仲間はずれ
二宮達の発艦を、美奈代達はコクピットから見送った。
「むかつく」
「早瀬、聞こえているぞ?」
「いいよ。聞こえていたって」さつきは口をとがらせて言った。
「何よ。私達、何しにアフリカに来たのよ。留守番?」
さつきは怒りを爆発させた。
「私達にはメサイアがある!STRシステムのシートあっためるのが私達の仕事じゃないわよ!」
「そうですよ」
美晴も言った。
「私達の戦闘服は、流行のファッションじゃないんです」
「フン―――なら?」宗像は楽しげに問いかけた。
「この後、どうする?」
「お、お前ら?」
美奈代はその会話に嫌な何かを見つけた。
「後で怒られるか、それともほめられるか」
「絶対、怒られますね」さつきに、美晴は自信満々に答えた。
「でも、それで一矢報いるなら―――いいと思いますよ?」
「なら―――やるか?」
「宗像さん、さすがの度量ですね」
「そう褒めるな」
一体、この三人が何をしでかすつもりなのか、考えたくすらない美奈代の目の前で、ハンガー内で待機していた“征龍改”達が立ち上がった。
「お、おいっ!」
美奈代だけではなく、整備兵や候補生達が慌てふためく中、三騎はハンガーデッキの出口めがけて移動を開始した。
「出撃命令も許可も出ていないっ!」
美奈代は怒鳴った。
「早瀬、柏!宗像!?」
「そこでおとなしくしてなよ―――優等生さん?」
「私達は―――やりたいようにやりますから」
「和泉は止めたと、今ので記録は残るさ」
「なっ……」
三人からそう言われた美奈代は、言葉を失った。
三騎がハンガーデッキからフライトデッキに移動していく。
憲兵隊が小銃を手に追いかけていく。
整備兵を突き飛ばして、キャットウォークを動かしているからには、自分まで拘束しようとしているに違いない。
仲間が憲兵に追われているのがショックなのではない。
別に、三人が自分の部下だと思ったことはない。
ただ、こういう時に、自分がのけ者にされるとは思っていなかった。
それが、何よりショックだった。
―――私とは、その程度の信頼関係だったのか。
―――いざという時、誘ってももらえない程度の扱いか!
そう思うと、とてつもなく悔しく、そして悲しい。
「和泉候補生?」
牧野中尉が、まるで諭すような口調で言った。
「何をしているんですか?」
「―――え?」
「営倉には、差し入れ持っていってあげますから」
通信モニター越しの牧野中尉は微笑んでいた。
「ま、牧野中尉?」
「このままでは二宮中佐達は返り討ちにされます。私達も、出撃しましょう」
「し、しかし」
「マスター!」
“さくら”は言った。
「行こうよ!」
「さ、“さくら”まで」
「マスターは!」
むっ。とした顔の“さくら”が怒鳴った。
「何のためにここにいるの?」
「―――っ」
自分は何のためにここにいる?
なぜ、ここで待機している?
なぜ、皆からのけ者扱いされている?
わからない。
何もわからない。
―――本当にわからない?
違うだろう?
和泉美奈代。
お前は、一つだけ、一つだけ、あの三人が忘れていることを、お前はわかっているはずだ。
美奈代の自問がそこまで考えが至った時、
「嬢ちゃん」
通信機に割り込んできた渋い男の声。
「坂城だ。斬艦刀が一本、調整が終わっているから持っていけ」
「斬艦刀を?し、しかしっ!」
「こういう時―――ジュンなら」
坂城は楽しげに言った。
「もう真っ先に飛び出していってるぜ?」
「―――もらっていきますっ!」
ジュン。
つまり、お前の父親なら出撃している。
坂城はそう言ったのだ。
父親の存在が、美奈代の背を押した。
整備兵が腕を振って“これだ!”と示す先、壁にかけられた見慣れない長刀を、美奈代騎は掴むと、フライトデッキへ向かう。
青空が美奈代を出迎えてくれた。
「私は、あの三バカトリオに思い知らせてやるんだ!」
美奈代は声を上げた。
「私が一番……、一番!」
騒ぎが艦橋にまで届いたんだろう。
「艦長だ!和泉候補生、これは何の騒ぎだ!」
通信装置から平野艦長の制止さえ聞こえてくる。
「説明しろ、和泉候補生っ!私がいつ出撃命令を出した!?」
