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仕事上のミスは必ずバレます。

「簡単なことだ」

 中野は言った。

「政府は、反乱軍の司令部だけを潰したんだ」

 そこまで言って、中野は自分を取り囲むように立つ美奈代以外の存在に気付いた。

「……って、おい。俺にこんな所での発言権はないぞ」


「構いません」美奈代は言った。

「状況を理解しているのは、ここにいる中では大尉だけでしょうから」


「俺を買いかぶりすぎだ」

 小さくため息を吐くと、中野は答えた。

「どっちの勢力としても、全面的な対決は避けたいというのが本音だ。海外からの勢力を巻き込んだなんてなれば、それこそ収拾の付かない泥沼状態になるからな」


「で、ですけど」

 寧々が訊ねた。

「反乱軍司令部は自決した……公式発表では、そうなっていましたが」


「歴史はいつだって勝者のものだ。今、まかり通るのは敗者となった反乱軍の言い分じゃない。あくまで政府の言い分、都合のいいことだけだ」


「何かあったってことか?」

 都築は怪訝そうに眉をひそめた。

「反乱軍は、戦局の面では優勢だった。自決なんて考えられないぜ?」


「反乱軍がしくじったことが一つだけある」


「何だよ」


「本陣がどこにあるか、はっきりしすぎたことだ」


「回りくどいな。はっきり言えよ」


「赤坂のプリンスホテルに司令部がある。ここを狙って叩けば良い。まだ東京周辺は狩野粒子の影響は低い。誘導ミサイル数発でケリがつく……理屈の上ではそうだ」


「それを―――やったと?」


「多分……だ」


「はっきりしろよ。おっさん」じれたように都築が言った。

「ミサイルでケリをつけたってことだろう?」


「例えそうだとしても、本当に陸軍がやったのかわからん。何より、今の政府が本当のことを言うとは思えない」

 中野は都築に答えた。

「―――俺はそれを恐れている」


「……考えるに、どこの勢力だと思いますか?」

 美奈代は訊ねた。

「大尉は、ミサイルじゃなくて、メサイアが使われた可能性を恐れているんでしょう」


「近衛じゃない……むしろ、近衛なら茨城県庁を襲うのが筋道だ」


「じゃあ」


「……とにかく、俺が言いたいのは、これは反乱軍の自滅じゃなくて、政府軍が潰したってこと……それだけだ」


 一体、この騒ぎは何だったのか。


 唖然とする国民を尻目に、岡山首相が東京へ“凱旋”したというニュースがトップを飾る。

 反乱軍については一切の報道がされない。

 プリンスホテルについては映像さえ流れない。

 昨日まで激しい煙が立ち上ったホテル周辺の道路は、軍と警察によって厳重に封鎖されたまま。テレビには映像さえ流れない。


 反乱軍司令部は、敗色が濃くなったことから、自らの犯罪的行為に対して責任をとるため、ホテルの一室にて爆発物を使用し、自決したものと見られる。


 これが政府の公式見解だ。


 しかし、人の口を黙らせるのには、あまりにも信憑性に欠けていた。


 反乱軍司令部の“自決”報道が喧伝される中、インターネットの掲示板には書き込みが殺到していたのだ。そして、事件の“目撃者”を名乗る書き込みの内容は、ほぼ一致していた。


