美奈代の突貫!
「このぉぉぉぉっっ!」
上空から戦斧を構える敵騎に襲いかかったのは美奈代騎だ。
着地する寸前に長剣を振り下ろした。
それまで“征龍改”や“幻龍改”の装甲や武器を切り刻んでいた戦斧が真っ二つに切断された。
狼狽する敵騎に、美奈代は容赦なく襲いかかった。
「よくも―――こいつぅぅぅっっっ!」
逆袈裟切りで敵騎の胴体を真っ二つに切断し、返す刀で脳天を唐竹割にした美奈代は、敵騎を文字通り4つに切り刻んでしまった。
近衛軍の最新鋭兵器―――斬艦刀の威力だ。
「す……すごい」
その光景に目を見張ったのは敵だけではない。
使用した側の牧野中尉も同じだ。
歴戦の猛者である牧野中尉でさえ、こんな光景は見たことがなかった。
「装甲を……こんなにあっさりと……」
それまで傍観を決め込んでいた2騎がハルバードを構え、同時に襲いかかってきた。
「候補生っ!」
「仲間を守りますっ!」
美奈代は怒鳴った。
「私を仲間はずれにした落とし前つけてもらうまで、死なせてたまるもんか!」
美奈代騎は接近する敵騎2騎に逆に襲いかかった。
守勢に回ると思っていた敵騎が突然、攻勢に転じたため、タイミングを失った2騎は、それでも振り上げたハルバードで美奈代騎を攻めた。
一騎が袈裟切りに。
もう一騎が横薙ぎの一撃に攻めた。
美奈代は、あえて突撃速度を早めると、ハルバードの懐に入った。
ハルバードは槍に斧をつけたような武器だ。
先端部である斧の内側に入れば―――。
ガガンッ!!
鈍い音が連続してスピーカーから聞こえてくる。
そして―――舌をかみそうな衝撃。
数瞬の間を置いて、
ズズゥゥンッ!!
何か、大質量の物体が地面に叩き付けられた音がした。
「やったぁぁぁっっ!」
“さくら”の歓声がして、牧野中尉は自分が死んでいないことに初めて気づいた。
「―――えっ?」
恐怖のあまり、つむっていた目を恐る恐る開いてみる。
見慣れたMCRが目の前にある。
「あ……あれ?」
手であちこち触れてみる。
感覚がある―――つまり、
「私……生きてる?」
「マスター、すごぉぉぉいっ!」
“さくら”が飛び跳ねて喜んでいる。
「2騎同時キルなんて勲章モノだよぉっ!」
2騎同時?
牧野中尉は、戦闘記録をあわてて再生させ、そして絶句した。
「あの敵を2騎同時に仕留めた!?」
“鈴谷”と接触して初めて事態を知った二宮と共に、教え子の救援に向かおうとした長野は、その報告を最初は信じようとしなかった。
「何かの間違いでしょう!?」
本気でそう言ってのけた。
二宮でさえ一方的に叩かれたあのバケモノ共を3騎撃破。そのうち2騎は同時に撃破したなんて、候補生のやっていいことじゃない。
メサイアの回収作業が終わり、美奈代騎の戦闘データを見るまで、長野自身、何回、「冗談だ」とか「嘘だ」と言ったかわからない。
「まぁ、そう言うな」
長野をたしなめる二宮の視線の先には、仁王立ちになって怒鳴りまくる美夜と、正座させられて小さくなる美奈代がいた。
「勝手に出撃して、おかまいなくとは何事だ!」
美夜はカンカンだ。
説教はしばらく続くだろう。
「自業自得はいえ、少し気の毒だな……」
ぼやく二宮に、
「中佐」
整備兵が近づくと、二宮に一枚のディスクを手渡した。
美奈代騎の戦闘記録だ。
「……とりあえず」
二宮は長野にそのディスクを手渡した。
「これを見れば、いろいろとわかるだろう」
「絶対、何かの間違いですよ」
長野はディスクを胡散臭そうに眺めながら言った。
「もし本当だったら、俺は死ぬまで和泉に逆らいません。誓ってみせますよ」
“征龍改”が突撃。
ハルバードの懐に飛び込むと、右から横薙ぎに襲ってきたハルバードの柄を右肘部装甲で、左から袈裟切りにきた方の柄は、シールドで受け流し、両方の柄をレールのように滑らせながら、何の躊躇もなく敵騎に襲いかかる。
