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金色の髪の少女 第三話

染谷騎からの通信ロスト。


 それはすぐに“鈴谷すずや”に伝わった。

 候補生に任務を与える以上、その行動は全てモニターされている。

 データリンクされているモニターに現れたメサイア。

 それを監視していた長野は、すぐに現在稼働中のメサイアに救援に向かうように命じた。

 偶然にも、それが美奈代だった。

 命令は、美奈代と染谷にとってよかったのか、それとも悪かったのか。

 それは、終わってみなければ、当の二人にもわからなかった。

「染谷候補生が!?」

 染谷騎遭難。

 その報に触れた美奈代は、真っ青になって通信モニター上に映る長野大尉に尋ねた。

「候補生の安否は!?」

「不明だ」

 長野は真顔で答えた。

 その厳つい顔が、事態がどれほど深刻かを美奈代に教えてくれる。

「とにかく、敵は染谷騎をどこかに連れて行こうとしている。その狙いが何だかわからん」

「大体、おかしいですよ!」と、美奈代は言った。

「何で、染谷候補生が単独で出たんです?一体」

「艦長と二宮中佐達の命令で動いていること以外で俺が知っていることは」

「?」

「女連れで出たこと位で」

 しまった!

 長野は美奈代の顔を見た途端に、口を押さえた。

「ど、どういうことです?それって」

「いや……その」

「……あの、私達が発見した金髪の女の子のことですか?」

「ま……まぁ、そうだ」

「長野大尉」

 通信に割り込んできたのは牧野中尉だ。

「それはつまり、染谷候補生とあの子のデート」

「いや……それは違うと思う」

「メサイアのコクピットを不純異性交遊の場に提供するのは、いささかやりすぎでは」

「というか、牧野中尉」

「はい?」

「悪戯に痴話喧嘩の火種を大きくしようとしないでくれ」

「まぁ……わかりました?」

「とにかく、今、出撃できるメサイアは和泉、お前の騎だけだ」

「……」

「そこからなら」

「イヤです」

「……は?」

「イ・ヤだと言ったんです」

「何言ってるんだ?染谷候補生の安否が」

「死ねばいいじゃないですか」

「和泉っ!」

「……」

 普段なら縮み上がったろう長野の怒鳴り声にも、美奈代はそっぽをむいたままだ。

「もう一度言ってみろっ!」

「脱走でしょう?女連れで。アフリカのどこに逃げるかしりませんけど、女連れで、どこかでのたれ死ぬまで放っておけばいいんです」

「貴様、それでも!」

「……」

 はぁっ。

 美奈代はため息一つ、言った。

「女連れで脱走した騎士を殺せ―――そういうご命令ですか?」

「……お前、本気でいい加減にしろよ?個人的な感情でメサイアに乗っているのか!?」

「染谷候補生は女連れで脱走したのか。そう訊ねているのです」

「そうならどうする」

「その女ごと、染谷候補生を殺傷する許可を求めます」

「候補生を殺していいなら、命令を受け付ける……そう言いたいのか?」

「それ以外は、お断りします。営倉に入れというなら従います。このまま“鈴谷すずや”に帰艦した後にしてください」

「……はぁっ」

 長野は深いため息の後、言った。

「染谷……苦労するぞ。将来」

「殺傷許可を」

 怒りを含んだ高圧的なまでの声に、

「まだ脱走と決まったわけではない」

 長野は、噛んで含めるように答えた。

「染谷候補生を確保して、何が起きているのかを確認しろ。無実の罪で処刑したとあっては俺も寝覚めが悪い」

「了解」

 美奈代は頷くと、STRシステムに力を込めた。

「あの浮気者……じゃなくて、染谷候補生の捕縛、必要に応じての殺傷許可で任務を受け付けました」

「程々にしておけよ?」

 長野大尉は言った。

「いろいろいと―――後悔するのはお前だぞ?それから和泉候補生」

「はい?」

「そのおっかねぇ面、どうにかしろ。心臓に悪い」



 何をしていたのかはわからないが、とにかく敵のメースは動かなかった。

