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ヴォルトモード卿、処刑 第二話

 ヴォルトモード卿が今、目の前を通過する。



 その時だった。



 不意に、ヴォルトモード卿の脚が止まった。

 刑務執行官達が一瞬、刑杖でその後ろから小突こうとして動きを止めた。

 構えかけた刑杖をどうしていいのかわからず、躊躇った後に戻す。

 少女は、ヴォルトモード卿の視線が自分に、いや、前に立つ自分の上官に向けられていることに気づいた。


 ざわっ。


 ヴォルトモード卿の視線に誰がいるのかを知った周囲はざわめいた。



「……」

 上官は、無言で敬礼する。

 能面のように感情を押し殺したその顔には、その地位に相応しい威儀がこめられている。

 それに答えるように、ヴォルトモード卿が答礼を返した。



 自分の上官は、参謀として軍を指揮し、実質的にヴォルトモード卿と魔族軍をうち負かした張本人。


 二人の関係は、勝者と敗者。



 それだけで言い足りるはずだ。



 なのに、その光景はそんな安易な言葉を越えた、むしろ荘厳な儀式にさえ思えてしまう。

 息をすることさえ忘れた少女の目の前。

 敬礼を解いたヴォルトモード卿が、処刑の場へと再び歩き始めた。



 ヴォルトモード卿の目の前には、真っ暗な穴が無慈悲に口を開いていた。

 この中に入り、口を封じられれば、次に出てくるのは何年、何千年先のことかわからない。

 音もなければ時を感じることもない、無慈悲な世界。

 痛みも苦しみも、空腹さえ感じない世界だ。


「……閣下」

 神族の刑務官が穴の両脇に立ってヴォルトモード卿に告げた。

「罪状です」

 刑務官が丸められた羊皮紙を広げた。

「地上に戦禍をもたらしたことに対する罪の」


「……」

 ヴォルトモード卿は、無言で頷いた。


「ヴォルトモード公爵を無期限の封印刑に処す」


「……」


「……何か、ございますか?」


「一つ」

 ヴォルトモード卿は、処刑を前にしているとは思えないほど毅然とした声で言った。

「―――儂との取り決めは、生きておるな?」


「……」

 刑務官の視線が、自らの上官に助けを求める。


 彼らを一望出来る台の上で成り行きを見守る高官の中の一人が無言で頷いた。


「―――はい」

 安堵したように刑務官は頷き、別な羊皮紙を開いた。

「終戦協定付帯条件―――

 第一条、万一、人類によってこの封印が破られた場合、それは人類が魔族に対し宣戦を布告したものと見なす。この際においては、神族はその名誉にかけて、魔族軍の反撃に一切の手出しを行う権利を放棄する。

 第二条、神族・魔族は、ともに人間界の開発権を放棄し、人類に一任する」




 読み上げた刑務官は、“合ってますか?”と、まるで子供のようにヴォルトモード卿をちらりと盗み見た。

 目をつむって、それを聞いていたヴォルトモード卿の顎髭に埋もれた口元が楽しげに歪んだのに気づいた者は、そうはいない。



「―――馬っ鹿」

 ただ、イツミだけは違った。

「まんまと乗せられて」


「乗せられた?」


「シルフィーネ」

 機嫌の悪さを示すトーンの低さに恐れおののきながら、少女は背筋を伸ばした。

「おっぱい大きくしているヒマがあったら、すこしは栄養を脳みそに回しなさい」


「な、なんてこと言うんですかっ!」


「考えてご覧なさい」


「?」


「ヴォルトモード卿が言っていることは、この地上を、神族も魔族も、基本的に介入出来ない、つまり、人間共の好き放題にさせるってことよ」


「……別にいいんじゃないですか?」


「ぐーで殴るわよ?」


「……つまり」


「……」


「どういう意味ですか?」


「共に戦った人間達に全てを任せるって、響きはいいことよ?しかも、復興資金を支払わなくて済むから、官僚共は大喜び。生き残った人間達のことなんて知るかって意味にもなる」


