再生騎
「災難といえば災難な話ですねぇ」
会議室の前の廊下で立ち話をするのは牧野中尉と紅葉だ。
「何してるのかと思ったら、こんなところで地獄みてるなんて」
「まぁ、書類ミスは和泉大尉の責任だからねぇ」
紅葉も中をのぞいて肩をすくめた。
テレビモニター、正しくはテレビ会議システムのカメラに書類を捧げるように両手で突きだした美奈代に、中野の容赦ない罵声が飛んでいる。
「候補生の後、一切の士官教育なしにここまで来たんだから、そろそろ必要なことではあるんだけどねぇ」
「報告書類の作成なんて、実地で覚えるしかないですよ」
「それもそうか……あーあ。泣いちゃって」
「気の毒ですけど、誰しもが通ってもらう道ですから」
―――何度も同じミスするなっ!
―――同じ事で何回怒鳴られたら気が済むんだ!
―――ごめんなさい、ごめんなさぃっ!
「「ハァッ」」
互いに肩をすくめた牧野中尉と紅葉が、ため息をついた。
「このままじゃ、明日までは動けませんね。和泉大尉」
「明日までに終わればいいけどねぇ」
「……同感」
「それで?」
「……ああ。ちょっとね。用事があったんだけど、こりゃぁ、明日まで待ってもらったほうがいいかしら」
「用事?」
「演習」
「演習?」
「そう。狩野が新規に納入する新型騎の空中機動実験。武装は光菱も絡んでいるから、演習場は借りられるんだけどね?津軽海峡の公海上空でやる」
「まだ、何の取り調べも終わっていないんですよ?事件ばかりが増えちゃって」
「神宮司が殺された件なんて、私達にゃ関係ないもん。警察に演習禁止というか、メサイアの差し押さえ権限なんてあるもんですか」
「そりゃまぁ……そうですけど」
―――このバカっ!
―――ふぇぇぇぇぇんっ!
「肝心の和泉大尉があれじゃあ……ねぇ」
「ったく、中野大尉も大人げないわねぇ」
「え?」
「松崎大尉との噂は知ってるでしょう?」
「そりゃまぁ」
牧野中尉は頷いた。
「中野大尉が松崎大尉に片思いって」
「本人としてはプラトニックのつもりだったらしいけどさぁ」
紅葉は肩をすくめた。
「寝取られたら意味ないじゃん」
「相手、誰ですか?」
「同じ課の高沢君」
「あの子ですか!?」
牧野中尉が驚いた。という顔になった。
「あんなショタな男の子が!?」
「噂だけどさぁ……誰かの送迎会の後、グテングテンに酔っ払った挙げ句、気がついたらホテルで二人とも真っ青っていう、よくあるパターンよ」
「……あちゃ」
天井を仰いだ牧野中尉は、紅葉の言葉に隠れている意味に気付いた。
「ってことは?」
「昨日、おめでた発覚だって」
「それで、中野大尉が荒れているワケですね?」
「最悪のタイミングで、最悪のヤツ相手に、最悪の地雷踏んづけたってワケね。さすが和泉大尉って褒めてあげたい気分よ。あーあ。“鬼の松崎”にふられたからって、“鬼の和泉”に当たり散らす中野大尉……大人げないなぁ」
「“鬼”の代替わりですかねぇ」
「次の鬼も30前に出来ちゃった結婚だったりして」
「和泉大尉が?……可能性は高いと見ましたけどねぇ」
「ま、中野大尉にシゴかれるのは避けられない……と」
「“鬼の松崎”に“悪魔の中野”」
牧野中尉は楽しそうに肩をすくめた。
「さすが“不幸の代名詞”……悪魔に鬼まで呼び寄せるとは」
「だけどさ?」
紅葉の言葉の向こうでは、中野の怒鳴り声が未だに続いている。
「実戦部隊の間じゃ、“鬼の和泉”って言われているんでしょ?違ったっけ?」
「合っています。ちなみに、“死神”とも」
「穂村少尉だけじゃないってワケだ……さて、そろそろ後藤さん辺りに助け船求めた方がいいかな。このままだと」
「鉄は熱いうちに打たないと」
牧野中尉はやんわりと、しかし、文句を言わせない口調で言った。
「和泉大尉のためです」