 黒いメサイアがホテルに襲いかかった。


 これだ。


 いかに政府が報道管制を敷いても無駄だった。


 人が求めるものは真実ではない。


 知的欲求を満たす何か。


 政府が隠し通そうとする秘密を暴き立てたい、或いはのぞき見たいという、いわば好奇心だ。


 政府がもみ消しに動いた頃には、掲示板大手サイトには“黒いメサイア”、“赤坂プリンスホテルの真実”などのスレッドが乱立、誰にも手に負えない状況となっていた。

 政府が情報の管制に動けば動くほど、それに反発するかのように、噂が噂を呼び、騒ぎが騒ぎを引き起こす悪循環。


 近衛が武力行使した。

 近衛のメサイアがやった。

 天皇は反乱軍を鎮圧した。


 それが定着しかけた頃、事件があった当時、ホテル付近にいたというユーザーの投稿が始まり,事態は一変した。

 彼等が携帯電話のカメラで撮影したという、黒いメサイアの姿が、掲示板に次々とインターネット上にアップされるに至って、真実はすぐに世界中に発信された。


 近衛の新型。


 そんな書き込みがほとんどいなかったのは、そのメサイアを多くの者が知っていたからだ。

 黒いメサイアは日本製ではない。

 そこに描かれていたのは日の丸ではない。

 近衛を示す血の楔でもない。

 黄色地に龍の紋章―――中華帝国軍所属騎を示していたからだ。




 陸軍が撤収し、一応の安堵が広がるラボの片隅。

 “白雷改”達の回収が全く進まないことに苛立ちを隠せない紅葉が、黒いメサイアの画像を入手したという千鶴の個人端末をのぞき込んでいた。


「……赤兎の新型ね」

 画像を見た紅葉は言った。

「よくもまぁ、黄龍章をつけたまま、この神聖なる国土に土足で踏み込んでくれたものだわ」


「国籍を隠す、或いは国籍を擬装することは国際法で禁止されています」

 千鶴はそう言って、紅葉に端末を渡した。

「日の丸つけてこなかっただけも褒めてやるべきね―――こいつらの現在位置は?」


「不明」


「不明?」


「近衛にも照会しましたが、日本、少なくとも人類の支配地域において中華帝国軍の存在は確認されていません」


「じゃあ、こいつら一体、どこにいるのよ」


「だから、不明です」


「使えないわね」


「私が、ですか?」


「あんただけじゃなくて、近衛がよ」


「近衛も、それが知りたいから」

 紅葉は大きく開かれたハンガーに搬入されてきた赤いメサイアに視線を向けた。

「さっさと“アレ”を動かせるようにしろと言ってきたんじゃないですか?」


「Fly rulerがいるでしょう?偵察機能ならE-WACSも」


「アレはもうずっと昔に空にあがったままよ。追加建造しろとか指示が出そうな勢いでコキ使われている」


「……ああ」

 ポンッ。と千鶴は手を叩いた。

「鵜来少尉って人が部隊に戻ってこないのってそのせいですか?」


「そう。本当なら、いそうなあたりにアタリつけて」

 紅葉は端末を千鶴に返すと、苦々しげにハンガーベッドに寝かされたままの“死乃天使”を見上げた。

「コイツに強行偵察させるってミッションもあるんだけどね」


「それは私が?」


「私達―――ね。死にたきゃ単騎でやってもいいけどね」


「……」


「ったく!ほむっ!?外部回線が通じたら中野のどアホを呼び出して!」


「私、あなたの秘書じゃありません」


「うるさい、あんたは死ぬまで私の奴隷なの!私がそう決めたんだから、御主人様に逆らうな!わかった!?」


「―――おい」


「……って、その声は」


「誰がどアホだと?」

 紅葉が振り返ると、そこには顔を引きつらせた中野と、その横で小さくなっている美奈代がいた。

 千鶴はとっさに敬礼するが、中佐待遇の紅葉はおかまいなしだ。

「役立たずのバカ補給部の、アホのクソ大将が何のご用?」


「……補給部門の一応のトップとしてワビをいれに来たんだが」

 中野は整備中の“死乃天使”を一瞥して言った。

「こりゃ……ワビじゃ済みそうにないな」


「当然でしょ!?」

 紅葉は怒鳴った。

「こっちだって、いざって時に備えて死ぬ気で仕事してるのよ!?遊びでやってるんじゃないの……って」

 紅葉は、そこまで言ってから、

「……ちょっと待って」

 すーはー

 すーはー

 数回、深呼吸をした後、

「……ほむ?そこに転がっている斬艦刀、マニュアルでテストモードに入れて」


