三千年前の戦争
この世界において、“人間”を作り上げたのは誰か?
創造主たる神?
否―――人間にとって“神に最も近い”存在だ。
名を「神族」と「魔族」という。
共に、人間界とは異なる異次元世界―――天界と魔界に住む存在であり、死者の世界である獄界に住む獄族と共に、この人間界を発見した張本人達。
この世界の人類は、彼等が開発した人造生命体を起源としている。
人類が“アダム”と“イヴ”と呼ぶ、最初の男女の“つがい”がそれだ。
神族や魔族は、人間に自由を与えなかった。
必要以外の知識を与えなかった。
生殖能力さえ与えなかった。
使い捨ての
文句も言わない
ただの奴隷
彼等は人間をそう扱った。
彼らのために生き、彼らのために死ぬ存在。
彼らの都合だけで生まれ,そして死んでいく存在。
彼らは、そんな風に人間を扱う事に疑問すら持たなかった。
しかし、世界は、生命を弄んだ彼等に手ひどいしっぺ返しを用意していた。
彼らが気づいた時には手遅れだった。
各地で「あり得ない人間」が確認されたのだ。
生殖能力がある。
自分の自由意思を持つ。
まとめて“異端者”と呼ばれた、そんな存在が世界中で確認されたのだ。
何が起きたのかはわからない。
ただ、異端者達は、性の快楽を覚え、快楽の命じるがままに、まるで鼠のように繁殖した。
しかし、彼らは、神族と魔族は、全てを放置した。
曰く、必要ならいつでも“消せる”。
数が増えれば駆除すればいい。
野良まで面倒を見る必要は無い。
そんな意見がまかり通った結果だ。
それより、人間を奴隷として成立する繁栄の方が大切だ。
放置された人間は繁殖を続けた。
いつしか、その数は人間をして「人類」と呼ぶに十分なまでに増えた。
人類は自らの社会を築き、そして繁栄の道を進んでいくことさらに幾百年。後に人類が“超帝国”と呼ぶ国家社会を生み出してしまう。
神族や魔族の文明と肩を並べる程、高度な文明を生み出した人類には、決定的なものが欠けていた。
繁栄と自然のバランスをとる方法。
人類は、自然との共存を最後まで理解出来なかった。
搾取すべき対象。
彼らにとって、それこそが自然であり、自然は敵でしかなかった。汚染物質が公然と自然界に撒き散らされ、大地を、水を、空気を汚した。
その結果は、神族と魔族を青くさせるに十分すぎた。
性の快楽を本能とし、快楽だけを追い求める人類の飽くなき欲望は、罪無き他種を侵すことに何らためらいもなかった。
アダムとイブが作り出されて千年。
地上から、三百万種の種が消えた。
三百万種。
それは、地上の種族の大半が絶滅したことを意味する。
神族と魔族双方で、この事態の責任を巡って水掛け論が始まった。
全ては人間のせいで、自分達には責任はないと主張する神族。
それは違う。無関心をもって人類をのさばらせたのは神族だ。だから自分達に責任はないと主張する魔族。
彼らを尻目に、人類は、神族と魔族が宗教的理由で保護していた聖獣“セイクレッド”を絶滅へと追い込んでしまう。
これが決定的な引き金となった。
魔族は、これ以上の議論は無意味。議論の延長は徒にセイクレッドのような絶滅を増やすだけだ。まずは“害獣”と化した人類の絶滅こそ急務であると主張。
その主張は、神族の中にまでシンパを産み出すほどの影響力をみせた。
その最も急先鋒にいたのが、ヴォルトモードという男だ。
彼の主張は簡単だ。
人類を絶滅し、その文明をこの世から抹消する。
そして、傷ついた世界に修復の時間を与える。
そうしなければ、この世界は滅ぶ。
主の与えたもうた新天地は、そうでもしなければ守れるものではない。
このままでは、我らは地上を開拓するのではなく、滅ぼすためにこの地にやって来たことになる。
人を絶滅することを何故恐れる?
