金色の髪の少女 第四話
エーランド騎の爆発音は背中で聞いた。
「……追撃します」
騎体が再び加速を開始する。
牧野中尉の返答は声にならず、バカのように頷くしかない。
敵騎に、美奈代は何をしたのか。
“征龍改”の腰部にマウントしていたある“モノ”を使った。
M22型柄付手榴弾。
あの対ライノサロス模擬戦で使った、あの閃光弾と音響弾を兼ねた手榴弾だ。
広範囲に広がる敵を無力化するために作り出された代物だけに、その音と光について開発者は殺傷力はないと主張する。
しかし、まともに喰らったら失明や難聴どころではすまないあたり、殺傷力を持つのと変わらないと、現場からまで非難される程の代物だ。
美奈代は、その手榴弾を接近するエーランド騎めがけて放り投げ、タイミングを見て起爆。エーランド騎のモニターと音響センサーを潰した。
その状態で、エア・ブレーキをかけた。
突然の空気抵抗を受けた騎体が急減速し、同時に上昇に入る。
つまり、後方から接近するエーランド騎に、自分から急接近することと同義だ。
M22型柄付手榴弾の閃光から逃れた、まさにその絶妙なタイミングで、美奈代騎は斬艦刀を振るった。
騎体に走った衝撃でわかる。
撃破は確実だ。
あれで無事だったら、私は何も信じられなくなるだろう。
信じられない?
そう。
私は一つだけ、信じられないものがいた。
自分の足下、この騎のコクピットにいる娘だ。
―――い、一体、この娘は何者?
牧野中尉は、候補生評価用のデータをそっと開いた。
あり得ない。
こんなベテラン騎士同然の戦い方が、候補生に許されるはずがない。
モニターに映し出される経歴は、牧野中尉の目と常識からすれば違和感のないものだ。
そう。
“この子達”は皆、“一般的”な存在として扱われている。
その裏を知るものは、自分を含めてそうは多くない。
知ったからこそ、
知ってしまったからこそ、
自分はここにいる。
だから、
知る者として、
“この子達”に命を預ける身として、
牧野中尉は“知る権利”を要求した。
手にしたのは“あの人”から渡された、パートナーを組む和泉美奈代についてのデータ。
―――知る必要もないでしょ?
相変わらず、楽しいのかバカにしているのか。あのにやけた面は思い出す度に腹立たしくなる。
牧野中尉は胸ポケットから一枚のカードを取り出すと、アームレストに隠れるように設置されたカードリーダーに読ませた。
データを渡されても、何だか興味がわかなかった。
手にすることが大切であって、その中身は問題ではない。
大体、“あの人”が素直に私に真実を渡すとはどうしても信じられなかった。
だが、今となっては、放置された情報にどうしても触れておきたかった。
暗証番号は念じるだけで神速の速さで画面に入力される。
数万桁に上るプログラムでさえ一分とかからず、完璧に入力してのける程、コンピューターと精霊とに脳や神経を同調させる事の出来るMCの特記すべき能力だ。
モニターに映し出された情報は―――
牧野中尉の理解を超えていた。
「こ……これって!」
半ば呆然とした牧野中尉がモニターに指を走らせる。
「この機関が……どうしてこの娘に関わって……っていうか!こ、この子の父親って!?」
「中尉っ!」
コクピットにいる美奈代の怒鳴り声に、牧野中尉は思わずシートの上で飛び上がった。
「何してるんですか!?120ミリ砲のセーフティー解除してくださいっ!」
「あ、ご、ごめんなさいっ!」
候補生達の事故防止のため、砲火器に関しては候補生達に操作権限は与えられていない。
全てMCのコントロールが必要だ。
モニターを切り替えると、敵騎はすぐ間近だ。
120ミリ砲の射程に入っているのは見てすぐわかる。
一つの情報を追いかけて、安易に現実から乖離する傾向有り。
候補生時代の教官のコメントは、今でも履歴書に書かれたままだ。
