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紅龍

 可変強襲型メサイア―――紅龍こうりゅうが最終調整を受けているのを、中野は無言で眺めているしかなかった。


「古巣が恋しくなったのか?」


「懐かしい、そうは思いましたけどね」


 坂城が投げてよこしたドリンク入りのチューブを片手で受け取る。

 さっきまで怒鳴り続けていた喉が痛む中野としては飲み物はありがたかった。

 散々怒鳴られた美奈代は意気消沈して、しゃくりあげながら、引き出されたコクピットユニットの最終調整に協力していた。


「嬢ちゃん、いい加減な回答しなけりゃいいけどなぁ」


 坂城が心配そうに言うのも無理はないと、中野は思った。


 騎士の四肢の動きをメサイアに反映させるSTRシステムは、ほんの少しのセッティングの違いが、ダイレクトにメサイアに動きの違いとして反映されてしまう。

 ゼロコンマ数秒が生死を分けて当然な騎士とメサイアの世界で、それは時に致命的状況を生み出すことになる。

 セッティングは常に騎士にとってベストでなければならない。

 システムを分解しても、そのフィッティングを狂わすことは許されない。ベストな状況を維持し続けることが整備には求められる。

 整備兵の中でも、特に訓練を受けた者以外がSTRシステムに触ることさえ許されていないのは、そうした事情がある。

 元整備兵として、その段階まで達していない中野も、かつてはSTRを整備できる特務整備兵の徽章が眩しく感じられたものだ。


「それにしても」

 坂城は喉の奥で笑った。

「嬢ちゃん、随分絞られていたな」


「こっちも疲れましたよ」


「上の仕事だ。昔の俺の苦労が分かったろうが」


「俺、あんなに無能でしたか?」


「お前ぇは、デキが良すぎる意味では問題児だったよ。怒り甲斐がねぇつーかな」


「……どうも。それにしても」

 中野は言った。

「こんなのが、現実になったんですねぇ」


「変形するメサイアなんて、使い道があるとも思えなかったがなぁ」


「アメリカじゃ、“ブラッティ・ファントム”が実用化されている」


「はん。あんな程度で、なぁにが“戦域支配メサイア”だぁ?そんなものはFly ruler見てから言えってんだ」


「敵支配地域の対空網を、メサイアの電子妨害を活用しつつ強行突破。機甲部隊を含むテロリストを抹殺し、その拠点制圧及び人質の奪還などの特殊任務をサポートする」

 中野は、チューブの残りを飲み干し、手すりに体を預けた。

 久しぶりの無重力の感覚が体に懐かしい。

「運用的に言いたいことはわかりますけど、意味がわからない」


「こんなもの理解したきゃ、開発者のノリと勢いがわかるだけで十分だ……まぁ、テメエは真面目すぎるから、ついていけないだろうがな」


「……」


「ノってみろよ。さすがに紅葉が開発しただけあって、変形は見事なモノだぜ?変形する度に回転したり、余計なポーズとったりする余計な仕様がなきゃな」


「メサイアが見栄きってどうするんです。歌舞伎じゃあるまいし」


「そうはいうが、この派手な色のメサイアがスピン回転しつつ変形してポーズ決めるシーンは見物だぜ」


「一体、何に使うつもりだったんです?」


「敵に、航空機と誤認させて、実はメサイアだったとわかったら面白いだろうなぁ」


「はぁ?」


「紅葉はそう言っていた。ようするに、敵は大型の航空機が攻めてきたと思って、迎撃機を上げる。これはまあ、当然だ。所が、実際に接触したらメサイアだったって寸法だ。紅葉は、慌てふためく敵の顔を拝みたい一心で、勢いで設計を始めて」


