責任転嫁 / 美奈代の出向
翌日午後。
うーっ。
美奈代は、痛む胃を押さえながらバスから降りた。
戦闘服とは違う軍服姿の自分が窓に写る。
正直、戦闘服と室内着以外の服を着たのが、恐ろしく遠い昔に感じてしまう。
戦闘糧食に慣れた身で、スカートが入っただけで満足するべきだと自分に言い聞かせたが、多分、スカートが入った最大の理由は、中野にいびられたことによる精神的苦痛だろうと思うと、嬉しくも何ともない。
葉月のラボに騎体を収め、手続きを終えた美奈代は、電車とバスを乗り継いで移動中だ。
正直、バスという乗り物には縁の無い環境で育った美奈代は、実はバスの降り方がよくわからない。
財布の中にある小銭を正しく払えるか、そんな心配までし出したら、目眩までしてきた。
バスが停止し、目的地についた事を告げる。
美奈代は、おっかなびっくり運賃を払い、何とか無事にバスを降りることが出来た。
バス停から近衛の司令部のあるビルまでは徒歩5分程。
官公庁のビルが建ち並ぶ一角にあった。
出向先は宮城かと思っていたら、こんなオフィス街だった。
官公庁同士の折衝には、この立地の方が楽だという紅葉のセリフに納得するしかなかった。
スーツ姿の、いかにも役人という感じの男女の間をすり抜ける美奈代は、軍服姿の自分が浮いているような錯覚を覚えて、早くも逃げ出したくなった。
「……あ、ここだ」
宮内省近衛府霞ヶ関支所と書かれた金属プレートを見つけた美奈代は、ため息一つ、ドアの向こうに入った。
「補給部?」
「はい」
ジロリ。と睨むように視線を向けてきたのは、年配の男。
同じ軍服姿からして、武官であることは間違いない。
階級は軍曹。
多分、美奈代の顔だけ見て、候補生か何かと勘違いしたのだろう。
まるで値踏みするように美奈代をジロジロ見て、
「IDカード出して」
「は?」
「身分証明書だよ」
「……はぁ」
美奈代は、胸に下げていたIDカードを手渡した。
「ったく、どこの軍装屋で仕入れたの。その格好」
「はい?」
「その歳で大尉?あるかっての。しかも、何その略綬リボンの数」
「……あの」
美奈代は、自分が何か、服装規定に違反しているかのと本気に心配になった。
「コスプレしたら通るほど、近衛は甘くないよ?……ああ、補給部?」
ものの1分とたたない後、
「……」
信じられない。という顔の軍曹が、恐る恐る、美奈代に尋ねた。
「……あの」
「はい?」
「もしかして、その階級章、本物?」
「ええと」
美奈代は頷いて、申告しようとして、一瞬、言葉を詰まらせた。
「どく……じゃない、葉月実験センター所属、和泉大尉であります」
「ってことは」
美奈代を指す指が震えている。
「その金鵄勲章も―――本物?」
「え?はい、そうですけど」
「ったく」
大企業のオフィスばりに広く、そして整然とした中は、スーツ姿の男女が忙しげに仕事に追われている。
その中で、手の空いた者は、中野に案内されて入って来た美奈代にチラチラと視線を送ってくる。
「源さんをビビさらせるとは、なかなかやるじゃないか」
「勘弁して下さいよ」
美奈代は半泣きだ。
「私、何したんだろうって、本気で恐かったんですから」
「怖がるのはこれからだ」
中野の席は窓際。
他のデスクが一望できるポジションに置かれている。
まさに管理職の地位にあることを、座席が教えている。
「お前の席だ」
中野は自分の席の前に置かれたスチール製のデスクを指さした。
「一週間、お前の戦場はここだ。部下への面通しは昼礼でやる」
「あの……私、何するんですか?」
「とりあえず」
ドンッ
どこに隠していたのか、中野は膨大な書類の束を取り出した。
「会議用資料だ。これをホッチキスでとめておけ」
何で、こんなことやってんだろう。
仕事中、美奈代は何度も自問を繰り返した。
何で、ここで事務仕事なんてやらされているんだ?
自分の真横で書類に目を通している、このクソ憎い男と自分は何故巡り会った?
本来、自省的な人間なら、自分の事務能力の低さを謙虚に反省するところだろう。
しかし、すでにそんな段階を精神的に振り切っている美奈代は、その原因と責任を他人になすりつけるところまで陥っていた。
周りの関係者の顔がグルグルと頭の中に浮かんでは消えていく。
しかし、どうもしっくりこない。
責任があるというと、自分の顔しか思いつかないのだ。
それは違うと思う。
自分は、頑張って仕事してきた。
ここに至って、突然、こんなに怒られたり、大量の書類に埋もれるのは間違いだ。
心の中で、そう弁護する何かが叫ぶ。
その心地よさに、反論する余地は無い。
……そうだ。
美奈代はやっと思いついた。
あいつだ!
あいつが悪い!
そう、思いついた人物が一人だけいた。
宗像だ。
敵に寝返ったとは思えない―――否、思いたくない。
ただ、自分の元を去ったのは紛れもない事実。
自分に何の相談も無しに、姿を消したあの女。
自分の相棒であり、あんなことまでして、自分の夫の如く振る舞った相手。
何より、自分をこんな体にしたのは、紛れもなくあの女だ。
だから、あいつが悪い!
それなのに―――それなのに!
「おい」
中野の声が耳に届く。
「手が止まっているぞ?会議まで15分だ。資料、準備できてるのか?」
「やってますっ!」
美奈代は、資料の数を一枚、数え間違えたことに気付いて舌打ちした。
こんな時に声をかけるな、バカっ!




