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新兵器

●翌日 鈴谷 ブリーフィングルーム

「これからの日程、その他、変更が多々あるから聞き漏らすな」

 面白くない。そんな顔で、二宮は壇上から言った。

 聞く方は戦々恐々だ。

 映画に出てくるアメリカ軍のブリーフィングルームともなれば、革張りの豪奢な椅子が並んでいたり、俳優演じる格好良いオトコ共が時には葉巻なんてふかしてみたりしているのだが、ここ“鈴谷すずや”では、富士学校の方がまだマシな設備しかない。

 古ぼけたパイプ椅子が床に金具で固定されているし、ヤニ臭い室内には澱みきった空気が充満している。

 壁紙はカビが生えてあちこちが剥げ落ちているし、それを画鋲で留めているのがオンボロぶりに拍車をかけている。

 軍艦=カッコイイなんて図式を持ち込んだら、ここの設備の酷さには落胆するしかない。

「まず、派遣された部隊について―――言うのを忘れていたので伝えておく。44期生は、今回の事態を考慮し、本任務前に再編成が行われた。その結果、6個分隊中、3個分隊が廃止された。この内、1個分隊は本国駐留のまま、つまりは―――」

 はぁっ。

 小さいため息が二宮の口から漏れた。

「留年、もしくは脱落だ」

「で、誰が?」

 都築が知らずに問いかけ、筋肉痛に顔をしかめた。

「知る必要があると認めないし、知ったところでどうする?お悔やみの手紙でも書くつもりか?」

「い、いや……」

 そう。

 知ったところで、どうなるというのだ?

「そんな……つもりは……」

「座っていろ。本作戦も諸事情により」

 二宮は壁に貼り付けられた地図の前に移動すると、ファイルを開いた。

「大幅変更となった」

「……」

「本来の作戦は、富士学校でのカリキュラムの総仕上げとして、日本領ソマリア沿岸部で多数確認されている残存妖魔を相手に貴様等候補生が戦闘経験を積み、もってメサイアの操縦と対妖魔戦に練達することを本来の目的とするものだった。

 それが、候補生多数の脱落による戦力不足と、もう一つ、別な理由によって変更された」

「別な理由があるのですか?」

 宗像が訊ねた。

「その……脱落者多数以外の」

「そうだ」

 二宮は頷いた。

「むしろ、そちらの方が重要だからこそ、任務の内容が変わった」

「……?」

「近衛はこの度、エルプス・シールド技術の応用兵器である特殊刀の実用化に成功した。

 開発局仮称“斬艦刀ざんかんとう”。

  破壊力の面で従来のナノ・カーボンを筆頭とする実刃系兵器は勝負にならない。 実際、あまりの破壊力のため、対斬艦刀用の特別魔法装甲処理を開発する必要にまで迫られた」


 語る二宮は、どこか楽しげだ。

「これが写真だ」

 きっと、“名刀正宗”だか“妖刀村正”だか何だかのコピーでも造ったんだろう。程度にしか美奈代は考えなかった。

 何しろ、何だかんだ言っても、メサイアの近接戦闘用として、刀剣類は決してメジャーではない。

 メサイアの武器の主流は、戦斧かハンマーなどの打撃系武器だ。

 何故か?

