富士学校メサイア墜落事件 第五話
夜が明けた。
何が起きたか、何もわからない。
破壊され。
殺され。
全てを失った。
それだけだった気がする。
都築や染谷、宗像達を翻弄するだけ翻弄した所属不明騎は、一方的に姿を消した。
後に残されたのは―――
崩れ落ちた校舎。
未だ炎上する倉庫群。
各所に転がるメサイアの無惨な骸。
それだけだ。
目の前に広がる惨状を前に、皆がため息をつく暇さえ与えられなかった。
「メサイアのセンサーで生存者を捜せ!」
残骸の中に横転していた演習用の野戦指揮車から引っ張り出した通信装置を手に指示を飛ばすのは長野教官だ。
その横では、美奈代達が野戦指揮車を高機動車に結びつけたワイヤーで引っ張って元に戻そうと悪戦苦闘していた。
全員、顔や制服はすすで汚れている。
普段なら候補生として大問題の格好だが、咎める者はいない。
皆が皆、似たり寄ったりの格好なのだ。
「敵の再襲来は!?」
「あったら終わりだ。考えるな!」
「“雛鎧”はどうしたんです!」
「組み立て中だ!つべこべ言わずにさっさと生存者を捜せっ!」
怒鳴るだけ怒鳴ると、長野大尉は通信を切った。
あちこちに指示を出し続けていたので、張り付くような喉の痛みに、少しだけ顔をしかめた。
強い日差しが焼けたアスファルトに照り返す。
―――せめて水がほしいな。
長野大尉はそう思うが、戦闘でライフラインは完全に破壊されている。
おかげで飲み水どころか、負傷兵の医療用の水も不足している有様ではどうしようもない。
「―――ご苦労。引き続き、生存者の発見・保護に全力をあげてくれ」
憲兵隊の生き残りから報告を受けていた二宮が、長野に振り返った。
「さっき、岩見教官の上半身が見つかった。これで昨晩、施設内にいた教職員の半数が―――」
二宮は言い淀んだ後、
「“戦死”したことになる」
そう、言った。
「生徒達は?」
煙の向こうに転がる“幻龍”達には、未だ誰も手を付けていない。
生存者を捜す手でさえ足りない中だ。
例え騎士だろうと何だろうと、確実に死んでいる死体一つを引っ張り出すなら、まだ生きているかも知れない場所に埋まっている不明者捜索にこそ人員を割くべきだ。
二宮は返答せず、ただ、煙を上げ続ける建物群を見つめるだけ。
瓦礫の山をゆっくりと進む二騎のメサイア達からは何の報告もない。
センサーで生存者を捜しているのだ。
満足な装備がないためメサイアとのデータリンクが出来ない中では、二宮といえどメサイアからの報告を待つしかない。
「行方不明の連中も、瓦礫の下で頑張ってくれていることを祈りたいが―――」
「ですね」
長野大尉は近くの瓦礫に腰を下ろした。
せーのっ!
せーのっ!
横転した指揮車を戻そうと躍起になってワイヤーを引っ張る女子生徒達の声が、高機動車のエンジン音に負けじと響く。
「よく生き残ったものね」
「ですね」
長野は無意識に胸のポケットからタバコの箱を取り出した。
「……救援部隊がもうすぐ来る。一本頂戴」
二宮はそこからタバコを抜き取った。
―――1時間後。
上空をTACが盛んに行き来する。
地上では、重機が動き出し、赤十字の天幕が張られ、衛生兵達が駆け回る。
「災難と言えば、これ以上の言葉はないわ」
二宮にそう言ったのは、鈴谷艦長の平野美夜中佐だ。
全てが煤け、そして汚れきった世界で、パリッと糊の効いた軍服を着こなす彼女の存在は少なからず浮いている。
「ニュース速報で富士学校で大規模爆発事故っていうじゃない?びっくりしたわよ」
「“鈴谷”はドックから出たばかりでしょう?何してたのよ」
「嫁が帰ってきたってのに出迎えも無し。挙げ句に飲んで帰ってきた旦那ぶん殴ってた」
「ご愁傷様」
「……もう、離婚してやりたいけど」
「躊躇の理由はお金?」
「子供」
「はぁっ!?」
「うそよ―――で?」
「ご覧の有様」
美夜は横たわる“幻龍改”の残骸を見た。
コクピットハッチが吹き飛び、中から煙が出ている騎体に回収騎が近づこうとしていた。
