SP4 風翔 後編
地上に設置されたターゲットを、部下達の放つ“アナイアレーター改”のビームが正確に打ち抜いていく。
距離はターゲットから21キロ離れた高度5千メートル。
「ビームというから」
美川少佐は、感心した。という顔で言った。
「空気抵抗でかなり出力を失うと思っていたが……」
「本来なら」
後席に座るMC、石川澪少尉が、ブースターの監視モニターから目を外さずに言った。
「この騎からでもMLが発射出来ればいいんですけどね」
「その辺は、省略されていると聞いていたが?」
「ええ……悪く言っても良く言っても、コスト削減……使える装備は通常騎の方へ中古部品として回すのが基本ですからね」
「つくづく、自分の立場を思い知らされるな……」
美川少佐の口元に浮かんだ笑みは、むしろほろ苦い。
「元来が試験騎です」
澪は言った。
「試験に不要な装備は最初から取り付けません。それを実戦に引っ張り出す所で既に無理があるんですよ」
「……だな」
「それに、対空戦闘用なんて言っても、本来は私達誘導による翼下に吊した空対空ミサイルが主力で……」
「上層部もまさか、狩野粒子が本土で使われるとは想定していなかったってところか」
「……ですね」
「Fly rulerへ搭載されたビーム兵器は、こいつの開発時点では出力不足で使い物にはならんかったそうだしな。強化したレーダー、センサー、そしてブースターの冷却にエンジン出力をとられる関係で、内蔵MLは元来から撃てん」
「よく戦ってきたと思います。30ミリと120ミリだけで」
「運という言葉は嫌いだが、否定は出来ないな」
「運も実力の内です」
澪は言った。
「実力のない人に、運は付いてきません」
「良い言葉だ」
「―――どうも」
「本来なら、陸上のマトじゃなくて、空を飛ぶ妖魔でどの程度かを知りたいと頃ではあるが……」
「“死乃天使”、接近中です。1時方向、距離35キロ」
「身内で勘弁してやろうか」
「では」
美川は、部隊の射撃訓練が一通り終わったのを確認した後、操縦桿を握る手に力を込めた。
「MLもある。パワーもある。全てに恵まれた、贅沢な騎士殿に、俺達半騎士の底力って奴を見せつけてやろうじゃないか」
「20キロでの狙撃……ですか?」
「飛行型妖魔の標準的な索敵範囲は10キロから15キロと言われています。敵より先に相手を発見し、先に殺すのは戦闘の基本中の基本です」
「……ですね。命中精度は?」
「MCの管理下にあるんです。外れるはずがありません」
MCがターゲットを選定し、照準に収める。
騎士はただ、トリガーを引くだけの存在。
牧野中尉が言っていることは、騎士とMCの関係を語る上では常識となることを言っているにすぎない。
「データは上々です。妖魔の群を追い散らすには十分な精度ですね」
「―――で」
美奈代は訊ねた。
「私に何しろと?」
「とりあえず、ビームライフルは非破壊型、つまりは演習用です」
「あれですか?色のついた光線が出るだけってヤツ」
「そうです。命中すればセンサーが反応します。1回ヒットで私達へのおごり確定」
「なんですかそれ」
「そういうルールです」
「いつ決まったんですか?」
「神様が世界を作った時に」
「……」
「小隊全騎へ」
美川少佐が張りのある声で部下に告げた。
「獲物は世界最強のモンスターだ。ヤツを仕留めたら箔がつくぞ!」
「「了解っ!」」
「3騎による機動予測攻撃。全騎、データリンク確認。FCSを俺の騎に合わせろ。秋山中尉、よろしく頼む」
「了解―――“アドヴァンスド・ラグエル・システム”起動」
美川騎の頭部―――MCRに陣取るMC、秋山律中尉は楽しげに頷いた。
「全騎のMCRシステムを同調―――ターゲットを設定します。全騎MCへ通達。弾種、テストモード。射撃サイクルは、三点バーストモードで設定を確認して下さい」
「ちょっ!?」
撃たれてここまでびっくりしたことは久しぶりだった。
本能レベルで騎体をひねった所へ正確にビームが飛んでくる。
シールドや装甲を数発がかすめた。
騎体をロール機動に入れて、騎体を急上昇にいれた所で、光の襲来は止むことは無い。
精度が高すぎる!
