ポチの最後
美川達が陣地を発進したのは夜明けの1時間も前のことだ。
福島県から日本海側に出て、沿岸部を偵察する。
形式的にはそうなっているが、その目的ははっきりしている。
日本海側の防空網、そして迎撃の規模を調べる。
本当の目的はこれだ。
人類側でわかっていることなんて、地形程度だ。
どこにどの程度の魔族軍の陣地があって、どんな防空網と対空兵器が存在するか、侵入を開始した後、何分で何が迎撃機としてあがってくるのか?
何一つわかっていない。
美川達のやろうとしていることは、未知の闇へ冒険飛行を試みようとしているのと何も変わらない。
飛行や作戦というより、
自殺行為。
その方が正しい。
美川もそのことはわかっている。
夜明けまでは夜間暗視装置と事前の地形データをだけが頼りだ。
365度、全世界のどこから弾が飛んできても文句すら言えない。むしろ、撃ってきた場所に近づいて詳細を知ることが求められる。
正直、並の神経で耐えられることではない。
「やれやれ」
列騎を駆る森中尉が苦笑混じりにぼやいた。
「少佐と同じチームにいると、こういう仕事ばかりだ」
「TACに機種転換したければ書類を出せ」
「まさか。俺は喜んでるんですよ?これでも」
森中尉は肩をすくめた。
その動きを風翔が正確にトレースする。
それをモニターの片隅で確認した美川は“下手なジェスチャーも出来ない”と、メサイアの案外と不便な所を見つけ出した気がした。
「古き良き時代の飛行機野郎に戻った気分です。何しろ、俺達の行く世界は誰も知らない、未知の世界。俺達が先鞭をつけると来る」
「元は新潟県ですよ?」
三番騎を駆る春日まどか少尉が言った。
編隊騎を駆る中では一番若くて童顔。海軍時代では数少ない、空母乗りの女性パイロットとしてならした腕前。森が上官をぶん殴って海軍を追い出された際、とばっちりを喰らう形で海軍を辞めさせられた気の毒な存在だ。
かなりの美形で、空母乗りの頃は新兵募集のモデルになったのを、美川は見たことがある。
無論、それからそれなりの年数が経っているのだが、本人曰く“実際の年齢”より5つは若く見られるが自慢だそうだ。
美川にとっては融通の利かない割に憎めない、妹のような存在だ。
「自分達にとっては祖国です」
「かつての祖国、今や敵の陣」
森は面白くもない。という声で答えた。
「ちっとは前向きにいこうや。まどかちゃんよ」
「春日少尉です」
毎度のやりとりとはいえ、この二人の陽気さには助けられるな。と、美川は知らずに口元を緩めた。
「どっから弾が飛んでくるかわからない。それと、東京方面から3騎が別ルートで同じような任務に就く予定。誤認するな」
「「了解」」
「何騎あがっているって?」
浮遊城の管制センターは、日本どころか、全地球規模で飛行する航空機を把握出来る。
その日本周辺の警戒を担当する管制官が上官に報告したのは、美川達が離陸を開始してからすぐのこと。
日本本土の3カ所からデミ・メースらしき反応が離陸。
数個編隊が、別個のルートを通りながらも、日本海側へ向けて移動中というものだ。
「合計で20騎です。福島、青森からあがった計9騎が3騎編隊を編成。共に日本海沿岸部からこちらへ向けて移動中」
「侵攻……?まさかな」
管制長のギルマンディは、自慢の髭を指で撫でながら唸った。
「数が少なすぎる……」
「ダユー様にご報告は」
「この時間だ。一々、人類風情の小物が上がったなどど……」
ふん。ギルマンディは鼻でせせら笑うと言った。