自分の傷だらけの経歴の中で、一番傷つく評価だが、マトは外れていない。
そのいい証拠のようなものだと思うだけで、急に牧野中尉は恥ずかしくなった。
「狙いは!?」
「敵騎の腕を狙ってください!」
「でもっ!」
今、染谷候補生の騎体は大破している。
空中で放り出されたら地上に落下することは避けられない。
いくらメサイアの中といえど、つきあわされた人間が耐えられるはずがない。
「―――MLで敵騎のブースターを狙います」
牧野中尉は狙撃モードを立ち上げた。
「MCの判断です。尊重してください」
「……了解」
絶対、ここで事故に見せかけて殺すつもりだったな。
自信を持ってそう思える牧野中尉は追撃する敵騎の動きが思ったより鈍い事に驚きながら、そっと言った。
「ねぇ、和泉候補生?」
「はい?」
「小学生の頃って、何してました?」
「何ですか?こんな時に」
「こんな時は、質問に答えてくれないと」
クススッ。
牧野中尉は喉で笑った。
「外すかもしれませんよ?」
「……私に聞かれても困ります」
美奈代は答えた。
「私、中学の時に交通事故にあって、昔の記憶がそっくり抜けているんです」
「……へぇ?」
「ど、どうせ、不運だって、笑っていいんですよ!?」
「笑いませんけど」
狙撃は完璧だ。
出力を調整しながら、牧野中尉は最後に訊ねた。
「事故についても、記憶がないでしょう?どうせ、外に出た覚えもないのに、気が付いたら病院のベッドの上だったとか」
「ど……どうしてそれを?」
驚愕する美奈代への牧野中尉の答えは、一発のMLだった。
「こちらエーランド隊、リナ軍曹!司令部応答を!」
レシーバーには雑音しか入らない。
見捨てられたかと思うほどの絶望感が、リナ軍曹の心胆を寒からしめる。
指定されたバンド入力を間違えていたことに気付いたのは、かなりの時間が経ってからだ。
末尾一つケタならすぐ気付くが、二桁以上を間違えていると、なかなか気付かない。
魔族の発音、特に中央部族の出であるエーランドと、なまりの強い南方部族の出である自分では、同じ音でも聞き間違いが起きやすいんだ。
リナ軍曹はそんな言い訳を心の中で何度も呟きながら、やっとつながった司令部へむけて怒鳴った。
「すでに部隊壊滅!残存は我のみ!救援を求める!繰り返す!至急、救援を!」
「了解した。周辺の索敵任務中の部隊を回す。貴官はすみやかに“捕獲物”を司令部に搬送せよ」
「その肝心の司令はどこ!?」
「貴官から見て10時方向。すでにこちらのレーダーには捉えている。ガイドビーコンを照射するから―――」
ズンッ!
突然の大爆発音に、思わず司令部の管制官は、レシーバーを耳からもぎ取ってしまった。
耳が無事であることを確かめると、すぐに床に転がったレシーバーを耳につけた。
「くそっ!?リナ軍曹?応答しろ、大丈夫か!?リナ軍曹!」
「撃たれたっ!ブースターがやられたっ!推力が維持できない!」
「救援騎は接近中だ。ガイドビーコン照射開始」
「だめだ!騎体高度が―――う、うわぁぁぁぁっっ!?」
プッ。
レーダーロスト。
通信ロスト。
通信が途絶え、レーダーから騎影がロストした。
その意味はイヤでもわかる。
ロストの直前、敵騎がリナ軍曹騎に接触したのも、はっきり記録に残っている。
「……」
管制官は、歯を食いしばって瞑目すると、リナ軍曹の冥福を祈った。
そして、背後に立っていた上官に指示を求めるように、その顔をみつめた。
「一番近くのメース隊は?」
あのワーキン少佐だ。
「……第303偵察小隊。接触まで30分はかかります」
「遅いな」
「小隊の任務は訓練でありまして」
「戦えるのだろう?何をしている。すぐに303小隊に敵の殲滅を命じろ。損害は問わない」
「はっ」
「……全く」
管制官の背中を一瞥したワーキン少佐は踵を返すと内心で呟いた。
「何が歴戦の猛者だ。エーランドも地に墜ちたものだ」
