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神宮司の魂胆

●光菱重工 モニター管制室

「これはこれは」

 神宮司がわざとらしいほど、恭しく腰を曲げた。

「狩野重工のドクター津島の御親閲をいただけるとは」

「私の契約相手は宮内省よ」

 紅葉は楽しくもない。という顔でスクリーンを見つめた。

 スクリーンの向こう側では、千鶴の乗る“幻龍改げんりゅうかい”が出撃準備を整えようとしていた。

「武装はどうなっているの?」

「それは」

 神宮司は楽しげに笑って―――いや、見下したような邪悪なまでの笑みを浮かべて言った。

「交戦してからのお楽しみにしては」

三本線エキスパートのクセに」

 紅葉は自分の視線と同じ位置にある神宮司の白衣。その胸に取り付けられた三本のスタンド・ラインを指で指し示した。

六本線ハイパー・スタンドの私にケンカ売るつもり?」

「―――まぁ」

 神宮司は笑みを崩そうとしない。

「天下ご免の六本線様がそんなに短気だとは思いもよらなかったですわ?」

「丸い卵も切り様で四角になる。言葉使いに気をつけなさい―――身分の上では特に」

「心得ておきましょう」


 スクリーンの中で、千鶴がコクピットに搭乗しようとしていた。


「あんな中途半端な騎体で」

 紅葉はわざとらしい程、よく通る声で言った。

「私の傑作と張り合えるとはね」


「“スーパーパック”のおかげですよ」

 褒められた。とでも思ったのだろうか?神宮司は胸を張って答えた。

「このシステムがあればこそ、どんな平凡な騎士でさえ、超一流の騎士として活躍することが出来るわけで」

「単なる追加武装じゃないの?」

 紅葉としては、千鶴を褒めたはずだ。

 ところが、神宮司は別な事を答えた。

「まさか」

「……どういうこと?」

「これは失礼しました」

「?」

「説明してませんでしたね。実は、“スーパーパック”の効率化を図る上で、そして、メサイアをより強力にするために」

 まるで歌うように神宮司は喋る。それが紅葉の神経を逆撫でしていることに、神宮司は気づきもしない。

「OSにも手を加えていますのよ?」

「はぁっ?」

 紅葉は唖然とした顔で、神宮司を見つめた。

「あんた―――誰の許可得て、メサイアのOSいじったの?」

「許可なんているんですか?単なるプログラムですよ?」

「バカっ!」

 顔を真っ赤にした紅葉が大声を張り上げた。

「三本線の分際でメサイアのOSに手を出すとは何事だっ!」

 居合わせた全員の視線が自分達に集中していることを、紅葉は気づきもしない。

「メサイアの、特に“インペリアル・ドラゴン”シリーズのOSは、“五本線フルスタンド”以上の監修の元じゃなきゃ、一言一句だろうと書き換えることが省令で禁止されてるの、知らなかったわけじゃないでしょうね!」

「そ、それは―――」

 神宮司は言葉に詰まった顔で、口をパクパクさせるしかない。

 知らなかったのは確かだ。

「あんた達がやらかしたことは、光菱の重大な法令違反よ!?しかも、開発が禁止されたMEの出所を含めて―――」


 ガンッ!


