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その名、中世協会

「まったく」

 神音は衣擦れの軽やかな音と共に、軽く姿勢を正した。

「補給部隊と工兵隊だけで戦争が出来ると勘違いしてるような、軍の動かし方すらロクに知らない、責任ですら部下任せにして当然な組織。

 それがレンファ。

 ウチのように、戦争の規模を問わず、開戦から戦後復興まで。戦争に関する全てをコントロールすることを目的として、それを可能にするだけのスタッフを抱えているところとは、何もかも違うのです」


「そうです。事情があったとはいえ、我々が馬鹿でした。おかげで大損だ。

 こちらの手配した補給物資のかなりが届かず仕舞でした。届かなかった物資の、ほぼ全てが横流しされた形跡があります。こちらが裁判沙汰に出来ないことを良いことに好き放題」


「ザマみなさい。あなた達は、あの馬鹿社長とも繋がりがあるみたいですね」


「故人の悪口は止めましょう」

 ユギオは軽く首を横に振った。

「訃報は明日の朝刊にでも」


「で、あなた達。アフリカに未練はないのですか?」


「未練?まさか!」

 ユギオは首を横に振った。

「こうなったら、こちらから見捨てますよ。それより、人間界には、人類がどれほど残っているがご存じですか?」


「……人類を絶滅させるつもり?」


「そこまではやりません」

 ユギオの晴れやかな顔は、神音には狂気にさえ見えた。

「我々の目的は、人類全体の時計の針を戻すことだけです」

「……針?」


「人類は進歩しすぎました。人類のあらゆる技術、思想……諸々全ての進歩の針を中世以前へと戻します」


「……」


「そうでなければ、人間界に未来はありません。人間の技術的進歩が、多くの種族を絶滅に追い込み、人間そのものを苦しめています……ご理解いただけるものと」


「……先の戦争の終結において」

 神音はため息混じりに答えた。

「人類の精神的進歩を、我々魔族と、神族は共に期待した。ところが」


「技術は進歩しましたが、精神面では劣化し続けている……ここ数百年、変わることのない魔界・天界双方の共通見解です。

 ―――例えば、人間界の技術的進歩が21世紀なら、精神的進歩は?

 わかりますか?

 科学技術の進歩と共に精神はすさむ一方。

 むしろ類人猿プロトタイプ方が今の人類よりマシだと、そう主張する学者もいる位でして」


「……」


「ですから」

 ユギオは声を少しだけ高めた。

「我々は、人類の精神面と技術のバランスをとるべく動いている。時計の針を戻すとは、精神面に相応した技術力のみを、適切に管理された、適量に数を減らした人類に与えることに他ならない」


「適量に数を減らした?」


「総人口24億……いまだ多すぎます。その数そのものが罪です。1億で十分です」


「……」


「その人類粛清の手段として、まずはヴォルトモード軍をわが手中へ」


「お断りするわ」

 神音は即答した。

「リスクが高すぎる。通常価格ではとても無理。何より、かのヴォルトモード卿が封印されているという、あの弓状列島は、わが商会の排他的活動区域」

 神音は、そこまでいいかけて、あっ。となった。

「……それで私に接触した」

 神音の瞳は、ユギオに敵対的な色を含んでいた。

「ようやくつながりました」


「わかりました?」


「あなた達がアフリカを放棄した後、どこに出るか。アフリカなんて後回しでいい。問題は、あの弓状列島。そこでの活動をやりやすくするために、わが商会の排他的経済活動権が欲しい」


「排他的経済活動権は」

 ユギオはしてやったり。といわんばかりに、嬉しそうに頷いた。

「当該地域における、保有者の経済活動を阻害する全ての存在の行動を排撃する権限を認めるものですから」


「帰りなさい」

 神音は言い切った。

「一杯食わされたことは認めましょう。しかし」



「我々は、リスク込みの金額でお取引を願い出ているのです」

 ユギオは言った。

「滝川村の安全は、何としても護りたいのではありませんか?」


「―――私と取引したいなら」

 その外見からは想像も付かない威厳ある重々しい声が、ユギオの言葉を遮った。

「脅しじみた物言いはやめなさい」


「失礼」

 パンッ。

 ユギオは、まるで挑発するように再び手を叩いた。

「どうも予想通りに事が運ぶと興奮するクセがありまして」


「悪い癖ね」


「恐れ入ります。神音様」


「―――で?」

 

「そうなれば、滝川村……下手すれば消滅ですからねぇ。ご子息のご家族、お孫さんはまだ14でしたっけ?」


「もう一度言うわ。脅しはやめなさい。第一、忘れてない?」


「人間風に言えば、義理の娘―――ご子息の奥方の件ですか?」


「神族軍情報統括軍高級将校―――あの戦争を“鬼のイツミ”の下で経験するなんて、私に言わせればお気の毒なんだけど……とにかく、滝川には彼女がいる。彼女はいわば、神族が送り込んだ監視部隊。それを巻き込んだらどうなると?」


