天原商店
●東京都内 天原骨董品店
「……それで?」
王侯貴族顔負けの応接室。
そのソファーにふんぞり返った少女は、目の前に立つ、背広姿の男を見下したような眼で睨んだ。
絹のような艶やかな長い髪に、透き通るような白い肌。
十代半ばに達しているかさえおぼつかない、華奢な体を包むゴシック調のドレス。
あどけない顔に浮かぶその表情は、あからさまに、目の前の相手を歓迎していない。
名を、天原神音という。
一方、少女の目の前に座る一流企業の社員然とした男は、少女の視線を受けても、能面のような顔に浮かべた営業スマイルを崩さない。
どんなに笑顔を浮かべていても、それが偽りだとわかってしまう。
心の中では何も笑っていない。
オールバックにまとめた髪に仕立ての良いスーツ。やや細く角張った顔。その皮膚の下に、血が流れているかさえわからない。
そんな男だ。
少女―――神音は、そんなタイプの男が大嫌いだった。
「ユギオ殿、ですか」
名刺を名刺盆に、優雅だが無造作に近い仕草で置いた。
「そんなご大層な御方が、こんなちっぽけな店になんの御用で?」
「これはご謙遜を」
予測はしていたのだろう。
その突っ慳貪な言葉に、ユギオと呼ばれた男は小さく笑った。
その笑い方が気に入らないのか、神音の端正な眉が少しだけつり上がった。
「天下の天原商会総帥のお言葉とも思えませんな」
「愚かなイヤミにしか聞こえないわ。もう一度聞きます。ここに、何をしに来たのですか」
「ビジネスです」
「それはおあいにく様」
神音は、心底楽しい。とばかりに、ころころと笑った。
「ビジネスの基本は、信頼のおける相手と信頼の取引を行うこと。わが商会は、一見様との取引は行わないことにしているわ」
その言葉には、不思議な威厳があった。
「お引き取りを」
「紹介状はここに」
どこから取り出したのか、ユギオは封筒をちらつかせて見せた。
封鑞に押された印章に、神音は嫌でも見覚えがあった。
「―――ご用件は?」
差し出された封筒を受け取ろうともしない。
「お力添えをいただきたい」
ユギオは黙ってテーブルに紹介状を置いた。
「お力添え?」
その顔つきは厳しい。
「要点を」
「アフリカの妖魔部隊を魔界へ撤収させたいのです」
「何故?」
「事業失敗のため」
「永劫に人間界から手を引く……じゃなくて?」
「今、部隊という表現は使いましたが」
ユギオはティーカップに手を伸ばした。
「―――いいお茶ですね」
「どうも」
「心が和みます……ご存じですか?南米及びアフリカで暴れたのは、単に“妖魔の群れ”に過ぎないこと」
「……組織戦ではなかったと?」
神音の顔が、きょとん。となった。
「人類側は魔族軍と呼称していますが?」
「あれは、我々の流した情報が変な形で人類のマスコミに伝わった結果で」
「つまり、魔族軍の残党にもならない、妖魔部隊が単に暴走しただけと?」
「ええ。数だけはいましたがね。軍としての組織戦はしていません。なにしろ、指揮官が司令部ごと不在でしたから。
ご存じでしょう?
先の戦乱の後、天帝軍によって兵力はすべて封印されています。
彼らの妖魔部隊を指揮する者がいるのは」
ユギオは、まるで試すように神音を見た。
「アフリカではありません」
「妖魔なら、単独、もしくは群れで行動しても、人類には十分脅威でしょう」
「最初はそうでした。人間の言う、狩野粒子が人類に与えた混乱から人類が立ち直り、メース……じゃない、メサイアを投入するまでは」
ユギオは、思い出したように顔をしかめた。
「それからは、我々にとっては悪夢の日々でしたよ」
「成る程?妖魔部隊のみを解き放ち、自前の指揮官で管理すればいいと思っていたけど、実際やってみたら」
「……認めましょう」
ユギオは力無く頷いた。
「素人でも、妖魔を“呪具”で単にコントロールすることは容易。そんな安易な目論見は見事に覆されました」
「そんな幼稚な発案が通るあたり、トップのおつむの程が知れますね。で?どれほどの犠牲を被ったのです?」
「既に約8割。占領地域は、最大時の9割近くを喪失」
「妖魔の繁殖力から考えて、それだけの戦力を復旧するのに何年かかると思ってます?他人の軍隊をそうも浪費して、ヴォルトモード卿が聞いたら、黙ってませんよ?」
「無様な話です。確かに」
ユギオは、自分に言い聞かせるように頷いた。
「妖魔を管理出来る指揮官の不在は、我々の予想以上に大きい打撃でした。
いえね?
指揮官は用意していたのです。
ところがこの連中、せいぜい小隊規模を運用した経験は豊富ですが、それ以上となると未経験。つまり」
「なんて無茶な。大型妖魔を組織戦で使いたければ、熟練した各クラス指揮官が」
「経験のある人材の確保が出来ませんでした」
「上層部の無能さが原因で部隊の運用に混乱を来した挙げ句、自滅したと?」
「……そう。我々もその点では意見が統一しているのです」
ユギオはソファーの背もたれに倒れかかるような勢いで体を預けた。
「原因は、全てを外部委託していたせいだと」
「どこへ?」
「もう言っても良いでしょう」
投げやりな仕草で言った。
「レンファ商会ですよ」
「レンファへ?」
レンファ商会
魔界の民間軍事コンサルタント会社。
魔界軍最高レベルの将校が多数雇用されており、商会幹部に言わせれば、「一平方フィート当たり将軍の数は、魔界軍司令部よりレンファの方が多い」となる。
それ故、軍事関連企業では、一流どころとして知られている。
「そうです。御社のライバル会社ですね」
「言葉を選びなさいっ!」
神音は、ムッとした顔で怒鳴った。
「あんな高級将校の天下り先と、ウチを同格に扱うなんて!」
「そうです。その通りです。我々は、委託先を間違えた。それが最大の失敗―――そんなところです」