右側の騎がハルバードを操作して対処を試みるが、もう遅い。
次の瞬間には、斬艦刀の切っ先が右側の敵騎の胴体を貫通し、同じタイミングでシールドのエッジが左側の敵騎の胴体に深々とめり込んでいた。
戦闘記録を元に、コンピューターが割り出した戦闘の光景が、3Dポリゴンで詳細に再現される。
戦闘再現システムといい、パイロットである騎士やMCでさえ見たことのない、第三者としての視点から敵味方の戦闘時の動きがわかる優れものだ。
そのシステムが割り出した戦闘の光景を前に、言葉を失ったのは長野だけではなかった。
完璧すぎる。
長野が見たことすらない完璧の上を行く機動が示されていた。
メサイアの機動教本に掲載すべき内容だ。
「ぶ……武器の性能が……」
長野は口の中で言いかけて、その言葉を無理矢理飲み込んだ。
違う。
そんな簡単な話じゃない。
武器の性能ではない。
それなら敵騎の方が圧倒的に有利だと、自分でも嫌という位味わっている。
それに、和泉は俺と同じ騎に乗っていたんだ。
では?
「これは……」
長野の口から出たのは、そんな言葉でしかない。
何と言うべきかは、長野自身が思いつかない。
映像が繰り返されるたびに、あちこちで驚嘆と歓声が上がる。
戦闘再現システムの映像は、余程の負け戦でもない限り艦内に筒抜けになる。
3Dポリゴンの映像の美しさと、自分たちが命がけで運用している、メサイアの戦闘記録は、乗組員達の丁度よい娯楽になるのだ。
「―――まぁ、長野大尉」
二宮は、ポンッと長野の肩に手を置いた。
「さっきの話は、聞かなかったことにしてあげます」
「か……感謝、します」
空にはアフリカの星が瞬いていた。
星座のことなんてこれっぽっちも知らない。
ただ、きれいだと思った。
男は、擱座したメースの黒こげになった騎体の上に寝転がった。
目の前に広がる満点の星空。
欲しいな。
そう思った。
こんなにたくさんあるなら、一つくらい、手に入れることが出来るんじゃないか?
そっと手を伸ばしてみるが、届くはずもない。
魔族の彼は、民間軍事会社“イシス”の雇われ兵。
エーランド少佐という。
白い肌に美しい金髪をした貴公子全とした美男子だ。
「星を掴むような……か」
彼の故郷では、“あり得ない話”という表現だ。
故郷とは全く違うのに、美しさだけは変わらない。
見るだけで、心が安らぐ。
彼は、まるで星空を抱きしめるかのように、目を閉じた。
―――ブロロッ
不意に、ガソリンエンジンの音がした。
光を感じたものの、彼は目を閉じたままだ。
―――ギギィッ
耳障りな音がする。
「少佐」
そんな声がしたのは、エンジン音にまじってのことだ。
「ご無事で?」
「……遅いぞ」
彼はのっそりとした動作で起きあがった。
「勘弁してくださいよ」
横たわったメサイアの下に停車した立つ士官が肩をすくめた。
「まだ何もかもが整っていないんですよ?何しろ、士官の俺でさえ、移動用にって、人類が残したこんなシロモノ割り当てられてるんですから」
士官は、ウィルスジープのボディを拳で軽く叩いた。
「部隊を前線に送るなら、回収部隊もそろえて送るもんだろうが」
「“メースを送れ”と言えば、我々回収部隊がオマケでついてくると思っているんでしょうよ」
士官は手を振り下ろした。
すると、背後から強い光が走り、横たわったメースを照らし出した。
擱座したメースの回収を任務とする部隊だ。
「……派手にやられましたな」
「油断した」男はニヤリと楽しげに笑った。
「よくもまあ、ここまでやってくれたもんだよ。敵さんも」
男の駆るメースは、確実に敵騎を追いつめた。
あと一歩という所で、謎の爆発に巻き込まれ、騎体はこのザマだ。
「失礼しますよ」と断ってからメースによじ登り、ハッチを開いた士官に、男は訊ねた。
「なおるか?」