「この程度なら、朝食後の定期報告にでも記載しておけばよい―――念のためだ。防空部隊と付近を飛行中の部隊に警報だけだしておけ。我々の立場はそれで護られる」
「了解」
でかいな。
宗像は、プラツゥルの駆る騎を真下に見ながら思わずそう呟くしかなかった。
濃緑のボディから生える翼と尻尾がイヤでも目立つ騎体の手には、巨大な戦斧が握られている。
騎体から放たれる禍々しいまでの気迫というか、瘴気の如き殺気が放たれる騎は、あの大人しそうなプラツゥルが中にいるとはとても思えない。
「宗像様?」
そのプラツゥルから不意の通信が入り、宗像は内心を見透かされたような錯覚を起こした。
「な、何か」
言葉がうわずったのだがどうしようもない。
「ワイバーンの中でもレベルAは自由行動にさせます」
「レベルA?」
「あっ、申し訳ありません」
プラツゥルははっ。となった後、通信モニターの向こうで深々と頭を下げた。
「“完治”した子達のことです」
「よろしいのですか?」
「ええ」
プラツゥルは自信満々に答えた。
「とても物わかりのいい子達ばかりです。この浮遊城周辺の海上で遊ばせるだけです」
「……はぁ」
宗像は、自騎の、いや、正確にはプラツゥル騎のさらに下を飛行するオレンジ色の光を見た。
ワイバーンに取り付けられた航行灯の灯りだ。
「―――さぁ、“ポチ”?遊んでいらっしゃい」
ポチ。
それは多分、翻訳装置がそれらしき名前を選んだものに違いない。と、宗像は自分に言い聞かせた。
そんな名前が似合うほど、灯りの下で見たワイバーンは愛くるしい外見はしていなかった。
そんな宗像の前で、ギュオオオッ!と、肝が冷えるような鋭い鳴き声がスピーカーに届き、そして航行灯を点灯させた一匹のワイバーンが闇の中を遠ざかっていった。
「ポチは頭がよくてとっても大人しいんですよ?だから、大丈夫です」
唖然とする宗像に、プラツゥルは嬉しそうに言った。
「少し遊んだら自分から帰ってきます」
「人類側が日本海へ接近中と警報が出ていますが」
「ああ」
ポンッ。とプラツゥルは手を叩いた。
「“遊んで”いただけるかもしれませんねぇ」
「……ですか」
“遊ぶ”の意味は考えないことにした。
全く、世の中には不運なヤツもいたものだ。
和泉、お前じゃないだろうな?
宗像はふと、そう思って、機種を管制センターに照会しておけばよかったと後悔した。
「それで、我々は?」
「レベルB―――まだリハビリと調整が必要な子達の面倒を見ます。たった2匹ですから簡単な“お散歩”です」
「……はぁ」
こんなゴッついメースでお散歩も何もあったもんじゃないだろう。と、それだけは内心で突っ込むしかない宗像だった。
「さぁ、タマにマル、良い子だからオイタしないでね?」
「接近する反応有」
美川騎の頭部に陣取るMC、秋山律中尉からの警報が入ったのは、美川が本当に久しぶりの日本海の夜明けを見た、丁度その時だった。
「機数1、距離10キロ。速度150キロでこちらへ向けて移動中」
「種類わかるか?メサイアか、妖魔か?」
「反応……不明」
秋山中尉は悔しそうに言った。
「ただし、反応は大型。サイズからして、中型妖魔もしくはメサイアの可能性―――速度上げました。現在時速250、尚も増速中!こちらへむけて一直線で突っ込んできます!」
「全騎、ラグエル起動!」
美川は脳みそを感傷から戦闘指揮官のそれへと切り替えた。
「“アナイアレーター”は三点バーストで設定、秋山中尉、システムを同調しろ、出会い頭で仕留める!」
「了解!」
―――来た!