「始めて?」


「途中で飽きた挙げ句、別なメサイア組み上げ始めたもんだから、思い出した頃にようやく組み上げた……本人曰く、“天才は忘れた頃でも天才よねぇ”」


「天災の間違いでは?」


「今までは特務隊に貸し出していたが、最近になってその部隊が解散したから、もう用済みなんだとか」


「何です?特務隊って」


「俺も知らねぇ」


「……そう、しておきましょう」


「はっきり、浮いた騎体なんだが、紅葉や“奥”としちゃあ、いろいろ隠しておきたい存在だ。ソイツが表に出るってことぁ」


「コイツ以上の存在を生み出す自信があるのか、あるいは、そこまで追い詰められたのか」


「紅葉にしても、コイツのカードは切りたくなかったろうなぁ」


「それでも切った。その背景は?」


「フン。決まってるだろう?」


「?」


「テメエがドロ被ってでも、嬢ちゃん達を助けたいからさ」


「そういうことですか」


「まぁ、俺達が“ウェーブライダー”と呼ぶ飛行形態と、メサイアの2モードの変形に必要な時間は1秒。

 脚部に埋め込まれた飛行専用エンジンは、TACからの流用とはいえ、ウェーブライダーモードの高度1万フィートでの最大スピードとしてマッハ2.5を叩き出す」


「関節が耐えられるんですか?」


「そこが紅葉のクオリティってヤツよ」


「俺には絶対、理解出来ない」


「ご都合主義的なほど、アイツはいざってなると発想がよく回る。“ブラッティ・ファントム”とも空戦だけなら良い勝負だろうよ」


「成る程?」


「両方とも、武装はビーム系以外は搭載出来ない点では一緒だ。意味のなさって点でもドングリの背比べだな」


「そんな騎体で、何しようってんです?広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムも搭載出来ない、単発でビームライフルしか携行できない。斬艦刀も無理。ないない尽くしのメサイアで」


「そこだよ」

 常にレイバンのサングラスを外さない坂城は、口元で楽しげに笑った。

「葉月にゃ、“エモノ”は山ほどあるだろうが」


「……まさか」

 エモノ。

 その言葉を、獲物―――敵対する陸軍部隊と解釈した中野は、坂城の邪悪な笑みから、自分が間違った判断をしていることを即座に悟った。


 エモノは獲物じゃない。

 得物――武器だ。


「そのための莫大な予算」

 中野は、坂城が言っていることを、事務官の立場で考えて目眩がした。

「誰が、どうやって確保するんですか?」


「戦時下だ」

 坂城は中野の肩をポンと叩いた。

「お前ぇは、そのための存在だろうが。俸給分は働け」


「無茶苦茶だ」





「トランスフォーム……ねぇ」

 美奈代はコクピットのSTRの具合を確かめながら珍しそうに言った。

「何?かけ声とか、ポーズとらないといけないとか?」


「戦隊モノやってんじゃないんですから」

 STRの管制システムと端末を接続して調整を続けていた整備兵が、モニターから目を離さずに言った

「騎士の方じゃ不要ですよ。騎体の方でやってくれます。スピンターンにシールド突き出してババーンってヤツ」


「……ははっ。マジで?」


「特務隊の連中、ソイツが恥ずかしいから何とかしろって怒鳴るんですけどね?コイツがまた、システムの根幹部分でセッティングされてるから、俺達にゃどうしようもない」


「イカつい特務隊連中が、そんなロボットアニメじみたコトしてるの見て、お腹抱えて笑っていたってのが本音じゃないの?」


「さっすが大尉だ。わかります?」


「私があなたたちの立場なら」

 美奈代は肩をすくめた。

「同じ事してるわ。きっとね」


「どうも……んで、特務隊も解散した結果、コイツはハンガーの奥で紅葉ちゃんが思い出すまでホコリ被っているはずだったんだけど」


「ちょっと待って……特務隊が解散って……何?どうして?」


「さぁ?ただ、噂ですけどね」

 整備兵はキーを叩く手を止めて美奈代を見た。

「何か、紅葉ちゃんとは別ルートで開発されたメサイアに乗り換えたっていうんですよ」


「よくお金があるわ」


「本当ですよ。俺達の俸給に少しは回して欲しいですよねぇ」


「同感」

 美奈代は喉の奥で笑うしかなかった。

「で?コイツの武装は?」


「何もないですよ」


「へっ?」


「固定式のMLマジックレーザーが4門あるだけ。他の武装は今の所、ありません」


「私達に何しろっての?ほとんど丸腰じゃない」


「紅龍なんて可変メサイアが採用されなかった理由は、そのヘンなんですよ」

 青くなった美奈代が面白いのか、その整備兵は笑った。

 意地の悪いその笑みに、美奈代はふと、中野を思い出し、ハンガーの壁を走るキャットウォーク上で坂城と共にこっちを見ている中野を見つけ出した。

 悔しいというか、殺意さえ沸き上がらせるその顔、その視線に気付き、美奈代はふぃとそっぽをむいた。


「大尉?」


「何でもない。それで、可変メサイアが配備されなかった理由って?」


「武装を搭載出来ないからですよ。変形の邪魔になるから」


「斬艦刀なんて……無理の代名詞みたいなものか」


「当然、広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムもね……よかったですね。特務隊なんて、空力に支障が出ること承知の上で、脚部に魔族軍から分捕った小型戦斧を無理矢理マウントさせていましたからね」


「気休めでもいいから、飛び道具を頂戴」


「デフォで搭載出来るのは、製造中の新型ビームライフルだけですよ。後はビームサーベル用のラックが間に合えば、そいつも搭載されるはずだったんですけどね」


「ビームサーベル?」


「ロボットアニメで見たことありません?光の剣」


「……昔、何かで見たような」


「警棒を思い出して下さい。あの伸び縮み出来る……出力や機構の関係で、斬艦刀より破壊力は落ちますけどね?

