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プラツゥル

 同じ頃、天壇の中では、宗像がしきりに鼻を気にしていた。

「……むず痒いな」

 誰かが噂しているのかもしれない。

 このむず痒さからして、決していい噂ではあるまい。

 だが、仕方ない。

 宗像は、魔族軍の軍服に身を包む自分の姿を見て思った。

 自分は裏切り者だ。

 恨まれようと憎まれようと、文句が言える立場では無い。

 自分は―――そういう身だ。


「騎体の方はいかがですか?」

 紅茶の香りが鼻を心地よくくすぐる。

 むず痒さがとれるようだった。

「……悪くないです」

 宗像は目を開くと、テーブルに置かれた紅茶に手を伸ばした。

 場所は、天壇のかなり下部層に属する所。

 ダユーの紹介がなければ、多分、来なかったろう所だ。

 口の中に芳醇な味わいが一杯に広がり、五臓六腑が幸福感に満たされる。

「この一杯には、かなわないですが」

 それは、世辞ではなく、本心からの一言だった。

「まぁ」

 言われた相手は、紅茶を乗せていたトレイを抱きしめるようにして、目を細めた。

 魔族。

 そう言われれば、かなり恐るべき外見の持ち主を連想するが、宗像はその考えをすでに改めていた。

 むしろ、人間なんて及びも付かないほど、神々しくさえある存在だと、そう思うようになっていた。


 ―――少なくとも、目の前の女については。


「ありがとうございます」

 耳に心地よい声に、心まで癒される。そんな至福の時を求めて、宗像はここ数日、時間があれば、ここに入り浸るようになっていた。

 土器色に近い茶色の長い髪をした美女が、宗像に微笑んでいる。


 名をプラツゥルという。

 魔族軍正規部隊の兵士ではなく、本人曰く、ダユー様の友人、だという。


「それにしても……」

 何度来ても驚くのは、彼女の美貌であり、このお茶のうまさであり、そして、この室内だ。

 どこかの日本家屋を参考にしたという室内は、何と畳敷きで、民芸調の棚には茶器が整然と並び、心地よい程度の太陽光を模した照明の光を反射している。

 どういう仕組みなのかわからないが、まるで森の中を抜けてきた風を連想させる風まで感じながら、宗像は虫の鳴き声まで聞いた気がした。

 板葺きの廊下の外。

 そこには確かに庭がある。

 それが、疑似空間にすぎないとはいえ、巨大な岩の塊であるはずの天壇の中で、こんな空間があること自体が信じられないが、始終、金属と岩の中で暮らしていると、こういう世界が恋しくなるのも当然だと、少なくとも宗像はそう思うし、緑あふれる空間を恋する気持ちは、人間も魔族も同じだと、そう考えるだけで、この室内を作ってくれたプラツゥルに感謝というか、親しみすら覚えてしまう。

