カシム大洞窟へ
●アフリカ大陸 タナ湖近郊 カシム大鍾乳洞
カシム大鍾乳洞は、世界でも有数の規模を誇る鍾乳洞とされる。
地下の巨大な石灰岩の岩盤が地殻変動の影響で大きく割れ、その割れ目への侵食が長い年月の間にカシム大鍾乳洞を作り上げたというのが、学者達の意見だ。
無論、そんなことに構っていることの出来る美奈代達ではなかった。
カシム大鍾乳洞の最奥に存在する広大な空間。
高さは有に100メートルに達する信じられないほど高いホール。
そこは、幾本もの巨大な柱が左右対称に並び、天然の産物とは思えないほど荘厳な建築物然とした印象を与えることから“大聖堂”と名付けられている。
その中でもさらに奥。
テラス状の石段の形状から、“祭壇”と呼ばれる場所には、濃緑に塗られた金属製のコンテナが無造作に積み上げられている。
「中を見なければ……なんとも言えません。とにかく」
センサーで中身を調べていた牧野中尉が言った。
「内部に放射線反応はありません」
「爆発の危険性は?」
「Xレイ捜索ではトラップは確認されていませんが……」
「そういうことですね―――おい都築」
「何で俺なんだよ!」
都築は怒鳴った。
「山崎だっているだろうが!」
「放射線防御服を着られるのはお前だけだ。一々、男がぐちゃぐちゃぬかすなっ!」
いらだった口調で、美奈代は都築に怒鳴った。
「男だったら黙って行けっ!」
「こんな時ばっかり」
都築はコクピットハッチを開きながら大声でぼやいた。
「女を持ち出すな、クソ和泉」
「聞こえているぞ!?」
コンテナはカギさえかかっていない。
それどころか―――
濃緑色のコンテナの扉が開かれ、都築が中に入っていく。
メサイアの駆動音以外、何も聞こえない沈黙の世界を照らし出すのは、メサイアから放たれる照明と、都築の持つ電灯だけだ。
「……あった」
電波状態が悪く、都築の防御服につけらけたライブカメラがデータを送ることが出来ない。いつ起爆するかわからない状態で、外に持ち出すことも覚悟しなくてはいけない瀬戸際の中で、頼りになるのは都築の声だけだ。
「こんなの、俺に分かるかよ」
へそを曲げた都築はぼやき続けてばかりだ。
「ったくよ?何が男女平等だよ。こりゃ立派な男性差別だ」
「文句を言わずにやれって」
つっこみを入れたのは美奈代だけではない。
「こちら都築だ。コンテナ内部の状態だが、ひどい有様だ」
「こちら和泉。どういうことだ?」
「ずいぶん乱暴に扱ったようだ。ロケット部分はグシャグシャ。液体燃料が漏れた痕跡がある」
「燃料が?」
「ああ。ただし、かなり以前の話だ。今、火をつけても燃えるかどうか疑わしいがね」
「弾頭は?」
「ん?……ああ、あった。あれ?ケースのハッチが開いているぞ?……おいおい隊長さんよ」
「どうした?」
「……こいつはしてやられたぜ」
「ん?」
「爆発の心配はない」
都築は言った。
「こいつは訓練用のダミーだ」
「これが?」
都築騎によってコンテナから引き出された反応弾の弾頭部分は、円陣を組んだコクピットからのぞき込むことが出来る高さまで持ち上げられている。
コクピットハッチから身を乗り出して見た弾頭は、小さい頃食べたアポロチョコのような形をしていた。
「思ったより小さいな」
「サイズはともかくよ!」
都築は言った。
「本物と思って近づいた俺の心境を察してくれ!寿命が100年は縮んだ!!」
「バカほっといて」
美奈代は都築の懇願を受け流した。
「ひでえな!」
「―――ここにどうして訓練弾があるんだ?」
「非常時の解体訓練用のダミーだろう」
コクピットから降りて、メサイアの腕を足場にして器用に都築騎の手に飛び移った宗像が弾頭を間近に見ながら言った。
「中国語の表記があるな……“手順14:解体時はまずこのレバーを引け”……なるほど?」
クックックッ……と、宗像は笑って言った。
「これを横流しした奴らは本物だと思っていたが、奴らも偽物を掴まされていたわけだ」
「でも、これから……どうするんです?」
美晴が訊ねた。宗像は即答した。
「これを回収して引き上げる。弾頭が中国製だというまたとない証拠だ」
「全騎へ警報!」
突然、早瀬騎のMCから鋭い声が走った。
「洞窟入り口より接近する騎あり。騎数多数―――早いっ!!」
美奈代達がコクピットハッチを閉めるのと、ホール入り口にそいつらが現れるのは、ほぼ同時だった。
漆黒のメサイア達が、ホール入り口を固める。
光を反射しない塗料が使われているのだろう。