「これ、何を使ってるの!?」
騎体を急制動させ、反動で一回転するという予想外の機動をとった。
ターンする背中と翼を、ビームが掠める。
「冗談みたいに正確なんですけど!?」
「正直っ!」
牧野中尉は真顔で答えた。
「これで命中しないあなたの方が、冗談みたいです!」
「これでか!」
美川中尉が目を見張ったのも無理は無い。
彼の目から見ても、完全に命中するはずの攻撃を、相手は立て続けに、寸前で回避し続けてのけているのだ。
神業としか言い様が無い。
「どういう事だ!」
「信じられません!」
秋山中尉が困惑というより、悲鳴に近い声を上げた。
「命中可能性99.8%を回避されたなんて!」
「さすがということか!」
戦場で判断を止めたら死ぬ。
美川少佐は、歴戦のパイロットとして、現実を直視し、そして生き残るための策をすぐに脳内ではじき出した。
「全騎へ。システムは維持したままで散開。銃槍を着剣しろ」
「「了解」」
“アナイアレーター改”の銃槍が伸展し、光を放つ。
正直、使いたいとは思わない。
使うまでに敵を止めることこそが―――否、止められなければ、部隊の存在意義が無い。
「相手が悪すぎる―――そう言いたいが」
ピーッ
警報が鳴り響くなり、美川少佐は騎体を左へ急旋回させた。
白い光の塊が、騎体の浮いていた所を飛び去っていった。
「言い訳にもならんっ!」
「間合いを縮めて―――トドメを刺したいのですが……」
美奈代はうーん。と唸った。
「それは……なんだか禁じ手のような感じがするんですよねぇ」
海面ギリギリまで高度を下げ、ビームの嵐を避ける。
反撃の一撃は、容易に回避された。
「手を抜くつもりなら、せめて一発でも当ててくださいな」
「ごもっとも」
とはいえ―――
騎体の動きが、メサイアのそれとははっきり違う。
美奈代が相手にしてきた、どのメサイアもこんな動きはしなかった。
というか、空を主戦場とする相手との交戦は、正直、美奈代もほとんど経験が無い。
普段、慣れた戦場とは全く勝手が違うし、何より―――。
「……くっ」
美奈代は、あの時のことを思い出して、歯ぎしりした。
―――あの時。
北米で相手にしたあのメース。
完璧に手玉にとられた挙げ句、シールドの上で斬り合いまで演じられた失態を、美奈代は忘れていない。
あの時、あのメースの空中での戦いぶりに、実は内心で見とれていた自分がいた。
敵に惚れるなんて、あってはならないことをした自分。
それを思い出す度、美奈代は悔しさと、敵の技量への嫉妬に苦しむ。
「―――っ!」
美奈代は、それから逃れるように、“死乃天使”のブースターを開いた。
「敵騎、突っ込んでくる!」
「ほう?思い切りが良いな!」
美川少佐は、破顔の笑みを浮かべ、部下に怒鳴った。
「俺が囮になる!仕留めろっ!」
「「了解っ!」」
ピピピッ
ターゲットに指定したSP4との距離を示すゲージが一気に減っていく。
「斬艦刀を!」
「いえ!」
美奈代は首を横に振った。
「それこそ、敵の思うつぼ―――」
美奈代の脳裏に、ピンッと何かが走った。
「―――ここっ!」
美奈代は、“死乃天使”のブースターをほぼ完全に停止した。
失速寸前の騎体の中では、失速警報が鳴り響く。
その目の前を、光の柱が交差して走り抜けた。
グンッと来る騎体の失速の中、美奈代は2発。ビームライフルのトリガーを引いた。
「2騎撃墜。原因は」
ハンガーに収容された騎体から降りた美川少佐は、騎体を見上げながら言った。
「システムに頼りすぎた、俺の指揮ミスだな」
「あのぉ」
美奈代は、不思議そうに訊ねた。
「一体、どういう仕組みを使ったんですか?」
「戦ってみて、どうだった?」
まるで教え子に質問する教官というか、先生みたいだな。
そう感じた美奈代は、目の前の男性が、かつて教官だったことを思い出した。
「正直」
美奈代は真顔で答えた。
「二度と戦いたいとは思いません。実戦で、しかも部隊で攻めろというなら、撤退を考えます」
「逃げるって選択肢があるだけ、贅沢な話だな」
「指揮官として、部下を無駄死にさせたくないですから」
「……そうだな」
美川少佐は小さく頷いた。
「俺達は、生きて帰れるかどうかわからん航空隊の若造共を守らねばならん。そこに撤退という二文字はない」