 形が刀だろうが剣だろうが、結局は刃で物体を切断する存在であることに変化はない。

 メサイアの装甲は、結局、突き詰めれば金属であり、大型妖魔の装甲もメサイアのそれに類似している。

 ……これでわかるだろう。

 金属が金属を切断することはきわめて困難。

 騎士の力とスピードをもってすれは不可能ではないが、そんなことをさせる位なら、最初からハンマーなり戦斧なりの打撃系武器を与えておいた方がマシなのだ。

 実際、二宮の長い戦闘経験でも、刀剣系の兵器を実戦で使用した経験はない。

 そして―――。

「これ……何ですか?」

 写されていたのは、巨大な刀剣。一緒に写っている人間と比較しても、それがどれだけ巨大なシロモノかははっきりする。

「これがまぁ―――滅茶苦茶、斬れるんだ」

 ああ。試し斬りはしたんだなぁ。

 二宮の反応からすれば、そう考えるのが妥当だ。

「……はぁ」

 とはいえ、斬れるといわれても、どれだけ斬れるのかさっぱりわからない。

「この滅茶苦茶斬れる斬艦刀様々なんだが、一つだけ問題がある」

「……」

 皆が、それが何だろうと考えてみた。

 よくわからない。

「実戦での運用テストが行われていない」

「……ああ」

 宗像は納得した。という顔で言った。

 確かにそれは問題だ。

 試験では使えても、実戦で使い物にならない兵器に用はない。

「とどのつまり、44期の連中に科せられた新しい任務とは―――」

「簡単だろう?」

「……斬艦刀の実戦テスト」

 うわぁ。

 美奈代は思わず天を仰ぎ見た。

「それで、もし……ダメっていうか、効かなかったら?」

「そんなことは、心配する必要がない」

「随分……自信、あるんですね」

「和泉、貴様等が心配する意味はない。そう言っただけだ」

「……?」

「元来、10騎に満たない部隊に何を期待すると?」

「それでも教官達含めたら……あ、ダメか。足しても10にならねぇ」

「だろうが。それに、仕事を教官に押しつけるつもりか?感心しないぞ?都築」

「……いや、誰もそんな」

「当然、貴様等にも仕事はしてもらう。だが、そこには斬艦刀の運用テストは含まれていない。貴様等の任務は、斬艦刀の運用テストのお膳立てだ」

「斬られろとでも?」

「バカ言うな。そんなことなら廃棄装甲でもぶった斬れば済むことだ。国内で済む。バカのように高い予算を投資する必要もない」

「……なら?」

「ソマリア中を駆け回って、試し斬りに必要な種類の妖魔を探し出し、斬艦刀を装備した部隊へ通報する。楽な仕事だろう?」

「やってみなければ、何とも言えません」

 美奈代はそう答えるのが精一杯だ。

 それが危険なのか、それとも楽なのか、さっぱりわからない。

「教官」

 横にいた宗像が訊ねた。

「我々はその、斬艦刀ってのは配備してもらえないのですか?」

「配備はする。明後日には各騎へのウェポンラックの装着、武器管制システムのアップデートが終了。斬艦刀の機密解除はそれが完了次第だな。それまでは、斬艦刀の詳細については、私の口から述べることは出来ない」

