表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
355/367

美川技術大尉

 書類に襲われた挙げ句、ボールペンに食べられるという奇妙な悪夢を見た美奈代は、ベッドから転げ落ちて目が覚めた。

 全身が痛い。

 特に右腕が固まったように言うことを聞かない。

 湿布を苦心惨憺して右腕全部に張り付けた後、身支度を調えた美奈代は、食堂に向かった。

 途中、思いついてハンガーによったのは、別に他意があるわけではなかった。

 気が向いた。

 その程度のことだった。


 抵抗するな!

 こっちへ来いっ!


 鋭い男達の怒鳴り声がハンガーに入るなり、美奈代の耳に届いた。

「?」

 軍艦に乗っていると、男の殺気だった声なんて恐くも感じなくなる。

 鈍くなるのだ。

 そんな美奈代にとっても、その声は異質だった。

 理由は、もめ事の相手を見てすぐに分かった。

 憲兵だ。

 整備兵のそれとははっきり違う、鋭く尖った声は恐ろしくドスが効いて威圧的だ。

「貴様、あの騎で何をしていた!」

「で、ですから……」

「貴様、スパイだな!?」

「勘弁して下さいよ!」

「間違いない、顔がスパイだ!」

 白衣を着た男を、憲兵達が取り押さえていた。

 坊主頭に貧相な顔をした冴えない男だった。

 場所は“死乃天使”の足下となれば、美奈代も放っておくことは出来ない。

「和泉大尉だ。何の騒ぎだ?」

「大尉」

 憲兵が階級を聞いて動きを止めた。

「た、大尉なら!」

 男がもがきながら言った。

「僕だって大尉です!」

「嘘を言うな!」

 憲兵がスゴい剣幕で怒鳴った。

「お前みたいな貧相なヤツが大尉で、戦争に勝てるか!」

「ひ、ひどいっ!」

「……まぁ、いい」

 美奈代は手で軽くいなすと、憲兵に言った。

「念のため、手錠はかけておけ」

「よろしいですか?」

「身元照会が終わるまでなら許されるだろう。何なら、腕の一本くらい引きちぎっておけ」

「嫌だぁぁっっ!」

「縫い付けたら動きそうな顔をしている。問題は無い」

 泣き出した男に顔をしかめながら美奈代は、

「コイツ、何をしていたんだ?」

「大尉の騎に」

 憲兵の一人が、視線で“死乃天使”を示した。

 肘の関節部のメンテナンスハッチが開いたままになっていた。

「とりついて何か細工じみたことをしていると整備兵から通報があり、身柄を確保した所であります」

「取り調べろ」

 即座に美奈代は答えた。

「この騎は最高機密騎だ。機密保護は全てに優先される。私の愛騎に汚れた手で触った罪は万死に値する」

「そいつは楽しみです」

「やめて人殺しぃぃぃっっ!」

「勘違いするな」

 ガチャ

 後ろ手に手錠がかけられた男に、憲兵は言った。

「俺達が殺すんじゃない、お前が勝手に死ぬんだ」



「―――あのオタク」

 食堂で額に手をやったのは、話を聞いた紅葉だ。

「あれ程、機密って言葉に気をつけろと言ったのに」

「お知り合いで?」

「あれでもね」

 紅葉はため息混じりにオレンジジュースに手を伸ばした。

「技師なのよ。技術大尉」

「あんな貧相なのが!?」

「そう……ちなみに、SP4の開発主任の一人で、私の弟子でもある」

「……今、憲兵隊の取調室にいますけど」

「美川っていうの。美川大尉―――多分、美川少佐が引き取りに行ってるんじゃない?」

「美川?」

「従兄弟同士だっけ。まぁ、いいわ」

 紅葉は席を立った。

「一応、バカな弟子の不始末つけに憲兵隊まで頭下げに行きますか」

「お供します」

 美奈代も席を立った。


 自白剤使用の一歩手前で憲兵隊取調室の床に正座させられているのは、先程の男。

 パイプ椅子に座って足を組む紅葉の前に大の中年男が正座している光景。

 一体、何の冗談だろうと思ってしまう。

「……ったくさぁ」

 紅葉は苛立った声で言った。

「あんたの仕事熱心さは感心している。これ本当」

「……はぁ」

 殴られた青あざが残り、口元から血が滲んでいる顔で、男はポツリと答えた。

 ここまでされて、文句も言わない。

 否、言うだけの意志がないのだ。

 はっきり、影が薄くて、存在感がないだけじゃない。

 気が弱すぎるのだ。

 男として決定的に欠けているのはそんなところだろうか。

 美奈代は、そんなことを考えながらやりとりを聞くしかない。

「“死乃天使”は知っていたんでしょうね」

「はい」

「あれが最高レベルの機密騎で、あんたには触れる権限が無いことも?」

「ですけど……

 男はしどろもどろに答えた。

「あれほどの武勲騎ですよ?帝剣をあっさり仕留めたモンスターです。中が知りたいと思うのは、技官として当然」

「当然なら、機密破って良いと?」

「いえ……これは」

「殺されなかっただけ、ここの憲兵隊は慈悲深いってことよ。頭床にこすりつけて、殺さずにいてくださって、ありがとうございました。って、土下座しておきなさい」

「……はい」

「美川少佐?」

 紅葉は、男の後ろで青筋を立てている男に視線を向けた。

 正座している自称大尉より若干年上。

 背はそれ程高くないが、がっちりとした、筋肉質の鍛えられた体格と、苦みのある顔立ち。威圧感のある眼光。はっきり、士官としての貫禄にあふれた存在感のある男だった。

 階級章は少佐。

 美奈代が大人しくしている理由なんて、まさにその階級章を見たからに他ならない。

「コレで何度目?」

「……あとでよく言っておきます」

「そうして頂戴。このバカは無能じゃない。それは認めてあげる。でも、これじゃ無能だって自分で自分にレッテル貼ってるのと同じ」

「……ですな」

「私はこんなトラブル起こさせるために、前線からあなた達を呼び寄せた覚えはない」

「わかっています」

 少佐は頷いた。

「我が隊の預かる騎体の改装を、津島中佐に手がけていただけることは、隊全員にとってはこの上ない幸運と、皆が感謝しております」

「お世辞はいい―――仕様書は読んであるわね?」

「はい。“アナイアレーター改”ですな?」

「どう思った?」

「仕様書の数値を、実際の価値と混同する愚は犯したくありません」

「不満?」

「……技師やメーカーってのは」

 ジロリ。

 その視線を受けた男が縮こまった。

「都合の良い事ばかり並べ立てる困ったクセがありまして」

「私もその一人か」

「いや……これは失礼いたしました」

「ふん。不肖の弟子の不始末もあるから、チャラよ。それより少佐?」

「はっ」

「“死乃天使”の専属パイロット、独立駆逐中隊前線指揮官、和泉大尉よ」

 慌てた美奈代の敬礼に、少佐は踵を鳴らせ、色っぽいほど見事な答礼を払った。

「第802航空戦隊第一小隊長の美川少佐だ」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