初白星
「なっ!?何っ!?」
突然、市街地から少し離れた場所に立ち上ったキノコ雲は、数キロ離れた場所を移動中のさつき達三人の目にも映った。
「どうしたの!?」
「二宮騎、緊急脱出!」
MCの言葉に、さつき達は驚いて通信モニター上の自分たちの顔を見合ってしまった。
一体、何のために来たんだ?
あのキノコ雲は、二宮教官達が、敵メサイアを撃破した際に生じた爆発で、その爆発に巻き込まれないために、二宮教官は緊急脱出したのだ。
皆が、口に出さないがそう思いこんでしまった。
それがまずかった。
「敵撃破の目的は果たしたんだから……」
「どうする?」
「とりあえず、合流しよう。4時方向15キロに長野教官達の反応が」
「……怒られるね」
「やむを得ないよね」
3騎は、騎体を長野騎の反応のある方角へと旋回させた。
そしてそれは、正体不明のメサイア部隊に察知されていた。
「くそっ!」
実は、長野騎もまた、二宮騎と同じ立場に立たされていた。
しかも、こちらは都合のいい化学工場はない。
すでに120ミリ速射砲は弾を撃ちつくし、楯代わりに使って真っ二つにされている。
戦斧も切り刻まれてしまってどの辺で放棄したかさえはっきりと覚えていない。
だが、合流と同時に敵騎の新顔に襲われた。
自分が二宮騎から離れた所をつけられたのは間違いない。
敵の武装は手斧だ。
桁違いの破壊力の上、軽い分スピードがある。
一発でも食らえばどうなるかは、切り落とされた肩部装甲の惨状が教えてくれる。
「くっ!」
振り回される手斧が音を立てて騎体をかすっていく。
長野は何とか紙一重でそれをかわし続ける。
ホバー移動を後進で続けながら戦闘をするなんて芸当はそうそう出来る代物ではない。
長野がどう動こうが完璧にバランスを確保しつつ、障害物を避けまくるという、MCの神業を越えたホバー制御技術の賜だ。
長野に残されている武装はもはやない。
あるのは左腕のシールドだけだ。
敵もそれがわかってるんだろう。
当たるはずもない大降りの攻撃を繰り返すのは、間違いなく―――
「俺をコケにしてやがるのか!」
そういうことだ。
追いつめたネズミを、猫が殺さず、徹底的に弄んで殺すのとよく似ている。
「……面白れぇ」
長野は額に青筋を走らせ、舌なめずりした。
敵と殺し合うのは慣れているが、ケンカはもっと慣れている。
敵は殺し合いじゃなくて、俺にケンカを売ったんだ。なら、俺もケンカで返させてもらおう。
敵は手斧をどう動かしているのか、長野はもう掴んでいた。
右から左。そして左から右。
丁度、Xを描くように2度振り回し、横一文字に薙ぐ。
その繰り返しだ。
遊んでいるからのパターンだ。
敵を追いつめているとして、さぞコクピットで楽しんでいるだろう。
長野は、わざとバランスを崩したフリをして、シールドを構える姿勢を解除した。
シールドが下に下がり、右腕が少しだけのばしたような姿勢になる。
防御もへったくれもない、完全な無防備状態だ。
敵はさらに面白がって手斧を振り回す。
その動きはさらにいい加減になっている。
長野が狙っていたチャンスはすぐに来た。
左上から右下へ向けての一撃。
右腕を破壊しようとする一撃を、肘をひねってかわし、敵の腕が伸びきった所で敵の、手斧を握った手首を捕まえる。
そして、力任せに敵騎を引っ張ると、その頭部めがけてシールドのエッジを叩き付けた。