「これじゃ、回収の意味が違ってくるわね」
「こっちの責任じゃないからね」
「安心なさい」
美夜は瓦礫の中を縫うように歩き出した。
「あなた個人に責任負わせようなんて、誰も考えていないから」
「イヤミ?」
「ん?」
「私達がメサイアを動かせず、みすみす指をくわえて仲間の全滅を見ているしかなかったこと」
「まさか!」
美夜は肩をすくめた。
「真理からの報告の通りだったことは、すでに司令部も承知しているわ」
「私が動けていれば、みすみす犠牲は出さなかったわよ」
二宮はそう言うのが精一杯だ。
命がけでハンガーに飛び込んでみたら、“雛鎧”はエネルギーバイパス周りの整備のため、主骨格から主要部品がほとんど外されていた。
つまり、“雛鎧”はメサイアとしてどころか、機械としてすら動かなかったのだ。それを知った二宮が、皆をすぐにシェルターへ退避させたのは、教官として妥当な判断だった。
もしかしたら、敵が“雛鎧”を“メサイアの残骸”と誤認して攻撃しなかったおかげで、“雛鎧”は無事だったかもしれないことも含めて、二宮はなにやら複雑な思いで美夜の後を歩く。 その耳に聞き慣れたエンジン音が聞こえ出した。
指揮車がようやく動けるようになったらしい。
二宮達の横を、ジープに乗った美奈代達がすれ違う。
二人に気づいて敬礼する顔が浮かないのは、なにも自分達の母校が破壊されたせいだけではない。
彼女たちの次の任務のせいだ。
死体の回収作業。
自分で命じておいてなんだが、年頃の女の子達が喜ぶ仕事ではない。
吐きまくるか、腰を抜かして失神するか―――。
トラブルは覚悟の上だが、人手が足りない。
「……で?」
「何?」
「開発されたての鳳龍や、内親王護衛隊でも定数が揃っていないアリアの最新バージョンを、こんな学校に回してまでごまかしたかったものって、何?」
「……それ、どういうこと?」
「考えたのよ」
二宮はポケットから吸いかけのタバコを取り出し、口にくわえると、足下ですぶっている建材の破片を拾った。
「上層部の反応が早すぎるって」
「……それは?」
「だってさ?事件のすぐ後に飛行艦を派遣する?」
「……」
「おまけに、こんだけの事故なのに」
二宮はタバコを持つ手で空を指さした。
「報道ヘリ一つ、飛んでいない」
「……」
「名目は何?飛行艦活動中のためって、“いつもの”パターンかしら?」
「私が知った事じゃないわ」
「それもそうね。何?メサイアの墜落事故ですって?」
「弾薬庫に突っ込んだなんて聞いた時は、さすがにびっくりしたわよ」
美夜は答えた。
「正直、私も報道と同じ事しか聞いていないし、知らないわ。それは信じて頂戴」
「……別に」
二宮はすっかり短くなったタバコを指に、紫煙をはき出した。
「美夜がどうのじゃないの。上層部がこの学校に何隠していたか……そして、誰がどうして、何をしたかったのか」
「……」
「ま、一介の教官風情が考えることでもないけどさ?」
二宮は吸い殻を地面に落とすと足でその火を踏み消した。
「―――気にするなって方が無理なのよ」
-----キャラクター紹介---------
平野美夜
・旧姓は葛城。
・既婚者で二宮に言わせると「裏切り者」
・鈴谷艦長、中佐。
・本来は騎士だが、近衛騎士としてではなく、飛行艦乗りとして近衛入りする。
・それでもベルゲ騎程度なら操縦は一応出来るし、ライセンスも持っている。
・性格は自他共に厳しいタイプだが、四角四面ではなく融通もきかせるし、有益ならルール違反には平気で目をつむる。
・艦長としての素質は高く、乗組員からの信任も厚い。
・艦隊副司令を夫にもつが、夫婦仲はあまりいいとは言えないらしく、彼女自身、笑いのネタにしても内心では深く傷ついている。
・外見は美奈代達が見とれたほどの知的美人系だが、料理が大の苦手で、二宮曰く「殺人技」の域に達している。
【ネタバレ】
・外見イメージはSEEDのナタル・バジルール。
・中身は星里もちる先生の『りびんぐゲーム』に出てきた兼森時子。