 鈍い音が響き、紅葉が床に倒れた。


「―――どうします?」

 スパナをポケットに戻しながら、背の低い男が神宮司に訊ねた。

「こ、殺したの?」

「まさか」

 男は肩をすくめた。

「当て身を喰らわせて眠ってもらっただけです。医務室へでも運びますよ。興奮のあまり、気絶したとでもしておきますか?」

「そ、そうね」

 神宮司はハンカチで額の汗を拭いながら頷いた。

「何が起きたかなんて、全員の口裏合わせればいいわ。しかも」

 白衣を着た部下達によって担ぎ上げられる紅葉の小柄な体を眺めながら、神宮司は自分に言い聞かせるように呟いた。

「―――私達には、“あの御方”がいらっしゃるんだから」

 そう。

 そうよ。

「工藤、うまくやっておいて」

 神宮司はマイクを握りしめた。

「テスト1号騎、進捗を報告」




「気楽に潰せというけれど」

 美奈代は500メートル先に立つ“幻龍改げんりゅうかい”を前に、どうしても決心が付きかねていた。

「友軍のメサイア潰すなんて、冗談でしょ?」

「でも」

 祷子が答えた。

「私達の人材不足を解消しないと、私達自体が危険です」

「二人の欠員補充……ううっ。艦長も薄情だよなぁ」

「平野艦長にもメンツがありますから。“出て行け”と言った相手に、“戻ってこい”なんて、普通は言えませんよ。例え、部下からの要請があったからって」

「要請を寛大な心で受け入れたってならないの?」

「無理でしょうねぇ」

「なんで?」

「艦長という立場上、一度放った命令を撤回するのに等しいですもの。そんなことしたら、悪しき前例となりかねません」

「じゃ、どうするの?」

「後藤隊長が手を回しているとは思いますよ?」

 祷子はクスクスと笑った。

「いくら艦長でも、上から押しつけられた人事を無下にすることは出来ませんからねぇ」

「そういうことで、艦長としての体面を保って、二人を戻す?」

「そういうことですね。でも美奈代さん?」

「ん?」

「あの子、どのポジションに配置するつもりです?」

「騎体による」

「騎体?」

「そう。狙撃型なら当然、狙撃部隊だし、“白雷改”なら前衛」

「“D-SEED”タイプなら斬り込みへ?」

「攪乱目当ての斬り込みにも、もう一騎欲しいのは確かなのよねぇ」

 うーん。

 美奈代は唸りながら答えた。

「二騎だけってのも―――寂しいというか、一騎擱座した時の回収というか」

「それだけ?」

「何かあるの?」

「戦術管制役が欲しいなぁって、私は思うんですけど。あれがあると、いろいろ便利かなぁって」

「狩野粒子影響下での意味は検討する必要があるでしょうけど」

 美奈代は、少し驚いた。そんな顔で言った。

「AAAを乗せるのは贅沢よ。それにしても、天儀の口から、そんな言葉が出てくるとは思わなかった」

「意外でした?」

「うん。自分の代役を押しつけて楽したいとでもいうかと」

「まぁ、ひどい」

「すまん」

「本音をすぐに見破るんですから」

「―――おい」

「くすっ。冗談ですよ」

「正面装備の拡充が先だ。あの娘の特性もまだ未知数だしな」

「前衛でも狙撃でも十分でしょう?昨日までの交戦を拝見した限り、あの子は美奈代さんをかなり追い詰めていました」

「―――私も認める」

「……あの子の、何が気に入らないのです?」

「気に入る、いらないは問題じゃない」

「では?」

「部隊になじめるかな。それが心配で」

「……結構、心を閉ざしている所がありましたね。あの子」

「天儀ほど、あっけらかんとしていたら、人生も楽なんだろうけど」

「まぁ、ひどい」

「とりあえず」

「はい?」

「―――柏」

「はい」

「山崎、鵜来と一緒に模擬戦へ入れ。涼、狙撃隊の砲撃支援を許可」

「私達がですか?」

「柏の下に配属する可能性もある。交戦して実力を把握しておくのもいいことだぞ?」

「……了解」




「交戦相手は、三騎です」

 福沢中尉が戦況モニターを見つめながら報告する。

「“死乃天使”級2騎、後退します」

「今までと違う?」

「ご不満ですか?」

「……いえ」

 千鶴は首を横に振った。

「……どうとでもなります」

「ですよね」

 千鶴の答えに、福沢中尉が満足げに微笑んだ。

「―――あなたなら」




 美奈代達の横を柏達の駆る“白雷改”が前進する。

「柏騎より狙撃隊。ロケットランチャーの砲撃支援要請」

「小清水了解、タイミングの指示を」

「敵騎、発砲っ!」

「砲撃支援、今っ!」

