親子の事情
時間を少し戻す。
駆逐艦“モホーク”が発砲する前。
美奈代達がまだラブホテルの駐車場にいた頃だ。
「で?」
美奈代は訊ねた。
「どうするんです?」
「どうしたい?」
「……一つ、聞かせて下さい」
「何だ?」
「それをはっきりした上で、ここまで来たんでしょう?」
「……」
中野は無言で首を横に振った。
「まさか!」
美奈代は驚いた顔で中野を見た。
「勢いだけでここに来ちゃったなんていわないでしょうね!」
「……すまん」
中野は答えた。
「葉月までくれば何とかなるかと思ったんだが」
「……」
はあっ。
美奈代は盛大なため息をついた。
「どうして男って、こうもバカなのかしら」
「……言ってろ」
「同期にもいるんですよ。もめ事起こした挙げ句、艦から追放された大馬鹿が」
「……」
「よくもまぁ、あれで惚れてくれる女がいるもんだと私なんて、信じられない思いがするんですけどね」
「そんなにひどいやつか?」
「ええ」
美奈代は頷いた。
「丁度、あそこでコソコソやってるカップルの男みたいなヤツ……で」
そこまで言うと、美奈代は口をあんぐり開け、目を擦った。
「……どうした?」
「ち、ちょっとごめんなさい」
美奈代はドアをそっと開いた。
「あのバカ……こんな所で何してるんだ?」
「びびったのはこっちだ」
額に汗を流しているのは、都築だった。
その横では、寧々が小さくなっていた。
ラブホテルで知り合いにばったり出会うなんて、女として経験したいことじゃない。
それだけに、美奈代は努めて寧々の存在を忘れることにした。
ただ、収まらないのは都築だ。
「お前こそ、こんなところで何してるんだ!」
「わ、私は仕事だ」
美奈代は顔を赤くして口を尖らせた。
「仕事で……その」
「どういう仕事だよ!お前、本庁へ出向しているんじゃなかったのか!?いつからここが近衛府の本庁舎になったんだよ!」
「知るか!」
「俺達は、新入りの歓迎に外に飲みに行った後……柏が気を使ってくれて……お前のカネで……だな」
「お前っ!」
美奈代は都築の胸ぐらを掴んだ。
「人がみんなのためにって、コツコツ貯めた金で何をした!」
「何はナニだろうが!」
都築は乱暴に腕を振り払った。
「男と女がここでナニするか、一々教えてくれってか!?子供かてめぇは!」
「お前、本当に殴るぞ!」
「……あの」
消え入りそうな声で止めに入ったのは寧々だ。
「その……いろいろと申し訳なくは思いますが……」
「……」
美奈代は腕をさすると、
「鬼龍院中尉に預けておいた方が良いか」
腰のホルスターから拳銃をとりだした。
中野がゴミ箱に捨てたはずのワルサーPPKだ。
「何があるかわからん。男はそれを恐れて武装さえ忘れてしまうが、女はそうはいかん」
「……はい」
寧々は無言で銃を受け取ると、ハンドバッグにしまい込んだ。
「まぁ、ここに入った後……だな」
都築は、中野を紹介された後、言った。
「その、テレビつけたら大騒ぎになっていて……だな」
「テレビは生きているのか?」
「知らね」
都築は首を横に振った。
「部屋を出るまでには消えていた」
「……おい」
美奈代は都築を脇で小突いた。
「相手は法務官、しかも大尉だぞ」
「知らねぇよ。それよりお前、階級と寝たのか?それとも肩書きか?」
「歯ぁ、食いしばれ」
「散々、同性愛者面しておいて、いざって時は器用なマネしてのけるもんだ―――痛てぇっ!」
殴ろうとした美奈代の前で、都築が飛び上がって悲鳴を上げた。
寧々の指が都築の脇腹をつねりあげていた。
「真っ!」
「痛ててっ……くそっ。俺はな。階級がどうであれ、どうあっても背広組は大嫌いなんだ」
「変わったところに信念を持っているな……都築と言ったな」
「……何だよ」
「俺は階級や肩書きを楯にしはない」
「ああ、そうかい。男の魅力で和泉をここに引っ張り込んだとでも言うのか?」
「冗談じゃない!」
怒鳴ったのは美奈代だ。
「こんなサディスティックで、血の代わりに機械油でも流れてそうな、そのクセ、頭に血が上ると前後の見境なくして、女に振られた腹いせに部下や立場の弱いヤツに平気で当たりちらかすような器量の狭いヤツ相手に、なんで私が相手をしなくちゃいけないんだ!?私はそこまで変態じゃないぞ!?」
「お前……いくら何でもそれは、このおっさんに失礼だろう」
「誰がおっさんだ……」
中野は額に青筋を立てながら言った。
「和泉……後で覚えておけ?補給上の事務仕事は、まだ終わっていないぞ」
真っ青になった美奈代の前で、中野は都築に言った。
「とりあえず、俺の記憶が間違いなかったら、父親の心配をしたらどうだ?」
「クーデターだか何だか知らねぇが」
都築はあからさまに不愉快さを浮かべ、唾を床に吐いた。
「あいつを殺してくれるなら、悪魔だって大歓迎だ」
パンッ!