「明日には模擬戦の相手もお願いしたいのよ……大丈夫かしら」
「憂さ晴らしのマトにされるでしょうね。相手がお気の毒ですが」
「……生きてます?」
テレビ会議システムが停止した会議室。
テーブルに突っ伏したままの美奈代はピクリとも動かない。
ボールペンを握ったまま、書類の間に埋もれている。
グーグー寝息を立ててるからには、死んではいないらしいが―――
「大尉?」
その肩を揺すられ、美奈代はようやく目を覚ました。
「あ、あれ?」
ぼんやりとした顔で、美奈代は周りを見回した。
「やっと始末書の書き直しが終わって……」
テーブルを見ると、そこには半分よだれで文字が読めなくなった書類があった。
「ああっ!?せっかく、ここまで書いたのにぃっ!」
ブワッ!と滝のような涙が噴き出した。
「なによこれぇっ!半分も終わってないじゃない!」
「と、とりあえず」
声の主は牧野中尉だった。
中尉は、困惑した様子でハンカチを取りだし、美奈代の前に差し出した。
「顔についているインク、落としてきなさい。ね?」
「地獄を見ました」
食堂での夕食。
とてもではないが、食事が喉を通らない。
食堂のおばちゃんが、冷麺はいらないといったら、驚いた顔をしていた。
美奈代はトレイに載せた食べ放題のポテトサラダをフォークで突くだけ。
「とりあえず、書類は全て片付けましたから、もう寝ます」
ピーンポーン
チャイムが鳴った。
「和泉大尉―――至急、第一会議室へお越し下さい。繰り返します」
「―――ダメですよ」
とっさに逃げだそうとした美奈代のベルトを掴んだ牧野中尉が言った。
「敵前逃亡は銃殺です―――その前に、拳銃とベルト、ネクタイも預かっておきますよ?」
「何でですか!」
「自殺防止です」
複数枚ある書類にナンバーがふられていない。
その程度のことで怒るな!
美奈代がそう言いそうになったのを止めたのは、外部から聞こえてくる爆音だった。
TACのそれによく似ているが、これがTACだったらかなりの大編隊だな。と、美奈代は思った。
「……おい」
「はい?」
「今、俺が何て言ったか、一言一句、間違えずに言ってみろ」
「えっ?」
「人の話、聞いているのか!?」
「この爆音が聞こえないんですか!?」
ハンガーデッキに入って来たのは、はっきり異形の存在だった。
ベースは“幻龍”や“征龍”だと、詳しい者にはすぐわかる。
問題は、その下半身。
腰から下にあるべき脚部がない。
脚の代わりに取り付けられているのは、無骨なグレーに塗装された大型ブースター。
その背中も、巨大なブースターで埋め尽くされている。
ブースターの塊。
そんな言葉がしっくり来そうな、まさに異形の存在だった。
紅葉達が見守る中、その騎は、無重力管理されているハンガーまでホバーで移動した後、橇のようなランディング・ギアが出され、ゆっくりと床に着陸。
エンジン音がゆっくりと小さくなる中、整備兵達が収容準備に入る。
「スクラップの集まりがよく飛んでいるわ」
紅葉はメサイアと、修理機器と、そして整備兵達の喧噪に包まれるハンガーの中で、ポツリと呟いた。
「これは……?」
横にいた牧野中尉が怪訝そうな顔をした。
「なんですか、これは」
「見て分かんない?」
「わからないから聞いているつもりですが」
「こういうのを、きれいに言ってリサイクル。悪く言ったら寄せ集めっていうのよ」
「リサイクル?寄せ集め?」
牧野中尉が、端正な眉を片方つり上げた。
「再生騎なんですか?」
「そうよ。あなたなんて懐かしいでしょ?あの2号機の“征龍改”なんて」
「……え?」
「この部隊で運用されている騎体の半分は、あんた達が白州で潰してくれた騎体なんだから」
「素体がよく」
「1号騎は建造したての“鳳龍”……あれは脊椎内部の疑似神経がダメになって、3号騎の“幻龍改”は、腰から下をぶった斬られた長野大尉のヤツ……」
