洞窟からの脱出
美奈代は、今までの人生の中で、ここまでの怒鳴り声を聞いたことがなかった。
「敵に機密兵器を渡して助けろだと!?貴様、軍人としての矜持はないのか!?日本軍はそんないい加減なことを認めるのか!?」
その怒鳴り声を聞いて、ウォーレン中尉が教官向きの人物だと思ったのは、何も美奈代だけではない。
「私の部下ならたたき殺している発言だ!取り消せ!」
「交渉持ちかけられて取り消せって、あんたどういう神経してるんだ?」
「こんなものは交渉ではない!」
「じゃあ、どんなのが交渉だと?」
「そんなことは自分で考えろ!」
「……はぁっ」
都築はわざとらしいほど盛大なため息をついた。
「……交渉決裂ってわけ……か」
その時、都築はちらりとウォーレン中尉を見た。
「広域火焔掃射装置、もう一発オマケしてあげるけど?ダメか?」
返答は、ウォーレン中尉騎からの一発だった。
「おいおい」
皆が武器を構える中、攻撃を受けた都築騎だけが、両手を広げて見せた。
「その返答も、ずいぶん、金がかかってるじゃねぇか」
「―――次は外さん」
ウォーレン中尉は夢に見そうなほどドスの効いた声で言った。
「覚悟しろ。このクソガキ」
「はいはい。せいぜい、覚悟します―――よっ!」
ドンッ!
突然、都築騎の背後でそんな音がしたかと思うと、何か巨大な物体が都築騎の背後から鍾乳洞の天井めがけて飛び上がった。
都築騎が背負ってた広域火焔掃射装置のリキッドタンクだ。
「逃げろっ!」
都築の短い怒鳴り声を受け、美奈代達は一斉に脇穴の中へ飛び込んだ。
「逃がすかっ!」
M14が持つ小型速射野砲が一斉に火を噴いたが、飛び上がった広域火焔掃射装置に気をとられた一瞬が命取りになった。
その射撃はシールドで防御され、美奈代達が全騎、脇穴に飛び込むのを止めることは出来なかった。
「クソッ!」
獲物を逃したウォーレン中尉が舌打ちした。
その頭上で鈍い爆発音がした。
「ち、中尉っ!」
「―――ん?」
不意に、頭上が明るくなったことに気づいたウォーレン中尉は、目の前で発生した光に包まれたのを、確かに感じた。
「なっ!?」
粘っこい、腹に響く音が背後から迫る。
「撃てっ!天井を壊せっ!」
都築がそう怒鳴ると、手にした機動速射野砲を、逃げてきた鍾乳洞の天井めがけて乱射する。
「落盤させて通路を塞ぐんだ!」
「そんなことしたら」
「し損なったら死ぬぞ!」
真っ青になって怒鳴る美奈代に、都築は答えた。
「それが狙いなんだよ!」
速射野砲の砲撃で、天井から剥がされた幾枚もの巨大な岩盤が逃げてきた穴を塞いでいく。
「?」
何事が起きたかと怪訝な顔をする美奈代の目の前。
落盤の煙を照らし出す光が穴を走ってくるのが見えた。
それは、炎の塊だった。
炎が通路一杯に自分達めがけて走ってくる。
「なっ!?」
美奈代はそれが何だかすぐにわかった。
広域火焔掃射装置のタンクが爆発した炎だ。
美奈代騎と都築騎の2騎分のリキッドタンクの爆発が生み出した炎が、広大な“大聖堂”を舐め尽くし、まだ獲物が足りないと、美奈代達めがけて襲いかかっているのだ。
あの炎がどれほどの破壊力を持つかは、使用者である美奈代には骨身にしみている。
「―――ひっ!」
美奈代が小さく悲鳴を上げた、丁度の瞬間、今までで最大の落盤が発生。
美奈代の目の前で、洞窟が完全にふさがれた。
カシム大鍾乳洞が完全に崩落したのは、美奈代達が脇穴から鍾乳洞を脱出してからすぐのことだった。
崖を遮蔽物にして騎体を隠した美奈代達は、生きた心地さえしない。
「頭上と目の前でリキッドタンクが爆発したんだ」
都築の声がレシーバーに入った。
「目の前で火のついたリキッドが飛び散る。避けても頭上からもリキッドが降り注ぐ」
クックッ……続きは楽しげに言った。
「どっちにしても、あの中尉達が無事のはずがねぇ」
「……だ、大丈夫か?」
美奈代は訊ねた。
「何が」
「相手は米軍だ。それを」
