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ナイチンゲール 前編

「このぉっ!」

 必死に発砲を続けているというのに、敵騎に指定されたサライマは、弾幕を右へ左へと、まるで蝶の如くかわし、こちらへ接近する速度は落ちる気配さえない。

 裕樹は、トリガーに不必要に力を込めてしまう。

撃墜おちろぉっ!」

 サライマに装備されたスタビライザーが動き、サライマが制動をかけた。

 一瞬の隙。

 それはチャンス。

 だというのに―――


 カチンッ!


「えっ?」

 騎体が両肩にマウントしている魔法弾発射筒からの発砲が止まった。

 残弾がゼロになっているのに、それで初めて気付いた。

「うそだぁ……」

 裕樹はとっさに騎体を降下させ、敵との距離を開こうとする。

 だが、敵はどこまでも食いついてくる。

 地面がどんどんと近くなってくる。

 怖くなってエアブレーキをかけたら、動きを奪われて狙い撃ちにされる。

 逃げ出した方の負けという意味では、ほとんどチキンレースの世界だ。

「―――っ!」

 歯を食いしばって恐怖に耐えようとする裕樹は、スクリーン一杯に迫ってくる地面を睨み付け、エアブレーキを開くタイミングを計る。


「この大馬鹿野郎」

 ポツリとした、女の細い声が裕樹の耳に届いた。

「こんな所で、何で下に逃げやがる」

 自分を通り越して地面に突き刺さるオレンジ色の光が二本。

 後方で追尾する敵が、しっかり自分を捉えている証拠だ。

「テメエは頭までチキンか?この《自主規制》っ!」


 ガンッ!

 ガンッ!

 ガンッ!


 裕樹がエアブレーキを開いた瞬間、騎体に震動が走り、警報が鳴り響いた。

 速度が落ちない。


「なっ!?」


 騎体情報を示すステイタス・モニターは、エアブレーキを兼ねた装甲が三つ破壊されたことを報告していた。


「ウソっ!?」 


 ハッとなった裕樹は、空気抵抗を生じさせるため、両腕を大きく開き、エアブレーキの代わりにし、騎体を180度回転、背中を地面に向けると、ブースターを全開に開いた。


 グンッ!


 とっさに後方を追尾していたサライマが頭の方へと離れていく。


「ちっ!」


 ブースターの制御上の制約から、足下に逃げてくれればまだ撃ち様もあったというのに、裕樹は舌打ち一つ、騎体を立て直し、サライマの追撃に入ろうとした。

 騎体をひねって地面に対して垂直に騎体を戻す。


「えっ!?」


 そうすれば、前方に敵が見えるはずだ。

 裕樹はそう思ったのに、


「ど、どこっ!?」


 視界のどこにも敵がいない。

 荒れた平原と青い空。ちぎれ雲が強い日差しによってギラギラとした白さを照らし出されている。


 裕樹が敵の存在を知ったのは、真後ろから突然襲ってきた衝撃によってだ。

 メースが疑似感覚として伝えるダメージはかなり痛い。


 ショックで骨が折れたり、内臓が破裂することもあるから気をつけろ。


 座学ではそう習っているし、似たような感覚は演習で味わっているけど、これは格別だ。

 本当に息が止まって、目の前がぼやけた。

 気絶しかかったのを、裕樹自身、身体で理解するしかなかった。


「―――っ!」

 無理矢理歯を食いしばって意識を押しとどめ、肺に空気を叩き込んで筋肉を動かす。


「メースに乗ったら!」

 その鼓膜を、女の罵声が容赦なく叩く。

「全周囲に神経張れって教わらなかったのか!?」


 ガンッ!

 バンッ!

 ドカッ!

 背中に連続して走ったのは、ナックルガードで背中の装甲を殴ったからだと推測はついた。

 だけど、脇腹に走ったのは、間違いなく蹴りだ。

 呻きながら脇腹を押さえる裕樹騎のメインスクリーン一杯にサライマの顔が映し出される。


「遊びじゃないんだ!殺しにきなっ!」


「い、いつまでもっ!」

 裕樹は騎体に戦斧を構えさせ、サライマに襲いかかった。


 女のクセに!


