少女の正体
●“鈴谷”ハンガーデッキ
「まぁ、これで」
美奈代騎と整備によるデュアリスの残骸の回収作業を見守りながら、二宮が言った。
「魔族の狙いが、間違いなくあの娘だと、はっきりしたわね」
美夜の見る限り、デュアリスの外見は、先に回収したツヴァイとは全く違う。むしろシャープないいデザインだと思う。
墜落によって左肩周辺が大きく破損しているが、調査上は問題ないだろうと、ついさっきまで横にいた紅葉は言っていた。
だが、美夜と二宮の関心は、敵騎ではなく、敵騎が狙った獲物にこそあった。
「語り石に連れて行ったのは正解だったわ」
美夜は頷きながら言った。
「こんな思わぬお土産がついたけどね」
「和泉の大金星―――褒めておくべきか悩んでいるのよ」
「ちょっとくらいはいいんじゃない?新型の魔族軍メサイアの残骸回収に成功―――勲章モノよ?」
美夜は言った。
「司令部だって、損害と魔族軍の技術を天秤にかけたら答えはすぐよ。おかげでアフリカ離脱後の補給についても便宜がはかってもらえて助かるわ」
「死人が出なかったのが奇跡よね」
「子供達は全騎48時間以内に戦線投入可能。それにあなた達の“幻龍改”。それが“鈴谷”の戦力のすべてよ」
「44期の候補生達は?」
「イギリスで国際線。民間機で帝国に戻す」
「……それがいいでしょう」
二宮は安堵のため息と同時に頷いた。
「一生分、戦ったんだから」
「本気でそう思う?」
「任官希望のアンケートをとる。あいつらは志願だからね。自分の人生を自分で決める権利は保護されている。だからこの後は自由意志よ」
「教官として、どう見ている?」
「半数が残れば奇跡でしょうね」
「……そう」
美夜もそう思う。
プライドの塊として育てられた候補生達。
それが戦場で目の当たりにしたのは、
母艦の沈没。
炎に撒かれて死んでいった仲間達。
血まみれになってのたうち回る仲間達。
……。
すでに精神的異常を訴える候補生の数は、5本の指では足りない。
プライドを傷つけられたんじゃない。
心ごとへし折られたのだ。
そんな者達がこのまま残るとは思えない。
二宮は悲しそうに目をつむった。
「……これが現実よ」
デュアリスの残骸がハンガーベッドにワイヤーで固定された。
整備兵の間を、銃や火炎放射装置をもった憲兵が行き来して危険な生命体が隠れていないか調べて回っている。
美夜は、ポンッ。と二宮の肩を叩いた。
「とにかく、あの子よ。メサイア1騎犠牲にしたんだから、帳尻は合わせてもらうわよ?」
●“鈴谷”営倉
「あっ」
営倉のドアの前。パイプ椅子に座っていたのは。衛生兵ではなかった。
染谷だ。
美夜達に気づいた染谷は、立ち上がって敬礼した。
「ご苦労。様子はどうだ?」
「今、眠っています」
「そうか」
覗き窓から見ると、あの金髪の少女が毛布にくるまって眠っていた。
あどけないがよく整った顔立ちに白い肌。そして金髪が、まるで少女を人形のように魅せる。
「……正直」
染谷は言った。
「今日の騒ぎは一体、何だったのか、まるでわかりません。あの子を語り石に連れて行けといわれたり、得体の知れないメサイアに襲われたり。一体、あの子は」
「私もそれが知りたい」
そっと覗き窓を閉めながら美夜は答えた。
「そう思ったから、お前達に“幻龍”を預けて語り石まで移動させた。すまんな。尋問まで任せて」
「いえ、そんな」
「収穫はあったか?……ああ、その前に」
美夜は言った。
「二宮に、彼女のことを説明してやれ」
「……は?」
「早くしろ」
「はっ」
染谷は不承不承という顔で、二宮に向き直った。
「二宮中佐殿に報告します。現在、この営倉内で眠っている少女は、先日“伊吹”を撃墜した後、撃沈された所属不明艦から発見・保護された少女です」
「……堅苦しい表現はいらん」
苦笑気味に二宮は言った。
「砕けた表現でいい」
「は、はいっ」
染谷は小さく咳払いした後、
「会話可能な言葉を知らない模様でしたので、平野艦長のご命令で、この国に放置されていた語り石に連れて行きました。
語り石に接触させ、現在は帝国語と日本語双方で会話が可能です。
