SP4 風翔 前編
「SP4?」
「そう……その2号騎。見てご覧」
「あれぇ?」
ハンガーで、美奈代は奇妙な声を上げた。
「あれは……ええっ!?」
「わかるの?」
「わかりますよぉ!」
きゃーっ。
紅葉は、美奈代の黄色い声を初めて聞いた自分に気付いた。
「もう懐かしいって気がします!“さくら”の感想が聞きたい!」
「あれだけ派手にぶっ壊してくれれば、覚えてもいるものかしら?」
「それは言わないで下さい……気にしてはいるんです。一応」
「まぁ……どうでもいいけどね」
紅葉は肩をすくめた。
「私の説明が必要?美川少佐」
「いえ……」
美川少佐は、小さく首を横に振った。
「大尉。SP4は再生騎だ。主に、下半身に障害を持つ騎を空戦専用に改造した所に特徴がある」
そして、肩をすくめた。
「……まぁ、見ればわかると思うがな」
「これって……陸戦で役立つんですか?」
「陸戦は出来んよ。活躍出来る舞台は空だけだ」
「空って……」
美奈代は自分の疑問が愚問に属することに気付いた。
「剣を振るう戦いは想定外と?」
「今まではな。だが、そうも言っていられない。飛行系妖魔の機動性はわかっているんだろう?」
「交戦経験は」
「聞いたところでは、サラマンダーとも交戦したというじゃないか」
「……」
「アメリカ軍は最新鋭の可変メサイア“ブラッテイ・ファントム”を全滅させてようやくに奴らの西海岸侵攻を阻止したという。そのバケモノ相手の経験は、是非、聞いておきたいものだな」
ポンッ。
美奈代の肩に親しげに美川少佐の手が置かれた。
その手の大きさと、美川自身の気さくさに、美奈代は何だかちょっとだけ、ほっとした。
「俺達はシボルディ級相手に汲々としているというのに、よくもまぁ、ドラゴン級を相手に勝てたものだ」
「シボルディ?」
「トンボのデッカイ奴さ」
「トンボ?トンボって……あの?」
「バカにはするな?」
美川少佐は真顔で言った。
「外見が近いだけだ。
全長約10メートル。全幅約16メートル。
機動性はVTOLより高い。
最高速度は約660キロ。
高度8000まで上昇可能。
両目は360度オールレンジの魔力探知が可能。
推定サーチ範囲は約15キロ。
口からのビーム攻撃は50ミリの複合装甲を貫通する。最悪なことに」
ギリッ。
美川少佐の拳が力強く握られた。
「コイツは、人間を捕食する」
「人間を?」
「そうだ。コイツの強靱なアゴに噛まれれば、ボディアーマーなんて一撃で砕かれる。人間の臭いにつられて集団で襲いかかってくる上に、こいつらは空飛ぶ存在に対して、恐ろしく敏感で、しかも敵対的だ」
「……」
「空の連中はコイツに辛酸を舐め尽くしている……俺達は、死んでいった連中の無念を晴らし、祖国に安寧を取り戻すためにも、奴らを空から駆逐しなければならない」
「……」
「SP4は、確かに寄せ集めにすぎないだろう。だが、それでも、俺のような半騎士でも扱うことが出来るコイツに、俺達は全てを託すしかないんだ」
「半騎士?」
「ああ……」
美川少佐は、皮肉げに口元を歪めた。
「俺は肉体的にはともかく、メサイアの適正は高くない。Bランクにも届かない」
「……あっ」
近衛のメサイア乗りを目指すなら、Bランクではとても足りない。
そこにも届かない。
それがどういうことかは、言わずとも知れる。
もしかしたら、美川が自分に対して高圧的に接しないのは、彼自身の性格もあるだろうが、それよりもメサイア使いとしての格を前に、引け目を感じているからかもしれない。
美奈代はそんなことを勘ぐってしまった。
「それと、俺は元々から近衛にいたワケじゃない」
「えっ?」
「俺は元々は海軍航空隊の教導隊にいたんだ。つまり、戦闘機パイロットだ」
「……騎士なのに?」
「おかしいだろう?」
「いえ」
美奈代は首を横に振った。
「私、南洋でPS2でしたっけ?いつか、あの水上艇のパイロットになるのが夢なんですよ?」
「ほう?」
「……まぁ、夢、ですけどね」
「海軍のシゴキに耐えられるよう、俺が前もってシゴいてやろうか?」
「勘弁して下さい」
美奈代は苦笑して首を横に振った。
「書類仕事だけで泣かされているんです」
「民間に行くよりマシだ」
美川少佐は答えた。
「どうも人の命を乗せているとなぁ。重くて翼が折れそうになるんだ。飛ぶなら一人でいい。一人がいい。死ぬときも一人で死ねるからな」