 その言葉は口の中だけに抑えておいた。


 スカッ


 振り下ろされた戦斧は、ちょっとサライマが動いただけであっさり回避され、代わりにナックルガードの一撃が裕樹騎の顔面を捉えた。

 ほとんどアッパーカットに近い一撃だ。

 顔面部の装甲が吹っ飛び、警報が鳴り響く。

 カメラがサブに切り替わる。


「頭部にコクピットがあるタイプだったら!」

 ノイズ混じりのスクリーンにサライマの横蹴りが飛んできた。

「即死もんだよ!」


「ぐうっ!」

 もう、悲鳴も上がることなく、裕樹は騎体ごとスピンの渦に巻き込まれた。


 鳴り響く警報。

 接近するサライマ。


「さぁ、立て直すんだよ!さっさと!」


 女の声に追い立てられるように、裕樹は各部のブースターと四肢をばたつかせ、騎体をスピン状態から回復させた。


 遠心力によって生み出されたGが体中の血と肉を右へ左へ、気まぐれなダンスへと叩き込んでくれたおかげで吐き気を抑えるのがやっとだ。


 これで敵を倒せだなんて―――


 裕樹は、二度とシューティングゲームを“リアルだ”なんて褒める事は出来ない。それだけははっきりと悟った。

 本当にリアルなら、こんな状況まで再現してみせれば良い。

 ご家庭のお茶の間がゲロや血でまみれて、年寄りや子供に必要なのは解説書じゃなくて、救急車と坊さんになるだろう。


 そんなもの、市販できるものか!


 自分で自分に結論をつけた所で、サライマが斬り込んできた。


「普通ならねぇ」

 戦斧同士がぶつかり合った。

「ここまで、あんたを深く追い詰めることはない。何故かわかるかい?」


「わかりませんっ!」

 裕樹は即答した。


「素直な子だねぇ」

 舐めるような、妙に淫靡な音が耳に届く。

「ご褒美にお姉さんが教えてやろう」


 ドンッ!


「この人っ!」

 裕樹は腹に喰らった膝蹴りを、歯を食いしばって耐えた。

 腹部装甲、つまり、裕樹の1メートルと離れていない場所を守っていた装甲の破片が画面の中で遠ざかっていく。


 何て、脚癖が悪いんだ!

 そんな罵声は言葉にもならない。


「ここまで追い詰めることに意味はないのさ。普通なら」


「えっ?」


「百回は殺しているからさっ!」


 大きく振りかざされた戦斧が、裕樹の頭上めがけて振り下ろされた。


「わっ!?わわっ!」

 裕樹が、自分の身に何が起きたかを理解する前に、後一歩で舌をかみ切る寸前までコクピットが激しく揺れ、メインスクリーンを含む全部のモニターがブラックアウトした。






 プシュー

 震動を伝えていたアブソーバーが正常位置に戻り始め、モニターにも灯りが灯り始める。


「痛たたっ」


 さっきの激しい揺れの際、肘をコクピットにぶつけた裕樹が痛みに顔をしかめる。

 その目の前に、


 戦死!


 無様に死んだ!


 ざまぁみろ!


 負け犬!


 故郷クニへ帰れ!