「何する気ですか?」


「中野の返答次第で、和泉大尉をそいつで切り刻んでやる」


「これは人間が扱えるサイズじゃありません」


「私は常識を超越した女よ……中野大尉?質問したいんだけど」


「その質問とやらは、多分、アタリだ」


「―――和泉大尉」


「は、はい」

 名前を呼ばれた美奈代は引きつった顔で数歩、後ろに下がった。

「……なんでしょう……か」


「補給部門が部品発注をミスしてくれたおかげで、私の大切なメサイア達は動くことも出来ず、私の身まで危険でした」


「た、大変でしたね」

 美奈代は、自分の歯の根がガチガチ鳴っているのを確かに聞いた。


「ここでクイズです」


「お……お手柔らかに」


「補給部門で発注担当していたのは」



「ちょっと美奈代っ!?」

 ハンガーに響き渡ったのは、さつきの怒鳴り声だ。

「何よ!?都築から聞いたわよ!?部品発注ミスってくれたのって、美奈代だっていうじゃない!私達、おかげで死ぬところだったのよ!?」


 気まずいほどの沈黙が、一瞬、世界を支配した。


「……ちーん」

 千鶴がそっと手を合わせた。


「あ……あの」

 背筋を滝のように脂汗が流れるなか、美奈代は訊ねた。

「く、クイズの続きは?」


 紅葉は、ニッコリと笑って言った。

「―――死刑と私刑、どっちがいい?」

 



“私はバカです”

 そう書かれたプラカードを下げ、ハンガーの隅っこで正座させられた美奈代を尻目に、紅葉は中野に言った。

「とりあえず、部品はいつ届くのかはっきりして頂戴。いくら出向中のあのポンコツの不始末だからって、責任は補給部門にあるはずよ?」


「わかっている」

 中野はメガネのツルに指をやると答えた。

「書類ミスを見抜けなかった俺のミスでもあるしな」


「……へぇ?」

 紅葉は意味ありげに中野の真横に来ると、その顔をのぞき込んだ。


「……何だ?」

 他人には完全なまでなポーカーフェイスにしか見えない中野だが、


「惚れた弱みってヤツ?」

 紅葉はまるでチェシャ猫の様な笑みを浮かべ、そう訊ねた。

 その顔に、かつての上司にして教師でもあった人物の顔を思い浮かべた中野は自然と視線を逸らせた。


「俺は公私混同はしない主義だ」


「キスしたのに?」


「……」

 ピクッ。

 ほんの少しの体の動き。というか、中野の眼がほんの少しだけ見開かれたのを、紅葉は見逃さなかった。


「やっぱり本当なの!?」

 逆に驚いたのは紅葉だ。

「クーデター騒ぎが起きる前まで、近衛の女性ネットがパンクする位の騒ぎになっていたけど、ねぇ、あれって本当にキスしたの!?」


「誰から聞いた?それから、あれって何だ?」


「近衛の女性職員向けの掲示板があるんだけどさぁ」


「……噂では聞いている」

 中野は顔をしかめた。


 近衛に勤務する女性職員向けに一部有志が設置した掲示板。

 巧妙に手がかかっており、傍目から見ればデータ検索しているのか、それとも掲示板を使っているのか全くわからないという厄介な代物で、たとえ噂だろうと掲示板に書き込まれたら最後、その日のうちに、数万人に達する近衛女性職員のほぼ全てがその噂を知ることになるという、当然ながら男性管理職からはいろいろと恐れられている代物だ。

「別名、近衛の5ちゃんねるだっけ?お前、そのトシでそんなモノ見てるなっていうか、そんなヒマあるのか?」


「うるさい。そこのほむなんてはまってるんだから」

 プルプルと首を横に振る千鶴を尻目に紅葉は言った。

「そこにね?ハンドルネームは“中野大尉の妻”って人がスレッド立てたのよ。“この泥棒猫は誰?”って」


「泥棒猫?」


「……キスしたのって、休憩所でしょ」


「……お前」


「物陰から撮った写真なんだけど、残念なことに肝心の顔のあたりがさぁ、ちょっと隠れてるのよ。おかげで、キスしてることだけはわかるんだけど」


「大尉」

 千鶴がそっと中野の震える腕を止めた。

「上官への暴行は重罪です」


「……佐々木……あいつか……」


「んなの誰だか知らないけどさ。補給部門に出向中の武官でしかも女性で大尉なんて、和泉大尉しかいないじゃん?」


「……それ、本当に知られているのか?この段階でカマかけているってことは」


「それが最後の希望ならご愁傷様。本当にみんなが知っていることよ」



 ガッシャーンッ!