シールドアタックと呼ばれるこの技は、シールドの質量を攻撃に転用する代物で、ベテラン騎士の間では、打撃系の中でもかなり高い破壊力を持つことで知られている奥の手に近い攻撃だ。
鈍い音を立て、シールドを頬部に食らった敵騎が吹き飛んだ。
シールドがめり込んだ衝撃で、顔面部分の装甲がゆがみ、頭部に至る内部パーツが装甲の隙間からかなりのぞき込めるようになった。
高速移動中にバランスを崩した敵騎は、何度も地面に叩き付けられながら数百メートル転げ回り、大の字になってようやく止まった。
長野は“征龍改”を急停止させ、敵騎の側に転がっていた手斧を奪い、逆襲に転じた。
「喰らえっ!」
手斧を敵騎の頭部めがけて容赦なく振り下ろした。
頭部に一回、さらに股関節めがけて三回。
長野は、動かなくなった敵騎と手斧を満足そうに眺め、言った。
戦斧でぶん殴って壊れなかった装甲が、まるでチーズのように割れた。
一体、どういう代物かわからないが、恐ろしく心強い武器だと思った。
「いいモノもってるじゃねぇか」
感嘆しつつ、長野はサイドスカートに取り付けられた手榴弾の弾頭を、2発分、割れた頭部装甲の隙間にねじ込み、
「代金代わりに―――受け取っておけ!」
安全装置を解除すると、一気に離脱にかかった。
後方で鈍い爆発音が追いかけてきた。
装甲さえなければ、内部で爆発した手榴弾のテルミット効果で、内部機器は致命的ダメージを受けるだろう。
頭部にコクピットがあれば最高だ。
どっちにしても、厄介者が消えたのは確かだ。
長野は“鈴谷”への帰艦のコースをとった。
「接近中の騎あり」
「友軍か?」
「二つ。一つは友軍―――もう一つは識別なし」
「友軍?国連軍か」
長野は周囲を警戒しつつ訊ねた。
「こんな所へ?“伊吹”の救援か」
「いえ―――識別は、第七小隊騎、宗像と柏、早瀬騎です」
「何?どういうことだ?あいつらは“鈴谷”で待機命令が」
「もう一つの勢力は明白な敵です。先ほどの敵騎と類似反応あり。騎数3」
「何っ!?」
「早瀬騎と接触!!」
「あのバカ娘共っ!」
「きゃあっ!」
とっさに構えたシールドが左腕ごと切断された。
シールドを持った左腕が宙を舞い、地面に落下していく。
「な、何が!?」
シールドが全く何の役にも立たなかった。
装甲をチーズのように切り裂くという表現があるが、これじゃまるで豆腐だ。
「装甲って飾りなの!?」
左腕を失ってバランスを失ったさつきは、騎体バランスをとろうとSTRシステムと格闘しながら怒鳴った。
「役目果たしてないっ!」
「早瀬っ!」
宗像が怒鳴った。
「長野教官との接触は一時お預けだ。降りるぞ!」
「で、でもっ!」
「敵の機動性に、こっちがついていけない。このままなら一方的にこっちが不利だ!」
「―――わかった!」
「美晴は私と一緒に敵騎をけん制。早瀬は後退しろ」
「り、了解っ!」
敵は3騎。
長野大尉騎もまた、別な敵騎と交戦している。
助けに来た以上、今更“助けてください”とは言いたくない。
「このっ!」
地上に降りるなり、美晴騎が120ミリ速射砲を放つが、敵騎はそれをあっさりと回避。
美晴騎に肉薄する。
「来るなっ!来るなぁぁぁっ!」
120ミリ戦車砲弾の直撃をものともせずに飛び込んでくる敵騎。
その光景に本能的な恐怖を覚えながら、美晴は後先考えずにトリガーを引き続けた。
ピーッ!
カチッ!