乾いた音が駐車場に響いた。
美奈代が都築の頬を張った音だ。
「なっ、何しやがる!」
「親に向かって、何だその言いぐさは!」
「あんなヤツ、親じゃねぇ!何も知らねぇクセに勝手に人の家庭の事情に首を突っ込むな!」
「誰がどうだろうと、親に向かってその言いぐさはないだろうが!」
美奈代は怒鳴り返した。
「私なんて、文句を言いたくても言える親はもういないんだぞ!親が一人いるだけでも感謝しろ!」
「知るかっ!」
都築は顔を真っ赤にしてそっぽをむいた。
「俺にそのことで文句を言えるのは、俺と寝た寧々だけだ!何の関係もないヤツに、そこまで言われる覚えはねぇ!」
「……っ!」
「……大尉」
二人の間に割って入るように、寧々が美奈代の前に立った。
「その……いろいろ、私も事情は聞いていますから……ここは」
「……わかった」
美奈代は頷いた。
「なら、嫁に躾けてもらえ。だが、覚えておけ?明日は我が身だぞ……都築」
「……」
「とりあえず」
美奈代は言った。
「ここを出よう。ここにいても始まらない」
「どうする?」
「携帯電話は通じているんだろう?誰かと連絡はつかないのか?」
「……確か」
寧々は携帯電話を取りだした。
「……よかった。電波は生きています」
「誰ととれる?」
「えっと……沢口少尉と」
「沢口?」
「新入りです。食事の際、携帯電話の話になって電話番号は聞いておいたので」
「……私用なら問題もないだろう。今まで連絡しなかったのか?」
「部屋から連絡しようとしたのですが、電波が全く届かなかったんです」
「こういう所では」
中野がフォローするように言った。
「建築物の素材の関係で電波が届きづらい所もある。部屋から出た関係で、通じるようになったんだろう」
「……成る程。中尉、沢口少尉と連絡をとってくれ。後藤隊長がいれば最高だ。どっちにしろ、我々はメサイアがなければ何の役にも立たない」
「はい」
●葉月市 葉月実験センター
「状況!?」
メサイアのハンガーの中で、麻紀は携帯にかかってきた寧々からの電話に安堵しつつ、怒鳴った。
「最悪ですよ!」
その手には銃、P90が握られている。
MCRにサバイバルキットと共に入っている代物で、麻紀自身、身につけたサバイバルベストには実弾入りのマガジンを差し込んである。
ハンガーを出ようとしたジープの荷台に銃を放り上げると、自身もジープに乗り込んだ。
「施設へ?無理ですよ!」
運転席に座っているのは整備用ヘルメットを被った整備兵。助手席には、強ばった顔をした麗央が拳銃をしっかりと両手に抱きながら俯いている。
麻紀は対戦車ロケット弾のケースに腰を下ろすと、ジープの端を掴んだ。
耳障りな程、甲高い音を立てて、ジープが走り出した。
「ダメですダメっ!
入り口は陸軍の対空戦車が待ち構えてます!
下手したら殺されますよ!?連中、相当殺気立ってます!
……陸軍は近衛を相手にしないって?
ウソウソ!
あんなの上辺だけですよ!
陸軍の奴ら、機関銃は持ってくるわ、施設の正門前に土嚢積み上げて対戦車ロケットランチャーまで準備するわ……ノコノコ近づいたら蜂の巣!
私達も今、銃持って配置に―――そうですよ!施設はもう臨戦態勢です!
地下の下水道!?
もっとダメ!
あそこにはセンサー付きの対人地雷が複数設置されます!挽肉になりたくなかったら、施設に関わらないで下さい!