「……」
「おっと、MC連中には黙っていてくれよ?“私達の人権はどうなった”とか、いろいろ五月蝿いからな」
「くすっ。わかりました」
「とにかくだ」
ごほん。
美川は咳払いした。
「SP4は、戦闘機とほとんど同じ操縦システムを搭載している点で、普通のメサイアとは一線を画す。そのことから、近衛はパイロットを自前じゃなくて、陸海軍に募集をかけたんだ」
「……はぁ?」
美奈代は目が点になった。
「何ですか?それ」
「TACのパイロットを転換する構想もあったらしいが、騎士の体をもっていて、戦闘機が操縦できるパイロットとなると、そう多くはないし、TAC部隊の偉いさんに言わせると、“ワケのわからん騎体の人柱に部下を出せるか”ということだ」
「……それで、受けたんですか?」
「ああ」
美川少佐は真顔で答えた。
「呆れたろう?」
「ええ」
頷いてから、美奈代はハッとなって口元を押さえた。
「あ、あのっ!」
「……まぁ、俺は最初から空に惚れてパイロットになったクチだから、近衛に恨み辛みがあったわけじゃないし、騎士の体があるってことで、候補生の頃から逆に重宝がられた方だからな。耐G訓練で10Gまで耐えた記録があるのは俺だけだ」
「……死にますよ?」
「生きてるさ」
ドンッと、美川少佐は軍靴で床を蹴った。
「ほら。脚はある……その頃、教導隊にいてな?仮想敵部隊か、FX-47の開発計画のテストパイロットになるかって話はあったんだが」
「エリートじゃないですか!それをどうして!」
「メサイアに乗りたかった。それじゃ、ダメか?」
「……あっ」
「やはり、騎士としては、剣で戦うか、さもなければメサイアに乗るか。どっちかを経験したいって欲は俺の中にもあったんだよ。ウソ雲……じゃねぇ、朝雲新聞の募集広告読んだ10秒後には近衛へ電話していたなぁ」
「近衛って、そんな広告出していたんですね」
「広告費ケチって3行広告だぜ?メサイアのパイロット求む。戦闘機搭乗経験者のみ。後は近衛の電話番号だけだ」
「……それで応募したんですか?」
「呆れるだろうが、その時の俺がどれ程興奮していたか。多分、嫁にプロポーズして以来、あの興奮はなかったなぁ……いや、娘が生まれた時以来か」
「ご家族が?」
「ああ。妻と娘」
「奥さん、海軍でのエリートコースはずれて、文句言いませんでした?」
「いや?メサイアと戦闘機で、どっちが墜落する心配が高いか。それだけ聞かれた」
「で、戦闘機と?」
「当然だろう?メサイアがそう簡単に墜落するか」
「……シミュレーションはやったのでしょう?」
「35回の墜落経験は妻には秘密だ。まぁ、全てはこの戦争が始まる前のことだ。俺もSP4の実験終了と同時に、TAC部隊への転向か、事務仕事かって話も来ていたんだ」
「よかったのか……悪かったのか」
「所詮、翼を持つと、空は離れられない……そういうことさ」
「……わかる気がします」
「うん」
美川は頷くと笑った。
「他の連中も、俺と似たようなものさ。だから、SP4が近接戦闘が出来ないってのは、もう一つ理由がある」
「?」
「俺達が、近接戦闘……つまり、剣での戦いになれていないってことさ」
「……あっ」
「俺達にとっては、銃の方が圧倒的に使いやすい。操縦桿を握って空を飛んで、トリガーを引いて敵を撃墜するしか、戦い方を知らない。……まぁ、操縦桿から手を放したら何も出来ない人種だと思ってくれて良い」
「それで、剣は無理だと?」
「構造的な問題だけじゃないんだよ。言ったろう?俺達は半騎士。もし、俺達が普通の騎士……少なくとも、メサイアを操縦するに足るランクにいたら、普通に“幻龍”にでも乗っていただろうよ。そうだろう?」
「……はぁ」
「だから、俺達にとって近接戦闘は初体験。MCに頼るか、メサイアの戦闘補助プログラムに頼るか……最悪」
美奈代は嫌な予感がした。
その答えは、聞きたくなかったが―――。
「最悪―――本能でやるしかない」
「ですけど」
「ああ……操縦桿の操作一つで、脳波コントロールが出来る。STRシステムとはこの辺が違う……ですな?津島中佐」
「神城三姉妹が搭乗しているFly rulerと類似するシステム……まぁ、あれほど洗練されていないけどさ。腕部の操作と武装選択が出来る程度よ」
「そんなんで大丈夫なんですか?」
「だから」
紅葉は言った。