 自分達は動かない敵を襲っただけ。

 動くまで待ってやる義理なんてない。


 一気に両腕、両足を切断して反撃手段を奪った。

 だが、敵はブースターを吹かし、飛んで逃げようとしたので、背後からブースターを滅多切りにした。


 頭部と胸部は、コクピットがある可能性が高いので、破壊は避ける。


 それがルールだったのに、何度忘れかけたかわからない。


 とにかく、動力系統のパーツを破壊し、騎体が全く動かなくなるまでじっくり時間をかけた。

 憂さ晴らしと言われれば、それまでだ。

 同型騎に負けた恨みが心の中からどす黒く沸き上がってくるのを抑えることが出来たのは奇跡だと思っている。


 とにかく、探索装置は悲鳴を上げるほど働かせ、中の生存反応をモニターし続けたから、敵騎の中には3人の反応があり、全員が生きているのはわかる。

 脱出なんてされたらもっと厄介だ。

 敵が逃げ出す前に、テック軍曹に傷だらけの騎体の襟首を掴んで移動開始を命じた。


 砂漠と岩だらけの荒涼とした大地がどこまでも続く空をエーランド達は飛び続ける。


 ―――盛大にグチを言い合いながら。


 グチ?

 そう。

 愚痴だ。


 本来ならもうそろそろ母艦に戻って祝杯を挙げている頃だ。

 だが、エーランド達は未だに海にたどり着くことさえ出来ない。


 理由はある。


「人類側の索敵機が海にさしかかった。ここで下手に動くと、人類に位置を悟られかねない」


 そう、ゴトランドが報告して来ただけではない。

 何よりも、捕獲に成功したと報告した途端、ワーキン少佐から横やりが入ったのが致命傷だった。

 

 曰く、

 ―――最寄りの司令部へ連行し、直接引き渡せ。


 別にいい。

 エーランドが知っている“最寄りの司令部”は、ルート上。

 逆に近くていいな。

 命令を受領した時、エーランドはそう思った。


 ところが……。


 司令部があるべき場所は更地になっていた。


 ワーキン少佐に問い合わせて、ほとんどの司令部が撤退したことを知った。


 さっさと言え!


 情報を確認していないのか!


 エーランドとワーキンの間で、文句のやりとりはすぐに口論となり、凄まじい罵り合戦にエスカレートした後、とにかくもエーランドは、この時初めて軍司令部の場所を知った。


 エチオピア高原のほぼ真ん中。


 となれば、ルートは逆の上に、かなりの遠回りを余儀なくされる。

「勘弁してくれよ」

 部下から沸いて出る文句に、エーランド自身が頷いてしまう。

「これでただ働きになったらどうしてくれるんだよ」

「連中、移動にかかったコストは別会計で負担してくれるんでしょうね。少佐」

 部下からの不安に、エーランド自身、答えられない。

「少佐」

 リナ軍曹が訊ねた。

「ワーキン少佐が要求してきたのは、反応のある三人のうち、誰ですかね」

「わからない」

 この質問には、エーランドは素直に答えることが出来た。

「依頼のあったのは、このうちの誰かだろうし、もしかしたら3人ともかもしれない」

「どうします?」

「とにかく引き渡す。我々は、捕獲が仕事であって、選別は仕事じゃない」

「ごもっとも……少佐!」

 リナ軍曹が鋭い声をあげた。

「接近する敵あり!数1」

「たった1騎!?どこから出てきた!?」

「“メルストロム”の墜落地点から出現。まっすぐこっちへ向かってきます」

「人類がこっちを捉えることが出来るのか!?」

「まさか!」

 この中ではエーランドより長い軍歴を誇るタッホウ少尉が目を見開いた。

「人類側の探知能力では、こっちを捉えることは出来ないと聞いていますよ!」

「しかし」

 エーランドは、ハッ!となると、リナ軍曹騎が襟首を掴んでいる敵騎の残骸を睨み付けた。

「くそっ!」

「少佐!?」

「こいつが出している信号を追いかけているんだ。

 リナ軍曹、電波妨害のレベルを最大へあげ、司令部へ飛べ。

 こっちとも通信が出来なくなるが、こうなれば、軍曹の運にかけるしかない。

 俺とタッホウ軍曹であいつを止める!