黒い、ポツンとした点が見る間に大きくなってくる。
真っ正面か正対した状態での発砲なんて、海軍時代なら考えられないな。
美川はMCによってコントロールされ、自分の意志とは関係なくターゲットを狙うFCS、その情報を表示するスクリーンを眺めて苦笑いをした。
戦闘機で真っ正面から撃ち合うなんて考えられない。
ここでトリガーを引くバカが教え子なら、容赦なくぶん殴っているところだ。
そこまで考えて、かつての教え子、春日候補生という女性パイロットを初めて預かって、困り抜いた挙げ句、女のどこをぶん殴っていいかを妻の信子に訊ねて散々叱られたのを思い出した。
信子が待っている。
それは、その腹から生まれた娘も待っていることを意味する。
コンソールの端に張り付けた妻と娘の写真に視線を向けた美川は、発想を切り替えた。
考えていいのは、これをチャンスだと思うことだ。
そう。
これはチャンスだ。
中型妖魔でもいいが、もし、あれが魔族軍のメサイアなら金星だ。
俺達半騎士がメサイアを仕留めたとなれば、部隊の名に箔が付く。
何より―――
美川は、部下である森達にはすまんと心で詫びつつも、メサイア1騎を撃破した際の報奨金の額を思い出した。
決して高くはないが、それでも無視出来ない額だ。
「……」
写真の中で微笑む妻と娘をもう一度見た後、美川は写真の存在を忘れた。
「……頼むぞ」
美川は操縦システムに力を込めた。
スターマイン花火の如き連続した爆発の光が朝焼けの空に醜い煙を背景にはっきりと輝く。
音はまだ聞こえてこない。
距離がある証拠だ。
「仕留めたか!?」
「全弾命中!」
秋山中尉の歓声は、
「反応―――有っ!」
すぐに悲鳴に近い声に変わった。
「ビームライフルの直撃で!?」
「出力が弱いからか!?」
美川は操縦システムを再開させると、
「全騎、ラグエル解除!銃槍備えろ!」
そう怒鳴った。
「春日、俺のケツにつけ!」
「少佐っ!?しっ、しかしっ!」
森は回避行動に移りつつ、美川に答えた。
「俺達はラグエルシステムがなければ!」
「違うっ!」
美川は言い返した。
「“スカンク”を準備しろ―――そう言いたかったんだ!」
“アナイアレーター改”はサブマシンガンタイプ―――発砲されるエネルギー弾の出力もライフルに比較すれば当然落ちる。
ライフルの出力が過剰となる相手―――装甲の薄い飛行系妖魔相手なら、その出力で十分相手になるという、いわば妥協から生まれた産物であることは否めない。
普通の開発者なら、そう言い切るだろうし、武器が通じない時点で美川達の負けは決まったようなものだ。
美川達にとって幸か不幸かはわからないが、とにかくはっきり言えることは、“アナイアレーター改”の開発者は“普通”という言葉をどこかに忘れてきた相手だということだ。
開発者の紅葉曰く―――“万一”に備えたとっておきの手段。
攻撃より防御のためというべき一発のこと。
公式には“ハイパー・バースト”モードと呼ばれ、紅葉の感覚からすれば、“イタチの最後っ屁”という名になるのだが……。
奇妙なことに、“見通者”のクセにイタチとスカンクの区別が全く付いていなかった紅葉は、それを技術の美川大尉に指摘され、大恥を掻いたことなどどうでもいい。
証拠隠滅のためと、ロボトミー手術に送られそうになった美川大尉に比べればどうということはないのだ。
エネルギーパックシステムに残された全エネルギーを容赦なく、たった一発に収縮した一撃は、実は通常のビームライフルより圧倒的に高い破壊力を発揮する。
しかし、反面において、この強制的な高出力発生の代償として、発射システムは多大な負荷を強いられる。
このため、発射後は強制冷却装置が作動し、数分間、“アナイアレーター”は発射不能になる。
「俺が囮になる!その間に春日騎とラグエルを組め!精度は落ちるが、その分は俺がコイツを食い止めて穴を埋めるっ!」
「り、了解っ!相原少尉、超精密射撃モード!一発で仕留めろっ!」
「は、はいっ!」
……とはいえ。
本心を言えば、美川は相手を見た途端、囮なったことを心底後悔した。
メースだという勝手な思い込みがあったことを、美川自身、認めるしかない。
どこからそんな自信が生まれたのか、美川は自分を小一時間問い詰めてみたかった。
何しろ……。
「少佐」
回避運動から、敵に追いつくための戦闘機動に切り替えた途端、機関担当のMC、石川澪少尉が言った。
「“あれ”を相手に囮になるって、“この子”で相手になると思ったからですか?」
「……さぁな」
美川は慣性制御システムが殺しきれなかったGを歯を食いしばって耐えた。
いくらなんでも、慣性制御システムまでけちってないだろうな?あのクソ開発部め!
