反乱軍、壊滅
「この状況については」
神音は、はっきりとその声色に不愉快さを示していた。
「我々は無関係どころか被害者だ。そう、はっきり申し上げておきましょう」
「アイバシュラは」
ガムロは不審さをあらわにした視線を神音に向けたまま、言った。
「貴殿配下の組織が量産化に成功したと聞いているが?」
「その通りです。ただし」
神音は、ガムロを睨むような視線をそらすことなく答えた。
「我が商会から、人間界への納入実績は、今回の取引以外に存在しません」
「……信用第一か?」
「当然のこと」
「なら?」
ガムロは壁一面を占めるスクリーンに映し出された世界地図に視線を移した。
「大陸に出現したアイバシュラの大群についてはどう説明してくれる?」
「他社が我が社の技術を利用したものと思われます」
「どこだ」
「さぁ?」
神音は肩をすくめた。
「量産そのものは、時間さえあれば存外と簡単なことですし、専売特許というわけでもありません。まぁ、クィーン級となれば、これはもう、時限装置が仕掛けられていたと判断するには十分ですが」
「時限装置?」
「クィーン級は、その幼生の誕生から生育までに促成措置を施しても、人間界の時間で最低10年が必要です。そして、一度生育を開始したクイーン級は、生育と同時に、周囲に根を張る関係で、移動させることが不可能になる―――分かります?この意味」
「貴殿が別件で使用することを目的としていなかったら、無罪を主張するには十分か」
「そういうことです」
神音は世界地図を見た。
ゴビ砂漠の他、中央シベリア高原にいたる一帯に、数十に渡るアイバシュラの群体反応が見て取れる。
赤い反応一つ一つが、規模こそ違えども、アイバシュラの群だ。
反応が最も大きいのが、モンゴルのカラコルムを中心に、北はコリマ山脈と中央シベリア高原、西はタクラマカン砂漠の4つの反応。
この4つの反応を取り囲むように、小さい反応が十重二十重と光輝いている。
神音は、その反応それぞれが何か、言われずともわかっている。
4つの大きな反応は、アイバシュラ達にとって母なる巣―――実質、アイバシュラの製造工場と言うべき、クィーン級の反応。
やや小さい反応が、小型のクィーン級というべきネスタージュ級。
そして、その護衛を任務とするビショップ級。
その周囲に最低でも数千の小型のアイバシュラがいる。
アイバシュラの住む大都市がクィーン級で、このクィーン級という大都市の周囲に存在する衛星都市がネスタージュ級。そして、外敵から都市を護る砦がビショップ級であり、個体のアイバシュラは、そこで生活する住民だ。
「目的は不明ですが―――偶然にしては出来すぎている気がします。このタイミングでの出現は、ヴォルトモード卿の軍勢による仕業と判断されても文句すら言えないでしょう」
「我々にとっては、人類の目を大陸へそらすことが出来る点では感謝すべき天恵ともいえるがな」
ガムロは喉の奥で笑った。
「貴殿の贈り物というのでなければ」
「……ですね」
神音は頷いた。
「あの男に聞いた方が早いでしょう」
「とりあえずは」
整備が進む“鈴谷”のハンガーデッキを見下ろしながら、中野は言った。
「一安心というところか」
「陸軍が動かなければ……ですけどね」
美奈代は、中野の横で整備を見守りながら頷いた。
「葉月湾は近衛軍の本拠地の上に、海軍の軍施設もある」
そう言われて、美奈代は、港に浮かんでいた海軍の軍艦を思い出した。
「ここで下手を打てば、陸軍と海軍で最悪の関係になる恐れもあるからな」
「海軍の動きは?」
「海軍は元から反岡山だ」
「動かない?」
「ラジオで聞いた限りだが、海軍省は陸戦隊を繰り出し、今回の事態での静観を宣言している」
「よくも海軍大臣が黙っているものですね」
「それが、だ」
中野は頷いた。
「海軍大臣……どうも奇妙なことになっている」
「奇妙?」
「ああ……昨日から行方不明になっていた。発見された所が海軍省の中」
「何ですか?それは」
「海軍は元から保守……憲政党支持者が多い」
「それが?」
「海軍大臣の行方が不明になったのは、昨夜、企業パーティの席から退出して以降だ」
「SPだってついていたはずでしょう?」
「SPごと、消えているといったらどうする?」
「はっ?」
「パーティ主催企業は、憲政党との関係が強い企業だ」
中野の視線が、整備兵と何かを議論していてる都築に注がれる。
