松崎大尉
爆音を轟かせ、着地したのは“征龍改EWACS仕様”だ。
誘導員の誘導に従い、ハンガーへと入った。
「ったく」
収容作業を終え、ハンガーベッドに固定された騎体から出てきたのは都築だ。
「福岡に行けだの沖縄へ行けだの、戻ってきたら今度は北海道か。俺はいつから観光会社に就職したんだ」
無重力の中、その体が機敏に動く。
「文句言わないの」
さつきがポニーテールをなびかせながら都築に近づいてきた。
「騎体の引き継ぎが終わったら、私達も原隊復帰、あんたも最愛の寧々ちゃんとも再会出来るんだし」
「……まぁな」
都築は照れたように頬を指で掻いた。
「休暇、認めてもらえるっていうからな」
「―――ちょっと」
ポンッ
さつきの肘が、鼻の下を伸ばした都築の脇腹を小突いた。
「今、何考えたのよ」
「何って、ナニに決まってるだろうが」
「―――このスケベ」
「おお。スケベで十分だ!」
都築は胸を張って床に降り立った。
「今の俺の頭は、そういうことでいっぱいいっぱいだ!」
「三ヶ月後に寧々ちゃんが寿除隊しそうね」
「……なぁ」
「ん?」
「寧々って、あの胸で母乳が出ると思うか?」
「な、何言ってるのよ!?」
さつきは、自分が真っ赤になったことを自覚した。
「それセクハラっ!?最低だよアンタ!」
「マジで聞いているんだっ!」
本当に都築は真顔だった。
「いや……小さいの気にして恥ずかしがる寧々の仕草があんまりにカワイイもんで、“貧乳もありだなぁ”って転向はしてみたものの、いざ母乳ってなると、どういうものか心配でな」
「……作ってみればいいんじゃない?そうすればわかるって」
さつきは、少しだけ都築と距離を取った。
「あんまり近づかないで、私まで心配になる」
「どういう意味だよ―――おっと」
都築は立ち止まると、目の前に並ぶ士官達に敬礼した。
「第802航空戦隊の美川少佐でいらっしゃいますか?」
「ああ。独立強行偵察隊の都築少尉か?」
「はい。都築少尉及び早瀬少尉であります」
「神聖なハンガーでバカ話は感心せんが、まぁいいだろう」
美川は騎体を見上げながら言った。
「これがご自慢の“征龍改EWACS仕様”か?」
「そうであります」
相手は少佐。
二宮以上に貫禄のある佐官を前に、二人はかしこまるしかない。
「北米戦線では大分、活躍したようだな」
「恐縮です」
「我が隊に一騎、独立駆逐中隊に1騎、それぞれ配置されると聞いたが?」
「自分の乗る1号騎が、802戦隊へ、早瀬少尉の2号騎が、独立駆逐中隊へ配置されると聞きました」
「1号騎はこれか?」
「はい」
「機動性には問題ないな?」
「逃げ足には自信があります」
「よろしい」
美川は楽しげに微笑んだ。
「ラグエル・システムは、3騎までしか連携が組めないのが欠点だ―――理由はわかるな?少尉」
「レクチャーは受けております」
「よし……2号騎は俺の管轄ではないから別として、1号騎でラグエル・システムとの連携を調べたい。1時間後にテストを行うので、それまで休憩してくれ」
「了解であります」
美奈代が“こいつ殺してやる”と、その日百回目に思った時、中野は言った。
「おい、和泉」
「なんですか?」
知らずに声が険悪になっているのが自分でも分かる。
「早めに上がって良いぞ?」
「え?」
「その時間で、とりあえずお前、スーツ買ってこい」
「スーツ?」
「そうだ」
中野は言った。
「武官の軍服だと目立ちすぎる。何より、俺が怒りづらい」
「なら、このままにさせて下さい」
「だめだ。金鵄勲章にケンカ売っているとでも言われると、俺も立場がない」
「……結局、自分のためですか?」
「悪いか?」
「文句だけは言いません。スーツって、いくらするんですか?」
「女物の相場なんて、俺が知るか。とりあえず、2課の松崎が早退するというから、売っている場所位、聞いておけ」
「……文句は言いませんから」
美奈代は手を出した。
「お金下さい。私、持ち合わせが全くありませんので」
「……領収書、もらってこいよ?」
中野はため息混じりに、財布を取り出した。
美奈代が二課に松崎課長を訪ねたのは、午後4時前だった。
中野と年頃は同じくらいの女性が、入って来た美奈代を出迎えてくれた。
「あなたが和泉大尉ね?」
スーツ姿がよく似合う人だな。というのが、美奈代の正直な感想だった。
「二課の松崎です」
「お世話になります」
美奈代は素直に頭を下げた。
「……まぁ、中野の言うことも最もね」
クスクスと、松崎は笑った。
口元を押さえた手に指輪が光っているのを、美奈代は見逃さなかった。
「金鵄勲章持ちに文句は言いづらいわ」
「そう、ですか?」
「そういうものよ。第一、こんなに略綬リボン持ってるなんて、下手な後方勤務ばかりの将校共じゃ太刀打ち出来ないもの」
「……はぁ」
「私達だって、永年勤続章と善行章が1つか2つかしら?迫力が違うわねぇ」
松崎は、少しだけ羨ましい。という顔で、美奈代の胸元を見つめた。
美奈代の胸には、従軍記念章の略綬リボンがずらりと並んでいる。
「……女としては」
美奈代は、その視線に照れたように答えた。
「松崎大尉が羨ましいです。ご結婚とご懐妊、おめでとうございます」
「あっ……あははっ」
頬を紅くした松崎が、照れ笑いを浮かべた。
「いやぁねぇ……出来ちゃった結婚なんて、他人事だと嬉しいことなんだけど、いざ、自分となれば、これがまた恥ずかしいのよねぇ……」
「ははっ……でも、いいなぁって、思いますよ?本心から」
「ありがとう」
松崎は照れ笑いを浮かべながら言った。
「スーツ、買いに行くんだっけ?」
「はい。すみません。スーツって、買うどころか着たことすらなくて」
「そうよね……就職活動経験ないでしょうからね。中野からお金もらってきた?」
「はい」
「とりあえず、2着は必要ね。中野に文句言われたら、私に言いなさい?口げんかで勝てるとは思えないけど、文句だけは言ってあげるから」
「た、助かります」
微笑む松崎大尉を見て、美奈代はふと思った。
あれ?
この人……。
それは、思い違いかもしれない。
でも、そう思うことまで止められなかった。
私に似てるかもしれない。




