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支配者、交代

「国連――いや、EUはついに」

 美夜が乗組員達をハンガーデッキに集め、鈴谷の置かれた状況を説明する場を設けたのは、その翌日のことだった。

 壇上に立った美夜が大型スクリーンを前に言った。

「緊迫する中華帝国との関係をどうこうする前に、邪魔なアフリカ大陸の魔族軍を叩くことになった。

 そのため、昨日、EU各国元首達による極秘会合が開かれ、アフリカ大陸全土における、すべての国境紛争の無期限休戦協定が締結に至った。

 これにより、国連軍はアフリカ大陸の全戦力を動員した本格的な魔族軍狩りに転じる。

 メサイアの他、使える兵器はすべて投入されるだろう」


「ま……まさか」

 ―――すべての兵器。

 柏美晴の脳裏を横切ったのは、その言葉に対する、嫌な予感だった。

「……反応弾が」


「つい先ほど、超大型水素爆弾“ツァーリボンバ2”10発が投下された」


 RDS-222“ツァーリボンバ2”。

 爆弾の皇帝を意味するその爆弾は、かつての実験で人類最大の50メガトンの破壊力を示したRDS-220“ツァーリボンバ”の発展改良型だ。


「人工衛星から確認された限りでは、北アフリカ周辺の魔族軍防衛陣地は、壊滅的な打撃を被ったという」


 そりゃそうだろう。

 美晴は思った。

 ツァーリボンバは、爆弾が目標から離れた地点に投下された場合でもお構いなしに目標を含む周辺の施設を「余すところなく」消し去ることができるように設計された代物だ。

 致死性の熱線の効果範囲は実に58キロに達したという。

 その発展版を10発も喰らって無事で済むはずがない。


 一体、人類は地球を守りたいのか、それとも破壊したいのか。


 魔族に問いかけられたら、美晴はどう答えるべきか、答えが思いつかなかった。


「現状、魔族軍にこの打撃から立ち直る間を与えることがないように、国連軍はメサイア部隊を中心に攻勢に出ている。我々は、アラビア半島と紅海を越えてエチオピア高原に侵攻中のラムリアース帝国軍と共同作戦に参加する。各員の奮励努力に期待する。以上だ」




●アフリカ キリマンジャロ

「どれくらい」

 神音はユギオに訊ねた。

「どれくらい、もちそうですか?」

「持たせろといわれれば、いくらでももたせます」

 ユギオは肩を軽くすくめた。

「そう―――言いたいのですが」

「無理ですか?」

「無理です」

 ユギオは頷いた。

「敵は、アハガル高原からエチオピア高原に至る一帯に戦力を集中しています。こちらもケニア・タンザニアに配置していたメース部隊が頑張っていますが……」

「魔界との補給ルートさえ叩かれなければ……?」

「それで2ヶ月と報告を受けています」

「人類は、砂漠と知ってかアハガル高原に反応弾を使用しました。

 通常、この手の大型爆弾は、空中爆発させる関係上、パラシュートを開傘します。

 我々は、そこを弓兵達によって狙撃し、地面に叩き付けることで、破壊力を減衰させるのですが」

 ユギオが悲しげなまでに首を横に振った。

「一発が―――地面を貫通して、妖魔の巣の中に飛びこんだのです」

「―――あらま」

 神音は天を仰ぎ見た。

 妖魔の巣は地下の広大な空間にある。

 その密封された空間に巨大な反応弾が飛び込んで炸裂したらどうなるか。

 興味はあるが、被害者の立場には立ちたくなかった。

「巣は完全に崩壊。中にいた妖魔部隊は壊滅です」

 ユギオは笑って言った。

「本当のアフリカからの引き時と」

「……その方が、懸命かもしれませんね」

「ただし」

「諦めたわけではない?」

「その通りです」

  


  