「……っ!」
「叱っているわけではないぞ?」
美川少佐は小さく笑って見せた。
「時には逃げることも大切だ。見よや歩兵の操典を 前進前進また前進 肉弾とどく所まで―――んなことは、陸の歩兵共にやらせておけばいい」
「さすが元海軍……」
「歩兵の本領は、俺も好きな歌だがな……部下を死なせたくないという心意気は、俺も大尉と同じだ―――さて。質問に答えるとしようか」
コホン。
わざとらしいまでの咳払いに、美奈代は何となく、とんでもない答えが返ってくると本能的に悟った。
「Fly rulerは知っているな?」
「はい」
美奈代は頷いた。
「同期が乗ってます」
「そうか。それは知らなかった。なら、話は早いか?」
「失礼ですが」
美奈代は答えた。
「Fly rulerの詳細は、承知しておりません」
「……うむ。Fly rulerには三次元上において、複数騎が有機的な連携戦闘がとれるよう、極めて厳重なデータリンクシステムが組まれている。Fly rulerの強みは、まさにここにある。これを“ラグエル・システム”と言う。俺達のSP4が搭載しているのは、その前身、“アドヴァンス・ラグエル・システム”だ」
「……もしかして、“ラグエル隊”っていう部隊名はそこから?
「ああ……俺は仏の方だからよく知らんが、何でも天使の名前だそうだ」
「へえ?」
「天使で思い出した」
その顔は、本当に嬉しそうだった。
「大尉の機動はまさに神業だ。
大尉に駆られたあのメサイアが何故、天使を名乗るかは、その機動をみればわかる。
滑るような動きといい、まるで天女の舞を見ているようだった。
大尉は戦闘機パイロットになっても、エースになれるぞ」
「買いかぶりですよ」
美奈代はほんのりと頬を紅く染めて、首を横に振った。
「……その連係戦闘の機能が?」
「そう。MC達とメサイアの頭脳を、ほぼ統一する。つまり、部隊の中でデッカイ脳みそを作り上げるのと同じだ」
「えっと……」
ひー、ふー、みー、美奈代は屯しているMC達の数を数えた。
「私、6人相手に勝負したんですか!?」
「1対6じゃないぞ?」
美川少佐は、まるで驚く娘に語りかける父親のようにさえ見える。
「ラグエル・システムの上では1対12、いや、1対18は保証できる」
「……はぁ」
一体、どんなシステムなんだろう。と、美奈代は想像しかけてやめた。
下手な想像は、これから、この部隊を相手にした時、絶対に無駄な障害にしかならない。
そう、思ったからだ。
「それはもう、人智を超えた予測を可能にする。敵の針路予想の凄まじさは体験したろう?」
「まさに、神様の技ってヤツですね」
「そうだ。天使が天使とぶつかったんだ。面白い勝負だったな」
「実戦ではゴメンです」
「同感だ」
銃槍のテストに入るという美川少佐達に、美奈代はふと、思い出したことを告げた。
「あの」
「ん?」
「いつまでも、SP4っていう名前もさみしくないですか?」
「……」
きょとん。とした美川少佐が、目をパチクリさせた。
「……ふむ」
アゴに手をやって暫く考えた美川少佐は頷いた。
「確かに……龍は名乗れないが、ペットネーム位、あってもいいな」
「ですよね?」
「本来なら、開発者が決めることだが……おい、衛次はどこだ?」
「隊長に言われて、未だに便所掃除してるんじゃないですか?」
「いかん、忘れていた……まぁ、いい。便所コオロギに決めてもらうと縁起が悪い。むしろ、大尉に決めてもらった方が面白いな」
「私っていうか、知ってる人がいい名前、教えてくれたんです」
「ふむ……お?津島中佐」
「……何?」
美川少佐は、近づいてきた紅葉に声をかけた。
「和泉大尉から素敵な提案があった」
「提案?」
「SP4にペットネームをつけたいそうだ」
「へぇ?いいじゃない。シャンパンを用意しましょうか?」
「ああ。午後の演習が終わり次第、命名式と行こうか」
「北海道産の特上を手配しておくわ。和泉大尉?サラリーからさっぴくからね?」
「ええっ!?」
「―――で?名前は?」
午後、美奈代は報告書をまとめて再びテレビ会議システムの前に立った。
腰の拳銃でこのシステムをたたき壊せたら、どれだけ楽だろう。