追いすがったその背中めがけて、秋山中尉が風翔の肩部にマウントした120ミリ砲を牽制のために撃った。
弾種は散弾。
パッと花開いた散弾の雨を、その背中はあっさりとかわしてのけた。
信じがたい機動。
その一言で事足りる。
一瞬で騎体が真横に横滑りしたのだ。
人間がやったら、いや、メサイアでも騎体が耐えられないだろう。
それをやってのけた相手……。
巨大な翼と長い尻尾を持つ―――空飛ぶトカゲ。
ドラゴン種だ。
マンガだか絵本の世界でさえバケモノの王者として君臨する存在が、目の前を遊弋している。
自分の敵として。
「もしそうなら」
管制モニターから目を離さず、アームレストと一体化したコンタクトシステムを経由してエンジンの管理を続ける石川少尉が続けた。
「買いかぶりすぎだとは言っておきます。ついでに、私達二人の人命軽視だとも」
「……すまん」
「メサイアと間違えた。というのが本音みたいですね」
「……見たことがないからな」
美川は憮然として自分の非を認めた。
「敵のメサイアも、アイツもな」
「データからしてワイバーンです。日本本土での出現はこれが初めての確認ですね」
「……そうか。なら、俺が知らなくてもメンツは保てるな」
「私達相手にはどうでしょうね」
石川少尉はそっけなく言った。
「本心から敬意と軽蔑を」
「……悪かったと謝っておこう」
まるで遊んでいるかのように、秋山中尉が放つ牽制を無視してワイバーンは飛行を続ける。
各部に見える機械のパーツらしき部位がはっきり見える距離。
戦闘機時代ならバルカンで撃ち落とす距離だ。
MCとしての秋山中尉の腕前がそれほど落ちるのか?
まさか!
彼女と戦闘機で撃ち合って、勝てるとは思えない。
MCが半騎士の俺より射撃が落ちることはないし、実際、マニュアル操縦で火器を使用して、一度だって彼女に勝てたことはない。
中尉がわざと外しているなんてバカな話もないことは、MCRから聞こえてくる中尉の罵声混じりの金切り声でわかる。
つまり―――
「森っ!」
美川は通信装置に怒鳴った。
「どうだ!?」
「どうだと言われましてもねぇ!」
森は文句を言うしかない。
ワイバーンのランダムな機動に追いすがっているだけで、上官の操縦能力は賞賛すべき価値があることは認めよう。
だが、そのエモノを狙撃しろとなれば話は別だ。
ラグエルシステムをもってしても、狙いが定まらないのだ。
美川騎を誤射する確率が撃墜可能性を上回ったままでは、恐ろしくて撃てたものではない。
「右へ左へ、上へ下へで、よく騎体が持ちますね!」
「俺は10Gまで耐えられる!」
「少佐の頑丈さは知ってますよ!MCや騎体は心配しないんですか!?」
「近衛ってのぁ、騎体もMCも!」
尻尾を器用に使ってインメルマンターンなんて決めてのけたワイバーンを相手に、ブースターと尾翼、さらに腕まで使った機動で追いすがる美川は、騎体そのものが上げる悲鳴、警告に顔をしかめながら怒鳴った。
「非常識さが売りだろうが!」
「……」
言っちゃったよ……おい。
森のそんなつぶやきは美川の耳に入らない。
「直接しとめる!チャンスがあれば言ってくれ!」