……えっ?誰!?」
麻紀は、停車したジープから降りると、小銃のスリングに首を通し、空いた手にロケットランチャーのケースを掴んだ。
「……うえっ?い、和泉大尉って、あの鬼の和泉!?」
麻紀が降りた先は正面門前。
すでに対空戦車が30ミリガドリング砲をこちらに向けている。
使い方、間違えているのよ!バカっ!
麻紀は自分とほとんど同い年位の若い兵士が向けてくる緊張した視線を感じながら、内心でそう怒鳴った。
「い、いえっ!新入りのMC、沢口麻紀少尉でありますっ!うわぁっ!あの死神と私、話しちゃってるよぉ!麗央ぉっ、私って主役級!?……あ、いえ。失礼しました!」
ロケットランチャーのケースを、対空戦車とは真向かいに置かれた、重量物運搬用台車に積まれたメサイアの装甲版を楯に、小銃を準備している憲兵に手渡した。
土嚢とメサイアの装甲、どっちが強いんだろうなんて、もう麻紀には考えている余裕はない。
狙撃兵がどこから狙っているかわからない。
麻紀は、野戦訓練で散々叩き込まれた教訓……というか、模擬弾を喰らった時の一晩中続く痛みを思い出し、そそくさと装甲版の影に隠れ、P90を脇に置いた。
その横には、麗央が心配そうに拳銃をホルスターに収め、背中に背負っていたスタンブレードにバッテリーを装填している。
あと少しで、津島中佐が準備しているアンチマテリアルライフルを担いだ山崎中尉が駆けつけてくれる算段になっている。
それまでに、陸軍がバカをしなければ、私は麗央を守ってやれるんだ。
麻紀は、そっと麗央の掌に自分の手を重ねると、携帯電話に告げた。
「現在、後藤中隊長は所在不明。
ただ、柏中尉に電話がありまして。現状は動くなと厳命があったとはうかがっています。
柏中尉ですか?
中尉は今、地下の司令部で憲兵隊と協議中……メサイア?無理ですよ。
最終組み上げはどう見積もっても明日までかかるって……え?文句なら補給部門に言って下さい!
補給部門のバカが何考えてくれたのか、違う部品大量に送ってくれたおかげで、部品交換が昨日からストップしてるんです!
……え?なんですか?そのごめんなさいって?」
ぬっと現れた巨大な影。
それは山崎の影だった。
山崎は2メートル近い巨体と同じほどもある長い銃身を持つ巨大なライフルをアスファルトの上に置くと、麻紀の手首ほどはあるかも知れない巨大な弾薬を薬室に装填した。
そして、ポケットから取りだしたのは耳栓だった。
麻紀は一礼すると、耳栓を受け取った。数はかなり余裕がある。ライフルの発砲時の音で耳をおかしくしたくなければつけろ。ということだ。耳栓の入った透明な包みから自分の分を取り出すと、麗央に手渡した。
「宮城からの救援?
無理ですよぉ。
私の権限ではどうしようもないですし、それでもと思って、内親王護衛隊の身内に電話はしましたよ?
ですけど、もう東京全部に出るだけで、予備騎どころか総隊筆頭騎まで引っ張り出した挙げ句、それでも頭数足りないって、前線から部隊が次々に引き上げてる状況で……いえ、前線の崩壊なんて、私に言われても……騎体?この施設も予備騎はないって……うん?……ちょっと待って下さい?……あっ!」
不意に、麻紀の手から携帯をもぎ取ったのは山崎だ。
「すみません。
……美奈代さん?山崎です。
津島中佐からです。
葉月港のAバースに停泊中の“鈴谷”へむかえと……津島中佐が坂城さんに預けていたメサイアが4騎そちらに隠してあると……いえ!自分達は無理です!自分達は研究所を死守します。
……陸軍がこの施設を狙うのは、岡山首相の指示です。
狙いは、この研究施設にあるメサイアのデータです。
そいつを中国軍に引き渡して、外交上の得点にしたいというのが、連中の狙いだと、諜報部門から通報が。はい……我々には、司令部から厳命が下っています。どんなことがあっても、相手が誰だろうと、施設を死守……そうです」
山崎は、自分に言い聞かせるように頷いた。
「施設侵入者に対する無警告の殺傷命令が出ています。陸軍が施設へ侵入を試みた時点で、近衛と陸軍は戦闘状態に入ります」
「バカがっ!」
携帯電話をたたき壊さないために、美奈代は理性を総動員するハメになった。
肩で息をして、無理矢理酸素を肺に送り込む。
美奈代は無言で寧々に携帯を返した。
「……都築、鬼龍院中尉」
「……どうだった」
「大尉?」
「状況は最悪だ。陸軍の狙いは、近衛のメサイア技術の奪取」
「馬鹿な」