「季節は夏に設定しているんです」

 宗像の前に座ったプラツゥルは、あっ。という顔になった。

「麦茶の方がよかったですか?」

「……いや」

 よく知っているな。と、宗像は感心しながら、相手の心遣いを謝辞した。

「紅茶が飲みたいと思っていたので、これで」

「―――よかった」

 ほう。というプラツゥルのため息に、心から癒される思いがする宗像に、プラツゥルが訊ねた。

「メースへの搭乗訓練も順調とか」

「ええ。ダユー様の調整のおかげで」

「メースに搭乗したご感想は?」

「……正直」

 宗像は笑った。

「こんなバケモノ相手に生き延びてきたこと自体に、驚いています」

「……主のお導きですよ」

 プラツゥルは微笑んで言った。

「生きろと―――そう思し召したのでしょう」

「成る程?」

 宗像は、民芸調の茶箪笥の上に置かれた偶像をちらりと見た。

 魔族が信奉する神の姿を模したものだという。

「プラツゥル殿は」

「はい?」

「仕事の方は……いかがですか?」

「順調です。数も来ていますし。ですけど」

 プラツゥルの顔が少しだけ曇った。

「私の仕事が多いということは、それだけ傷ついた妖魔が多いということですし」

「妖魔のメース化……でしたっけ?」

「線引きはいまだに議論があるようですね」

 プラツゥルはティーカップをソーサーに戻し、菓子皿に載った大福を宗像に勧めた。

「私が封印されていた数千年。その後にいたってまで、未だに公然と行われている辺り、魔族もまだまだ、倫理の面で人類を笑えないですね」

「……それをやり続ける貴女は?」

「欺瞞のように聞こえるでしょうが、ある意味で、慈悲だと思っています」

 プラツゥルは答えた。

「戦場で傷ついて、使い捨てのゴミのように薬殺されるより、わずかでも生き延びさせることが……確かに、今は完全に直すことの出来る再生技術はあります。

 しかし、戦場で傷ついた大型妖魔を後送して、それを施すことは、時間的にも人材的にも、そしてコスト的にも高すぎます。

 一体を再生させるより、もう一体、別な妖魔を取り寄せた方が早い。

 その言い分には、私も反論は出来ません」

「機械の体でも、与えてやるのもまた慈悲と?」

「そうです。でも」

 プラツゥルは目を閉じた。

「私も、妖魔は生命のある存在ではなく、モノだ……そう思いたいのですが」

「それをやるには、あなたは優しすぎる」

 宗像は言った。

「それは、罪ではないと思います」

「……ありがとうございます」

 プラツゥルは小さく微笑むと、言った。

「新しい子のロールアウトがもうすぐなんです。ご見学されますか?」

「是非」

 宗像は席を立った。




 小さなビルの如き巨大な培養槽が並ぶ空間。

 そこがプラツゥルの職場だった。

「ヴォルトモード卿の軍から回された、負傷した妖魔達が運ばれてきます」

「ちょっとした動物病院って所ですか」

 意味が通じるかわからないが、宗像はそう言うしか無かった。

 培養槽の中には、得体の知れない巨大な妖魔が胎児のように丸くなって浮かんでいる。

 しかも、一頭二頭ではない。

 この無数の柱の一本一本に、妖魔が入っているのだ。

「私が、主に扱う妖魔は、たった一種だけです」

 プラツゥルは言った。

「薬殺と判断されるまでのダメージを受けた大型妖魔。それだけ」

「現場としては……」

 言いかけて、宗像は言葉に詰まったが、

「殺す以外に手はない……」

「人間なら」

 プラツゥルは振り向くなり、椅子にかけていた白衣に袖を通した。

「死体袋に入れる―――そういう状況ですね」

 大人しい顔をして、それでもこういう大胆な発言を行う辺り、意志は強いタイプだな。と、宗像はプラツゥルについて、新しい何かを発見した気がして嬉しくさえなった。

「ダユー様が、戦力としての再利用をお考えです。またそれは、ダユー様と共に戦うヴォルトモード卿の軍司令部の方々とも利害が一致する話しでして」

「……それで?」

「薬殺される前に、こちらから妖魔を引き取りに行って……その」

 プラツゥルは、少しだけ言い淀んだが、

「……前線へ行って、買うというか、交換するのです。お金や食料と」

「買う?」

「ええ……現地の方にお金やお酒、或いは食料と交換していただくのです。大型妖魔でしたら、お米10キロか、お酒1升と」

「随分、安いんですね」

 一升なんて単位が出てきたことに驚きながら、宗像は呆れるしかなかった。

「どうせ殺せば光の泡。なら、それを元にお金に換えた方が、自分達もありがたいと―――タテマエでは皆様、そうおっしゃいますけど、苦楽を共にした妖魔を自らの手で殺すのは忍びないというのが、本音でしょう。私は少なくともそう信じています」

「成程?」

「今、量産に入っているのはこのタイプです」

 ライトアップされた培養槽の中に浮かぶのは、翼を持つ大型妖魔だった。

 宗像は、戦場でこのタイプは見たことが無かった。

 龍そっくりなサラマンダーとも違う。

文字通りトゲの付いた鱗に覆われた、恐竜だかゴジラだかに翼をつけたような、奇妙な、しかし、生理的には好きになれそうも無い、そんな存在が林立する培養槽の中に何匹も浮いている。

