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富士学校メサイア墜落事件 第六話


 日付が変わる頃、雨が降り出した。


 静かに降り続ける雨音を聞きながら、美奈代達は雨露がしのげる程度に破損を免れた、かつての図書室の一角で、焼け跡から見つけだした毛布にくるまっていた。

「きっと、涙雨ですね」

 窓ガラスがかろうじて残っている。

 割れた所はコピー用紙をセロファンテープで貼り付けて代用した。

 本当に雨風が入らない程度の中、誰かのそんな呟く声が聞こえた。

「そう、だな」

 美奈代は小さく頷いた。

 染谷が生きていたと聞いたときは、涙が出るほど嬉しかった。

 その安堵感があったものの、体がこの異常事態に反応して、興奮して眠れない。

 建物の残骸に雨が当たる音に回収作業が続く音が混じる。

 ザッザッ。

 不意に、軍靴が2つ、壁の向こうを歩いていく音が聞こえた。

「気を付けろ」

 声がした。

「下手に扱うとワタがこぼれるぞ」

「……ああ」

 二人が何を運んでいるか。それでわかった。

「重いな」

「ああ」

 美奈代は頭まで毛布を被ると、無理矢理目を閉じた。





 どんな夢を見たのか。

 夢を見たのかさえはっきりしない中、結局、美奈代は朝を迎えた。



 講堂で食事の配給が始まるぞ!


 メガホンでの声に誘われるように目を覚ました美奈代達は、他の多くの生き残った者達がそうだったように、無言で講堂に向かった。

 雨は止んでいた。

 途中、死体袋の山の横を通る。

 気温が低いので腐臭はしない。ただ、自分達が血の臭いに鈍感になっていることに気づかないだけかもしれないが、心の中には、はっきりと違和感も恐怖も、なくなっていた。

 天井が半壊した講堂に入ると、生き残った兵士達が配給にありついていた。

 皆、憔悴しきった顔で、手の中の一時の暖かさにすがっていた。

 美奈代達も、列に並んでようやく配給にありついた。

 列に並ぶ数の少なさが、犠牲者の数を教えてくれる。

 ポタージュに非常用の乾燥米をかけただけのものでも、口に広がる暖かさとポタージュの甘さが、何より有り難い。


 その後、指示を求めて二宮の姿を探した。

 見つかったのは、瓦礫の影で誰かと立ち話をする後ろ姿。

 立ち話が終わってからと思い、美奈代は物音を立てないように慎重に二宮に近づいた。



「やっぱり!」

 二宮の苛立った声に、美奈代はとっさに崩れた壁の陰に隠れた。

「ここは意図的に狙われた、というのですね!?」

 そっとのぞいた美奈代は、すぐに顔を引っ込めた。

 二宮の話す相手は、黒服だ。


 黒服―――近衛左翼大隊所属者。

 

 左翼大隊―――魔導師や魔法騎士によって編成される特別部隊。


 その関係者。


 一般的に関わるべき相手ではない。

 単なる教官に過ぎないはずの二宮が、なぜ黒服相手に、こんな所で話しているのか。

 美奈代は大いに気にはなるが、あえて話を聞くつもりもなかった。

 聞いてはいけない。

 聞いたら、ロクなことにならない。

 心で警告が鳴り響く。

 だが、耳にどうしても入ってきてしまう。

「まぁ、そうなっちゃうねぇ」

「何故です?」

「たかが一教官が知っていいこっちゃないけど」

「……」

「知りたい?」

 やる気があるのか疑わしい声が言った。

「結構です」

 二宮はきっぱりとそう答えた。

「どうせ、詳細は中佐もご存じないんでしょう?それでもここにいらしたのは、何でもない。単に“あの娘”の安否確認を命じられたからでは?」

「ご名答っ!」



 ……あの娘?

 一体、誰だ?

 美奈代は、そこだけは耳を澄まして二人の会話に聞き入ろうとした。

 だが―――


「とりあえず、顔だけ見せてよ。安否確認の上で保護してこいってうるさくて」

「御苦労様です」

 肝心の二人が遠ざかってしまう。

 美奈代は肩をすくめて、その場を立ち去った。






 それから1時間ほど後、美奈代達は教室に呼び集められた。


「まだ、何も終わっていない」


 二宮の声が響く教室が、普段とは違う。


 崩れ落ちた校舎の隅に椅子と机を見つけてきて並べているだけ。

 それが、今の美奈代達の“教室”だ。 

 凡そ帝国最強兵器を駆る騎士の養成施設の有りようではない。

 すでに美奈代達の服も、今着ている作業服だけで、本来の軍服は、その私物の一切と同様、宿舎と共に灰。

 テキストもなにもない。

 あるのは、瓦礫と死体の山だけだ。

 そんな中、二宮は教官としての威厳をもって言った。

「こんな事態は、正直、予想さえしていなかったが」

 教壇に立つのは二宮と長野。

 椅子に座って話を聞くのは、あのハンガーにいた連中だけ。

「我々の息の根が止まったわけではない」

 二宮は少しだけ疲れたという顔になった。

「予定の作業は継続される。それが終了次第、44期の生き残りと共にアフリカへ向かってもらう」

「え?」

「スケジュールに変更はない」

「で、でも!」

 美晴は驚きを隠そうともせず、言った。

「この状況ですよ!?」

「富士学校の状況は関係ない」

 二宮は冷たく答える。

「求められているのは、学校の復興ではなく、メサイアの運用データだ」

「―――っ!」

「コンペ騎の基礎設定、貴様等の騎の換装―――全てが整い次第、アフリカへ向かう。それまでは片付けけだ。

 全てを予定通りに実施するように司令部から通達が出ている。何かあるか?」



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