「落ち着け、涼!?」


「あなたを殺して私は尼になりますっ!お姉様っ、お覚悟をっ!」


「ちょっとぉっ!?誰か、何が起きたか説明してぇぇっ!」


 逃げ回る美奈代と、散弾銃を片手に追いかける涼が真横をすり抜けていった。



「―――ね?」


「ね?の意味がわからんが……おい」


「わかってるわよ」

 紅葉は真顔で頷いた。

「おちゃらけしているばかりじゃ、仕事が始まらないもの。本当の話、補給パーツは?」


「ここに来るまでに、部門内で何とか話をつけておいた。埠頭の倉庫にまでは来ているから、急いで必要なら書類を整える。TACタクティカル・エア・カーゴを用意してくれ」


「さすが悪魔の中野。仕事が速い」


「そんなに急ぎか?」


「ええ」

 紅葉は頷いた。

「反乱軍を叩いたってことは、間違いなく政府が雇った……よくて傭兵。悪かったら」


「一国の首相が自国の軍を鎮圧するために他国の軍を国内に招き入れたなんて、前代未聞だぞ」


「前代未聞どころか、あってはいけない話よ。議会が開催できないことをいいことに、やりたい放題。陛下もさすがにトサカに来てるみたいでね」


「……おい」


「かといって下手に動くことは出来ない。高高度偵察や衛星軌道上での軍事衛星なんて使えない状況下だから」


「……」


「だから」

 ピラッ。

 紅葉がデスクの上からつまみ上げ、そして中野に見せたのは一通のファックス用紙。


「陛下が独自に動かせて、しかも、どんな任務でも達成できる“有能な”部隊に動員命令が来た」

 中野の目が見開かれたのは無理もない。

 ただ一枚のファックス用紙。

 違う。

 そこに書かれているのは、命令文書。

 しかも―――


「……成る程?」

 中野は、ハンカチを取り出すと額の汗をぬぐった。

「“ソイツ”がウソで流れるはずもない。信じるしかないな」


「でしょう?」

 紅葉はニコリと笑った。

「紅龍で編成される部隊の訓練はすでに終了。今日の夕方にはここに騎体引き渡しのため来ることになっている」


「慣れない騎体。部隊単位と言えない任務……」

 対する中野は苦い顔だ。

「紅龍を危険に曝して実施される作戦……か」


「違うわ」

 紅葉は言った。

「私の秘蔵っ娘を預ける以上、“この程度”の作戦はやってのけて当然」


「……」


「むしろ、その“リスク”の上でしか成立しない作戦をやってのける和泉大尉達、独立駆逐中隊の方を褒めてあげて」


「褒める……か」


「そうよ」

 紅葉は真顔で頷いた。

「開発部門の意地にかけて、今日中に最終調整にまで持って行く。

 近衛の第三眼サードアイがそれらしい部隊の動きは捉えているから。

 出撃は明日0300。目的は、富山湾周辺の魔族軍陣地。目的は、現地に潜んでいると思われる中華帝国軍の存在を確認すること」


「紅龍部隊は囮……か」


「そう。各方面に強行偵察したフリをしてもらう。正直、危険じゃない作戦なんてね?私の周辺には存在しないわ。だからこそ、私が前線にいるのよ」


「“見通者シーカー”のお前がどうしてか、その意味をはっきり聞いたな」


「ね?私だって命がけなの。だから、補給には便宜はかってね?」


「……努力しよう。ただ」


「ただ?」

 中野は、命乞いする美奈代と、彼女を射殺しようとして周囲に羽交い締めにされる涼を見て、ぽつりと言った。


「俺には、そんなリスクを任せるに足る精鋭だと、どうしても思えんがな……」


「……同感」



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