 斬艦刀の刀身フィールドを、警棒に開けられた無数の穴から噴出させて、警棒全体を刀身フィールドで覆うんです」


「そんなの、エネルギーロスが多すぎて、斬艦刀とつばぜり合いになったら、出力で負けるでしょう?」


「その通り。大尉はさすがですね。刀身フィールドを固定された、狭い範囲へ集束する斬艦刀と違いますからね。どうしてもロスが出ます。反面、斬艦刀で悩みだった、そのサイズという問題からは解放されます」


「一長一短……かぁ」


「特務隊の連中に渡らなくてよかったですよ。斬艦刀との性能差をどうにかしろだの、俺たちゃ開発じゃないって、わかってくれないですからね。彼奴等」


「言いたい立場もわかるわよ……わかってあげて」


「……まぁ、ねぇ」

 整備兵は肩をすくめた。

「まぁ、ほら。特務隊の後任がもう少しマトモだったら、俺達の態度も変わるんですよ」


「後任……って?人手が」


「ええ。みんな、カネもなければ人手もないんですよ。俺達だって、猫の手どころかアリの手だって借りたい。当然――ね」

 整備兵は意味ありげな顔をして、手で輪を作った。


「……いくら?」


「お気持ちで」


「1万」


「部隊長はともかく、この4騎のうち、1騎は大尉が知ってる騎士が乗るはずだったんですよ」


「誰?」


「……さぁ?」


「ったく、こっちだってお金ないっての。坂城さんに告げ口してあげようか?セクハラされたって」


「隊長怒らせるセクハラって、そう簡単じゃないからねぇ」


「1万払うから、やらせてくれって言われた」


「うわっ!ソイツは勘弁だ!」


「でしょう?」


「ちっ、5千でいいよ。故郷に疎開している娘に、少しでもカネを送りしたいんでね」


「言いなさいよ。後で追加で1万ね?」


「感謝……」

 整備兵は、周りを見回した後、小声で言った。

「絶対、俺から聞いたなんて言わないで下さいよ?」


「言わないわよ―――誰?」


「染谷少尉ですよ」


「染谷少尉が?」

 美奈代の脳裏に、懐かしい程、遠くなったその顔が浮かんだ。

 かつて、恋い焦がれたはずなのに、どうしてこんなに遠く感じるんだろう。

「……」

 その時、美奈代が何故、中野の顔を見たのかは、美奈代自身が説明出来なかった。


「退院した後、リハビリも進んでいたみたいですけどねぇ。いや、親が親なだけに、腕のいい療法魔導師を手配してもらったんじゃないですか?羨ましいこった」


「……」



 ビーッ!

 ビーッ!


 緊急を伝える警報がハンガーに鳴り響いた。

「総員傾注!」

 副長の声がスピーカー一杯に鳴り響く。


「……え?」


 ポカン。としたのは、美奈代だけではなかった。

 整備兵や、あの中野でさえ、その内容には、ただ、立ち尽くすしかなかった。

 副長は告げた。


 反乱軍司令部は―――自決。


 反乱軍全軍に対して、無条件原隊復帰が命じられた。







----用語解説----------

紅龍こうりゅう

・MDIJβ-022

・正確には“紅龍B”

・外見は量産型鳳龍に似ているが全くの別物。

・メサイアでは珍しい可変システムを採用している。というか、可変システムのもたらすパワー不足を補うために皇エンジン45型を搭載してβ級となった(α級が運用出来ない美奈代でも扱えるのはそのため)

・通常のメサイアのように剣での戦いよりもビームライフルによる一撃離脱戦術を重視している。

・ただし、格闘戦能力も高い。

・小型軽量の皇エンジン45型を両足に搭載することで長時間の戦闘行動、及びML砲の増設に対応すると共に、機体内部に強力なMCマジック・コンシール装置を搭載、電子戦闘下でも十分な隠密行動をとれるようにしている。

・近衛軍量産型メサイアとして初めてビームサーベル(ガンダムのアレと同じ仕組み)を採用した騎。

・生産数10騎。ほとんどが鈴谷に搭載され、戦線に投入された。

《ネタバレ》

・イメージは『機動戦士ガンダムUC』に登場するデルタ・プラス。

・鳳龍も元を正せば紅龍(正確には紅龍A)をベースとしているから、外見が似ているというコジツケ設定がとられている。








 

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