「幸運を!」
「……さてっ!」
美川は歯を食いしばった。
「どうしてやろうか!?」
「いろいろと言いたい所ですけど」
秋山中尉は冷たく言った。
「お話は後で」
「……そうですね」
石川少尉も異論はないらしい。
「みさきちゃんを泣かせるワケにもいきませんし」
「そうね。父親がこんなヤツでも、あの子はカワイイし」
「……おいおい、何の話だ?」
「協力するから、金星挙げましょう。そういうことです」
石川少尉は言った。
「妖魔にメサイアの反応まである特異な存在です。コイツはお金になりますよ?」
「……ちっ。俺はカネの亡者扱いか?」
「私達は現実的なお金を話しているんです」
「……そう願おう」
美川はブースターを開いた。
騎体が短く震動し、すぐにGが襲いかかった。
メサイアどころか、下手すれば戦闘機でさえ凌駕する加速力は、骨から肉や内蔵をそぎ落とされたような錯覚さえ覚えさせる。
「ちょこまかと―――っ!」
呻きながら美川はワイバーンを睨み付けた。
パターンは読めている。
右へ左へと数回、ターンした後、尻尾を上に振り上げた所がチャンスだ。
その後、コイツは上下どっちかへ、180度針路を変更してのける。
戦闘機なら騎体が分解するか、運が良くても失速する機動だ。
人間が乗っているなら、どうやって機動をかけたのか伝授して欲しいと美川はそう思う。
というか、風翔に尻尾をつけて欲しいとさえ思う。
本音で言えば、羨ましい。
問題は、上と下、どっちに動くかわからなこと。
本当に直前になるまでわからない。
どっちだと指示して、森達がロックオンする前に、ワイバーンは美川の前から遠ざかっている。
森達が狙撃出来ないのは、そのランダムな動きのせいだ。
「……とはいえ」
美川は呟いた。
「俺は、もう一つ自慢できることがあるからなぁ……おい、秋山中尉」
「何です?」
「詫びとしてはなんだが」
「はい?」
「“アイツ”は上と下、どっちへ動くと思う?」
「50%の確率で上」
「残り50は?」
「下」
「……役にたたんな」
「じゃあ、下」
「何故?」
「お天道様めがけて墜ちるバカがいるもんですか」
「……成る程?」
美川は奇妙に納得した後、“アナイアレーター”の銃槍装置を伸展させた。
「もう少し……長いといいんだが」
「贅沢」
「……だな」
尻尾が動き、ワイバーンの姿が一瞬にして視界から消えた。
「―――そこだっ!」
美川は、銃槍が光ったままの“アナイアレーター”を真上へ向けて投げつけた。
ギャァァァァッッ!!
耳をつんざくような悲鳴があたりにこだましたのはその時だ。
「森っ!!」
“アナイアレーター”を腹に突き立てたワイバーンが遠ざかろうとしていた。
深々と突き刺さった銃槍が、暴れるワイバーンから噴き出す紫色の体液に汚される。
数回、大きく羽ばたいた所で、美川が森に怒鳴ったのと、銃の重さに負けた銃槍が腹から抜けたのは同じタイミングだった。
「―――そこっ!」
森中尉騎と春日少尉騎。
2騎の風翔から放たれたビームは、ワイバーンの胴体を貫通した。
ワイバーンが空中に停止し、棒立ち状態になった。
仕留めた!