「我々は野整備部隊じゃないんで」
士官はハッチから顔を出さずに言った。
「……まぁ、何とかなるんじゃないですか?」
「通信装置まで破壊され、部隊の他の連中と連絡がとれない。通信装置を貸してくれ」
男はそう言うと、メースから飛び降りて、士官が乗ってきたジープに向かって歩き出した。
「ご存じなかったんですか!?」
士官は目を丸くした。
「―――何がだ?」
「少佐の部隊は……」
士官は、メースの上に立ち上がり、うなだれたように頭を垂れた。
「……全滅です」
「―――何?」
●夜 “鈴谷”艦長室
「それで?」
二宮に、美奈代の説教で喉を痛めた。という美夜が、喉のあたりを気にしながら答えた。
「信号はブラフだったというの?」
「皮肉な話よ。国際救難信号は出ていたけど、肝心の人がいないんだもの」
「妖魔に襲われた?」
「かもしれない。でも、放置されていたジープのエンジンは確かにかかっていた」
「そんなくだらないことで、メサイアを送らなければ良かった」
「敵が誘ったのかと……今になればそう思う」
「信号がどういう意味を持つか知っていた?」
「……多分」
二宮は頷いた。
「知っていた上で、私達を誘った」
「目的は?」
「……遊びか訓練か」
「まさか」
美夜は首を横に振った。
「まるで私達のように、魔族軍も訓練生を送り込んでいる。そうともとれるわよ?」
「そうでもなければ、何のためにこんな所にメサイアなんて送り込んでいるのか、説明がつかないのよ」
「……まぁ、そうだけど」
ティーポットから紅茶を注ぎながら美夜は言った。
「正体不明のメサイアの残骸の確保。それが最優先課題となった」
「じゃあ、ソマリア各地の偵察任務は中止?」
「別部隊がやる」
「別部隊?」
「いるのよ。この近くに」
「……まさか」
二宮が目を見張った。
「それって」
「15のメサイアの反応のうち」
美夜が意地の悪い笑みを浮かべて頷いた。
「結局の所、5騎しか倒していない。残り10騎はどうなったんでしょう」
「……でも」
「斬艦刀は明日には正式配備されるけどね?
すでに先行配備済みの部隊が近くにいるのよ。
しかも、天皇護衛隊の腕っこきから選別された特務部隊がね」
「天皇護衛隊が!?」
「何で?っていうなら、知らない。元隊長殿のあなたの方がご存じじゃない?」
「まさか」
二宮は首を横に振った。
「あの部隊は軍事より政治的要請で動くような連中よ?」
「そうね。とりあえず、明日には残骸を回収。“あの子”が送り込まれてくるから、手柄にしましょ?
まあ、敵が黙って引き渡してくれると、私は思っていない。それだけはわかっていて」
●某所 不明
「困るんだよ」
静かな、しかし明白な叱責を含んだその一言に、神妙に頭を下げたのは、かつて神音の元を訪れたあの男、ユギオだった。
「ユギオ……もう何年だ」
「……はっ」
神音の前でみせた軽さはどこにもない。
「我々の投資額を、考えたことはあるのか」
「……申し訳ありません」
「我々にも投資するからには理由がある。世論が言うような馬鹿げた慈善事業に投資しているつもりはない」
「はい」
「今まで何をしてきた?レンファの怠慢ぶりにすべての責任を負わせるつもりだろうが、我々相手ではそうはいかんぞ?」
「……」
「レンファを選んだ選定ミスといい、その怠慢を放置したことといい、お前の罪こそ叩くべきだという者が圧倒的多数だ。
状況は開戦時とは大きく変化しつつある。
世論は負けっぱなしのお前に愛想を尽かしている―――誰の非かは、一々口の端に乗せるつもりもない」
「……」
「……1年だ」
「1年?」
「これが最後通告だぞ、ユギオ」
「1年で、せめて我々を説得するだけの功績をあげろ」
「……はっ」
「さて。状況を説明してもらおうか?その……ヴォルトモード卿封印解除の話を」