「確か、あの時、私達の騎も」
「そうよ。脊椎ダメになってオシャカ。スクラップ決定」
「……よく動きますね」
「だから、スクラップって言ったのよ。下半身部の神経伝達に重度の障害を負って、戦闘どころか普通の移動でさえ出来なくなった。そんな廃棄素体をかき集めて作り上げられた騎達だもん」
「ああ。それで」
牧野中尉はポンッと手を叩いた。
「下半身がブースターなんですか?」
「何だと思ったの?」
「下半身なんて飾りですとでも言うのかと」
「バカ言わないでよ。下半身こそがモノというのよ?メサイアって」
「ですよね」
「とはいえ、そんな寄せ集め、つまり、正式なメサイアじゃないから、制式番号さえない。
仮称“SP-04”日本語に直せば、特4式とでもいうべきかしら?」
「スクラップのポンコツ4号じゃなくて?」
「……そっちの方が正しい気はするけどね。とにかく、徹底的に空中戦闘に特化した騎。元々は、Fly rulerの開発テストベッド騎なんだけどさ?
Fly rulerが3騎しかない関係で、あの子達も手一杯でしょ?
陸海軍から、航空隊が空中飛行型の妖魔に襲われて、損害がひどいから何とかしてくれって要望があってね?
司令部が、テスト終わって、倉庫の隅っこでホコリ被っていたのを引っ張り出して使ったら、それでも使えるからって。同じ境遇の素体ベースに頭数だけ揃えてるって所かな」
「……へえ?じゃあ、この子は、Fly rulerのお姉さん?」
「現行の2世代くらい前の存在ね。Fly rulerとじゃ勝負にならない」
「けど、飛行型妖魔なら?」
「航空隊の直援には十分よ。肩部には追加のFCS入れてあるし。遠距離狙撃も十分可能なビームライフルも採用。
遠方から接近する飛行系妖魔達を追い散らして、その間に航空隊を侵入させることが主任務ね」
「対地攻撃支援は?」
「出来ないことはないけど、欠点があってね」
「欠点?」
「近接戦闘が出来ないのよ」
「何故?」
「武装の制限があってね。元来が、近接戦闘は想定外だしね」
「……成る程」
牧野中尉も頷くしかない。
それに―――
「あの張り出した胸部は?」
「Fly rulerの操縦システムを簡素化したものを入れている上に複座なのよ」
「複座?」
「MCが二人必要なのよ。一人、エンジン要員として」
「へえ?」
「システムの関係で、構造的にも“雛鎧”より胸が格段に張り出すのはどうしようない。しかも、張り出しがさらに激しくてね」
「太刀もブースターが邪魔で、抜刀は無理ですねぇ」
「そう。しかも、武器がないから、近接戦闘が出来ないの。飛行系妖魔に取り付かれたらアウト」
「だからこそ、遠距離からビームライフルぶっ放して、敵を蹴散らす?」
「そう。そのためのメサイアよ」
「それで、ここに部隊を連れてきたんですね?」
「……わかる?」
ばつが悪そうに紅葉は肩をすくめた。
「“アナイアレーター”を装備させたいと?」
「“パースエーダー”も流用したいの。光菱とは、もう話しはついているのよ。私の方で“アナイアレーター”を細工してあげるから言うこと聞けって」
「細工?」
「まぁ、別物にしたてて上げたって所かしら?試作型の制作は光菱が総掛かりでやってくれている。明日の朝までに何とかするっていうから。信じてみましょ?天下の光菱の力ってヤツ」
「ライバル会社だっていうのに」
「余計なお節介だってわかってるけどさ?」
紅葉は笑って肩をすくめた。
「バカな兵器でみすみす兵士を無駄死にさせるなんて、開発者としては耐えられないじゃない?」
「……成る程?」
「私もお節介だってことかしらね」
「あなたは偉いんですよ♪」
牧野中尉は笑って紅葉の頭を撫でた。