そう言ったのは中野だ。
「メサイアを持たない陸軍にそんなデータ、何の意味が?」
「山崎から聞きました。連中―――正確には岡山首相の狙いは、そのデータを中華帝国に引き渡して、自らの得点にすることだと」
「……っ」
驚愕に目を見開いたのは中野だけではない。
「何だそりゃ」
「……さすが」
寧々は言った。
「中華帝国政府の諜報部門や関連団体から、合法、非合法あわせて莫大な献金を受け取っている民州党内閣の親玉だけのことはありますね」
「感心してる場合かよ!」
都築が声を荒げた。
「このままじゃマズい!おい、和泉!どこかからメサイアは調達出来ないのか!?」
「……ある」
美奈代は頷いた。
「葉月湾の“鈴谷”に向かうぞ」
「“鈴谷”へ?」
「理由は知らんが、津島中佐がメサイアを隠しているという」
「本当にあのガキ」
都築は額に手を当てた。
「何、隠し持ってるかわかったもんじゃない!」
「今は感謝だ。中野大尉」
「俺に出来ることは」
中野は指で車のキーを回して見せた。
「この程度だろうな」
「―――頼みます」
「ところで和泉」
「はい?」
「お前、なんで拳銃持ってるんだ?」
「あなたに素直に渡すと思いました?」
「……後で覚えていろよ?」
“鈴谷”は葉月湾の埠頭に係留されたまま、完全なノーマーク状態だった。
メサイアが搭載されていない。
公にはそうなっている上に、艦としての機能を停止されている、そんな存在だ。
陸軍としても無視して良いとみなしたのか。
或いは、派遣する余裕がないのか。
美奈代は多分、後者だろうと判断した。
「こんなこともあろうかってな」
甲板で出迎えてくれたのは、坂城だった。
「紅葉はそう言うだろうが、なんのことぁねぇ」
ハンガーへ通じる通路を歩きながら、坂城は言った。
「あいつのラボに近々、査察が入るって噂耳にしたもんだから、副長にかけあって、隠していたメサイアを一時的に匿ってもらっていたってワケさ」
「副長、それで認めたんですか?」
「嫁さんにばれたら離婚モノのカードを紅葉に切られたって聞いたぜ?」
「あの人、マトモだと思ったんですけど」
「とりあえず、問題は」
坂城は立ち止まると中野を見た。
「法務官のあんたがどうするか―――だな」
「ここまで来れば」
中野は肩をすくめた。
「もう目をつむるしかないでしょう?」
「そういうことか?」
「それで、過去の失点は帳消しですよ?坂城さん」
「ふん……後藤さんにゃ、黙っていてやるよ」
本当にこの人、顔が広いなぁ。と美奈代は感心しながら、坂城の横顔を見た。
「MC達も“鈴谷”へ集まっている。連中の調整は進んでいるし、コクピットはお前達四人のパーソナルデータに合わせてある」
「四人?」
「お姫さんも、MC連中と一緒に合流している。昨晩、飲みに行った所で一緒に立ち往生したらしいぜ」
「それで?坂城さん」
都築は訊ねた。
「あの紅葉のガキが隠し通そうとした騎体って?」
「紅龍だ―――紅い龍って書く」
「いや……坂城さん。ソイツは」
驚いた声を上げたのは、中野だった。
「昨年、予算が通らなくて廃案に」
「紅葉に予算なんて言葉が通じると思うな。アイツにあるのは、思いついたら作ってみるってその本能的欲望だけだ」
「ちょっ……まさか!去年の不正経理の張本人って!」
「ああ。そいつは」
坂城は楽しげに肩をすくめた。
「聞かない方がいいぜ?なんで、調査が途中で止まったかを含めてな。あいつのバックを調べていくと、捲らなくて良いカーテンの内側まで覗くことになる」
「……」
「役人は、知らないことは知らないで通した方が身のためだぜ?中野候補生」
「……了解しましたよ。教官殿」
「教官?」
「中野は整備兵上がりだ。俺の指導の下で整備で軍務努めた後、大学へ入って、それから法務官になったんだ。補給部にはその経験買われての出向だ。これで結構な苦学生なんだぜ?少しは見習っておけ」
「へえ?」
美奈代は驚いた。という顔になった。
「苦労って言葉とは縁遠い、人生の王道走ってきた人だとばっかり」
「……世の中、そんなに上手くいくものか」
中野はメガネのツルを指で直した。
「それでも、津島中佐はよく」
「紅龍は非公然部隊でつい最近まで活動していたというか……紅葉が貸し出していたんだよ」
「可変メサイアですよ?」
「問題は、そいつを紅葉がお披露目させちまうことなんだが……」
まぁ、研究データ、パーにされるよりゃ、マシって判断したかな?
