富士学校メサイア墜落事件 第二話
―――靴跡から見て、こっちだ。
スパイや破壊工作員なら手も足も出ないだろう。
候補生にすぎない美奈代がこんな行動に出るのには理由がある。
分隊長としての義務感ではない。
騎士としての正義感でもない。
単なる美奈代個人の好奇心だ。
肝心の美奈代はそれを自覚していない。
何となく。
本当に、その程度の感覚で、美奈代はこんなことをしている。
いい加減、不安になってきたのは、宿舎から大分離れた頃。
物音を立てないように気を配りながら後を追うのも、少し飽きてきた。
何より、ここで憲兵にみつかったら、自分の方がマズいことになるのでは?
その肝心なことに気づいた。
やはり通報するべきだったか?
美奈代は内心、かなり逡巡しながらそれでも不審者の後をたどった。
本当に不審者がいたら、それで憲兵隊にも良いわけが出来る。
だから―――。
不審者さん、いてください!
呆れたことに、美奈代は本気でそう願っていた。
そしてハンガーの前で、待望の不審者を見つけた。
ただ―――それは、
「お……おい」
何と、不審者とは都築と山崎だった。
静まりかえったハンガー入り口。
当然、通路はロックされている。
そこで二人は、ハンガーの通気口のカバーを外して中に入ろうと四苦八苦しているところだった。
「何をしている」
突然、背後からかけられた誰何の声に、二人が飛び上がって驚いたのが美奈代には手に取るように分かった。
「……な、何だ。和泉か」
恐る恐る振り向いた二人が、相手が誰かわかったせいか、その場にへたり込んだ。
「び……びっくりしましたよ。和泉さん」
「お、脅かすなよ。和泉」
「何しているかと聞いたんだ」
「黙っていてくれ」
「じゃあ憲兵に通報しよう」
美奈代はポケットからホイッスルを取り出した。
普段、校内の警備を担当する憲兵隊が使う警備ホイッスルだ。
一吹きで鬼より怖い彼らが飛んでくること請け合える代物だ。
「ま、待てっ!」
都築が慌ててその手を止める。
「わかったよ!」
「なら喋れ。何が目的だ?」
「―――メサイアだ」
「メサイア?“幻龍”は」
「バカ。寝言言うな。昼間、飛行艦が運んできたのがあったろう?性能評価だろうな。ここの教官達は、性格は最悪だがパイロットとしての腕はピカ一だ」
「お前、何という恐ろしいことを」
「ところが、そんなメサイアだが、整備から聞いた限りでは、俺達には公開されないと来た。明日からしばらく、演習場が閉鎖されるのはそのためだ」
「だからお前」
「ああ」
都築はニヤリと不敵に笑った。
「向こうが来ないなら、こっちから訊ねてやる。道理だろう?」
「だからといって、立ち入り禁止区域に入るバカがあるか!」
「バカッ!」
都築の手が美奈代の口元を抑えた。
「声がデカイ!」
「誰だ!?」
近くをマグライトの強い灯りが辺りを生き物のように蠢く。
憲兵だ。
近くにいたんだろう。
美奈代は全く気づけなかった。
もしかしたら、自分が不審者と見なされていた?
「誰かいるのか!?」
「やばいっ!」
都築は美奈代を抱きかかえると、山崎に言った。
「山崎、入るぞ!」
「はいっ!」
「ちょっと待って!じ、冗談じゃないっ!」
しばらくの間、あちこちを動き回っていたマグライトの光が遠ざかっていく。
憲兵が捜索を諦めた証拠だ。
きっと、勘違いとでも思ってくれたんだろう。
「ど……どうしよう」
一方、通気口から忍び込んだハンガーの中、美奈代は半泣きになっていた。
「よりによってこれじゃあ、謹慎どころか営倉モノじゃないか」
「営倉の主と言われたお前にとっちゃどうってことないだろ?」
「ふざけるなっ!」
美奈代は爆発した。
「たったの36回だぞ!」
「十分にスゴいって。36が37になった所で大した問題じゃないだろうが」
「今回ばかりは大事なんだ!私の人生と玉の輿がかかってるんだぞ!?」
「何だそりゃ」
都築は肩をすくめた。
「たかが分隊長資格位」
「ううっ……こ、今度の休みは……グスッ……生まれて初めてのデートなんだぞ」
「何っ!?」
都築が目を見開いた。
「い、和泉?そ、それはまさか!」
「染谷候補生とフェアレディZの展示会を見に行くんだ……精一杯お洒落して、ご両親に気に入られて、玉の輿に乗るんだ……グスッ……ううっ……」
「よ、欲望丸出しだぞ……じゃなくて!」
こんっ。
「ん?」
こんっ。
美奈代の頭に何か固い物が当たった。
床に落ちたそれを手にしてみる。