そんなことを考える美奈代は、腰に回した右手を左手で必死に押さえるしかなかった。
「……まぁ、いいだろう」
モニターの向こうで、中野が頷いた。
「3回の書き直しで受領は、褒められたことではないが、今日の所はこれでいい」
「あ、ありがとうございます」
何かひっかかる言い方だな。と、思いつつ、美奈代は頭を下げた。
「明日には東京か?」
「はい。“死乃天使”の整備と改装がありますので」
「その間の予定は聞いているのか?」
「いえ?」
「……津島中佐には尋ねたな?」
「してません」
「……お前な」
しまった!と思った時には遅かった。
「自分のスケジュールも管理してないのか!?」
「すみませんっ!」
「ったく……で?せめて今日の予定くらいはわかってるんだろうな」
「はい。この後、夕方にお祝いがあって」
「お祝い?」
「あっ、大尉、SP4の名前、ありがとうございました。大尉の命名がそのまま通りました」
「……ああ。あれか」
「もしかして、忘れてました?」
「大したことじゃないし、お前の意見が通るとは全く考えていなかった」
「……っ!」
コホン。美奈代は沸き上がった殺意を抑えながら、表面上は作り笑顔を浮かべた。
「とにかく―――いい名前ですね。風翔って」
「……」
「……」
「……」
「……あの」
「なんだ、それ」
「え?だっ、だって」
「風翔?」
「ち、違いましたか?」
「……明日な?」
「はい」
「東京へ戻り次第、一週間、本省へお前、出向な?」
「……へっ?」
「俺の下で、そのふざけた性格を徹底的に鍛えてやるから、感謝しろ」
「ど、どういうことですか!?」
「俺が言ったのは、“鳳翔”だ!鳳の字と風を読み違うな!ばかっ!」
SP4―――通称“風翔”は、こうして命名されたのである。
-----用語解説---------
風翔
全高 27メートル
主要武装
“アナイアレーター改”サブマシンガン型ビームライフル(銃剣機能付き)
120mm速射砲(APFSDS弾もしくはHEAT弾使用。肩部マウント)
その他追加武装多数のため略。
・空中戦闘に特化した実験騎で、Fly rulerのテスト母体ともなった騎。
・このため、Fly rulerの目玉機能であるラグエルシステムの前身“アドヴァンスド・ラグエル・システム”が搭載され、複数騎による三次元立体連携攻撃が可能。
・脚部に修復不能な障害を持ったメサイアの上半身に、脚部の代わりに魔晶石エンジン一体型大型飛行ユニット2基を組み込み、背部にも同様の大型ユニット2基を設置している、別名“足なし”。
・実は騎士並の耐久力がある戦闘機パイロットなら誰でも操縦できる。
・本来、陸海双方の航空隊との共同作戦に参加させることで、航空支援による両軍との関係改善効果が期待されたが、逆に見せ場を奪われることを嫌った双方から難色を示され、テスト騎1騎が組み上げられた時点でお蔵入りしていた騎。
・これを津島紅葉がFly rulerのテスト騎として使用した後に解体される予定だった。
・部品の7割はリサイクル品や他騎などからの流用品。
・主要部品のほとんどがリサイクル品のため、MC二人で武装とエンジンを個別に管理する必要がある(元が実験騎のため、テスト者と観測者のMC二人で管理することは前提に設計されていた)
・乗員が増えることは、リサイクルによる低コスト化が全く意味を成さず、新型騎を建造するのとほとんど変わらないのでは。と指摘する声もあるが、今更どうしようもない。
・量産化による実戦投入が決定したが、騎士達からの反対意見が強く、メサイアとしての認定は見送られ、アサルト・アーマーに分類された。
・実際、正規の訓練を受けたメサイア使いとしての騎士は誰も搭乗していない。
・騎士達から差別的な扱いを受ける本騎だが、その戦域は高高度から低高度まで幅広く、大気圏内なら全般において高い機動性を発揮。
・製空用アサルト・アーマーとして、陸海軍航空隊パイロットからは「守護天使」の異名をもって評価される。
・元来、陸戦兵器の性格が強いメサイアでは空戦は不向きのため、飛行系妖魔対策を求める陸海軍の要望を満たすためにはこんなタイプの騎が必要なのが現実。
【ネタバレ】
・外見のイメージはSガンダムのブースターユニット装着型です。