「こちら和泉。勝手に出ますから、どうぞおかまいなくっ!」
ピッ。
美奈代は通信装置を切った。
“征龍改”が、ハンガーデッキからフライトデッキに出る。
目の前ではFD要員がシグナルライトを必死になって振り、発艦を止めようとしている。
美奈代はそれを踏みつぶさないように慎重にデッキに立った。
「エンジンシステム良好―――さぁ、いきますよ!?」
「はいっ!」
牧野中尉の操縦の元、美奈代騎が“鈴谷”を離れた。
帰ったら無事では済まないだろう。
それでもなぜか、気分だけは恐ろしく晴れ晴れとしていた。
世界が、とてもすばらしいものにさえ思えてくる。
叫びたいほど、心が軽い。
「ねぇマスター」
“さくら”が訊ねた。
「マスターが一番って何?」
「簡単なことさ」
美奈代は言った。
「あの中で私が一番、営倉にぶち込まれた問題児だって……そういうことよ」
一方。
―――しくじった。
たった2騎。
15騎の反応のうち、もっとも近くにいた2騎と接触しただけで、このザマだ。
国連軍の騎だと思って接触したら、相手は得体の知れない敵騎。
交戦したものの、まるで歯が立たない。
二宮は焦燥感を何とかねじ伏せるのがやっとだった。
目の前の、見たことのない騎にすでに10回近く打ち込んでいる。
すべて致命傷になる一撃だ。
それが―――
「どいてください中佐っ!」
「大尉!?―――くっ!」
長野大尉の鋭い声を受け、二宮は横っ飛びに騎体を移動させた。
その途端、敵騎の緑色の騎体の表面がまるで弾けたように連続して爆発した。
長野大尉が撃った120ミリ速射砲の連続した直撃だ。
装甲で爆発そのものは止められても、爆発の衝撃までは止められないはずだ。
敵の騎体がグラリと揺らいだのが、爆発の煙の向こうに見えた。
「やったか?」
二宮が微かな抱いた微かな期待は、敵騎の握ったハルバードの一撃に粉砕された。
二宮にかわされ、ビルに命中したその一撃は、ビルそのものを真っ二つに切断した。
途端に二宮の視界を、ビル崩壊の土煙が塞いでしまう。
「くそっ!」
呆然としていれば危険だ。
二宮は、即座に騎体を後退させる。
土煙が抜けたと思った瞬間―――。
「何っ!?」
まるで土煙を飛び越したように、敵騎は上空から来た。
真っ青になる二宮の目の前、スクリーン一杯にハルバードを振りかぶった敵騎が迫ってくる。
「―――速いっ!」
シールドを構えつつ、二宮は騎体ひねってその一撃をかわすのがやっとだ。
シールドの表面をハルバードの柄がかすり、鋭い火花が生まれた。
振り下ろされたハルバードの斧がアスファルトを吹き飛ばし、深々と地面にめり込んだ。
すると、敵騎はハルバードから手を離し、後退をかけた。
ハルバードに拘るがあまり、攻守が疎かになることを恐れていることは間違いない。
「いい判断だ!」
二宮は、誘われるように前進し、間合いを詰める。
「どうするんです!?」
MCの青山中尉が怒鳴る。
「実剣が効かないなんて!」
「実剣で切断出来ないなんて、いつものことだろう!」
「殴って効果がないことに驚いていますっ!」
実剣が効かない。
この言葉には意味がある。
メサイアとはいえ、その素材は所詮、人類が生み出した金属にすぎない。
金属が金属を切断することは、金属を剣の形にしたところで不可能。
一般に刃で切断する刃物としての機能を、メサイアの剣は持っていない。
明記しておく。
メサイアの実剣は、鈍器の一つでしかない。
対メサイア戦において使用される武器は、剣よりむしろ鈍器の代名詞たる戦棍や、戦鎚、戦斧が主流。
騎士がメサイアを駆り、剣で華々しく戦うなどという戦場は、この時点の世界には存在しない。
「長野大尉!」
二宮は通信装置に怒鳴った。
「生徒達は!?」
「全員の脱出を確認!後退開始しますっ!」
「よしっ!」
二宮はけん制をかけるように、剣を振り回した。
「長野大尉も下がれ!私が時間を稼ぐ!」
「しかし!」
「命令だ!」
「―――了解っ!」
長野の返答と同時に突撃、上段から振り下ろされた二宮の一撃を敵騎は寸前でかわす。
振り下ろされた剣を逆袈裟斬りの要領で、下から振り上げることも、最初から予想通りだったと言わんばかりにかわしてしまう。