そこから聞き出した所、名前はフィア・ツヴォルフ。
年齢、出生地、家族構成等は一切不明……本人が黙秘しています」
「破壊工作員の可能性は?」
「身体検査の結果、爆発物等は確認されていません……それに」
「ん?」
「実は彼女、今が西暦何年なのかさえ知らないというのです」
二宮は美夜を見た。
美夜は小さく頷いた。
「?」
二宮が小さく頭の上で指をくるくる回すと、美夜に小突かれた。
「国の名前も何もかも……フォークという単語でさえ、それが目の前の食器を示すことを知らない……と」
「馬鹿な」
たまらずに二宮は言った。
「絶対、その子、嘘ついているわよ」
「それがね?」美夜は言った。
「尋問用の嘘発見装置は全部シロ……あの子が嘘を言っていないことは、憲兵隊でさえ認めている」
「……みんなで私を担ごうとしていない?」
「そこまでヒマじゃないわ。候補生、続けて」
「はい。今まで、どうしていたかについては語ろうとしません。ただ、“逃げられなかった”としか」
「逃げられなかった?何から」
「そこに話が行くと、途端に口を閉ざします」
「これはあくまで私の推測」
困惑する染谷を前に、美夜はドアに視線を向けながら言った。
「でも、そんなに外れてもいないはず」
「……」
「……」
「あの子は―――人間じゃない」
「……は?」
染谷の目が点になった。
「そ、それは」
「もしくは、人間であったとしても、私達と同列に扱っていい存在じゃない」
「で、ですが」
染谷は、意味が理解できない。という顔だ。
「平野艦長に質問いたします。そのご意見の根拠をお教え下さい」
「魔族の艦に乗っていた娘だ。普通には扱えまい。違うか?候補生」
「あっ」
「津島中佐から報告が上がっている。あれは間違いなく、魔族軍の所属艦だ。残骸に刻印された文字は、世界中、人類で用いられている文字ではない」
「……そんな艦にいた。しかも、あの墜落で助かったということは、彼女が余程悪運があるのか、さもなければ、余程厳重に護られていたか。いずれかだが、私は後者だと思っている。墜落し、爆発した飛行艦の惨状を舐めてかかるほど、私は飛行艦を知らないわけではない」
「ですが、実際には自分達は」
「“伊吹”は25度という、なだらかなコースを描いての“不時着”だ」
美夜は言った。
「だが、あの艦の墜落コースは、文字通りの撃墜。墜落角度は48度。いいか?48度となれば、そのダメージは垂直に墜ちたのと大差ない」
「はっ、はい」
「恐らく、連中はあの娘をどこかに潜んでいる魔族軍に引き渡そうとして、偶然にもわが艦隊と接触。回避せずに攻撃した理由まではわからないが、単なる偶然ではあるまい」
「まさか」
染谷の視線がドアに向けられた。
「染谷候補生には悪いが、あの子を乗せて単騎で出したのは、魔族軍の狙いを知るためでもあった。他の候補生達も単騎で何騎か出したが、敵が狙いを付けたのは貴様の騎だけ。つまり、消去法からして同乗者であったあの娘だとなる」
「……」
「……」
「魔族軍にとっては、メサイアを投入する程大切な存在だと、これでわかった。
魔族軍にとって、あの娘は絶対、人類に渡してはいけない存在。
だからこそ、我々は意地でもあの子を守って、それが何なのかを知る必要がある」
「……」
「……」
「あの子は、これからの戦いの趨勢を決める上で大切な存在になるわ……きっとね」
●翌日 “鈴谷”士官室
和泉美奈代が20年近い人生の中で、この日、初めて自覚出来た感情が一つあった。
嫉妬だ。
「……」
「いや……だから」
美奈代達の目の前では、食事をとる染谷達の姿があった。
染谷達といっても、染谷と後は二人。
小林少尉と、あの金髪の少女―――フィアだ。
あどけなさの残るものの、恐ろしいほど愛くるしい体を、艦内用に支給されているスウェットスーツに包んだフィアは、まるで体を染谷にすりつけるような、甘えた仕草をしながら食事を続けている。
目の前の美奈代達なんて眼中にないといわんばかりだ。
「行こう?美奈代」
「そうだな」
「ち、ちょっと待って!」
女子候補生からのあからさまな冷たい視線。
それを作り笑顔で誤魔化そうとした染谷は悲鳴に近い声を上げた。