本当にそうだ。
ワーキン少佐は、この失態の全責任をエーランドに負わせるための言い逃れを急いで作り上げた。
現場の判断と責任で捕獲を命じた以上、自分に責任はない。
悪いのはエーランドだ。
“デュアリス”まで受領しておきながらこの体たらくだ。
そう。
悪いのは私ではない。
上層部には、そう報告しなくては。
ワーキン少佐の脳裏にあるのは、“鍵”ではなく、自らの保身でしかなかった。
組織の利益ではなく、その裏にある保身こそ大切。
功績は自分に。
責任は他人に。
ワーキン少佐は、こんな発想で生き延びてきた。
皮肉な意味で、彼は実にビジネスパーソンだった。
ブースターに装甲は付けられない。
牧野中尉の狙撃は、そこをついたものだ。
魔族軍メースの背中にあるブースターノズルからまっすぐに入ったMLの一撃は、ブースターを内部から破壊し、その破壊に曝されたブースター自身を爆発させた。
推進手段を奪われたリナ軍曹騎は煙を噴きながら墜落を余儀なくされた。
地面に叩き付けられたメースのへしゃげたコクピットで緩慢な死を迎える過酷な運命をリナ軍曹が避けられたのは、その背中から胴めがけて貫通した斬艦刀が、コクピットごとリナ軍曹を原子単位に分解したからに他ならない。
地面に叩き付けられたリナ軍曹騎の残骸。
その間近に降り立ったのは、“幻龍改”の残骸を抱きかかえた“征龍改”―――美奈代騎だ。
「どうですか?」
「意地を張らないで、自分で呼びかけなさい」
「イヤです」
「ホントに……隣の嫉妬で首でも吊りかねないって言葉がありますけど」
苦笑する牧野中尉は言った。
「全ての電源が飛んでいるようですね。予備電源どころか、生命維持装置が働いている形跡すらなし……」
「生命維持装置が?」
「このままですと、換気も出来ませんから―――酸欠で死にます」
「MCの回収だけ。騎士は放置して帰りましょうか」
「残念ながら」
牧野中尉は強く言った。
「あなたにそんな決定権はありません」
「……っ」
「“鈴谷”から命令です。マジック・エジェクトシステム使用許可、出ました。“鈴谷”にて受け入れ態勢完了。和泉候補生は、騎士達を脱出させ、騎体はテルミット弾で焼却して下さい。それと、またもや残骸の回収です」
「……了解」
騎体の焼却なんて、やりたい仕事じゃない。
残骸抱えた敵を追いかけて、今度は自分が残骸抱えて帰るなんて、どういう冗談だ?
「和泉候補生?」
あくまで意地を張る美奈代が、何だか意地らしくすら感じた牧野中尉は囁くように言った。
「染谷候補生は和泉候補生しか見えてませんよ?」
「……知りません」
「そんな意地ばっかり張ってると、誰かに奪われちゃいますよ?」
「……降ります。コクピットハッチ、爆破しますから」
「了解。頑張ってくださいね?」
コクピットから降り立った美奈代は、“幻龍改”の腰部に降りた。
両手足に股関節。喉の周りまで、メサイアの弱いところを徹底的にたたき壊された騎体は、無惨という他に言葉が思いつかない。
これで染谷候補生は生きているのか?
そう自問しても全く自信がない。
騎体同然に、体が壊れているんじゃ。
脳裏に浮かんだ光景に、胃が締め付けられそうになる。
美奈代は、規定通りに腰部装甲に設置されているハッチ爆破装置に暗証番号を入力、爆破ボタンを押した。
ドンッ!
爆破ボルトが作動して、ハッチが高々と宙を飛んだ。
ハッチが地面に落下したのを確認した美奈代は、急いでコクピットハッチに潜り込んだ。
「染谷候補生っ!」
爆破ボルトが作動した後の硝煙の煙が立ちこめるコクピットブロック。
「あ……ああ。和泉候補生か?」
弱ってはいるものの、しっかりとした声が美奈代の耳に届いた。
生きていてくれた。
それだけで、美奈代は目頭が熱くなるのを抑えられない。
「はい。大丈夫ですか?」
「ぼ、僕は大丈夫だと言いたいけど」
うっ!