ビスだ。
「何だ?」
ハンガーの中を見回してみる。
中を見回すのに必要な最小限度の明るさだが、それでも大体の所はわかる。
自分達が隠れているコンテナの反対側で、白い手がヒラヒラと動いていた。
手がひっこめられ、そこからのぞいたのは―――
「に、二宮教官っ!?」
とっさに都築が逃げ出そうとするが、
「待て」
二宮はそれを声だけで止めた。
「別に罰しはしない。安心しろ」
「へ?」
「何だ。お前も来ていたのか?」
二宮の背後からの声。
それは、宗像だった。
「宗像?それに、早瀬、美晴まで!?」
「私達もいますよ?」
罰が悪そうに顔を出したのは、牧野中尉達MCの女性士官達だ。
「い、一体?」
「最近、滅多になかった新型騎のご登場だ。興味が湧いた所で、忍び込む寸前の宗像達と牧野中尉達に出会った」
二宮は悪怯れる様子もなく言う。
「巻き込むと悪いと思ってな」
誘わずに悪かった。宗像は小さくそう続けた。
「で、ですけど!」
喚きだした美奈代の口を、二宮が押さえた。
「ばかっ!ここにいることがバレたら大目玉なんだから!」
「き、教官?」
「私達も、忍び込んできたのよ」
「え……営倉入り」
「ばれなきゃ犯罪じゃないっ!モトは取るわよ!?」
「それでも!」
「いざとなったら!」
「いざとなったら!?」
「和泉を置き去りにして、みんなで逃げる!」
「憲兵さぁんっ!」
「これ……か」
縛り上げられた挙げ句、猿ぐつわまでされて床に転がされた美奈代の前で、腰に手をやり、仁王立ちになった二宮が見上げた先。
そこには、2騎のメサイアがあった。
1騎は先の訓練で使われた“幻龍”だが、形状が少し違う。
「胸部装甲が厚くなっているようですね」
牧野中尉が興味深そうにその横に立った。
「胸部ジェネレーターが強化されているようで」
「そう。“幻龍改S3”。内親王護衛隊採用が内定している」
「中佐は開発に関わっていないのですか?」
「ああ」
「……内親王護衛隊採用騎の開発に、中佐が関わっていないのは驚きですね」
「いろいろあったんだ」
二宮は素っ気ない。
「ま、内親王護衛隊の件は箔付けみたいなもの。開発部門の狙いは、幻龍の後継騎を巡るコンペで勝つことよ」
「コンペ?」
二宮が顎で示した先。
そこには、威圧感のある精悍なデザインに包まれた騎がいた。
決してマッシブではなく、むしろメサイアとしては線が細い部類に入る。が、見れば見るほど、不思議な男性らしさを感じる。
優雅さを持ち合わせた線の細い幻龍シリーズの女性らしさとは対照的だ。
「まだ正式名称は決まっていないが、“殲龍”、もしくは鳳龍のいずれかの名前になる。下馬評を聞く限りでは、どうも鳳龍のほうになりそうだな」
「“鳳龍”?」
「そう。運用テストが明日から開始される。日本本国での運用テストが終了次第、アフリカへ持って行く」
「アフリカへ?」
「つまり」
二宮は教え子達に振り返った。
「貴様等にも一枚噛んでもらうことになる話だ」
「……あの」
美晴は恐る恐る訊ねた。
「それなら私達、一々、ここに忍び込む必要はないんじゃ?」
「そういうワケにもいかない」
二宮は言った。
「見たいと思ったら我慢なんて出来るもんか」
宗像やさつきはしきりに頷いているが、最低でも美晴はついていけない。
救いを求めるように見上げた山崎も困惑したまま、美晴を見つめていた。
「見たもの勝ちだ」
「……はぁ」
美晴は、もう一度、“鳳龍”を見上げた。
「その評価に付き合った実績を手みやげに私達、任官先が開発局になるとか?」
「まぁ……そういうことになる」
二宮は渋々。という顔で頷いた。
「まだ内々定だから、他言はするな」
「ほ、本当ですか!?」
美晴が目を見開くのも無理はない。
「なんか、開発なんてエリートっぽいですねっ!」
さつきは苦笑いしながら言ったが、開発に関与できる軍人は基本、一握りの本物のエリートに限られる。
「なんかカッコイイ♪」
「……開発局のキ印が、思いつきで、予算無駄に使って作ったロクでもない代物を扱わされるんだぞ?」
二宮はうんざりした声で言った。
「私なんて、配属期間の大半を病院で過ごすハメになったぞ?私なら御免被りたい」
「でも……」
美晴が、おや?という顔になった。
「教官は富士学校に残られるのでしょう?」
「……私も異動だ」
「ま、まさか」
「次の配属先にと開発から打診が来ている。貴様等の任官と同じとなれば、貴様等の指揮官は私」
げぇっ!?