 タッホウ軍曹、やれるな!?」

「俺ぁ、給料もらってるんですよ?」

「―――そういうことだ!リナ軍曹、幸運を祈る」

「はいっ!」

 メサイアの残骸を片手に遠ざかるメースを護るため、メース2騎が戦斧を構えた。



「敵の数3」

 MCRメサイア・コントローラー・ルームで、牧野中尉が感心したように言った。

「まさか、染谷候補生達も考えましたね」

「……ええ」

「まさかモールス信号なんて使って、彼我の情報を伝えてくるとは」

「……まぁ」

 美奈代はウェポンセフティを解除しながら言った。

「敵はもうお見通しのようですがね」

「2騎が分離、こちらに」

「空中戦だと……分が悪いです」

「地上に引き込みたいのですが、それだと、染谷候補生達に追いつかなくなる恐れが」

「……賭けましょう」と、一瞬、顔をしかめた美奈代が言った。

「賭ける?」

 牧野中尉が眉をひそめた。

「何に?」

「染谷候補生達の幸運に」

 美奈代は、騎体を地上へと降下させた。



「ほう?」

 エーランド達のモニターでも、美奈代が地上へ降下する様子は見て取れた。

「少佐、あいつ、俺達とやる気ですよ」

 タッホウ軍曹は嬉しそうに、その大きな顔をくしゃくしゃにして笑った。

「機動性じゃ勝てないのがわかってるんだ」


「やるか?軍曹」


「とりあえず」

 笑いながらタッホウ軍曹は言った。

一対一サシの勝負は久々なんで、楽しませてくださいよ。少佐」


「なら、手出しはしないぞ?」


「当然♪」



 その戦いは、エーランド少佐騎のモニターにもはっきりと映っていた。

 突撃の最終過程で跳躍、戦斧にメースの自重をかけることで破壊力を増大させる、技量はいるが一般的な攻撃だ。

 機動とタイミングの絶妙さは、さすがのベテランだとエーランドも敬意さえ抱いている程だ。


 問題は―――


「……」

 目の前で起きたことについて、エーランド自身、考えがまとまらない。

 タッホウ軍曹騎が戦斧を振り下ろす姿勢のまま固まっている。

 その斜め後方には、長い剣を構えた敵騎が剣を横に振りきった姿勢で立っている。


 目の錯覚だ。

 あまりのことに、その瞬間だけが、目に焼き付いただけだ。


 エーランドにも、それはわかる。


 “絵”としては受け入れることは出来る。

 だが、

 それを、


 “現実”として受け入れることはどうしても出来なかった。




 ズンッ!