「例えば?」

「その刀の呼称が“斬艦刀”だとか、エルプス・シールド技術の応用兵器だとか、その写真とか」

「……」




●“鈴谷” メサイア整備デッキ

 各国のマスコミ報道からは、アフリカにおける各国の華々しい戦果と、相手国に対する口汚いまでの罵りしか伝わってこない。

 魔族軍が中央アフリカを支配しているのに、各国軍は国境の奪い合いに熱中して、肝心の魔族軍には何もしようとしない。

 あまりに消極的だと世論の批判を浴びる中、各国軍広報部は様々な理由をつけ、その正当性だけはアピールしたが、世論は納得しない。


 それは当然だと美奈代でも思う。


 本来、人類がアフリカで戦うのは、アフリカから魔族軍を追い出すためのはずで、人類同士が領土を巡って争うためではないはずだ。


「卑怯っていえば、そうだけどなぁ―――レンチくれ」

「はい」

 美奈代は、手にしたレンチを目の前の整備兵に手渡した。

「戦争ってのは、そんなに単純じゃねぇ」

 美奈代は、メサイア整備デッキで美奈代騎を整備中の整備兵と話していた。


 鈴谷―――急造メサイア母艦、分類上は強襲揚陸艦ではあるが、艦歴35年、つまり、美奈代が生まれるよりはるか前の老嬢だ。

 壁なんかの油染みを見ているだけで、時間の経過を感じさせられる艦。

 そこには、美奈代達のメサイアが整備ベッドに固定された状態で並んでいた。


「ほい―――嬢ちゃん、そこの4番もとってくれ」

 工具を手渡しながら、美奈代は不満そうに言った。

「自分は候補生です」

「なぁに」

 肩部装甲の隙間に上半身を突っ込んで作業する整備兵が笑った。

「俺にとっちゃ、お前さんも、今教官やってる二宮の嬢ちゃんも、みんなヒヨコだ」

「教官、ご存じなんですか?」

「そりゃお前―――艦長だって、こっちは候補生の頃から知ってるぜ?……ホレ」

 整備兵から手渡されたレンチを工具箱に戻しかけた美奈代に、整備兵が言った。

「その工具、2カ所で曲がってんだろう?」

 よく見ると、大型のレンチが2カ所で妙にゆがんでいた。

「本当は、工具としちゃ問題なんだが、歪み方が絶妙でなぁ。手放せねぇ」

「はぁ……」

 何か固い物にぶつかって曲がったらしい。

 こんな太くでゴツイレンチが曲がるなんて、 何にぶつかったんだろう。

 美奈代はそう思いながら、レンチをしげしげ眺めた。

「一度目が―――お前のオヤジさんがまだ新米少尉の頃、メサイア大破させた時だ」

「えっ!?」

 美奈代は驚いて整備兵を見た。

 整備兵は装甲の隙間から上半身を出すことなく作業を続ける。

「ち、父をご存じなんですか!?」

「ああ―――俺が整備班に配属されて初めて整備したのが、お前のオヤジさんのメサイアだ」

「そ、そうだったんですか」

「とにかく使い方がなぁ……新兵ってのは、肘にとにかく力が入るんだが、オヤジさんは最後まで抜けなかった……ああ、そういえば」

「はい?」

「俺も、嬢ちゃんのメサイアを整備て、“このクセ、どこかで見たなぁ”ってんで、そこから、嬢ちゃんがジュン……じゃねぇ、和泉の娘だって知ったんだったなぁ」

「私の?」

「ああ……肘関節部のアクチュエーターの摩耗具合がそっくりだ」

「……そう、ですか」

「んでな?俺があれほど“これだけはやるな!”って警告してた機動やった挙げ句が大破だ。こっちが文句言ったら、“3騎撃破だから問題ねぇだろが!”なんてぬかしやがった。 とんでもねぇ。こっちは修理だ整備だで何日徹夜すると思ってやがんだ!って、レンチでガン!ってワケさ」

「あの……生前、父がそんなご迷惑を」

「迷惑?……フッ。そんなワケあるかい」

 整備兵は笑いながら言った。

「俺達と騎士ってのは一蓮托生だ。あいつらは俺達がいなければ生き残れねぇ。その逆もまたしかりだ。だから、お互い信頼関係作りてぇから腹割って話し合う。それが出来ねえ奴ぁ、死んじまうしかねえ」

「信頼関係に……レンチですか?」

「ああ。やったな!?やったがどうした!?で殴り合い……丁度、陸軍と共同戦線張ってた最中だ。視察に来てた陸軍のお偉いさんに捕まって、お互いノされて営巣入りさ」

「……へぇ?」

「お前のオヤジさんとは、それ以来の仲だ。結婚式にも呼ばれたさ。それに、ヤツが最後に出撃した、あのメサイアも、俺が整備したんだ」

「……ありがとう……ございました」

 美奈代は、深く頭を下げた。

 正直、美奈代は生前の父の職場での話を、このとき初めて聞いた。

 何故か、皆が職場での父の話を、美奈代に聞かせようとはしなかったからだ。

 だから―――

 近衛に入って、初めて父の話が聞けた。


 それが、とてつもなく美奈代には嬉しく、また、その最後を聞くだけで、涙を堪えるのがやっとだ。


「へっ。これが仕事だ―――それとな?」

 整備兵がようやく上半身を装甲の隙間から出した。

「もう一方、二宮だが―――これがまた、すさまじい劣等生でな」

「教官が?」

「ああ……銃の分解を覚えるのに卒業検定の前日までかかっただの、シミュレーター乗せたら3秒で気絶した挙げ句、ゲロで喉詰まらせて死にかけただの……よく最後まで残ったもんだってくれぇ、ヒデエもんだった」

「信じられません」

「ああ……そうだろうな。で、こっちも整備の言うこと聞かねえで片っ端から騎体壊しやがったから、終いにゃアタマに来て、こっちも―――ガン、だ」

「し、しかし……」

「まぁ、それが今じゃ近衛有数のメサイア使いってんだから、世の中面白れぇじゃねぇか」

「はぁ……」




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