「それを、あんたが仮想敵となって味わってみればいい。そういうことよ」
「どうです?津島博士!」
光菱重工と書かれたツナギを着た白髪頭の技師が、紅葉の前で胸を張った。
その背後では、コンテナから何やら長い物体が、フォークリフトで取り出されようとしていた。
「ウチだって、狩野さんトコには負けませんよ!“アナイアレーター改”試作型4基、確かに納めましたよ!?」
「はい。ご苦労さん」
紅葉は満足そうに言った。
「免許とったら、車買ってあげるわ」
「車で走って止まれるのは、光菱製だけですよ?よく覚えておいて下さい!?」
「はいはい―――さて」
紅葉の前に置かれたのは、4振りの巨大な銃だった。
人間の目から見れば巨大とはいえ、人間のサイズに縮小したら、短機関銃に相当する長さしかないだろう。
「おまたせ。これが“アナイアレーター改”よ」
「……待って下さい」
美奈代は訊ねた。
「“アナイアレーター”って、あの得体の知れないバケモノみたいな奴」
「……軍隊経験者に訊ねるけど」
紅葉は居並ぶ美川達に訊ねた。
「銃槍術は習っているんでしょうね」
「はい」
美川は頷いた。
「そこにいる竜野少尉は、海軍時代には全国大会で優勝した経験があります」
「竜野少尉?剣と銃槍。どっちで戦ったら生き残れると思う?」
「……」
竜野少尉と呼ばれた、目つきの悪い男は、暫く考えてから答えた。
「そりゃ、銃槍です」
「剣で襲いかかられて、銃槍で勝てる?」
「勝てます」
「上等」
紅葉は頷いた。
「外見は、海軍でも使っているMP5に似せてみた。ストックは折りたたみ式。理由は簡単。取り回しよ」
「どのヘンが“アナイアレーター改”なんですか?」
「光菱の失敗した理由は、剣と銃を一緒にしたなんて贅沢やらかした所にある」
紅葉は言った。
「銃しか使い慣れていない奴に、剣も装備したから戦えなんて言ったところで、十分な戦いが出来るはずがないでしょう?だから、剣の部分を大幅にオミットしたのよ」
「……あれ?」
美奈代が気付いたのは、その部分―――銃口の辺りだ。
フラッシュハイダーの下についているのは?
「あれ?グレネードランチャーですか?」
「バカ。あの中に銃槍部が格納されているの」
「格納?」
「コイツはブースター横のマウントラックに格納するんだけどね?銃槍出しっ放しで格納作業やるとして、シミュレーションしたら、2割の確率で騎体が破損するのよ」
「銃槍がひっかかる?」
「そう。マウント手順はオートコントロールなんだけど……機動時にサイドスカートの動きまで完全にコントロールするとなると……問題が多くてね」
「事故防止のために格納式に?」
「そう。斬艦刀の最小バージョンとでも思って。テストでは99%の確率で展開に問題は無いけど、最悪はマニュアルによる伸展・固定も出来るようにしてある」
「ビームライフルの破壊力は?」
「精度と共に十分のはずよ?戦車の装甲を貫通する出力は当然、確保してある。
まだ試作だけど、セミオートでも速射性能はかなり向上させているしね。
ちなみに、三点バーストまで可能にしてあるのは、このタイプだけよ」
「ビームライフルで?」
「すごいでしょ?今、マラネリの殿下達が、血眼になってフルオートタイプを開発中だけど、三点バーストにメドつけたのは、私の勝ち」
紅葉がVサインをしてみせた。
「それを―――まさか」
「光菱に売りつけたのよ。大した技術じゃないし」
「どこがですか!」
「うっさいわねぇ。無駄弾バラ撒いても、当たらなきゃ意味ないでしょう?」
「うっ」
「とりあえず、取り回し考えて小型化はしてあるけど、実体弾ぶっ放すワケでもなし。サイズについては、出力確保してありゃ問題ないはずよね?少佐」
「当然です」
美川少佐は頷いた。
「外見で戦争しているワケではありません」
「質実剛健……ちょっとは見習いなさい?和泉大尉」
「なっ……わ、私達!」
「ハイパワー騎に乗っていると、こういうちょっとした工夫に鈍くなるものよ?」
「……はい」
「よろしい。とりあえず、午前中は試射と銃槍機能の体験テスト。午後からは洋上でも模擬戦よ?和泉大尉も出てもらうから。それまでは別の仕事しておいてね?」
「別な仕事?」
「……中野大尉が激怒してるって連絡入ってるわよ?昨日の分の日報、まだ提出してないって」
「……忘れてた」
「ったく」
平身低頭の美奈代を前に、テレビ会議システムのモニターの向こうにいる中野はプリントアウトされた書類に目を通す。