ポリポリと頭を掻いた坂城があごでしゃくった先。
そこには、整備を受けるメサイア達の姿があった。
「調整に一晩くれ。明日の朝一番で出せるようにしてやる」
美奈代達が、久しぶりに“鈴谷”の寝床に潜り込んだその夕方。
事件は起きた。
●大英帝国 ロンドン ダウニング街10番地
「随分と楽しいことになってきたな」
ヒースは、滅茶苦茶になった部屋の中に転がっていた椅子を手にして、その脚が折れていることに気付き、靴で、かつて椅子だった物体を蹴飛ばした。
「ベネットの―――あの若造からは?」
「新大陸も狼狽しています」
ボンド卿は冷たく答え、足下に散らばる写真を一瞥した。
ロシアから入手した、モンゴルの妖魔達の写真。
「海軍は一切の攻撃命令は下していないと。ホワイトハウスも同様の声明を出しています」
「ホットラインをつなげ。南米、アフリカの後にこのユーラシアを魔族にくれてやろうとはどういう魂胆か、はっきり訊ねておきたい」
「返答次第では?」
「我が国の武力は何のために存在している?」
「……魔族共の高笑いが聞こえてきそうですな」
ボンド卿は、床に転がったままのウィスキーのボトルを手に取った。
「それにしても、魔族側の反応が速すぎる……おっと、グラスをお借りできますか?素面では、とてもこれ以上は無理です」
「同感だ」
ヒースはガラスが割れたサイドボードを指さすと、どっかりとデスクの上に腰を下ろした。
「酒はこんな時にこそ飲むのに相応しい、神からの美禄だ。……新大陸が叩かれた腹いせにやりましたと答えたら、孫娘の婿に認めてやろう」
「どうも……そんな気はしないのですが」
「ジャップの小物は」
「オカヤマに、そこまでの脳みそがあるとは思えません」
「ノブヒトの方だ」
「……それこそ利点が見いだせません」
割れずに済んでいたグラスにウィスキーを注ぎ込むと、ボンド卿はヒースに手渡した。
「エンペラーとしては、自分の国が滅亡するかの瀬戸際です。こんな時にクーデターが起きたとなれば、むしろ殺してやりたいのはオカヤマの方でしょう」
「ジャップによる破壊工作の可能性は低いと?」
「むしろチンク共の方を疑った方が良い。チンクは魔族と手を結び、あの島国に攻め込む姿勢を表明している」
「漢民族の統治する中華帝国のみが、世界で唯一、存在を許された人類の国家である……か。素面でも酔えるとは、チンクも器用な連中の集まりだ」
ヒースはグラスをあおった。
「……氷は」
ドアが開いたまま、中身を散乱させて煙を上げているかつての冷蔵庫の残骸を、ヒースは視界に収めてから目を閉じた。
「どちらにしろ、人類は、魔族に停戦破棄の格好の口実を与えたわけだ」
「そうなります。全長3キロの巨大基地が3つ。ゴビ砂漠という厄介な場所に現れたわけです」
「モンゴル政府は」
「ウランバートルはすでに陥落。モンゴルという地名が世界地図から消えるのは時間の問題です。中華帝国政府とロシア帝国政府は非公式ながら、旧モンゴル国土の平和的分割について協議に入ったとも情報が入っています」
「随分とあっけない」
「モンゴルのような貧国に、妖魔の波状攻撃を阻止出来るはずはありません」
「妖魔は国境線を越えるか?」
「可能性はありますが」
ボンド卿は答えた。
「魔族と協定を結んだ中華帝国との関係を、さらにそれと協議に入ったロシア帝国の双方に挟まれた環境を考えると、両国国境線を魔族が越えるとは考えづらいですな」
「……逆に言えば」
ヒースはグラスを弄びながら言った。
「両国が邪魔で、我々は妖魔を叩くことが出来ない」
「そうです―――魔族はまさに絶妙な所へ楔を打ち込んだのです」
「しかし」
「はっ?」
「何故、ゴビ砂漠なのだ?魔族は何が狙いだ?」