「ワイバーン―――私は飛龍と呼んでいます」

「結構、日本趣味なんですね」

「平和な時代になったら」

 プラツゥルは笑って言った。

「見学に回りたいなと思っています。ご案内いただけます?」

「京都は私の庭のようなものですから」

「京都?」

「日本で最も古い都……とでも言いましょうか。見ていただければ、お気に召すはずです」

「ふふっ。ありがとうございます」

 プラツゥルは優雅に一礼すると、培養槽を見上げた。

「体の50%から75%に重度の障害を受け、命からがらネストまで戻っては来たものの、半ば力尽きた子達です」

「これにメースのパーツを?」

「気の毒とお考えでしょうか」

 プラツゥルは唇を噛み締め、言った。

「同一規格でメースのパーツを組み込んでいます」

「……自らの意志で、自立して動くメース」

「概念としては、それで正しいと思います」

 プラツゥルは頷いた。

炎息ファイア・ブレスを吐き出すことも出来ますし、この子達の神経でメース化した部位は、生身の体同然に動かすことが出来ます。また、主要部には、人類の実体弾に耐えるだけの簡易甲冑を装備しています」

「どうやってコントロールするんです?」

「基本的には、本能に頼って……同族だけで群として動かすことが出来ます。ただ、本来的にこの級は気性が荒いので」

 プラツゥルが指さした先。

 そこには、培養槽の中を通る幾本かのチューブの中でもひときわ太く、襟元に突き刺さるかの如く繋がっているチューブがあった。

「洗脳……そして、脳内に設置したチップで個別コントロールを使います」

「随分と念の入ったことをしますね」

 こういうのは、好きになれそうもないな。と、宗像は確信した。

「残念ですが、元からそういうことしないと使いこなせないのです。とはいえ」

 プラツゥルは答えた。

「本来なら、満足な四肢を復活させて、魔界に戻してあげたいのです」

「あくまで兵器……ですか」

「そうです。

 戦争が再開されれば、このタイプと、“アイバシュラ”タイプが妖魔部隊の主力を担うことになります」

「“アイバシュラ”?」

「ええ……正直、今、人間界で投入されている妖魔達の活動は、限界に近いのです」

 意味が分からない。

 自分達があれほど苦戦した妖魔達が限界?

 何のことだ?