人とは、あくまで我らの創造物に過ぎない。
生殺与奪は元より我らの特権。
我らはその権を行使するのみ。
その主張を現実とすべく、ヴォルトモード卿の軍勢は人類の大粛正に乗り出す。
粛正は厳正かつ効率的、そして無慈悲に行われた。
神族は、彼の振る舞いを黙認した。
目の前に人類の死骸を積み重ねられて尚、彼らは黙っていた。
反撃の口実を、ただひたすら待っていたのだ。
それは突然にやってきた。
人類と誤認した神族の殺害事件。
神族は「地上世界における神族の利権と安全の確保」を口実に魔族に刃を向けた。
魔族軍と神族軍の戦いの始まりである。
戦いは三百年の長きに渡った。
人類の築きあげた文明は崩壊し、人類は絶滅寸前まで追いやられた。
誰もが、このまままヴォルトモード軍が人類を絶滅させ、それで戦争は終わると思っていた。
しかし、そのヴォルトモード軍の命運を決めたのは、戦場での戦いではなかった。
外交だ。
三百年の戦争は長すぎた。
膨大な犠牲。
膨大な戦費負担。
天界も魔界も戦争に疲れ始めていた。
すべては天界と魔界の国家元首に託された。
戦争に半ば無関係を貫き続けてきた国家元首同士が恐れたのは、 人類の行く末などという、些細なものではない。
明日の我が身の保身だ。
国家元首同士の会談の結果―――
ヴォルトモード卿とその軍勢は、魔界から切り捨てられた。
魔界を統べる皇帝――魔帝が最も怖れたのは、天帝でも彼の持つ軍隊でもない。
ヴォルトモード卿自身だった。
魔族・神族を問わずに名を馳せるカリスマの塊。
魔界で支持を広げ、次期魔帝に推薦する声まで上がる彼を、魔帝は怖れた。
戦争を終わらせるのではない。
ヴォルトモード卿を終わらせるのだ。
魔帝が会談の後に語ったとされる言葉だ。
それ故にヴォルトモード卿に命じたのだ。
神族と和平をなせ。
主君の命を絶対とするヴォルトモード卿に否はなかった。
ヴォルトモード軍を差し置いて、魔族と神族、双方の正規軍高官同士による停戦交渉が開始されたのは、それからすぐのこと。
停戦交渉は、申し出た時点で負けを意味する。
これを理解して欲しい。
勝っている者が自ら矛を収めることはありえないのだ。
この当時、ヴォルトモード卿率いる魔族軍は地上の7割を制圧し、25カ所で天帝軍相手に降伏勧告を出している最中だった。
そう。
ヴォルトモード卿は、圧倒的勝利を目前にしながら、停戦交渉を自ら申し出るという、敗軍の立場に追い込まれたのだ。
神族は、そこにつけ込んだ。
魔族軍の武装解除。
地上に残る全魔族軍の閉鎖門への封印。
神族の打ちだした要求は、いわば魔族軍の皆殺しに等しい要求だった。
異世界をつなぐ移動空間―――門。
その出入り口を完全に塞げば、門内部に存在する者は、時間の流れから完全に取り残される。
天帝軍には、魔界に彼らが戻ることによって、彼らの認識においては地域紛争に過ぎないこの戦いをこれ以上エスカレートさせて、双方の全面戦争へと駆り立てる声が高まる事への警戒感があった。
そして、その警戒感は、肝心の魔帝の怖れと繋がり―――
魔族軍は戦闘を停止、補給もなく、天界から送り込まれてくる神族の増援を指をくわえて見ているしかない。
彼我の軍事バランスはあっさりと、そして完全に逆転した。
―――自分の処遇は一任するが、せめて部下達は祖国へ
そのヴォルトモード卿の願いは、要求の完全履行を求める神族の官僚達には届かなかった。
一体、何のために全軍を封印するのか。
魔界は何故、自分達に救いの手を差し伸べてくれないのか。
何も告げられることもなく、ただヴォルトモード卿の耳には、その日、どの部隊がどこでの門に封印されたか、それだけが告げられる日々が続く。
結果として、全部隊の封印を見送ったヴォルトモード卿が、神族の支配地であるこの弓状列島の中心地に封印されようとしていた。
物語は続く。