 たくさんの警報表示に書き込まれた意地の悪い言葉が飛び交う。

「ユーキ、終わりだ。規定処理をしてから降りてこい」

 管制官の声に、裕樹は肩を落としてハッチを開放した。

 コクピットから出た途端に、全身に電気のように走った痛みによって、裕樹はその場で崩れ落ちた。

 指一本、本当に動かない。

 身体が麻痺したように痺れて、言うことを聞かない。


「大丈夫ですか?」

 頭の近くで靴の音がして、そっと裕樹のまぶたに冷たい感触が走る。

 とても優しい声と共に、ふわっ。とした甘い匂いが鼻をくすぐった。

 裕樹の眼には、小さな革靴と白いストッキング。そして、黒いスカートだけが目に映る。

「神経接続を急にカットしましたね?」

 少しだけ、とがめるような口調。

 腕に誰かが触っている。

 そこだけ、ほんわりとした暖かさが戻ってくる。

「接続を安全モードに入る前にカットすると、疑似神経が持っていたダメージが一気に身体に入り込んでくるんです。座学で学んでいないのですか?」


「ご、ごめんなさい……」

 そういえば、そうだっけ……。

 裕樹はちょっと情けなくなった。

 安全のため、操縦を終了する場合、神経接続が安全レベルに戻ったかどうかを確認してから騎体を止めろと、何度も言われていたっけ……。

 右腕がやっと動くようになった。

 女の人のマッサージによるものだ。

 さすがにお礼を言わなきゃ。

 裕樹がそう思った時、女の手は裕樹の脇腹から太股へと降りてきた。

「にゃっ!?」

 マッサージしている所に、裕樹の敏感な所が含まれていた。


「どうしましたか?」

 女はまるで気付いていないらしい。手の動きが止まっていない。


「い、いえ……その」

 裕樹は恥ずかしさに顔を真っ赤にして、目をつむった。

 裕樹だって、ダユーに《あーん♪》なことや《うっふーん》なことを、それはもうたっぷりと……官能小説がシリーズで書けるほどされたのは確かだ。

 おかげで、この歳としては、公になれば府教育委員会が介入しても不思議ではない程,性についての知識と経験があるわけだから、身体は正直すぎる程、正直だ。

 方程式を一生懸命考えてみたりするのだが、柔らかい手が、絶妙な感覚で多感な年頃の少年をもみほぐすことにはさすがに耐えられない。

 というか、こういう方面では、ダユーにDNAのレベルで調教されている以上、反応するなと言う方が無理なのだ。


「あら?」

 女の手が止まった。

 自分が固くなったのを掴まれたことで、ついに観念した裕樹だったが……


 ゴチンッ!!


 顔面と後頭部に走った激痛に、内心で感謝するしかなかった。


「おい」

 目の前にはっきりとパンプスの裏が映っていた。

 声は宗像だ。


「……このバカ者」

 グリグリと容赦なく靴底が顔面に押しつけられる。

「無様に負けた挙げ句が、こんな所でユースティア殿相手に公開プレイを要求するとは良い度胸だな」


「痛い痛い痛いっ!」

 動く手で何とか逃げようとする裕樹はたまらず叫んだ。

「お姉さん、ショーツ見えてる、ショーツ!」


「―――っ!」

 その時、上半身が動いてくれなかったら、裕樹はパンプスの一撃で無残に頭を砕かれていただろう。


「うぇぇっ。お姉さぁん……僕を殺す気なの?」


「殺して欲しいと求めてくるからな」


 立てるか?

 裕樹の脇に手を伸ばした宗像の手に、医療キットが握られていたのが、裕樹には何だか微笑ましいというか、言い様もなく嬉しくて、顔が緩んだ。


「大丈夫だよ。ユースティアさんのマッサージもあったし」

 裕樹は、何故かメイド服を来たままのユースティアに一礼したあと、立ち上がろうとした。

「あ、あれっ?」

 何とか半ばまで立ち上がったが、最後に腰に力が入らない。

 半ばズルッ。と前屈みに体勢が崩れ落ちる。


「お、おいっ!」

 宗像に抱き留めてもらうが、しかし、その顔は宗像の腰よりやや下。ほとんど太股の間に突っ込む形となった。


「宗像様?少しの間、神経を休ませる必要があります」

 裕樹をマッサージしていたユースティアが言った。

「そうだな」

 宗像から見ても、裕樹は身体に力が入っていない。

 外部にダメージは見えないから、医務室へでも……。

「……ん?」

 スーハー

 スーハー

 宗像は、軍服とストッキング越しに裕樹の深呼吸を感じた。

「……お前、何している」


「お姉さん」

 しばらくして、裕樹は言った。

「あの日?」


 バチィィィン!