「はぁ」


「でも、そもそもこの戦争が勃発したのは、人類の行った環境汚染が原因よ?それが根本から解決していないどころか、戦禍で悪化している」


「……ということは?」


「何も変わらないどころか悪化した結果を人類に押しつける。なんだかんだ言っても、神族や魔族にすがって生きてきた人類は子供と同じ。 そんな連中に明日から自力で生きろなんて言ったら大混乱が起きるわよ?その混乱の結果として……違う」


「違う?」


「人類をそそのかして、彼は復活することが―――出来る」


「まさか」


「そのまさかよ……」

 上官は言った。

「間違いなく、ヴォルトモード卿は復活する。その時は、魔族対人類よ?―――私達抜きの」


「人類に勝ち目は!」


「ヴォルトモード卿は、今回の戦いは諦めた」

 そう言う上官の目の前で、ヴォルトモード卿が門の中へと消えていく。

「それは何故?―――次の戦いのためよ。次の戦いに勝つために、今の敗北を選んだ」


「……」


「……やってくれるわよ」


「どう……するんですか?」


「私が知るもんですか」


「イツミ様っ!」


「じゃあ、あんたが何か出来る?」


「っ!」


「人類に兵器でも供与する?あいつらは、それで互いに殺し合うだけよ」


「……」


「時の流れに任せるしかないわ。時の流れの中で、人類がゲートに接触しないように監視する。その程度ね」


「イツミ様のお言葉とも思えません……」


「これはね。シルフィーネ」

 ヴォルトモード卿の封印を見守り終えたイツミは言った。


「根気のいる作業なの。音を上げた方が負け」


「……そういうものなのですか?」


「そうよ。千年、二千年……何年かかるかわかんないけど、それまでに人類が、今以上にバカになっていないことを、祈るしかないわ」


「……はい」


「―――ま。無駄でしょうけど」



 シルフィーネと呼ばれた少女が、魔族と神族の手を放れた人類が世界各地で殺し合いを始めたことを知ったのは、それから数日後のことである。



 それから約2700年近くが過ぎようとしていた。


 2700年。

 もう、古い過去の話。

 古すぎると言っても文句も来ないはずの―――過去の話のはずだ。





「お母さん」

 ぼんやりと月を眺めていたシルフィーネは、不意にかけられたその声に、我に返った。

「あら……悠理、どうしたの?」


 場所は自宅。

 あのヴォルトモード卿が封印された地から少し離れた場所にある人間の住まい。

 自分とその家族の住処。

 その縁側に腰を下ろしていたシルフィーネの顔を、銀色の髪をした顔が不思議そうにのぞき込んでいた。

 14年前に人間との間に生まれたシルフィーネの宝物。

 上官であるイツミの元へ修行に送り出して、久々に帰ってきたばかり。

 突然のことに、自分がどんな顔をしているのかさえわからない。

 ただ、驚いているだろう。


 だけど、何であんな昔のことを思い出したんだろう。



 息子からイツミの話を聞いたからかも知れない。


 イツミが動いた。


 その意味は、考えたくない。


「ぼんやりしてる」


「そう?」


「寒くなってきたから、お部屋に入ろう?」


「……そうね」


 シルフィーネは息子の持ってきてくれた綿入りの半纏に袖を通した。


 部屋に入る前、シルフィーネは、もう一度、ヴォルトモード卿が封じられたゲートの方角を見た。

 今、その場所が正確にはどこにあって、そこに何が眠っているかを知るのは、イツミと自分を除けば、この国を統べる君主、あのヴォルトモード卿に対する厚遇を求めた王の末裔と、その率いる組織のみ。

 それでいいと思う。

 人は、忘れるという特技がある。

 あんなものは、忘れてしまうのがいい。

 そう思う。



「あ、そうそう。悠君、お父さんと一緒にお風呂に入りなさいな」


 部屋に入れば、そこには、神族と何も変わらぬ人の生活がある。

 それを護るために、あの御方は眠っているのが良いのだ。


 イツミ様の予測が外れますように。


 シルフィーネは、小さくそう願った。



 物語は、ここから始まる。







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