「そして、憲政党議員のかなりは、横須賀で行われた“団体研修”で都内からは離れていた」
「話がうますぎる」
「そうだ。後藤さん辺りも相当絡んでいるとみるべきだろうなぁ」
「なんでそんなに嬉しそうなんですか?」
「そういうものさ……わからないか?」
「わかりたくないです」
「……そうか」
「私にとって、心配なのは」
「ああ、わかっている」
中野は答えた。
「マスコミは岡山の情報管制下にある。陸軍が近衛の施設に入り込んだとしても、それは陸軍による反乱部隊鎮圧の一環で済まされるだろう」
「鎮圧で済みますか?」
「そいつはどういう意味だ?」
「近衛が反乱軍についたという口実に使われる可能性は?そう聞いたんです」
「岡山は、天皇すら恐れていない。あいつは自分の権力に酔いしれている。正しい使い方もわからず、保有することにのみ価値を見いだす厄介者だ」
「―――最低」
「それだけに、反乱軍に近衛が与することは、むしろ陸軍を使って千載一遇のチャンスだと、そう捉えるだろう。天皇を潰すという意味でな」
「そんなこと!」
美奈代は目を見張った。
「そんなことしたら、近衛と陸軍が殺し合いになる!」
「だから、近衛を潰す力が必要な岡山は、中華帝国と手を結んだんだ。自分の使えるメサイアを手に入れるために」
「……っ!」
「すでに、帝国政府に協力することを条件に、中華帝国軍へ、国内における軍事行動の許可を与える旨を宣言しているのはそのためだ」
「だって、中華帝国は魔族軍と共同歩調をとるって宣言しているんでしょう?それを味方にしようだなんて、敵に大義名分与えているのと同じ!」
「だから滅茶苦茶なんだよ。岡山は」
中野は吐き捨てるように言った。
「アイツの感覚からすれば、自分が中国人を味方に取り込めば、中華帝国は人類に踏みとどまることになる。それはつまり、自分の決断があの国を過ちから救ったことになると、本気でそう考えているんだ」
「……コメントのつけようがない」
「それでいいんだ」
中野は頷いた。
「それ以外に、マトモな人間は、ヤツについて理解のしようがない」
「……近衛はどう動くと思います?」
「中立宣言を出すはずだ。下手に動けない」
「そんなこと言ったって、岡山は、近衛の施設接収を狙っているんですよ?」
「なら、恭順の意志を示せと?」
「……それは」
「正直な話」
中野は肩をすくめた。
「この先が、俺にも読めない。結論として一番納得出来る落としどころは」
「落としどころは?」
「……」
中野は無言で首の横で右手を水平に動かした。
「どうして、それをやらないんですか?」
「俺にもわからん……いくら政治的に正しく選ばれたとはいえ、ここまで暴政を行う者を陛下が放置している理由がわからない。俺の知る陛下は、それほど慈悲深くはない」
「なっ?」
「必要とあれば、焼け火箸を握ることさえ厭わない。敵に対しては片鱗も慈悲をかけない、そういう御方だ」
「なんか……言葉だけ聞くと、岡山より厄介そうな気がしますけど」
「その通りだ」
「ちょっ!?」
「冷静になれ。反乱軍宣言、ただ、あんたは敵だって宣言されただけで、仮にも民間の、しかも中に民間人がいるホテルめがけて無警告発砲するヤツ相手に、他に評価の下しようがないだろう?何かいい表現があるのか?」
「……」
美奈代は、無言で首を横に振るしかなかった。
「まぁ、俺達木っ端役人や、ペーペーの兵隊であるお前が政治を議論してもしかたない。俺達に出来ることは、命じられた仕事をこなすだけ。その分の俸給しかもらっていないしな」
「そういう所、後藤隊長そっくりですよ」
「褒められてないな」
「褒めてませんが、言いたいことには同意します」
「せいぜい、民間人ごと、岡山の首を獲るまで進軍しろとかいう宣言が出ないことを祈ろう。なにしろ、あの火炎放射装置を市街地で使われたら……」
おや?
中野は、整備を受けるメサイアをじーっと眺めた後、
「そういえば、コイツはその手の装備はつけられそうにないな」
そう、ポツリと言った。
「それは当然でしょう」
美奈代は答えた。
「コイツは可変メサイアです。あんな巨大なタンクを搭載する機能は素で持っていないはず」
「……なぁ、和泉」
「はい?」
「お前の部隊のメサイアは、基本でアイツを装備出来るんだよなぁ」
「当然」
「それが、整備完了は今日の予定だったよな。それでどうして動かない?」
ぎっくうっ!