アラームの後、トリガーの感覚がなくなった。
「弾切れっ!?」
美晴は一瞬、残弾を確認しようと視線を動かしてしまった。
近衛のメサイアは、騎士に必要な情報を網膜に直接投影するため、視線の移動を必要としない。
敵から一瞬でも視線を外せばどうなるか―――
美晴は、視線を敵騎に戻した時に、それを悟らされた。
「美晴っ!」
さつきの目の前で、美晴騎の両腕が、シールドと速射砲ごと吹き飛んだ。
シールドと速射砲を×の字状態で組み合わせたのだが、それさえも敵の戦斧はモノともしなかった。
敵の攻撃が弱かっただけだ。
美晴は警報が鳴り響くコクピットで、妙に冷静に状況を判断していた。
間合いを間違えたんだ。
もし―――間合いが正確だったら。
背筋を、冷たい汗が流れた。
私は―――死んでいた。
「美晴っ!」
呆然として動かない美晴騎を敵騎は蹴り飛ばした。
3騎で攻めてきながら、実際に手を下すのは一騎のみ。
両腕を破壊された柏騎を前に、さつきは嫌なことを思い出した。
高校時代のケンカだ。
弱い相手と知るや、たった一人で複数を相手にいきがるチンピラ共―――。
やっていることは、それと同じだ。
本人はかっこいいつもりかもしれないが、端から見れば最低だ。
騎士同士の戦いとはとても思えない。
それでも、それを許してしまう自分たちも十分―――
「くっ!」
さつきは、右腕で剣を構えた。
「候補生っ!」
MCが怒鳴る。
「後退を!左腕の喪失で戦闘力は半減していますっ!」
「冗っ談っ!」さつきは怒鳴り返した。
「一方的にやられてはい終わり!?ふざけないでよ!」
「ですがっ!」
「いくら私が女だからって、戦いまで受け身でたまるもんですか!」
さつきは、美晴騎を踏みつけて悦にいる敵騎に斬りかかった。
「さつき―――加勢するっ!」
宗像騎から通信が入る。
二騎同時なら―――もしかしたら!
さつきは、その可能性に賭けた。
敵騎が、まるでズームしたように、スクリーン一杯に迫ってくる。
宗像騎とさつき騎は完璧なまでに同時に敵騎に斬りかかった。
―――が。
ガンッ!
攻撃が命中したにしては奇妙な感覚がSTRシステム越しに伝わってくる。
「―――え?」
さつきは、自分の騎体に何が起きているのか、正直わからなかった。
ギギィィ……ッ
腕が―――動かない。
ギッ……ギッ……
「な……何?」
腕が、振り下ろされる途中で止まっている。
STRシステムを力任せに押しても何も変わらない。
何?
何で?
その理由を知った時、さつきは、自分が賭けに負けたことを悟った。
敵が、2騎同時に、完璧に同じタイミングで、しかも同じ方法で襲ってきたとしたら?
それはある意味必殺の攻撃と思われるかもしれない。
だが、攻撃方法が同じならば、一つの攻撃を崩す方法を単に2騎に応用すればいい。
それだけだ。
敵騎が何をした?
振り下ろされようとしていた2騎の腕を掴んだ。
それだけだ。
後は力押し。
そして―――その面でも、さつき達に勝ち目はなかった。
「離せぇぇっっ!」
さつきはコクピットで満身の力をこめる。
宗像でさえ、エンジン音からして同じことをしているだろう。
2騎同時に暴れているというのに、全く歯がたたないなんて!!
ミシッ……ミシミシミシッ……
掴まれた腕から奇妙な音がし始めた。
腕の装甲に亀裂が走る。
ベギィッ!!
背筋が寒くなるような音がして、さつき騎と宗像騎の腕から剣が落ちた。
腕は明後日の方角にねじ曲がった。
敵騎の握力の前に、握りつぶされたのだ。
「なんてパワーだ!」
普段、冷静沈着な宗像でさえ、我を忘れて叫び、思わずコクピットの中で身を乗り出してしまった。
「これほどの握力を確保するなんて、一体、どういう仕組みだ!?」
その返答は、二騎同時に襲ってきた敵騎の回し蹴りだ。
2騎は同時に横に吹き飛ばされた。
派手にスライディングして、2騎が並んで大地に転がった。
さつき騎は両腕を失い戦闘能力を完全に喪失。宗像騎も脇腹に受けた一撃でシステムがすべて飛んだ。
スクリーンもパネルもすべてがブラックアウトしたコクピットで、宗像はそれでもシステムの再起動を試みた。
システムのリカバリーにどれほどかかるか?
いや。
敵がどれほど待ってくれるか。
絶対、待ってはくれないだろう。
そう思うと、今、自分がやっていることが馬鹿馬鹿しくなってきた。
足掻いている所を殺されるなんて、ごめんだ。
死ぬならきれいに死にたい。
そう思う宗像は、再起動する手を止め、目をつむった。
―――やるならやってくれ。
誰となく、そうつぶやいた。
―――私は、負けたのだ。
宗像の気持ちがわかるわけではないだろう。
戦斧を構える敵騎に襲いかかる2騎のメサイアがいた。




