戦場のリアル
ズンッ!
ズズンッ!!
幾重にもガードされたコクピットの中でさえ、腹に響く振動と音に襲われる。
何の装備もなしに外にいたいとは思えない。
当たらないと理屈ではわかっているものの、美奈代は不安げに空を眺めた。
群青色の空を、白い飛行機の軌跡が幾本も走っていた。
「当たってねぇ!」
振動が終わるかどうかのタイミングで怒鳴ったのは、都築だ。
「何やってやがるんだ、ヘタクソ共め!」
「わめくな都築」
長野が舌打ち一つ、教え子をたしなめた。
「成層圏からの確率爆撃では、この程度だ」
「そんないい加減な!」
―――無理よ。
美奈代も、口にこそ出さなかったが、長野の言葉に同意した。
狩野粒子のせいで、アフリカの空ではレーダーが使い物にならない。
精密誘導装置なんて動きもしない。
爆撃機自体も、低高度で侵入しようものなら、地上から狙い撃ちにされて、目標に到達さえ出来ない。
魔族軍の弓兵部隊の攻撃が到達する最高高度は約1万メートル。
一発命中すれば重爆撃機でさえ粉砕する魔族軍の影響下での爆撃に期待する方がどうかしているんだ。
低高度からの爆撃を試みればどういうことになるかは、世界最高爆撃機B-36を投入して被撃墜率98%という、南米解放戦争におけるアメリカ空軍戦略爆撃部隊の悲劇を考えればわかる。
レシプロ戦略爆撃機としては世界最大であるTu-95を擁するラムリアース空軍の爆撃編隊が、高度1万1千という非常識な高度からの空爆を余儀なくされているのは、そのためだ。
「命中率5%……ですか」
レシーバーに、美晴がつぶやく声が聞こえた。
「……税金の無駄遣い」
「だいぶに風に流されたな」
二宮は何でもないという顔で言った。
「ついさっき、南風が北風に変わったばかりだ。爆撃コースに入る前に風が変わってくれれば……」
「じゃあ、どうするんです!?」
都築がくってかかった。
「支援もなしにやれってんですか!?空爆の他に何か支援は!?」
もうもうとした白煙を上げる爆撃跡は、本来の爆撃目標点の遙か数キロの彼方だ。
たかが数キロではない。
爆撃において、誤差1キロは1光年より遠いのだ。
「そう興奮するな」
長野は落ち着き払った声で言った。
「俺たちが配置されているのは第三線だ。第二線までが食い破られるようなことでもなければ、今日の所は出番はない」
「で、ですけど」
都築は不満げに答えた。
「それでも破られたら?」
「生き残れ。そういうものだろう?」
「……はっ、はい」
不承不承頷いた都築の前。敵と対峙する最前列のレオニダス達は、丘の斜面をうまく利用して敵からの直接照準による攻撃を避けていた。
丁度、歩兵達が敵陣地を攻撃するのによく似ている。
土嚢に守られた機関銃座やトーチカで待ちかまえる防御側に対して、遮蔽物に隠れて攻撃のタイミングを計る攻撃側という図式は、メサイアサイズの巨大な塹壕と土塁に守られた魔族軍陣地と、わずかな丘陵地形を利用して隠れるラムリアース帝国軍という目の前の光景と全く同じだった。
丘を迂回すれば、あとは魔族軍陣地まで遮蔽物は何もない。丁度、丘の陰になる場所に、ラムリアース帝国軍は、整然とレオニダス達を配置している。
そのレオニダス達が手にするのは、戦棍や戦鎚といったいかつい殴打用武器とシールド。
剣や槍といった精悍な武器を持つメサイアはいない。
「よく覚えておけ」
長野は言った。
「結局、メサイア同士の戦闘なんて言っても、やることは歩兵の殴り合いと変わらないってことを」
「……」
長野教官が言いたいことを、美奈代はその武器で何となく悟った。
無意識につばを飲み込むその目の前。
レオニダス達が手にした武器をしっかりと構えた。
突撃の体勢に入ったのだ。
丘に張り付くようにして魔族軍陣地を見張っていた指揮官騎のレオニダスの肩部から信号弾が打ち上げられた。
「来るぞっ!」
二宮の怒鳴り声にあわせたかのように、レオニダス達が一斉に魔族軍陣地めがけて突撃を開始した。
丘の陰から飛び出し、一斉に魔族軍陣地めがけて駆け出す。
ズドドドドドドォォォォォッッッッ―――!!
巨大な滝が流れているような爆音が周囲の音の一切を消し去る。
空高くまで真っ白になる土煙が立ち上り、大地が震える。
数百トンある騎体が、ともすれば小気味よい程、揺れる。
メサイアの集団戦闘時に発生する特殊な地震―――戦闘地震というのがこれだと、美奈代はようやく理解出来た。
「戦闘地震、現在、震度4」
牧野中尉の声も、心なしか震えていた。
「中尉は」
美奈代は訊ねた。
「戦闘地震の経験は豊富ですよね?」
「バカ言わないでください」
牧野中尉は言った。
「戦闘地震が発生するのは、50騎以上の集団戦闘とされています。そんな規模での戦闘経験者なんて、世界中の騎士やMC探しても、そうはいませんよ」
「そういうものなんですか?」
美奈代はどうにもピンとこない。
アニメだって、ロボットが戦闘すれば数十騎がぶつかり合うものではないか?
「とりあえず、よく見ておいてください」
牧野中尉が美奈代の疑問を無視する形で言った。
「我々も、下手すればあの中に入るのですから」
レオニダス達が、魔族軍メース、ツヴァイ達とぶつかり合う。
その光景を、美奈代達は食い入るように見つめていた。
しかし―――
「な……何……これ……?」
それまで、美奈代はメサイア戦というものを、何か特別で、崇高で、貴重で、かけがえのない儀式のように思っていた。
メサイア戦に関するテキストは、精神論的な表現を多く用いて、読む者にそんな思考を半ば強要していたし、教官達もメサイアと騎士の気高さを強調する中で、メサイア戦とはそういうものだと語っていたのだ
美奈代は、それをまともに信じていた。
気高き騎士達が世界最強兵器たるメサイアを駆ることは、騎士と生まれた者の至高の栄誉であり、その戦いぶりは世界中の全ての勇者に勝ると。
だが……
現実は―――
美奈代の空想を遙かに越えていた。
まるで煙幕でも焚いたかのような土煙の中。
ガギィィィンッッ!!
一騎のレオニダスが、ツヴァイの巨大な戦斧をまともに喰らって騎体を真っ二つにされた。
その戦斧が振り切られるタイミングを計っていたかのように、ツヴァイの背後からレオニダスが跳び蹴りを喰らわした。
避け損なったツヴァイがバランスを崩して大地に倒れた所を、他のレオニダス達がよってたかって戦棍や戦鎚で殴りまくる。
動かなくなった所で武器を奪った一騎が、まるで試すようにツヴァイの後頭部めがけて戦斧を振り下ろす。
また、別な場所では、戦斧をかわしたレオニダスが、背後からツヴァイの腰や腕に抱きつき、その動きを止めた所へ四方から戦鎚で襲いかかる。
一対一の正々堂々という言葉は、その戦いの中にはない。