美奈代の後ろに、そんな効果音が出現した。
「そ、そうですね」
美奈代の額を汗が滝のように流れる。
必死に作り笑顔を浮かべる美奈代の顔はもう蒼白だ。
「……補給は順調だったんだよな」
「……は、た、多分」
「和泉?」
「……はい」
「お前、さっき、現地の部下と電話していたよなぁ」
「は……はい」
「部下はその辺、何て言っていた?」
「げ、現在、整備が止まっていると」
「この騒ぎで?」
「……えっと」
「この騒ぎが原因の整備ストップかと、そう聞いたんだが?」
中野の、一言一句を区切るような口調に、美奈代は体が震えだした。
「あ……あの」
「もう一つ―――あの電話で、ごめんなさいと叫んでいたのは、あれは何だ?」
「あ……あれは」
「おい、和泉っ!」
無重力空間を飛んできたのは、整備と話し込んでいた都築だった。
「お前、どういうことだ!?」
「なっ!?」
「なんで、“白雷”改装用のパーツが“鈴谷”に来てるんだ!?あっちの改装はどうなってるんだ!?パーツの発注者、お前になってるぞ!?」
「黙れぇっ!」
「和泉?」
いぃぃずぅぅぅみぃぃぃぃ。
地獄の底から聞こえてきたような、そんな声に、美奈代の動きが全て止まった。
恐る恐る見たその顔は、真っ赤になっていて、額には青筋が走っている。
「―――説明」
「……あの」
必死に動かそうとしても、顔の筋肉がどうしても動かない。
「その前に―――そこ、正座」
「……はい」
「我々が“ここ”に存在していることは」
茨城県庁。知事執務室の窓から外を眺めるスーツ姿の女が言った。
「近衛の諜報機関はとっくに把握しています」
窓の外からの眺めが満足出来ないのか、女は不快そうに背筋を伸ばした。
「把握しているからこそ、近衛は“ここ”に、そして“あなた”に手出しが出来ない」
「どういうことだ」
革張りの椅子に座った岡山首相が、執務机に置かれたグラスから手を放した。
「私の威光を恐れているからこそ、天皇は手出しできないのだぞ?」
「なら、それでもいいんですけどね」
クックッと、女は生理的嫌悪感を感じさせる低い笑い声をあげた。
「自分の領土、しかも、自分の家臣たる身が、“我々”を雇っていたとなれば、立場がないでしょうから」
「誰が誰の家臣だ!」
カッとなった岡山は、グラスを掴むと女めがけて容赦なく投げつけた。
中の高級ブランデーと共に女に襲いかかったグラスは、
ブンッ
そんな音を立てて、女の直前で消滅した。
消滅?
そう。
消滅だ。
グラスは、女の直前で完全に―――消えた。
「……」
ポカン。とする岡山と、その側近の前で、女の左右に立っていたスーツ姿の男達がとっさに動いた。
ある者はスーツの袖が開き、得体の知れないかぎ爪がその手を覆う。
或いは、背に隠していた青竜刀がその手に握られる。
共通していることは、その威圧的なまでの殺気は、岡山達、居合わせた者を凍り付かせるのに十分すぎたことだ。
「―――よせ」
突然。岡山の後ろに現れた女は冷たく言い放った。
「我々は、“警護”を任務に派遣されている」
「……」
スーツ姿の男達は、何事もなかったかのように直立不動の姿勢に戻った。
「―――“飼い犬”が失礼いたしました。先生」
「い……いや」
岡山は、その場に崩れるようにして椅子の背もたれに体を預けた。
声が震えている。
「天皇と先生の関係について、我々が語ることは避けましょう。とにかく、我々は先生の身辺を護るよう、皇帝陛下に命じられたからこそ、ここにいる……その事実に片鱗の変化もないのです」
「そ……そうだな」
岡山はネクタイを緩めながら、バカのように何度も頷いた。
「私は、皇帝陛下から、この国の統治者として認められたのだからな」
「―――そうです」
女は冷たい笑みを浮かべ、頷いた。
「陛下は、先生をお守りするために、メサイア部隊も派遣して下さる。先生は、この国の王として、ただ、君臨されることをお考えになればよい」
「ああ。そのために、陛下のお望みのメサイアのデータを狩野と近衛から取り寄せているところ―――いや、提供を拒むあのバカ共に鉄槌を喰らわそうとしている所だ」
「そうですか」
「ところで、中華帝国軍のメサイア部隊は、いつ頃、ここに来るんだ?」
「もう間もなく……すでに元長野県付近に飛行艦が到達。先生?飛行艦の国内通行許可は?」
「国交大臣を通じて発布している。心配するな」
「重畳―――なら、夕方までに先生の御身は、メサイア部隊と、我々中華帝国方術騎士団によってお守りすることになるでしょう」
反乱軍―――自称、救国革命軍の本拠は、赤坂プリンスホテルに設置されている。
クーデターに際し、市ヶ谷駐屯地司令部は、首都防衛を任務とする正規軍として防衛態勢をとった。
岡山率いる政府が何をしたか?