「あ、あの、その!」
声がうわずって、うまくしゃべることが出来ない。
「こ、こういう女の子は、女の子が面倒を!」
つまり、
代わってくれ。
そう言いたいのだ。
ところが、頼んだ相手は―――。
「私達、そんな命令受けてないし」
さつきは汚物を見るような目つきで言った。
「任務じゃないわね」
「そういうことだ」
「だから誤解だ!ぼ、僕は!」
立ち上がろうとした染谷だったが、腕を掴まれ、動きを止めた。
フィアが甘えた顔で染谷の腕に抱きついたのだ。
染谷の腕に頬をすり寄せるフィアの表情は、恍惚としている。
「……はいはい」
美晴が冷たい声で言った。
「ごちそうさま」
「よく憲兵隊が何も言わないものだな、この性的病人に」
「恐ろしく言いたい放題言われている気がするのは何故だろう」
「私達、これから訓練だから」
「通りかかっただけなんです」
「病気が移ると困るので。失礼します」
「一体、君たちは僕をなんだと思って!」
抗議する染谷に、美晴とさつきが揃って答えた。
「性犯罪者」
「なっ!?」
「……その格好で」
女とベタベタしている光景を冷たく指さして宗像は言った。
「自分がノーマルだと言う方がどうかしている……訓練に遅れるぞ?行こう」
宗像に促され、じっと二人を見つめていた美奈代は、しぶしぶという顔で踵を返そうとした。
不意に、フィアの視線が美奈代のそれとぶつかったのは、その瞬間だ。
感情を殺した美奈代の視線と、好奇心を含んだフィアの視線。
動いたのはフィアだ。
まとわりついていた染谷の腕から体を離し、一瞬だけ美奈代に挑発的な笑みを浮かべたかと思うと、首を伸ばして瞳を閉じた。
チュッ
そんな効果音が、小さく響いたのは、その直後のことだった。
●“鈴谷”ハンガーデッキ
「一体、誰なのよ?あの子。ねぇ、美奈代?」
しきりと拳銃の手入れを続ける美奈代は、妙に何かをぶつぶつ言い続けていた。
「?」
さつきが、そんな美奈代の口元に耳を近づけた。
「……暴発による業務上過失致死は……」
「やめなって!」
「……劇薬を、食事に混ぜてやる。D5指定グリスは舐めるだけで死ねるはずだ」
「勘弁してよ!」
さつきは美奈代の肩を揺すった。
「私、ワイドショーで“あの子なら、絶対いつか何かやるだろうと思っていました”なんて言いたくないからね?」
「早瀬……せめて“あんな真面目そうな子が”程度にしてやれ」
宗像だ。
「初めて出来たオトコに別のオンナが出来たんだ。嫉妬するなという方が無理だ」
「それで流血沙汰ですか?美奈代さんらしいというか」
「お前ら、私を何だと思っているんだ!」
美奈代は声を荒げた。
「まるで二宮教官の男運のなさが移ったみたいに!」
「どういう解釈かわかんないけど……そうか」
ポンッと手を叩いたのはさつきだ。
「そう考えれば、染谷が美奈代に惚れるなんて前代未聞の珍事も納得出来る!」
「結果は100%の失恋ですね!」
「かなり手ひどい終わり方になるな……なにしろ、あの人の男運だ」
「ちょっとぉ!」
「泣くな和泉。オンナに走ればいいことだ。いつでも協力してやろう」
「美奈代さんにあの二宮教官の男運のなさが移れば」
美晴が言った。
「二宮教官も今年こそ本命のカレが出来ることに!」
「1年前にこれが現実になっていればよかったのにねぇ……」
さつきはしみじみと言った。
「欲求不満を私達へのシゴキで発散するなんていう、不毛な生活を教官も味わわずに済んだのに」
「風邪だって誰かにうつすとよくなるって言いますしね」
「あんなにヒドイ男運もらってたまるもんか!」
美奈代はたまらずに怒鳴った。
「あれは不幸どころじゃないぞ!あんなヒドい男運をもって、それでもオンナとして―――」
次の瞬間、美奈代は、目の前で腕組みしながらにっこりと微笑んでいる相手を見て二つのことを思いついたという。
一つは、フィアというオンナ殺して自分も死ぬか。
もう一つは、ここで一人で死ぬか。
……しかし、相手はそんな美奈代の子供じみた発想を認めてくれるほど、甘くはなかった。
何しろ、相手は、美奈代達にとって鬼より怖い相手なのだ。