「それは?」

「本来、妖魔達は魔界に存在するもの。魔界の自然環境にこそ、適した生命体なのです」

「……でしょうね」

 それはそうだ。と、宗像は思った。

 寒い地域の生命は、寒い環境に適している。

 暖かければその逆。

 それが当たり前だろう。

「そのため、魔族は擬似的に、自らと妖魔が活躍しやすくするため、人間界に存在しない空間粒子を大量に散布しました」

「……狩野粒子」

「そう呼ばれているのですか?なら、カノー……狩野粒子とこれからは呼びましょうか」

 プラツゥルは頷いた。

「狩野粒子は、高濃度にならない限り、この世界の生命に影響は与えません。

 むしろ、空間に侵入する紫外線をはじめとする有害な宇宙線を阻害することも出来、有益とさえ言われてるのですが」

「それで?」

 宗像は、絵本の続きを促す子供のように、プラツゥルに続きを促した。

「それがどういう?」

「どれ程、環境をあわせても、妖魔そのものの持つライフサイクルまでは変えられません。

 大型妖魔の大半は、3年から20年のサイクルで繁殖期を繰り返します。

 繁殖期を迎えた妖魔は性格が大人しくなり、防衛本能が強まることから、戦闘に参加することは希になります。

 今回、その繁殖期が多数の級で重なる珍しい事態が発生しています。つまり」

「現在、魔族軍に投入されている大型妖魔が繁殖期を迎えると?」

「そうです。ですから、大半が使い物にならなくなります。

 戦力確保のため、ヴォルトモード軍としては、今回、繁殖期とは無縁に近い級の妖魔の確保と入れ替えに血眼になっています」

「入れ替え?」

「ええ……無論、そのサイクルから外れるワイバーン級の他にも、基本的に繁殖期を必要としない類の妖魔もいるのです」

「その妖魔とは?」

「……こちらです」

 プラツゥルが脚を進め、数分、歩いた所で足を止め、別な培養槽を指さした。

 全長30メートルほどの大型の妖魔が、そこに浮かんでいた。

 ワイバーンとは違う、昆虫然とした姿が、生理的な嫌悪感を嫌でも引き立てる。

「これは、停戦前に前線に投入され、損傷した一体です」

 紅い外骨格を纏った昆虫のような生命体が、そこに浮かんでいた。

 なんだか、伊勢エビとサソリを合体させたような存在だなと宗像は思った。

「アイバシュラB級……平均身長30メートル。六本脚で歩行可能。また、空を飛ぶことも可能です」

「B級ということは、他にもタイプが?」

「A級はこの半分……攻撃力も半減します」

「小型サイズもいるのですか」

「はい。背中に生えた4枚の翅を展開して飛行します。また、陸上でも後脚による2足歩行、または6足歩行形態をとることが出来、合わせて3形態に変形が可能です。

 中脚に連射可能なビーム発射能力を持ちます。前脚には、ビームソードと同じ機能も」

「生命体でビーム?」

「ええ……ライノサロスタイプも持っている、あの級類と理論的には同じですが?」

「先程、京都見学をご希望でしたが、むしろ私の方が、魔界に連れて行って欲しいと思いましたよ。生態が知りたい」

「講義がご希望でしたら、してさしあげますよ?翻訳機能のあるメガネ、お貸ししましょうか?」

「是非」

 メガネをかけたプラツゥルの顔が見てみたいな。と、宗像はちょっとだけ胸がときめいた。

「話を戻しますね?背中の角状の大型突起物から大型ビームを発射可能で、一撃でメースを分解させることが出来る程の破壊力を持ちます」

「……A級でも、それ程の脅威に」

「いえ?A級はそれ程の強さは持ちません。

 頭部にビーム発射機能とビームソードがある程度で……同級同士での連携を考えれば、A級は後方支援こそが本質だと思って下さい」

「後方支援ですか?」

「ええ。無論、人間の個体相手でしたら、十分以上の戦力になりますけどね。捕食機能も持っていますし」

「まさか、人間を?」

「ええ。結構、貪欲です」

「……っ」

「サイズ的な制約もあります。これ以上の存在として、この城には存在しませんが、魔界には、全長500メートルを超えるビショップ級……まぁ、巣を守るための特別な存在ですけどね。

 他には……そうそう、これはもう生命体というより巣そのものですが、ネスタージュ級。これが約3キロ……さらには10キロ近いクイーン級も」

「……どういう生命ですか?」

「蟻はご存じですか?」

「あの地面を這い回って砂糖に群がる?」

「ええ。働き蟻がA級、兵隊蟻がB級、その上にこれらをまとめるビショップ級、そして、繁殖を司るネスタージュ級……その上に属するクイーン級と」

「まるで一つの社会……」

 言いかけて、宗像はプラツゥルの言葉の真意を理解した。

「社会全体の中で生み出される以上、繁殖期が存在しない」

「正解です♪」

 プラツゥルはやんわりと微笑んだ。

「そして、数も確保出来る」

「……どれ程?」

「さぁ?」

 プラツゥルは首を横に振った。

「全体の入れ替えとなれば、数万では効かないと思いますが……」

「……今」

 宗像は肩をすくめた。

「私は魔族軍に属することに感謝していますよ」







-----キャラクター紹介---------

プラツゥル

・獄族の技師。

・亜麻色の髪を持つ美女で、ほんわかした性格の持ち主。

・妖魔を可愛がっており、メースのパーツを利用した妖魔のリハビリ方法を発案する。

・日本が大好きだが、その知識は勘違い外国人の持つそれの最悪レベル。

【ネタバレ】

・イメージは『ああ女神様』のベルダンディー。




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