁ」
「……ずいぶんと生返事だな」
「和菓子と女の子を同列に語られても……返答に困る」
「全く……美意識のない奴だ」
夕食後。
美奈代は自騎の調整のためハンガーデッキに入った。
魔族軍メース6騎を仕留めた美奈代が駆る騎が整備中だった。
整備兵達の整備に力が籠もるのも無理はないし、その誇らしげな顔に光る目は、自信にみなぎっている。
美奈代騎の実績は、世界的にも希であることを知っているのだ。
対峙した敵を生かして帰したことのない騎。
対峙:撃破の比率が1:1の騎。
世界でもこの名で呼ばれるだけの実績を持つ騎を数えたければ、10本の指で足りる。
美奈代騎は間違いなく、その中の1騎に数えられる。
単なる候補生。
軍隊のヒエラルヒーの中では、自分達より圧倒的に下の存在である美奈代に、皆が敬礼を送るのは、その実績故だ。
ところが―――
「ワケわかんないわよぉ……」
半泣きになって教本片手にコクピットの調整に勤しむのが、この頃の美奈代だ。
「何よこれ……インターフェースのモード設定変更なんて、いつ習ったのよぉ……」
「第3過程だよ」
開かれたコクピットハッチの向こうからの声に、美奈代はびっくりして顔を見上げた。
のぞき込んでいるのは―――染谷だった。
「……」
「……あの」
染谷は、咳払いした後、言った。
「一瞬だけ―――嬉しそうな顔してくれたけど、その後は?」
「あの娘はご一緒じゃないんですか?」
「あの……ね?」
「……今、忙しいんで」
「手伝ってあげるよ?」
染谷はコクピットに首を突っ込みながら言った。
「モード設定、そこで間違えると整備を呼ぶハメになるよ?坂城さんが激怒するだろうなぁ。コクピットの電源抜いて、メモリ全消去する必要あるから」
楽しげな染谷は、悪戯っぽい顔で、小首を傾げた。
「どうします?お嬢さん?」
その問いかけに、
「……お願いします」
そうとしか、美奈代には返答できなかった。