敵騎はその間に、腰にマウントしていた戦斧を取り出し、逆襲に転じた。
「ぐっ!」
振り下ろされた一撃を、二宮は剣で受け止めた……違う。受け止めてしまった。
剣が、まるで蝋燭細工のようにスッパリと切断され、そのために勢いを殺されていたとはいえ、十分すぎる勢いのついていた一撃がメサイア本体の装甲にめり込んで停止した。
「左肩部損傷、左肩部アクチュエーター大破!左腕、動きませんっ!」
各種警報が鳴り響き、ステイタスモニターが赤く点滅を開始する中、MCの青山中尉が悲鳴に似た声で告げた。
「始まったばかりだというのにか!」
二宮は自分のうかつさを呪いながら、
「どんな素材を使っているんだ!?」
そう、思わず驚愕することを止められなかった。
切断された剣を放棄して、二宮は騎体を後退させることを決断した。
武器が違いすぎる。
勝負にならない。
「一体、どこの国のメサイアだ?」
「これは―――魔族でしょう」
青山中尉は言った。
「こんなバケモノ、見たことありません」
「一番、考えたくない事態が起きた……か」
「どうしますか?」
「データはとれたな?なら撤退する―――私は勝てない戦はしない主義だ」
「了解」
敵騎は、ゆっくりと近づいてくる。
二宮騎に、驚異となる攻撃手段がないことに、いい加減気づいているからだ。
「一方的な受け身も嫌いなんだがな……」
苦虫を噛み潰したような顔でスクリーン上の敵を睨み付けた二宮は、
「……ん?」
二宮は、自分が立っている所が、はじめてわかった。
巨大な建物群が整然と並ぶ、工場だ。
建物は、妖魔の侵攻と長年の放置とで、かなり破壊されている。
「唯」
二宮はMCに問いかけた。
「ここは―――何の工場だったのか資料ある?」
「……化学工場です」
唯は答えた。
「正確には、化学肥料工場」
「……」
「敵、距離250」
「……」
二宮は、ゆっくりと近づいてくる敵騎よりも、敵騎と自騎の間の倉庫らしい建物から半ば出た状態で放棄された、横転したトレーラーに注目した。
トレーラーのコンテナは横腹を引き裂かれ、中身がこぼれている。
中身は袋。その袋には、“Ammonium Nitrate”と書かれていた。
“Ammonium Nitrate”―――硝酸アンモニウム。
化学肥料としての他の使い道で一般的なのは、爆薬の原料だ。
二宮はふと、つい最近の授業でそれをとりあげたことを思い出した。
―――あの時は誰を叱ったっけ。
この状況で、そんなことを考えてしまう自分が何だかおかしくて、笑ってしまう。
笑い。
それが、二宮の心に平穏を取り戻してくれた。
二宮は、青山中尉に言った。
「……このゲーム、私達の勝ちよ」
「……そう願います」
唯は、冷静な口調で言った。
「距離150」
二宮は、敵騎がトレーラーと倉庫に最も近づいた頃合いを見計らって、サイドスカートに取り付けていた手榴弾を倉庫の中へと投げつけた。
丁度、敵にぶつけようとして失敗したような、そんな軌道をとった手榴弾に、敵騎は全く関心を示そうともしない。
悠然と戦斧を片手に近づく脚を止めようとしない。
「……4……3……」
二宮騎のブースターに光が入ったのはその直後。
二宮騎は、背中を敵に見せることも躊躇せずにブースターを開き、その場から逃走にかかった。
メサイアの全出力をブースターに回す緊急脱出機動。
機動をかけたメサイアをわずか3秒後に高度1万メートルの高みへと逃がすことが出来る代物だ。
ただし、騎体とメサイア使いとMCにかける負担はかなりを覚悟しなくてはならない。
普通のメサイアの機動の場合は慣性制御によりGの大半は相殺されるが、この機動の際は、その制御に必要なパワーまでを推力に回すため、下手をすると騎士でさえ気絶する程度では済まされないのだ。
これを目の前でやられると、メサイアが本当に一瞬のうちに消失したように見える。この機動が“消失トリック”とも呼ばれる由縁である。
さすがに驚いたのだろうか。
二宮騎に斬りかかろうとしていた敵騎は、その場で動きを止めた。
―――次の瞬間。
倉庫の中で手榴弾が炸裂した。