「ですから」

 ユギオは笑った。

「事故はあるでしょう?流れ弾とか」


「都合のいいことを―――何を、いくらで、どれだけほしいの?」


「それはもう!」

 ユギオは楽しげに言った。

「とりあえず、こちらのリストを」

 ユギオは、席を立って神音に近づく。


「裏ルートを使う以上、取引はウチの独占と判断してよいのね?」

 神音はリストを受け取った。


「勿論」


「“サライマ”……メースまで?」


「人類の格言にあります―――“目には目を”」


「……メサイアのことね」


「そうです。アレは、我々に対する、人類の唯一に近い対抗手段です」


「……他の業者のブツを扱うなら、ルートは即座に閉鎖します。違約金は天文学顔負けのケタになりますから、覚悟しておいて。事前に断っておくわ。よろし?」


「―――はい」


「滝川を抑えられたら私は交渉に乗るしかないじゃない。ったく、由忠よしただがふがいないから……面白くもないけど……で?何て言ったかしら?あなた達」


「中世協会」

 ユギオは言った。

「第四計画とお呼びいただいても結構です」



 部屋から出たユギオに、控え室で待っていた部下らしき男達が恭しく頭を下げた。

「商談は成立だ」

 その中の一人にブリーフケースを手渡しながら、勝ち誇った顔でユギオは言った。

「かなりの代償は支払うことになるが、やむを得まい」

「レンファの失態が痛く付きましたな」

「ああ」

 ユギオは苦笑しながら肩をすくめた。

「ここまでの失態は、すべてレンファに背負ってもらう。アースフィールドに世論対策はどうなっているか報告させろ。

 マスコミ、特にレンファの息がかかった連中が弁明に動き出す前に先手を打つ必要がある。

 人類に一矢報いた我々の努力を台無しにしたのはレンファだと世論に認めさせねば、全てが我々の責任となる―――それにしくじったら」

「しくじったら?」

「―――あの小娘に頭を下げに来た意味がなくなるぞ」



「……小娘で悪かったわね」

 イヤホンを耳から外した神音は、不機嫌そうに毒づくと、窓辺に立った。

 魔法で合成された木漏れ日が目に眩しい。

「……かのん」


「はいじゃ」

 後ろに控えていた、少女そっくりな人形が頷く。


「すぐに、連中に届けられるメースは?」


「在庫からして」

 うーん。

 “かのん”と呼ばれた少女は腕組みした後に答えた。

「即納可能状態のツヴァイは500、サライマが1500じゃ」


「思ったより少ないのね」


「ツヴァイはとっくの昔に正規軍を退役したロートルじゃ」

 かのんはあきれ顔で言った。

「辺境の貧乏国家に売りつけるための代物じゃ。サライマも、クリーヌランド方面での反乱もあって、市場ではタマ数が少なくなっておるんじゃ」


「戦争する上ではどう?」


「メサイアは大したことない」

 かのんは馬鹿にしたような顔で言った。

「装甲、動力、すべての面でツヴァイより落ちる」


「……そうね」


「いかほど用意するんじゃ?」


「連中の提案額から送り出せる騎数の最大数を割り出しなさい。継戦期間は1年。グレードは低くていいわ」


「ご……ご主人様?」


「何?」


「まさか―――人間界へ?」


「私も」

 少女は薄ら寒い笑みを浮かべた。

「人類への恨み辛みがありますからね」


「由忠へは?」


「由忠より、遥香はるかさんの方がいいわ。天界軍に恩を売っておくのも悪くない」

 言いかけて、神音は黙った。


「どうしたのじゃ?」


「やめましょう」


「何故?」


「こちらの動きは全て読まれているはず。下手な行動は命取りになるわ」


「じゃが、それでは由忠達が危険じゃ」


「……そうね」

 うーん。

 神音は、腕組みをした後、しばらく考え込んだ挙げ句、ぽん。と手を叩いた。

「かのん」


「はいじゃ」


悠理ゆうりは、どうしていたかしら?」


「それは非道じゃ」


「何が」


「孫を隠れ蓑にするとはヒドい話じゃ、そう言ったのじゃ」


 ポカンッ!

 神音の一撃がかのんの脳天に炸裂した。


「本当のことじゃ!」

 頭に出来たたんこぶを押さえながら、滝のような涙を流したかのんが抗議する。


「よく考えなさい。かのん」


「ううっ……妾の脳みそはご主人様の8割じゃ。そんなに遜色は」


「私と悠理は祖母と孫」


「悠理はまだ14じゃ。まだまだ子供じゃ。反抗期はまだのようじゃが」


「そうね……あの年頃は難しいものね」


「そうじゃ。悠理は素直ないい子じゃが、馬鹿正直過ぎる。女でも知れば別かもしれんが」


「女を……知る?」


「ご……ご主人様!?」


「何?」

 

「な、何だか、背筋が痛い程寒いんじゃが!?」


「ちょっと」

 神音はうっすらと恐ろしい笑みを浮かべた。

 かのんを見る目が完全に据わっている。

「由忠の、同じ頃を思い出して」


「あれはやりすぎた!」

 かのんは即座に言った。

「妾は十分反省しとる!じゃが、あの頃は、妾は妾で、由忠のことを本当に心配したからこそ、ああいうことをしたと、最後はご主人様もお認めになって、手打ちにしてくださった!」


「……そうね」


「そうじゃ!」


「ただ、やっぱり母親として、筆降ろしの件からはじまって何から何まで、由忠のことは、あなたにはいろいろ言いたいことはあるの」

 ギロリ!

 神音の眼光を前に、かのんは背筋を伸ばしたまま、凍り付いたように動かなくなった。

「あなたのおかげで、親としてどれ程恥をかいたか……とか」


「落とし前はつけた!日本にいられなくなって、海外を二人で放浪したんじゃ!散々苦労したんじゃ!それで十分じゃとおっしゃった!」


「……はぁ」

 神音は脱力気味なため息をついた。

「かのん、あなたも言うようになったわね」


「分解されたくないからの」


「まぁいいわ。悠理を呼ぶ時に、こう伝えなさい。おばあちゃんが“鬼ころしが飲みたい”と言っていたと」


「鬼ころし?」


「言えば分かるわよ―――伝えなさい」


「了解じゃ」

 かのんはまるで逃げだそうとするかのようにきびすを返した。


「―――待ちなさい」

 神音はその背中に言った。


「かのん?その前に、あの連中にメースのカタログ持っていって、こう伝えなさい。水中型と母艦にお買い得がありますよ?って」



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