ハンガーに響く程の、そんな声が皆の喉から漏れた。
「な、何よっ!」
二宮は、ぎょっ!?となって言い返した。
「わ、私じゃ不満だっていうの!?」
「いっ、いえっ!」
美晴は声を張り上げた。
「名誉なことですっ!ねぇっ!?」
「そ、そうっ!」
顔面蒼白のさつきが相づちを打った。
「今まで、ずっと教官の下でしたからっ!」
「むしろ安心できますっ!」
都築も焦った様子でフォローに入る。
「……むぅっ」
疑わしい。
二宮はまさにそんな顔だ。
「“やっと、あんたとおさらば出来ると思ったのに”―――そんな顔に見えたぞ」
「錯覚です!」
図星ですっ!
皆の顔にはそう書いてあった。
「……力説する所が怪しい」
本当に、その通りだ。
「か、勘弁してください」
山崎が言った。
「ただ、教官の異動に驚いただけです。本当なんです」
「……」
じっ。と山崎の顔を見つめていた二宮は諦めたように視線を外した。
「……都築が言うと嘘に聞こえるが、山崎がそういうなら信じよう」
「……あの?」
都築は訊ねた。
「その待遇の違いはなんですか?」
「真実だろうが」
二宮はにべもない。
「ここでのテストは複雑な基礎設定が関係するから、直接、貴様等が関わることはない。ただ、アフリカでは色々と担当してもらう」
「操縦は誰が?」
「喜べ都築」
二宮は複雑そうな顔で言った。
「選抜の結果、アフリカでは、コイツをお前に預けることになる」
「俺が?」
「―――そうだ。染谷との競争になったが、結果はお前だ」
「……あの?」
喜ぶかな?
皆はそう思ったが、都築の反応は予想外のものだった。
不愉快。
本当に、そんな顔になった。
「それって……まさか」
恐ろしく冷たい。
内心で何かを拒絶した顔だった。
「バカか貴様」
二宮は都築を見据えながら言った。
「親の七光りが出る幕はない」
「……本当ですね?」
「感謝するなら精霊体に感謝しろ。お前との相性が抜群によいことが決定打だ」
「精霊体の?」
「ま、深く考えるな」
二宮は、ポンッと都築の肩に手を置いた。
「教官としては、“よくやった”位は言ってやりたい状況なんだ」
「はぁ……」
都築は、しばらく鳳龍を見上げた後、まるで何かを振り切るように
「……じゃ、さっそく乗ってみるか」
腕まくりしながら、都築はメサイアの足下に置かれたリフトへ向かって歩き出した。
「こらっ!」二宮がその腕を掴んだ。
「こういうのは教官からだ!」
「いえ!」
都築は直立不動で怒鳴るよう言った。
「教官は、和泉候補生のデートに関して指導する方が先であると考えますがっ!」
「……むう」
ジロリ。
二宮とMC達の目の色が変わった。
「そういえば、さっき何か聞き捨てならないことを言っていたなぁ―――和泉ぃ?」
「め、めっそうもないっ!つ、都築っ!貴様ぁっ!」
二宮達に取り囲まれる美奈代を後目に、さっさとキャットウォークを動かす都築は、心底面白くないという顔だ。
「ねぇ、山崎君」
美晴が横に立つ山崎に尋ねた。
「都築君、どうしたの?」
「それが……」
山崎はその巨大な肩をすくめた。
「和泉候補生と染谷候補生がつき合いだしたって聞いてから、事あるごとにああなんです」
「ああ。ヤキモチやいてんだ」
「ははっ……そうですね」
「それにしても」
美晴は口元をとがらせた。
「男らしくないよね?都築君、一度でも美奈代さんに好きだって、自分の気持ち伝えたのかな」
「それは……」
そんなこと、山崎が知るはずもない。
「それしないで、ヤキモチやいてるなら、都築君は最低だよ?」
「そういう……ものなんですか?」
「覚えていてね?」
美晴はイタズラっぽくウィンクした。
「私、そういう男は嫌いだから」
「え?」
●静岡県県警本部通信指令室の記録より
「け、警察かっ!?い、今、何かデカいモンが俺ん家吹き飛ばしていきやがった!……デカイもんって何かって!?デカイもんはデカイよ!……そうそうっ!メサイアだ!メサイアをエライ低く飛ばしてやがるんだ!近衛は一体、なにしてやがるんだ!警察、文句言ってよ!損害賠償出来るよね!?うち、新築なんだから、築たった40年の!」
-----用語解説---------
MDIJα-015-S3「幻龍改 アリアS3」
・一般名称はカノン・エススリー。
・主として麗菜殿下の護衛部隊(別名レイナ・ガーズ)向けに開発された騎で、一般騎士向けメサイアの中では一二を争う高額騎。
MDIJα-X045「鳳龍」
・幻龍ではいまだ不安のある集団戦や対重装甲メサイア戦に対応すべく試作されたのがこの騎とされるが、実際は白龍を開発してのけたβチームに対する対抗意識のみで開発されたといっても過言ではない。
・純粋に対メサイア戦用に開発された近衛では珍しい強襲用メサイア。
・強力なML砲4門及び砲撃専用特殊アクティブバインダーを装備。単独でも局地制圧が可能となっている。
【ネタバレ】
・イメージは『ファイブスター物語』のL.E.D.ミラージュ=バビロンズ