●アフリカ 某所

 ゲート付近に展開した輸送艦隊のランプが開かれ、妖魔達が列をなして乗り込んでいく。

 物資運搬用の車両が砂塵をあげて駆け回っている。

「急げっ!」

「ぼさぼさしている奴は置いていくぞ!」

 士官達が殺気だった声を上げる。

「搬入出来る物資は全て積み込め!人類にくれてやる理由はない!」


「……正直」

 そんな光景を一望出来る小高い丘の上。

 民間軍事会社“イシス”から送り込まれたユム中将は、苦々しげに見つめていた。

 空は気象操作によってここ数日、暗い雲で一面覆われている。

 そんな天気のせいでもないだろうが、高い背を白い軍服で包み、カイゼル髭を生やした昔の海軍将校さながらの外見を誇る彼の顔には、明らかな疲れが見て取れる。

 目の前で、彼の部下達がやろうとしているのは、10年間多大な犠牲の元、守り続けてきたアフリカ大陸からの撤退なのだ。

 勝利もなにもない。

 敗北に敗北を重ね、それでもなお、戦い続けてきた彼等は、司令部からの紙切れ一枚、撤退命令一つでこの地を放棄しようとしているのだ。

 彼はそれを指揮しているのだ。

 それだけに―――

「この命令は受け入れがたいものがあります」

 それが本心だ。

「……ま、そうでしょうな」

 硬い表情のまま頷くのはユギオだ。

「しかし、これが最も効率的なのです」

「……我々は」

 ユム中将は手にした指揮杖を掴む手に力を込めた。

「さほどに無力でしたか?」

「……人類の共闘者が」

 ユギオはその問いかけに答えなかった。

「予想以上に頑張ってくれた。すぐ近くまで軍を進めてくれたのです。ここで我々が血と資金を浪費するより、彼等に後を託す方が効果が望めるのです」

「この大陸で、この日を迎えるために、一体、私の部下が何万、犠牲になったかわかった上での発言ですか?」

「リームトスの英雄と呼ばれた閣下の発言とも思えませんね」

 ユギオは言った。

「あなたの勤務する“イシス”は、利益を追求する民間会社です。主義主張や、兵隊の意地によって戦いを続ける存在ではありません。あなたとも、そういう雇用契約のはずだ」

「……」

 ユム中将の目の前で、輸送艦がよろめきながら離陸を開始した。

 舞い上がった砂塵の嵐が地上の他の妖魔達の姿をかき消してしまう。

「戦争における効率と利潤を追求するのが、あなたの務めです。つまらない意地で、会社に損害を生じさせる事ではない」

「……正直」

 ユム中将は答えた。

「いろいろと言いたいことはありますが、ここで言うべきではありますまい」

「……どうも」

「して?」

 ユム中将は訊ねた。

「我らが心強いお味方でいらっしゃる、その中華帝国軍というのは、どの辺にいらっしゃるのです?」


 アフリカからの魔族軍の突然の撤退。


 それは、魔族軍残存部隊への最終攻撃作戦を意味する「アビシニア作戦」第四段階開始の半日前になって確認された出来事だった。


 順調に攻略作戦が推移した場合、魔族軍が立てこもるだろう場所は、EU軍司令部にもあらかじめ分かっていた。


 作戦の開始数ヶ月前から、魔族軍自身がそこへ半径数十キロを越える一大塹壕陣地を構築し始めたからだ。


 塹壕構築の見本として保存したい。

 これは芸術だ。

 ドイツとフランス双方の工兵隊長が絶賛した程の塹壕陣地が完成したのは、第二段階の攻略半ばのことだ。

 第三段階がすでにスタートした時点で、EU軍は全軍に動員をかけ、この陣地攻略に向けた準備を始めた。

 対する魔族軍も、各地の陣地を放棄し、ここに集結を開始しつつあった。


 連日、EU軍参謀部では、発狂者や自殺者が出るほど模擬戦闘シミュレーションが繰り返され、そのデータを元に、攻撃手順が厳密に定められた。

 補給物資は、各集積所に山と積み上げられていた。