 素晴らしくいい音が辺りに響き渡った。





「もう説教する気にもなれん」

 気がついたら裕樹は医務室のベッドの上にパンツ一枚で大の字……いや、Xの字にされて寝かされており、宗像が相当に険悪な顔で見下ろしていた。

 頬のあたりが物凄く痛い。


「お前、その歳でそんなにエロでどうするんだ」


「……あのぉ」


「返答次第では」

 宗像が取りだしたのは巨大なハサミだ。

「麻酔なしでちょん切ってやる」


「わぁぁっ!」

 ジタバタ暴れるが、手足が縛られ、万歳状態になっているため、ベッドの上でもがく以外に何も出来ない。

「ごめんなさい!ごめんなさいっ!」


「シミュレーションによる模擬戦とはいえ、ユースティア殿相手にあそこまでボロ負けして」


「だって!」

 裕樹は言い返した。

「あんなに強いんだよ!?聞いてないよ!」


「知るか」

 宗像は頷くとテーブルにハサミを置いて、何かのチューブを取りだした。

「ダユー様が人間用に調合してくださった湿布薬だ」

 宗像はベッドの上に腰を下ろすと、チューブの中の液体を自分の掌で伸ばして裕樹の肌に塗りつけた。

「ユースティア殿は、外見こそ可憐の一言だが、実際の所は傭兵だ。メースの世界では我々人類の先を行く魔族……その中でも相応の腕利きだ」


「褒めて。そんな人相手に生きて帰ってきたんだから」


「弄ばれたの間違いだ……まぁ」

 宗像は湿布薬を細やかな手つきで裕樹の身体にすり込みながら言った。

「あの方が、あれほどの二重人格だとは思わなかったがな」


「びっくりしたよ」

 裕樹は宗像の掌の感触の心地よさに目を閉じた。

「あんなお淑やかな人が、演習始まった途端、宗像さんみたいなおっかない―――痛ぁぁぁっっ!」


「ああ。すまん。つねったようだな」


「ううっ……脇腹がじんじんする……」


「だが、いくら傭兵相手でも、ああも無様だとなぁ。お前、実戦で生きて帰れないぞ」


「うん……ごめんなさい」


「謝ってどうする」

 宗像は、湿布を肌にすり込ませながら、裕樹が意外と筋肉質だということに気付いた。

「お前、トレーニングか何かしているのか?」


「筋トレは毎日やってるよ?昔から」


「昔から?」


「うん。芸の時、全身の筋肉が使えるようにしなければいけないって、御父様に叩き込まれているんだ。だから、全身の筋肉を鍛えるのって、習慣になっていて」


「それで……」

 言いかけて、宗像はやめた。

「神経接続と筋肉は関係ないか」


「そうだよ」

 裕樹は答えた。

「お姉さんもやってごらん?本当に身体が動かなくなるから」


「御免被る。薬の塗布は終わった。どれ、マッサージしてやろう。回復が早いぞ?」


「ありがとう、もし、お姉さんがこうなったら、僕がマッサージしてあげるね?」


「下手に触るな。私は男に触られるとじんま疹が出来るんだ」


「僕、男だよ?」


「……り、リハビリの一環だ」


「ふぅん?」

 不思議そうな顔をする裕樹に、宗像はたたみかけるように言った。

「べ、別に、下心があってのことではない!」


「下心って何?」


「勉強が足りない……明日には“ナイチンゲール”が納入されるんだ。お前も一騎、任されるんだぞ?」


「う……うん」

 裕樹にとって、大切なのは、そんなことではない。

 宗像の手の心地よさだ。

 だけど……なんでだろう。

 裕樹は、身体に感じる心地よさに身を委ねた。

 ユースティアさんは恥ずかしかったのに、お姉さんだと平気なんだよなぁ……。

 これって、僕が、お姉さんを異性だと思ってないから?

 うーん。

 僕、お姉さんは好きなんだけど……どう違うんだろう。

 不思議だなぁ。と裕樹は思って目を閉じた。


「せっかく、ダユー様がプラツゥル様と一緒に、人類である我々のために設計してくださった特別騎スペシャル・メイドなんだから……」


 ピタッ


 マッサージする宗像の手が止まった。


「?」


 少し、首を動かして見ると、宗像の顔が真っ赤になっていた。

 呆然。

 そんな表現がぴったりくる、そんな顔だ。

 怒っていないのは、裕樹にはすぐわかった。

 むしろ、驚いている。

 へえ?

 裕樹は思った。

 こんな顔すると、お姉さん、可愛いなぁ。

 ……。

 ……。


 そして、気付いた。


 その視線の先にあるのは、


 パンツの中から現れた、元気な……《自主規制、というか、裕樹の名誉のために削除》……。


 イ、イヤァァッ!


 医務室から宗像の悲鳴が上がり、枕で徹底的に殴られた裕樹が療法魔導師の世話になったのは、それからすぐのことだった。





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