 騎体が爆発したんじゃないか。と錯覚する程、派手な白煙を上げながらミサイルが放たれたのは、そのタイミングだった。

 既に交戦状態は宣言されているのに、こちらの対応手順は定まっていないことに、美晴は生理的レベルで怒りを感じた。

「迎撃を―――もうっ!」

 散弾砲をウェポンラックから引き抜くと、ポンプを操作して薬室に砲弾を装填。

 MCメサイア・コントローラーの照準で次々と散弾が放たれ、空中に派手な爆発の煙が立ち上る。

「美奈代さんったら、私達を送り込むなら送り込むで、先に言ってくれないからこういうことにっ!」

「中尉っ!」

 切羽詰まった声が上がったのは、涼とMCメサイア・コントローラーから同時だった。

「中尉っ!煙幕スモークが邪魔で、射撃支援が出来ませんっ!」

「敵、弾頭に煙幕を仕込んでいた模様!視界が!」

 真っ白な煙が雲のように空を覆い、そして自分達へめがけてゆっくりと降下を始めたことに美晴が気付いたのは、その時だった。

「―――えっ?み、ミサイルじゃないの?」

「何発か攪乱幕ジャマーが混じっていた模様!レーダー、効きませんっ!注意して下さい!」

「大ちゃん、有珠ありすっ!三角フォーメーション!」


 しまった!


 美晴は言った後に舌打ちした。

 ダメだ!

 固まってはダメだ!

 私達はシールドを持っていない!

 ここで砲火を受けたら!


「変更っ!」

 すぐに美晴は怒鳴った。

「散開して、固まればマトにしか―――!」

「きゃあっ!」

 ガンッ!

 有珠ありすの悲鳴と、鈍い音が響いたのは、その直後だった。

「判定―――鵜来騎、撃破されました!」

「どこっ!?」

 美晴は慌てて周囲を見回すが、煙幕が邪魔で周囲が理解出来ない。

「ソナー、熱源探知は!」

「右2時方向!距離80にエンジン音―――っ!て、敵、音響ジャムを使用!ソナー、効きませんっ!」

「そっち!?」

 方向感覚さえ狂わせる耳障りな甲高い音がスピーカーから響く。

 もうもうと立ちこめる煙幕の中から、何かが飛び出してきた。

 美晴はそれが何か判断する前に薙刀を突き出していた。

「―――っ!」

 しかし、視界に入ったモノが何かを理解すると同時に、美晴は薙刀に込めた力を緩めるしかなかった。

「何っ!?」

 煙幕から飛び出してきたもの。

 それは、“白雷改”だった。

 つんのめるようにしてこちらへ向かってくる“白雷改”のシールドをかすめるようにして、美晴騎の薙刀が宙を舞った。

 でなければ、“白雷改”は薙刀に胴体を貫かれて大変なことになっていたはずだ。

「このっ!?」

 相手が山崎ではなく、鵜来騎だと装備で判断した美晴は、鵜来騎との接触を回避するため騎体をひねった。

 それまで美晴が立っていた所で、鵜来騎が転倒する格好で顔面から地面に倒れ伏した。

有珠ありすっ!?」

 鵜来騎に何が起きたか。

 それよりも美晴がやらねばならないことは、自分を守ること、そして―――。

「大ちゃん!?」

 ピーッ

「山崎騎、やられました!」

「どこっ!?」

「熱源反応―――近いっ!」

「どこよっ!」

「0時方向―――頭上ですっ!」

「なっ!?」




「さすが……というべきか」

 吹きだした強い北風に煙幕が流され始めた。

 演習場の大地には、三騎の“白雷改”が倒れていた。

 未だ、実戦の場で倒されたという屈辱をほとんど味わったことのない栄光の騎体が、三騎そろって撃破された事に、美奈代も心中では穏やかではいられない。

「煙幕を上手く使って敵を攪乱。混乱を誘って撃破するとは……」


 ブンッ!


 “アナイアレーター”が振られ、その切っ先が自分達に向けられた。


 その意味はわかる。


「―――天儀」

「いえ」

 祷子は答えた。

「ここは私が行きます」

「……何故」

「私だって騎士です」

 クスクス笑いながら、祷子は答えた。

「私だって、熱くなる時くらいはありますよ?」

「……わかった」

「命令は何か?」

「―――殺すな。それが絶対命令だ」

「任務了解♪」

 祷子は斬艦刀を引き抜き、演習モードに入れた。




「3騎撃破―――“死乃天使”級1、前進開始」

「……了解」

 通信装置の向こう、管制センターには興奮が沸き上がっている。

 白衣を着た技師達の明るい声が、通信網を通じて千鶴の耳にも届いている。

 今まで聞いたことのない歓声が、千鶴の心を熱くさせた。



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