 総兵力60万がアフリカの土を踏んだ。

 全ては、第四段階。

 この陣地攻略のためだ。


 そう。


 この陣地攻略とはすなわち、


 史上空前絶後の一大陣地攻略戦。


 そう呼ぶにふさわしい代物だったのだ。

 勝利すればしたでよし。

 敗北したところで、それでもよい。


 戦うことこそに意義がある。


 EU軍司令部には、戦う前からそんな空気が生まれていた程、人を熱狂させる規模の作戦となるはずだった。


 所が、EU軍は歴史に残るべきその戦いを前に―――


「敵に逃げられただと!?」


 そういうことになった。



 “消滅”


 マスコミは、魔族軍を“撤退”したと報じなかった。


 “消滅”した。


 そう報じた。

 この表現ほど、EU軍にとって、目の前で起きたことを適切に表す表現は存在しない。


 何しろ、数日間、魔族軍陣地の上空を覆っていた雲が晴れた後には、魔族軍陣地は全て痕跡すら残っていなかったのだ。

 撤退なんて生やさしいものじゃない。

 消滅という言葉以外に、表現のしようがなかった。


「一体、我々は魔族軍に勝利したのか?それとも見捨てられたのか?」


 魔族軍陣地跡に立ったEU軍総司令官ハンス・E・ミューゼル大将が、そう困惑した顔で語ったというが、まさにその通りだった。

 EU軍には、勝利したという実感はこれっぽっちも存在していなかった。


 そして、その翌日にはEU軍を新たな問題が襲った。


 この作戦のために投入した兵力の処遇だ。


 余剰に近い大兵力をそのまま撤退させるのか?


 3日間の混乱と、4日間に渡る国家首脳レベルの会議が、この問題のためだけに費やされた結果、ヨーロッパ各国首脳は声明を発表した。



「我がヨーロッパには、未だ脅威が存在する」


 後にミュンヘン宣言と呼ばれる宣言は、その一言から始まった。


「かつて13世紀、ヨーロッパを窮地に追い込んだタタール人の恐怖が、再び我々に襲いかかろうとしている。

 文明を破壊し、人々が営々として築き上げてきた全てを焦土と化し、奪い、殺し尽くしたタタール人。

 多くの都市が彼等の略奪と虐殺により、この地上から消え去ったことは、歴史が教えている。

 彼等が人類に与えた罪は、はかり知ることが出来ない。

 彼等の罪、そして、彼等の暴虐を、我々は過去の出来事として忘れようとしていた。

 だが、それは歴史の闇から突然に現れた。

 すでに、アジア、中東、世界中が彼等によって攻め落とされ、多くの罪なき人々が殺され、或いは奴隷となっている。

 このまま彼等の暴虐を放置することは、我々の滅亡を意味しかねない。

 彼等をヨーロッパに近づけてはならない。

 彼等を中東から駆逐し、アジアに叩き返さねばならない。

 我ら文明の指導者たるヨーロッパは、そのために武器をとらねばならない」


 大凡、そんな趣旨だ。


 すでにサウジアラビアの首都バーレーンは陥落し、王族はヨーロッパへ亡命。

 トルコ帝国を始め、中東方面の大半の国が中華帝国に恭順している。

 これにより、中東からの原油の対欧州向けの輸出は実質停止。

 中華帝国はEU全体に対する対話を完全に拒み、各国の個別交渉によるEUの切り崩しに動いていた。

 中華帝国が中東において強く出られたのは、トルコを同盟に取り込み、地中海のEUの動きをけん制出来たこと、そして、アフリカの魔族軍を警戒するがあまり、EU軍が中東に軍を進めづらいという判断があったからだ。

 

 今、その脅威がアフリカから消えた。


 EU軍は、親中国家ばかりの中東に狙いを定めようとしていた。




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