そう思ったのは、空中で“アナイアレーター”をキャッチした何も美川だけではない。
皆、そう思った。
その判断が、まさかあらたな危険を呼び込むとは予想しろという方が酷だ。
「敵、動きますっ!」
「馬鹿なっ!」
そう。
腹を大きくえぐられたワイバーン。
その顔が、その目が、怒りに燃え、そして、美川を睨み付けた。
「―――このバケモノめっ!」
美川は“アナイアレーター”を構えようとした。
ピーッ!
警報が鳴り響いた。
「何っ!?」
「少佐っ!」
秋山中尉が怒鳴った。
「“アナイアレーター”がっ!」
「なっ!?」
スクリーンの中で構えた“アナイアレーター”から煙が上がっている。
それだけではない。
銃そのものが―――溶け始めている。
「何だと!?」
「暴発しますっ!武器放棄っ!」
襲い来るワイバーンめがけて投げつけるように投棄された“アナイアレーター”はワイバーンの直前で爆発。
ワイバーンはそのまま突っ込んでくる。
「左右、マニピュレーター損傷!」
「ここに来て!」
「多分」
石川少尉が言った。
「敵の体液が強い酸性物質だったのでは……」
「……考えたくねぇ」
「同感」
「―――敵、来ますっ!」
大きく開けられたワイバーンの顎が自分を狙ってくる。
スクリーン越しの映像だとしても、正視に耐えられる光景ではない。
悲鳴を上げなかっただけでも褒めて欲しいと、美川は本心で思った。
武器表示上、この距離で有効な武器はない。
「―――このっ!」
とにかく、この顎だけは―――
美川は操縦システムを操作した。
グオッ!
本当に、そんな音がしたかと思うと、視界が真っ白になった。
メサイアの眼が、強い光を受けた時、保護のために安全装置が働くことがあると、講座では聞いていたが、美川はそれを見るのは初めてだった。
激しい揺れと、機体表面の異常加熱を示す表示、そして―――
ドンッ!
そんな鈍い音と小さな震動が、美川にわかる全てだった。
「モニター、回復します」
ホワイトの後はブラックにアウトしたスクリーンがゆっくりと青空を映し始めた。
荒い息を繰り返す秋山中尉は、震える声で言った。
「まさか……炎息が来るなんて……」
「中尉?」
「……そっちは生きてますか?」
「おかげでな」
スクリーンの向こうから、森達が近づいてくるのが映る。
「何が起きたんだ?」
「ワイバーンが至近距離から火炎攻撃をしかけてきました。少佐がとっさに騎体を沈めてくれたおかげで……ギリギリの距離での回避に成功」
「……」
美川はステイタス・データを確認した。
騎体前面は、ほとんどが損傷を告げる赤に染まっていた。
「牽制というか、とっさに撃った120ミリ砲弾がどこかに当たったみたいです。ワイバーン、地上に墜ちました」
「……スコアは君のものだな」
「部隊スコアです」
秋山中尉は言った。
「偶然の産物です。こういう僥倖は放棄する主義なんです」
「何故?」
「一生分の運を使い果たしたような気がして、恐いんです」
「後でキスしてやろう」
「奥さんにいいつけますよ?」
「やめておこう」
「とにかく」
秋山中尉は言った。
「ただの妖魔とは思えません。あんなしぶとい……というか、一旦、死んだはずの妖魔がどうして動き出したか……知っておく必要があると思いますが」
「そうだな」
地面に墜落したワイバーンを眺めた美川は頷いた。
地面に流れた体液のせいだろう。草木から白い煙が上がっている。
秋山中尉の言うとおりだろう。
ワイバーンという妖魔とはいえ、生命体だ。
それが土手っ腹を2つも風穴を開けられて生きていられるはずがない。
何が、あるんだ?
それに、あの機械部品は何だ?
「回収する」
美川は作戦を終了する価値があると判断した。
「……金星云々以前に、こいつは戦局に響きかねない。司令部へ通信出来るか?我、敵ト交戦。戦果1、損傷大ヲモッテ帰還スル……送ってくれ」
「了解」