 現実逃避したエーランドを現実に引き戻したのは、そんな音だ。

 タッホウ軍曹騎が胴の辺りで真っ二つに切断された。

 上下に分かれた騎体の断片が、アフリカの大地に投げ捨てられたゴミのように転がり、爆発の炎の中へと消えていった。


「タ、タッホウ軍曹っ!」


 肺の中身と一緒に吐き出した自らの声が、エーランド少佐を鞭打つ。

 胴体のコクピット付近を真っ二つにされた。

 あれでは脱出もなにもない。


 タッホウ軍曹戦死。


 現実に引き戻ったエーランドは、タッホウ軍曹に何が起こったかを冷静に分析した。


 戦斧で襲いかかったそのがら空きの胴を真っ二つにされた。

 敵が微動だにしなかったのは、パニックになっていたからでも何でもない。

 こちら側の隙を狙っていた。

 それだけだ。

 タッホウ軍曹の完全な敗北としか言い様がない。



 熟練のメース使いだろうが新兵だろうが、死ぬ時は死ぬ。



 そんな戦場の暗黙のルールをまざまざと見せつけられたエーランド少佐は、短くタッホウ軍曹に哀悼を捧げると、戦斧を構えなおした。



 次の相手は―――自分だ。



 戦場で単騎同士が相まみえる興奮は―――エーランド少佐は感じられなかった。

 猫のつもりでじゃれかかったら、実は虎だった。

 そんな心境のエーランドの背中を、冷たい一筋の汗が走った。




「まず―――1騎」

 居合いの要領で敵騎の胴をなぎ払った美奈代は、すっかり座った目で言った。

「次は―――あの浮気者」

 その声は、とりつく島と言うべきものが、今の美奈代にはまるでないことを告げていた。


「敵、移動の様子なし」


 ―――もうやだ。何、この非常識。


 牧野中尉は小さくそう呟くと、自らの任務に没頭することにした。

 この手の現実には個人的感情より、職務で接してる方がまだ気楽だ。


「―――どうします?」

「染谷騎は?」

「現在、距離8000。遠ざかります」

「……」

 美奈代は、無言でブースターを点火、まるでエーランド騎なんて存在しないといわんばかりに、“征龍改せいりゅうかい”で低空飛行を始めた。



「ば、バカにしているのかっ!?」

 足下を加速しながら遠ざかっていく敵騎に、エーランドは激高するしかない。

 当然だ。

 自分という相手がいるのに、それを敵は公然と無視しているのだ。

「わ、私では役不足だとでも言うのかっ!?」

 体が怒りに震える。

 こんな屈辱、久しぶりだ。

 闘うべき相手に無視される。

 戦士として、これほどの屈辱はない。

 その足下を悠然と通過されるということはつまり、歴戦の猛者として、魔界では名の売れた身だという自覚のあるエーランドは、その存在全てが、公然と否定されたことにほかならないのだ。

「ふ……ふざけるにも程があるぞ!」

 血走った目で遠ざかっていく敵を睨み付けると、エーランドは敵騎めがけて騎体を急降下させた。

「この非礼、死んで詫びてもらうおうか!」

 その目前には、敵騎のがら空きの背中が近づきつつあった。



「ち、ちょっと!?」

 牧野中尉は何度も後ろを見るしかない。

 MCRメサイア・コントローラー・ルーム内。

 MCメサイア・コントローラー用のシートの後ろなんて何度見ても、別に何も映っているわけじゃない。

 下手に外の光景なんて映し出された日には、仕事に集中できない。

 それでも、牧野中尉は後ろが気になって仕方ない。

 機材ばかりのシートの後ろを何度も見てしまう。

 敵騎が上空、しかも背面から接近しつつあるのに、牧野中尉が乗る“征龍改せいりゅうかい”はまっすぐに飛び続けている。

「て、敵騎接近中!距離450!」

 どうするんですか!?

 牧野中尉の問いかけに答えたのは、武装や騎体の状態を表示するステイタスモニターだった。

 

 ピピッ


 モニターで反応したのは、腰部にぶら下げていたモノ。

 それが点滅したということは、使用された。

 そういうことだ。


「―――えっ?」


 牧野中尉が驚くのも無理はない。


 それは普通、


 空中戦では絶対に使わない代物だったからだ。




 敵騎から小型の物体が一つ、放出されたのはエーランドの目にも映った。

 ただそれがあまりに小型で、別に熱も何も持っていないこと。

 先程の戦闘のショックで脱落した部品か何かだろう。

 つまり、危険性はない。

 そう、判断したのは、彼が結局の所、人類の科学技術とは縁のない魔族だというまたとない証明となった。


「ん?」

 エーランドがギリギリで“それ”をかわそうとした、まさにその瞬間だ。



 ドンッ!


 網膜が破壊された。

 鼓膜が破れた。


 エーランドは、本当にそう思って、思わず目をつむり、耳を強く押さえてしまった。

 メースのコクピットにいる以上、外からの音や光には万全な対策は取られている。

 メースには、メサイア同様、明らかに搭乗者が肉体的に耐えられない強い光や音は、モニターやスピーカーが自動的にリミッターを作動させて搭乗者を護る仕組みが採用されている。

 数十メートルを誇る最強魔法兵器に乗っていて、鼓膜をやられたのが原因で負けましたなんて、冗談もいいところだが、肝心の搭乗者の心理的なパニックまではどうしようもない。

 リミッターが入る直前までのモニターが真っ白になった強い光。

 耳を襲った強い音。

 一瞬でもそれが入ったら、いくら歴戦の猛者と呼ばれても所詮は脳が耐えられない。

 何度も目をしばたかせ、視覚情報を脳に送れと命じて、目がやっと見えてきた。

 リミッターが作動したモニターが回復に入る。


 時間にして10秒がいいところだ。


 だが、


 戦場で、


 この状況で、


 10秒は長すぎた。



 涙にぼやけるエーランドが回復したモニター上に見たものは、自らに襲いかかってくる敵騎の姿だった。



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