「騒ぎがあろうとなかろうと、提出するものはきちんと出せ。社会人としての最低限度の常識だ。常識」
「……はぁ」
「……悩み事か?」
「……いえ」
美奈代はふと、視線をそらせた。
「言ってみろ」
「……別に」
「腹でも下したか?」
「違いますっ!」
「なら、言えるはずだ」
「どういう理屈ですか」
美奈代は口を尖らせて抗議したものの、心の中に沸き上がった疑問をそれでも中野に語った。
「……つまり」
グイッ。と中野は銀縁のメガネを直した。
「自分達が恵まれすぎているんじゃないかって……それが悩みだと?」
「別に悩んでるわけじゃありません」
美奈代は答えた。
「富士学校の時から選抜組にいて、私達は自覚なかったんですけど、周囲からやっかみを受けていました。それから後も、騎体を優先的に回してもらって、今では“白雷”や“死乃天使”なんていう、津島中佐じゃないけど、モンスターに乗っているのって、贅沢なのかなぁって……美川少佐達を見ていると思っただけで」
「安心しろ。それは贅沢じゃない」
中野は答えた。
「美川少佐達への侮辱だ」
「えっ?」
「いいか?美川少佐達は、望んで騎体に乗っているんだ。胸を張って、自分の騎だって、戦いに望んでいるんだ。違うのか?」
「た……多分」
美奈代は頷くしか無かった。
美川少佐達の心なんて、考えたことはなかった。
ただ、戦闘機なのかメサイアなのかわからないような、寄せ集めの騎体で、半騎士が戦うことがどういうことなのか。美奈代はそれを理解したかっただけだ。
「美川少佐達にとっては―――SP4だったか?
そいつは胸を張って戦いに望める、最高のパートナーだろうし、その護衛を受けるパイロット達からすれば、遠くのどこかでブイブイ言わせているお前達なんかより、ずっと頼りになる存在だろうよ」
「……」
「お前達は確かに恵まれているだろう。だからといって、他の部隊を哀れむ権限なんて、誰からも与えられていない。軍人勅諭にもあるだろう?大敵たりとも恐れず、小敵たりとも侮らず。お前は、美川少佐達を小敵とみなして、侮っているんだ」
「そんなつもりはないです!」
「つもりはなくても、美川少佐にしたら、そうなるぞ?」
「そう……ですか?」
「ああ」
中野は頷いた。
「誇るべき愛騎を“気の毒ですね”なんて言われたら殴って当たり前だ。大体だなぁ」
中野は、呆れた。という顔で美奈代の顔をしげしげと眺めてから言った。
「本当に、そいつが寄せ集めってだけで、低性能だと、どうして断言できるんだ?」
「えっ?」
「ブースター4発も増設していたら、俺ならかなりすごそうだと思うけどなぁ」
「そうですかぁ?」
美奈代は小首をかしげた。
「推力だけで戦争できませんよ?」
「パワーだけでも戦えないだろうが」
「ああ言えばこう言う」
「お互い様だ―――せいぜい、堂々と戦って相手をするこった。お前が出来る詫びは、その程度だろうな」
「……はい」
美奈代はニコリと笑うと、中野に敬礼した。
「和泉大尉、第802航空戦隊第一小隊との模擬戦に参加して参ります!」
「―――よし」
それは、美奈代が初めて見た中野の笑顔だった。
「勝ってこい」
「はいっ♪」
敬礼を解き、部屋から出ようとした美奈代は、ふと思いついたことを口にした。
「SP4のペットネーム?」
「そうです。“幻龍”とか……いろいろあるんですけど」
「あれは龍は名乗れないだろうなぁ……」
「ただのSP4なんて、騎体も可哀想ですよ。大尉?何かいい案はありませんか?」
「うーん」
しばらく腕組みした後、瞑目していた中野は、ハッとした顔で目を開いた。
「ひらめきました」
「ああ―――龍はだめだが、こいつなら何とかなるだろう」
「どんな?」
「……こうだ」
中野は手元のメモ用紙に何かを書き付けると、カメラの前に突き出した。
「―――“鳳翔”?」
「そうだ。鳳凰の飛翔からとった」
「悪くないですね!」
美奈代は、目を輝かせていった。
「こういうの、才能ですよ!中野大尉、さすがですっ!」
「いや……別に」
「さっそく、知らせてきますね?失礼しました!」
「おいっ!」
ドアの向こうに消えた美奈代に困惑しながらも、中野は頭を押さえるしか無かった。
「ったく……他部隊との模擬演習に関する報告書は普通とは別だって、あいつ、気付いているのか?」