染谷の声に苦痛が混じった。
「STRシステムから脚が抜けない。歪んだフレームに挟まった」
「足、切断しますか?」
「勘弁して!」
自分がどんなトンチンカンなことを言ったか、怒られて初めて気付いた美奈代は情けなさでうつむくしかない。
「足の感覚はあるから、大丈夫。それより」
染谷は言った。
「伊月中尉や、あの子は?」
自分よりも周囲を心配する辺りはさすがだと思うし、美奈代自身が誇らしくさえ思う。
「確認します」
美奈代はコクピットの中、染谷に触れないように細心の注意を払いながら二人乗りコクピットの前席―――生徒用シートの中をのぞき込んだ。
そこには、シートベルトで固定された金髪の少女がぐったりとした様子で目をつむっていた。
「ねぇ……ねぇってば!」
美奈代は軽く頬を叩いてみるが、反応はない。
「反応なし」
「ああ、多分、語り石の影響だよ」
「語り石?」
「そう。この子は―――御免。この事は、艦長から箝口令が敷かれている。だから、答えられない」
「べ、別に」
「?」
「こ、この子とデートとか、そういうんじゃないんですね?」
「そ、そんなことあるわけないでしょ!?」
染谷はびっくりした声で言った。
「和泉候補生とのデートだって、結局はお流れになったんだし!」
「……すみませんでした」
「別に謝る必要もないけど」
染谷は苦笑気味に言った。
「もしかして、僕がメサイアで女の子とデートに行ったとでも?」
「……」
「面白い発想するね。和泉候補生って」
「と、とにかくっ!」
染谷の苦笑から逃れるかのように、美奈代は声を張り上げた。
女の子としてこんなのってどうなんだろう。
そう思うと情けなさを通り越してしまう。
「“鈴谷”から命令です!騎体は焼却します」
「……そうか」
染谷が沈んだ声でそう言うと、コクピットに深いため息が漏れた。
「いくらなんでも……これじゃ、終わりだな」
「何がですか?」
「……いろいろと……かな」
その沈んだ顔に、美奈代は染谷が何を言いたいのかを察した。
鈍い美奈代にもわかる。
騎体を潰した騎士。
それは賞罰欄に負の意味で書かれることだ。
候補生の段階で騎体を破壊したとなれば、例え、それが候補生という立場でも、経歴上に大きな傷を残すことになる。
染谷の候補生としての将来に、大きなハンデとなることは明白だ。
「何言ってるんですか!」
美奈代は教官用シートに潜り込むと、染谷の両肩を力一杯押さえた。
「あなた、まだ生きてるんでしょう!?」
そして、その肩を強く揺すった。
「まだ生きてるなら、どうしてあっさり諦めるんですか!」
「……」
「“伊吹”と一緒に死んでいった、今、苦しんでいる仲間に、あなた何て言うの!?」
「っ!?」
「……情けないこと言わないで」
肩から離した手が、言葉を失った染谷の頬に触れた。
「みんな、仇を討って欲しいと思っている。誰に?指揮官として仰ぎ見たあなたに……指揮官にと推挙したあなたに……みんなが、仇討ちを望んでいるのは、あなたです」
「……」
「仇を討つ者は、苦境に耐えても、屈することは許されていません。違いますか?」
染谷の頬を流れた涙が、美奈代のグローブに触れた。
「両手両足無くしても、歯で齧り付きなさい。歯がなければ魂だけでも戦いなさい。それが出来る男を―――私は好きになったはずです」
バンッ!
“征龍改”から電力の供給を受けた“幻龍”のマジック・エジェクトが作動し、MCR、そしてエンジンが一瞬でテレポートしていく。
少なくとも、無事を祈るしかない。
美奈代に“すまなかった”と散々詫びた染谷がコクピットから出る直前、美奈代に言った言葉が、美奈代の脳裏を駆け回っている。
「―――君を好きになってよかった」
その言葉が脳裏に浮かんでは消えていく。
初めて好きと言われた。
好き。
単純な言葉なのに、心から言葉が離れない。
嬉しくもあり、恥ずかしくもある。
感情の整理がつかない。
「……さて、和泉候補生」
牧野中尉が楽しそうに言った。
「散々、お楽しみを聞かせていただいたお礼です」
「えっ?な、何ですか?そのお楽しみを聞かせていただいたって」
「通信装置で二人の会話ばバッチリ、モニターされていました」
「なぁっ!?」
「公開されたくなかったら、言うことは聞いて下さいね?」
「と、当然ですっ!」
赤面するやら、半泣きになるやら、随分と顔が忙しいことになった美奈代に、牧野中尉は言った。
「騎体焼却の完了を確認しているヒマはありません。残骸回収の後、すぐにここを撤退します」
「……敵ですか?」
「小隊規模が接近中―――勝負になりません。撤退します」
「了解―――テルミット、使用します」
「封印から解放されれば、このザマだよ」
メースから降りた魔族達は、未だ高熱を発し続ける、かつての“幻龍改”だった残骸に唾を吐きかけた。
ジュッという音を残して唾は一瞬で蒸発するる
「“デュアリス”って言えば、新型だろ?もったいねぇなぁ」
「人類に持っていかれたって聞きましたよ?」
「ああ。追撃もへったくれもねぇ……俺達の仕事はここで終わりだ」
「そう……ですね」
「陣地へ戻るぞ!?おい、カヤノ!ぼさぼさしてんな!」