「イギリス軍に偽装していたんだ。それに、あいつ自身は、自分達をアメリカ軍とは名乗っていない」
「……っ」
「あくまで国籍不明の部隊として処理出来る」
「もとを正せば」
都築は怒鳴った。
「和泉っ!貴様がヘンなことしなければよかったんだ!」
「へ、ヘンな事?」
「あんな尋問じみたことしやがって!あれであの中尉、バケの皮剥がされて怒ったんだ!」
「そ、そんな!」
「それは違うだろう」宗像が言った。
「どう考えても、あれは都築、お前にコケにされたからだ」
「俺は普通に話していたぞ?」
「どこがだ?」
「―――ちょっと静かにしてください」
言い争いになりかけたのを止めたのは、牧野中尉だ。
「“鈴谷”と通信を回復させています」
「“鈴谷”は無事ですか!?」
「通信が……」
「ま、まさか!」
最悪の事態が脳裏に浮かぶ美奈代に、牧野中尉はたしなめるような口調で言った。
「悪い方へ悪い方へ考えるのは、候補生の悪い癖ですよ?」
「す……すみません」
「こちら宗像騎、桜庭」
宗像騎のMC、桜庭優の声がレシーバーに入った。
「すぐ近くで戦闘音」
「どこだ?」
「はいお姉さま。11時方向。騎数は複数。エンジン音の特性から、主体は魔族軍メサイア部隊と思われます」
「―――何?」
戦闘はそれから数分の後も続いていた。
行くか。
無視するか。
選択肢を巡って部隊は割れた。
結局、様子を見て判断することになって、斥候に出たのが美奈代と都築だ。
メサイアから降りて、崖を駆け上がった。
鍾乳洞の中にいたせいで、時間の変化に気づかなかったが、外はすでに真っ暗になっていて、月の青白い光が世界を照らし出していた。
美奈代達は、コクピットから出た時に目印にしていた一番高い崖の上に出た。
アフリカの夜の景色がパノラマとなって美奈代の目の前に広がる。
夜は闇。
その先入観がある美奈代の目の前は真っ暗なはずなのに、月の明かりで信じられないほど世界がはっきりと見える。
「頭が高い」
都築に言われ、景色に見とれ始めていた美奈代はとっさに伏せた。
乾ききったアフリカの土の感触が戦闘服ごしに伝わってくる。
ズーン
ズーン
鈍い音がする。
メサイアの戦闘音だと、すぐにわかった。
「俺が状況を確認する。お前、周囲を見張ってくれ」
腹這いになって暗視装置付きの双眼鏡を構えた都築に言われ、
「了解した」
美奈代は素直に従った。
二人で双眼鏡をのぞき込んでいて、振り向いたら妖魔に頭からかじられていたなんて、想像さえしたくない。
美奈代は、コクピットから引っ張り出してきたM14の弾倉にフルメタルジャケット弾を装填した。
さっきのメサイアもM14だったな。
美奈代はそんなことを思いながら、周囲を警戒することに専念した。
だが、美奈代の目にもはっきりと映るものがあった。
棒状に伸びた幾本もの光だ。
軽く見積もっても10本以上。
その中でも一本の光の棒が最もよく動く。
そして、その棒状の光が動くたびに、まるで花火のような、短い光が生まれ、最低でも一本の棒状の光が消える。
「何だ?」
目を凝らす美奈代に都築は言った。
「一本は間違いねぇ」
だめだ。壊れている。
都築は双眼鏡をケースに戻しながら言った。
「斬艦刀だ」
「斬艦刀?」
「ああ。夜間訓練の時、斬艦刀の光を遠くで見ると、あんな感じだった」
「じ、じゃあ」
「そうだ」
都築は頷いた。
「俺達以外にも、このアフリカに派遣されていた部隊があるってことさ」
二人の目の前で、再び棒状の光が動いた。
「―――戻るぞ」
都築は言った。
「ここで見物している位なら戻っていい」
「加勢しなくていいのか?」
「加勢が必要か?あれで」
都築が顎でしゃくった先。
すでにあれだけあった光は、ほんの2、3本になっていた。
「下手にかかわると厄介だ。下がろう」
「う……うん」
崖を降り始めた都築に、美奈代は黙って従うことにした。
美奈代の背後で、月明かりに照らされた世界から、鈍い戦闘音だけが聞こえてきた。