居並ぶメサイアが、まるで亡霊のようにさえ見える。
「数は1個中隊規模―――かなりですね」
牧野中尉が言った。
「一体、どこの部隊です?」
「イギリス軍の“テンペスト”と思われますが……」
牧野中尉が首を傾げる。
「でも……“テンペスト”とはフレームが一致しません」
「前方のメサイアに告ぐ」
漆黒のメサイアから通信が入ったのはその時だ。
通信モニターに金髪をオールバックにした、いかにも軍人という感じのいかつい男が現れた。
「こちら英国陸軍第707メサイア隊、ウォーレン中尉だ。隊長と話がしたい」
ドスの利いた言葉は英語だった。
それに返答したのは、美奈代だ。
その染谷は、落ち着き払った声でとんでもないことを言った。
「こちら大日本帝国近衛兵団所属第206メサイア隊、和泉大尉」
206メサイア隊
和泉大尉。
共にウソだ。
生真面目で通っている美奈代が、そんなウソを他国の軍人相手についたことに、都築達ははっきり驚いた。
「大尉にしては若いな」
ウォーレン中尉の疑問は当然だが、
「それは私に対する侮辱ですか?」
毅然とした態度で美奈代は訊ね返した。
「失礼した」
ウォーレン中尉は生真面目に返答した。
「司令部命令により、タナ湖周辺にて発見された反応弾の奪還に来た」
「任務ご苦労様です」
「EUからの協力要請に基づいて行動していた日本軍とは君たちのことだな?」
「はい」
美奈代は頷くと言った。
「おかげで、こんな地下通路を探索です」
「目標は発見出来たか?」
「―――そこに」
美奈代騎がコンテナを指さした。
「ご苦労だった。後は我々が引き受けよう」
「感謝します。イギリス軍が出張るとは聞いていませんでした」
「君たちの出撃の後、派遣が間に合ったのだ」
ウォーレン中尉の口調はあくまでそっけない。
「君たちが知らなくても当然だ」
ウォーレン中尉の部下が動き出した。
それは、戦闘を開始する直前の展開機動にしか、美奈代には見えなかった。
ただ、都築達は、コンテナを引き渡せばいいのかな?
程度にしか事態を把握していない。
「……ところで中尉」
「何だ?」
部下の動きを止めることもないウォーレン中尉に、美奈代は訊ねた。
「イギリス人がアメリカ英語をしゃべるのは、何故ですか?」
ヴォォォォッッ!!
突然、鍾乳洞を機関砲の砲声が支配した。
ウォーレン中尉からの返答は、腰部にマウントされていた機関砲の乱射だった。
何発かに一発混じっている曳光弾が鍾乳洞内部で光り輝き、鍾乳洞の壁を砕いた。
普通なら蜂の巣にされることは避けられない攻撃だが、シールドを構えた美奈代達は、一瞬でその全弾を避けきった。
反射神経の優れた騎士が駆るメサイアが世界最強でありうるのは、その攻撃に対する高すぎるまでの回避能力故のことだ。
美奈代が至近距離からの機関砲の乱射を避けられたのは、騎士としての能力の賜以外の何者でもない。
「そちらの本当の所属を明らかにせよ!」
部隊が戦闘態勢をとっていることを確認した美奈代は怒鳴った。
「これは国際騎士法に基づく要求である!
国際騎士法第3章交戦規定に基づき、所属官姓名を予め明らかにしない場合、捕虜待遇を受けることは出来ないことを警告する!」
「―――ふん」
その警告をウォーレン中尉は鼻で笑った。
「国際騎士法を戦場で順守する物好きがいるものか」
ウォーレン中尉騎が腰から抜いたのは大型のコンバットナイフだ。
鞘から抜かれた途端、ナイフの刃が怪しい光に包まれた。
「注意してください」
牧野中尉が言った。
「あのナイフ、対装甲貫通魔法がかけられています」
「対装甲貫通魔法?」
「魔法による装甲コーティングを無力化します。まともに喰らったらアウトですよ?」
「……了解」
「私をコケにしてくれたお礼はしっかりさせてもらおう!」
グウォォォォォォォォッッッ!!
まるでウォーレン中尉の怒りを形にしたように、ウォーレン中尉の駆る“テンペスト”の魔晶石エンジンが吠えた。
「機種判明っ!」
牧野中尉達、近衛のMCが一斉に怒鳴った。
「グレイファントムM14!配備されているのは―――」
その怒鳴り声をかき消すかのように、“テンペスト”達が一斉にナイフを抜いた。
「ソーコムです!」
「ソーコム?」
美奈代は斬艦刀を構えつつ、きょとんとした顔になった。
「何のメーカーですか!?こいつら、民間軍事会社の人ですか!?」
「何バカ言ってるんですか!違いますよ!」
牧野中尉は頭を抱えた。
「USSOCOM―――アメリカ特殊作戦軍ですっ!」




