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美川みさき

●数時間前 福島県会津若松市 福島医科大総合病院

 出撃前、特別の許可を受けた美川少佐は花束を持ってその病室に入った。

 病室のプレートには、“美川”と書かれていた。

「あら」

 椅子に座って本を読んでいた女性が、入って来た美川の顔を見て驚いた様子で席を立った。


「あなた!」

 美川の妻、信子だった。


「元気か?」


 病室に入るなり、妻に花束を手渡した美川は、その大きな手で、ベッドに座っていた少女の頭をまるでいじくり回すように撫でた。


「お父さんだぞ?」

 その声を探すかのように上を向いた少女は、うん。と、小さく、しかし嬉しそうに微笑んだ。

「今ね?お母さんにご本、読んでもらっていたのよ?」


「そうか」

 ベッドの横に置かれていた小さな椅子に腰を下ろすと、美川は子供のように微笑んで、もう一度、愛おしそうに女の子の頭を撫でた。

「面白かったか?」


「うん!」

 少女は力強く頷いた。

「クマさんがね?」

 少女は熱っぽく本のあらすじを語って聞かせ、美川はそれをさも楽しそうに、時に大げさな仕草でおどけて答える。

 口を開いた少女は、あふれ出したように様々な話しを語り出した。

 女の子がお姫様になる話。

 魔法使いの少年が悪い魔法使いを退治する話。

 まるで目の前で物語が花開いているかのように語り続ける少女の横で、美川は頷きながら、そっと目に浮かんだ涙を拭った。


 少女は、それに気付くことはない。


 信子が花瓶に花を生けて戻ってきたのに気付いた美川は、鼻をすするフリをしてその涙を隠した。


「それでね?それでね!」

 母親が入って来たのに、少女はまるでそれに気付かない様子で語り続けるのを止めない。

「もうっ!お父さんったら、聞いてくれているの!?」

 プウッ。と愛らしく頬を膨らませた少女を、美川は抱きしめた。


「ああ。ここで聞いているぞ?それで?魔法使いはどうしたんだ?」


「うん!あのね!?」


 1時間ほどした後。

 看護婦から眠るように指示を受けた少女が小さく寝息を立てている。

 手を握っていて。

 そう言われた美川は、ずっと手を握ったままだ。


「……すまんな」

 横に座った妻に、美川は小さく言った。

「俺が側にいてやれればいいんだが」


「いえ」

 信子は口元に笑みを浮かべ、首を左右に振った。

「驚きました。突然、来るんですもの」


「……すまん。明日、出撃があるんでな。司令が特別外出を許可して下さったんだ」


「まぁ」


「とはいえ、この物資欠乏の折だ。みさきに玩具も買ってやれん」


「いいんですよ……というか」

 信子はそう言ってうなだれた。

「この子に玩具をもらっても……」


「……そうだったな」


「療法魔導師の先生がいるとすぐなんでしょうけど……」


「……神経は連中にとってもリスクが高いと聞く」


「ええ……でも、魔導師の先生も、普通のお医者様でも、全部が戦争に動員されて、どこも人手不足だそうで」


「手術すれば、直るんだろう?」


「ええ」


 信子は寝息を立てる娘の布団をそっと直した。


「8割以上は保証すると」


「……なら、大丈夫だろう」


「ですけど」

 信子は、そこで言葉を詰まらせた。


「金は心配するな」

 美川は言った。


「これでも近衛の騎士だ。金の方は……大丈夫だ」


「そう言って」

 声が大きくなりそうになった信子は、はっとなって娘を見た。

 目がつむったままになっている。

 まだ眠っている証拠だ。

「危険な仕事はしないって約束、忘れていないわよね?どんな報酬を提示されても、危険だったら引き受けないって、あなた、近衛に入るときに約束してくれたわよね?」


「……覚えている」


「そうよ。覚えておいて。あなたは、近衛の騎士の前に、私の夫で、みさきの父親なの!この子を路頭に迷わすようなマネしないで頂戴!」


「わかっている……」

 わかっているんだ。

 美川はそう呟くと、小さく首を左右に振った。

「ただ、このご時世だ。任務拒否というワケにも」


「だからといって、自分から危険な任務を引き受けないで。あなたは大切なものを見間違っている。最近、そう思うのよ」


「俺が?」


「そう。あなたにとって大切なのはみさきよ?あなたが危険な目にあうことをみさきは望まない。そうでしょう?」


「だがな」

 美川はキッと厳しい視線を妻に向けた。

「この子には金がいるだろう!俺だって父親だ!」



 コホン。


 老人が一人、病室をヨタヨタ歩いて、隣のベッドの上に座ろうとしていた。

 介助の看護婦と一瞬だから視線があった美川は、バツが悪そうに手元を見た。


「はい。おじいさん、横になりましょうね」


「ああ。看護婦さん、すいませんねぇ……」


「いえいえ」


「ところで」


「はい?」


「となりの娘さん。かわいいねぇ」


「みさきちゃんっていうんですよ?」


「へえ……あんな明るくて元気な子が、なんでまたこんな所へ」


「あの子……ですか?」

 看護婦は、ちょっと考えた後、小声で言った。

「あの子、交通事故の影響で、目が見えないんです」



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