独断により防衛態勢をとったのは、政府方針に反する問題行動であるとして、市ヶ谷司令部に拘束命令を発した。
その政府の処遇は、陸軍のほとんどの部隊司令官の腹を決めさせるのに十分だった。
最前線の部隊はともかく、後方待機中の政治的に動く余裕のある部隊は、続々と反乱軍への同調を宣言して岡山を青くさせた。
政府軍に固執する部隊は、大凡が事前から政治的に岡山シンパで司令部が固められているような部隊ばかりで、その数は決して多くない。
その気になれば、この時点で彼等が茨城県庁へ向けて侵攻を開始すれば、全てはそこで終了していたと言い切れる状況だった。
県庁に立て篭もる岡山達を逮捕、もしくは処刑。そして民州党政権の打倒。後は反乱軍を主導した政治家達による革命政権の樹立で終わりだ。
それで、彼等の世直しは終わるのだ。
―――ところが。
「……だめだ」
茨城への侵攻を求める陸軍司令部達を前に、反乱軍首脳である石橋は首を横に振らなかった。
「茨城県民に被害が出れば、それだけで革命政権の樹立は困難になる」
「必要な損害です!」
「いかん!」
石橋は怒鳴った。
「この革命は武力闘争ではない!殺し合いになってはならんのだ!」
「何故です!」
陸軍司令部を代表する陸軍第教導一師団の生駒中佐が声を張り上げた。
「茨城県庁まで立ちはだかる者は存在しない!あなたはここに至って、何を恐れているんですか!石橋先生!」
生駒にとって信じられないのは、岡山政権打倒を前にして、軍の行動を止めようという石橋の姿勢だった。
「それより先にやることがある」
「何ですか!?」
「議会だ」
「はあっ!?」
生駒は目を丸くした。
「何言ってるんですか!?この状況で議会!?招集するだけで何日かかるんですか!?」
「それでもやるんだ!」
どんっ!
石橋はデスクを叩いた。
「議会で内閣不信任決議を採決させ、天皇陛下の承諾を頂戴するのだ!議会の正当な手順を踏み、内閣を打倒することこそ、我々の望むところだ!それ以外の手段をとれば、諸外国に軍事介入の口実を与えかねない!」
「……」
生駒は絶句した。
目の前の政治家、いや、目の前の男の言うことが信じられなかった。
こいつはバカだ!
生駒は本気でそう思った。
この混乱した中で国会を開け?
国会の議論の結果として、内閣を打倒する?
ふざけるな!
与党は議会の過半数を超えている。
何より議員をどこから集めるつもりだ?
こいつは、何を言ってるんだ!
「―――先生」
「議会を開くことを要求するため、飯田議員達が、陛下に議会開催を求めて参内中だ」
「もし、もしもですよ?」
生駒は、腰のホルスターに手をそっと伸ばしながら訊ねた。
「議会が開けなければ?」
「そのときは」
石橋は、しきりに指でデスクを叩きながら答えた。
「そのときだ」
「……自分は」
生駒は言った。
「自分は、この日本を正しい道に戻したい。その一心で部隊と共に決起に参加したのです」
その手には拳銃が握られている。
目前の石橋は、信じられない。という顔で自分に視線をむけている。
「それを―――あなたは単に利用した、自分はそう判断します」
石橋の目が見開かれ、大きく開けられた口から、何か言葉が出た。
しかし、生駒はそれを聞くことはなかった。
石橋が見ていたのは、生駒ではない。
生駒の後ろ。
窓の向こうに、突然現れた、漆黒のメサイアの存在だった。




